• もう既に思い出せないイタリア旅行

    2017-06-27 22:189時間前
    ブロマガを続けようと思ったのだが、思った以上に記憶の抜けが激しい。空港まで来たのだが、そこで何をしたかあまり覚えていない。一時間くらい早く着いたせいで、待ち続けたのを覚えているし、休憩室のような場所で充電もかねて時間を潰していた気がする。
     荷物を預けた後に入る空港内では、金髪幼女がいたのを覚えている。青い目で、小さな肩と顔に細い腕。今すぐ抱きしめたくなるような愛らしさであった。また、金髪少年もいた。彼も同様にまた可愛らしい。日本人の少年を見ても、軽く嫌悪感を感じるのだが、外人というだけでここまで変わるのかと思うと、人間の感性は当てにならないのだと思った。この二人がいるファミリーの存在は、これからの旅行の魅力を表しているように見えた。
     ゲートを通った後の待ち時間は、およそ一時間。ぼったくりのラーメンを食べて、時間を潰したと思う。

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  • イタリアへの旅路、空港まで

    2017-06-26 22:471
    イタリアへの旅行の日、私は何度も荷物を点検した。一度日本を出てしまってから、必要なものがあっては遅いのだ。パンツ、シャツ、ズボン、財布、充電器・・・。服は一セットごとにまとめて数え、5日間着られるように確認した。
     スーツケースは前日に買ったばかりのもので、濃い赤に染まっており、光を幾重にも反射させて、新しさを主張している。これからの冒険の相棒である。
     まず、JR岐阜駅から米原まで電車に乗る。普通の鈍行電車だ。平凡な休日の1ページの中にいる多くの乗客を眺めながら、最も有意義な休日を過ごす自分の存在を強く認識した。これみよがしにスーツケースを見せつけ、「俺は海外に行くんだぞ」と自己主張していた。
     米原に着くと、今度は新大阪まで新幹線に乗った。自由席で一番前の席に座った。充電がなくなるのが怖くて、スマホはあまりいじらずに、本ばかり読んでいた。だが、文字は頭の中を通り過ぎていく。「海」という言葉を見れば、ヴェネツィアの光景が思い浮かんだ。船の上、コパルトブルーのさざ波にゆったりと流されながら、島に近づいていく、静かな世界。ローマの遺跡の数々、バチカン市国の大きな教会、ダビデ像・・・。想像が想像を呼び込んだ。
     新大阪から、関西国際空港までは特急電車に乗った。スマホの時計を何度も見返して、目前に迫った空港にいつ到着するのか確認した。もう一週間前から全身を満たしている期待が、発散する場所を求めて焦れていた。
     座っているうちに待ちきれず、車内販売からお菓子を買ってしまう。あと少しのはずが、とても長い。本当に間に合うのだろうか?実際に着いて、予約されていないと言われたらどうしよう。考えれば考えるほど不安になってきた。初めての海外旅行である。現実離れしすぎて、今でも嘘に思われた。
     ついに到着した。大きなガラス張りの建物で、一階ごとの天井が高い、開放感のある造りになっていた。予め旅行会社から渡された日程表を鞄の中から取り出して、集合場所が四階であること確認する。外貨両替をしている銀行の出張所や、英語で客寄せをするお土産屋さん、そして数多くの外国人。そこは日本と世界の境界線であった。
     エレベーターに乗ろうとすると、旅行帰りの家族が大荷物を持って降りてきた。お土産は何がいいだろうか?お菓子はあるのか?パスタでもいいか?何人分買えばよかったっけ?やっぱり最終日に買うのがいいよなぁ。今1000ユーロあるから一日200ユーロか、考えて使わないとなぁ。昇っていく中、資金計画を立てていた。
     

  • 僕の平日の一日

    2017-06-25 21:302
    目覚まし時計の音が頭の中を暴れまわり、夢の世界を打ち砕く。自分がセットしたものではない。母の時計がなっているのだ。ここ二週間、時間を遅らせているのだが、結局5時半には起こされてしまう。30分後、僕の目覚まし時計が、浅い眠りから現実に引きずり出されるのだが、起き上がれない。全身がこれから先の出来事を拒んでいるからだ。
     前日の寝配信で使ったスマホを探し、漫画を読んだり、2chを眺める。ワンクッションを置いて、多少気が紛れたところで、のろのろとリビングへと移動していく。大きくため息を何度もつきながら、弁当を用意する。冷蔵された具材を温めて、機械的に詰め込んでいく。残りが、僕の朝ごはんである。温度のムラのせいで冷えたキャベツ、水分が蒸発して萎れたキャベツ、脂が飛んで乾燥した肉。揚げ物も衣が固くなっており、ゴムを食べているようだ。
     「やめたい」「死にたい」「生きたくない」
     とボソボソ呟きながら、歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。だが、中途半端に寝癖が残り、気づかぬふりをして、もう一度ため息をつきながら、外に出る。
     バス停に着くまでの道のりを歩いていく。足に力が入らず、ゾンビのように歩いていく。誰か自分を轢き殺してくれないかという希望を抱いて、何度も道の真ん中で立ち止まる。しかし、田舎の早朝。車の姿はなく、老人が散歩しているくらいだ。
     バス停に近づくたびに、胃が痛くなってくる。そして、想像する。どこか人のいない自然の中で、のんびり寝転がり、涼しい風と穏やかな太陽に体を撫でられながら、軽やかに擦れあう草花の音を聞き、俳句を作る、そんな生活を。
     現実に戻れば、早朝の薄暗がりの中、じっとりと空気が全身に付き纏ってくる。そして、体内に寄生虫のような何かがざわめくのを感じながら、バスに乗る。
     バスの中では、いつも眠っている。そして、必ず停車駅の三つ前で目が覚める。吐き気を催すような日常風景が目に入ってきて、もう一度、胃を触る。本当に患っているのか、気のせいなのかはわからないが、さすると不快感がマシになった気がする。

     降りると、すぐ全ての元凶たる支店が見えてくる。掃除のおばちゃんにぼそぼそ挨拶をする。何かと話しかけてきて、仲が良かったのだが、最近は一言も言葉を交わしていない。
     鍵をあけて荷物を整理しているうちに、精神的な不快感が肉体的な苦痛へと変化する。胃が痛くなるのだ。トイレにかけこんで下痢をするのが、日課になってしまった。
     十分くらい籠ってから出ると、上司が座っているので、無表情のまま、多少声を張って挨拶する。一通り雑用を済ませて、一日の予定を立てる。あれをしないといけない、これをしないといけない。既に不安と絶望で頭がいっぱいになる。
     「この書類がちょっと間違ってるから、もう一度もらい直してきて」
     と先輩に頼まれる。こうして、予定が狂い始める。
     「はい」
     と、無表情のまま声だけは元気よく答える。右手はいつもお腹に当てている。機械の音、キーボードを叩く音、物を動かす音、人の声、あらゆる音が思考と一緒にかき混ぜられ、集中力を失うのだが、10時のアポは頭の中にどっしりと腰を据えている。散かった机の上で、朝やるべき仕事を乱雑にこなしていると、
     「この案件で、この書類と、この書類書いてね。今日中ね」
     と言われ、書類の説明をされる。ひたすら、「はい」を繰り返して話を短く切るのだが、更に予定が狂って、貧乏ゆすりをし始める。今度は
     「○○の件どうなった?」
     と聞かれ、答えているうちに、10時が迫ってくる。だが追い打ちをかけるように、支店長から呼ばれてしまう。しぶしぶ、早足で席まで歩いていくと
     「○○をやってくれ」
     と事もなげに指示される。ぎゅっと左手を握りしめ、右手は胃をさすりながら
     「10時にアポがあるので、後でいいですか?」
     と提案するのだが、
     「時間を作れ」
     と無理難題を突きつけてくる。この時既に九時半。五分前に着くとして、あと十五分しかないのに準備が出来ていないのである。浅い呼吸をしながら、髪の毛を掻き毟る。必死に目の前の準備に集中し、必要書類を手当たり次第鞄に詰め込んで、外に出る。
     カブの加速するエンジン音が、脳みそをぐちゃぐちゃにする中、前をゆっくり走る車を睨みつけ、距離を縮めて煽ったり、今日の雑談のネタを考えたりしながら、お客さんのところにむかう。若干の遅刻。最初の訪問先で、いきなりの謝罪に胃がきりきりする。
     雑談は基本的に気楽である。だが、無言になったとき、オチがつかないとき、まるで過疎放送かのような気まずさに追い込まれる。過疎放送なら、別に独り言でもいいのだが、今回は相手が目の前にいる。必死に頭を巡らせ、矢継ぎ早に話題を振っていき、ヒットを目指す作業は地獄である。
     回っている最中、何度も支店から着信がある。
     「○○さんが来てくれと言っている」
     「○○の書類に不備がある」
     「○○さんに○○と伝えてくれ」
     バイブレーションを聞くたびに、胃の中がかき乱される。たまに帰ってから聞いてもいい事で電話されると、スマホを叩きつけたくなる。
     弁当特有の合成臭と、変わり映えのしない味に顔をしかめつつ、昼ご飯を五分で胃の中に詰め込んで、次の客のところへ急ぐ。
     なんだかんだで、帰りは五時前後になる。
     先輩の第一声は
     「もっと早く帰ってこい」
     こいつは何を言っているんだ?客に呼ばれて、訪問してきて遅くなったというのに、それが仕方ないことだとわかっているのに、頭がおかしいのだろうか? 
     手を強く握りしめ、歯を食いしばり、全身の震えを必死に抑えながら、預かってきた伝票などを見直す。机の上は雑然としているが、整理する気持ちの余裕はない。
     「○○に印鑑がほしい」
     「○○が間違っている」
     またしても、不備がたくさん出てくる。いちいち中断され、またしても頭を掻き毟り、胃をさすりながら伝票を整理していく。
     完成した伝票を先輩に見せると、大きなため息とともに、もう一度
     「もっと早くやれよ」
     と言われる。机を蹴りたい気分である。この時既に六時。ようやく朝頼まれた仕事に取り掛かる。だが、そのころには頼んだ張本人は帰っている。お先に失礼します、じゃねえよ。じゃあ、お前がやれよカスがよぉ、とまたしても貧乏ゆすりが加速する。俺の周りだけいつも震度3くらいはある。
     「もう仕事終われ」
     と先輩に言われる。もちろん、まだやるべきことは終わっておらず、常人なら机を叩き割っているところだが、帰る準備をし始める。雑談をしている先輩の笑い声を聞きながら、必要以上に力をこめて。ゴミを捨てる。
     
     帰りのバス、一日の憎しみの余韻を消化しながら、ブロマガのネタ考えたり、ゲームしたり、解放感を味わう。降りた後は、朝も通った暗い住宅街の道を歩きながら帰っていく。自分の部屋での自由を謳歌する時間を確保するために、全力で家に進んでいく。
     ようやく家に着くと、家族と一言も話さずに夕食を食べる。話しかけられても、声が出ないので、無視している。続いて風呂に入り、部屋に閉じこもり、ブロマガを書いたり、ゲームをする。
     そうして10時を過ぎると明日のことを考え始め、胃をさすりながら、布団に入る。
     目をつぶって、一度自殺する自分を想像するのが日課だ。最初は怖かったが、今は何も感じなくなったので満足している。そのための日課だからだ。一方で、俗世を離れられない自分が仕事の事を考えて、息苦しくなっている。悪夢で目が覚めるのも、日課である。

     以上、終わり。