• この現象の名前をなんというのだろうか。

    2017-08-11 15:524

    先日のオススメ小説の記事ではたくさんのコメントをありがとうございました。
    おかげさまで何冊か電子書籍を見つくろうことができ、アイルランドへの長距離移動の暇をある程度つぶせそうです。

    さて、明日の出発を控えて、今から羽田空港付近のホテルに移動するのですが、なんか猛烈に面倒くさくなってきました。

    どこか遠くへ出張する時とか、旅行へ行くときとか、きびしめの山に登りに行くときとか、数日前までは結構楽しみでのりのりの気持ちでいるのですが、直前になるとなんか猛烈に面倒くさくなり、「家で高校野球でもみながら、艦これとかデレステとかやってたい」というような気持がむくむくわき起こってきます。

    おそらく多くの人がこのような現象に直面したことがあるのではと思うのですが、心理学の世界とかでは何か名前がついていたりするのでしょうか。

    さて、ともかく荷造りはすんだので、パスポート、クレカ、eチケットの確認と戸締りをして出立しようと思います。

    帰国したらまたご報告の記事おば。
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  • おすすめの小説とかありますか?

    2017-08-06 19:43542


    来週からアイルランドとか言う、これまで訪れた国で最も遠いところに行く予定なのですが、移動時間が乗り継ぎ含めて片道18時間とかあるので、この際、初めて電子書籍でも購入してみようかと思うのです。


    この夏のお勧めでも、往年の名作でも良いので、お勧めの小説とかありましたら、簡単なあらすじとともにコメントいただけると、むせび泣きはしませんが喜びます。

    なお、好きなジャンルはSFとかラブコメとかミステリとか?
    SF
    はあんまり難解なのは多分読破できません。伊藤計劃さんの作品とか、神様のパズルとかくらいの感じが好きです。
    ラブコメは有川浩さんの一番甘いくらいべたべたに甘いやつも好きです。
    ミステリは古典はあまり知りません。

    気が向いたらよろしくお願いします。


  • 言葉の力

    2017-07-16 14:0545




    買い物をしながら急に思いついたことを記事にしてみる。


    言葉の力はすごいと思う。
    例えば、グルタミン酸ナトリウムという物質がある。この物質を説明するにあたって、

    「一般的に化学調味料と呼ばれているものの主な成分である」

    と説明することができる。
    この場合、この物質に関する前提知識がない人は、グルタミン酸ナトリウムとは大変体に悪い物質であるように感じてしまうかもしれない。

    しかし、

    「昆布だしのうま味成分である」

    と説明されたら、途端になじみのある、ヘルシーなものであるように感じられるだろう。

    あるいは、

    「母乳に非常に多く含まれるアミノ酸(塩)である」「タンパク質を構成するアミノ酸の一つである」などの情報を付与すると、とたんに、「これは体に良いものだ」というような雰囲気をまとい始める。

    これらの説明はどれも正しいものだが、情報を受け取る側の印象は大きく異なるだろう。
    これは、それぞれの言葉を「理解することができるか」、言いかえると「親しみを感じることができるか」、に由来すると思う。

    「化学調味料」等と言われても、多くの人はその言葉が示す正体を把握することができない。ほとんどの人にとってこの文字列には親しみを感じる要素がなく、理解不能だからだ。
    「化学」という言葉のもつ辞書的な意味はなんとなくわかるだろう。しかし、それと調味料が結びつくと、実体の不明な何やら恐ろしいものであるように解釈してしまう。

    これに対して、「昆布だし」という言葉は「お味噌汁「湯豆腐」といった、容易に理解可能な経験のある情報と連結されて、急に親しみを覚えはじめる。
    また、「母乳に多く含まれる」、「タンパク質の材料」というような情報は、「ほぼ全ての人間が共通に摂取してきた物質」という理解、解釈を促し、急激に安心感が高まる。

    このように、言葉一つ、説明一つで、同じものであってもそれに対して持つ印象はプラスに傾いたり、マイナスに傾いたりする。
    逆に言えば、事実を並べた言葉であったとしても、情報発信者側の匙加減一つで情報の受け手の印象をがらりと変えることができるということだ。


    こうした言葉の力を、最近、私が強く感じた案件がいわゆる「共謀罪」というやつだ。

    「共謀罪」という文字列からは、いまいちその罪状が理解できない。何を罪とし、何のために設けられた法律なのか全然理解できない。よって、なんだかとても恐ろしい法律のように見て取れる。

    ところが実際に施行された法案の名称である「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(テロ等準備罪)」は、「ああ、テロとか組織的な犯罪の準備をすると罪になるという法律なんだな」と比較的容易に理解できる。

    ここで、マスメディア等の報道を見てみると、この法律に反対している側は「共謀罪は絶対反対!」というように、いまいち中身が理解しがたい「共謀罪」という言葉を好んで使っている印象がある

    他方で、産経新聞のように法律の施行を支持する側はテロ等準備罪」という比較的理解しやすい言葉を好んで使ってる雰囲気がある。

    このように、反対と支持それぞれの陣営の情報発信者が、それぞれの目的のために同じ法律を異なる言葉で表し、自身の望む側へ情報の受けての印象を方向づけようと必死になっていることが感じられて、この手の話題としてはちょっと不謹慎かもしれないが興味深い事案だと思った。

    私としては、この案件について、どちらが正しいとか、どちらを支持するという明確な立場を持っているわけではない。
    しかし、「見せかけの言葉」だけで自身の思考を決定づけるようなことはしないように気をつようと思う。

    例えば、共謀罪という言葉は理解不能でなんとなく恐ろしい一方で、様々な謀(犯罪者の共謀)を処罰するという本来の体を比較的適切に表している面もある。
    一方で、「テロ等準備罪」という名称は、本当はテロ以外にも様々な罪状が中身に盛り込まれていることを見えにくくしている面もある。

    自身にとって重要なことを、わかりやすい言葉だけで理解した気分になるのは危険で、様々な情報から本来の姿を推測するのが大切であることを肝に銘じたい。

    ……それをいつもやっていくのは、とても難しいことだとは思うけれど。