• はてなブログに移転するというくだらないお知らせ

    2018-01-22 23:41
    そういうわけだから、よろしく頼む。
    http://uhyo3.hatenablog.com/
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  • 残業

    2018-01-15 23:15
    今日は順調であった。やる仕事も少なかったが、それをこなすスピードも早かった。
     例えば、試算表の入力が早かった。試算表とは、決算書の途中経過を試算した資料である。決算書が一年置きにしか作成されない間を埋めるためにもらうのだ。
     そんな書類を、本部の人間が見られるようにPC上にデータとして入力するのである。
    単純な作業に見えるだろうが、これが意外と難しい。B/Sは当然左右が合うはずなのに、全然違うときがある。更にB/Sの左右に収入と支出を合計していくと、左右が合致するのだが、これもまたよく合わない。とにかく合わない。決算書と違って試算表は作り手のやる気も全然違う。項目があるべき場所にないことはザラである。
     だが、今日はすぐに合ってしまったのである。原本は間違っていたのだが、すぐに見破って正しく入力できたのだ。一時間かかるものが、10分で終わってしまったので、空いた時間余裕をもって月末の仕事に取り掛かることができた。
     精神的な余裕が有り余って、「いらっしゃいませ!」と叫ぶように言ったら、支店長に怒られた。だが、そんな些細なことすら気にしないほど、余裕だった。朝の眠気も冷めはじめコンディションは最高で、さっさと帰ってジムでサウナにでも入ろうかと考えていた。
     そんな僕の様子を見て、
     「うひょーくん、今何しとる?」
     「○○です」
     「それ、残業してまでやる仕事かな?今日帰ったら?」
     と上司の神の一声。一生ついていきます!!!と心の中で喚いた。たった一言、上司が僕に大義を与えてくれた。そう、僕は【上司から言われたから帰る】のだ!
     普段の早く帰りにくい空気は、一瞬で打ち破られた。
     まず、家に帰って、夜ご飯を食べる。その後、すぐさま着替えて、車に乗ってジムへ。軽くベンチプレスをした後、風呂にサウナと汗を流す。全て終わったあとは、マッサージ機で全身をほぐしてもらい、駐車場で堅あげポテトを食べながらニコ生。ここまで僕の計画は練りあがっていた。
     先輩や上司のゴミ箱を片付け、書類等を運んでいく。机の上は綺麗になり、もう帰る準備はできた。と、その時
     「うひょーくん、仕事終わったのか」
     とおじさんが笑顔で聞く。
     「はい」
     「じゃあ勉強会来るか?」
     僕の表情は凍り付いた。間違いなく嫌そうな顔になっていたと思う。一応笑顔は取り繕っていたが、不自然な顔の歪みにしか見えなかっただろう。そんな僕の顔を見たのか、
     「いや、ここからは自主的な勉強だけど」
     と、一応強制じゃないアピールをしてきた。だが、これは実質的に強制である。間違いなく強制イベントだ。ギャルゲーの選択肢なら「はい」しか存在しない状況である。10秒くらい微妙な間があった。しかし、僕が腹をくくるには十分な時間であった。
     「行きます!」
     今日一の大きな声と笑顔で答えた。断れないんだなぁこれが・・・。もう少し断れる人間になりてえなぁ・・・。僕のこういうところが、先輩に気に入られてしまうのである。嫌そうな顔をするくせに、腹をくくると思い切り気持ちのいい返事をしてしまうところ。妙な思い切りの良さ。これが全ての元凶である。どれだけ空気が読めなくても、気を遣えなくても、こういう無駄なところで、見捨てられる機会を逃すのだ。
     勉強会では大変頭のおかしい講師が話していた。大声でものすごいスピードで捲し立てるように経済について解説していくスタイルが45分続く。参加者の半分以上は理解できず、首をかしげていた。僕はかろうじて食いついて聞いていたが、内容自体は非常に論理的に筋が通っており、講師をやっているだけのことはあるなぁ、と感心した。
     また、自信満々にスピードを上げて話すことで、論理的に弱いところがあっても胡麻化すことができており、非常に戦略的なトークだった。ディベートのように官公庁の名前や、有名な経済学者の名前を出して話す印象操作も巧みだった。傍から見ると、ADHDのおっさんが喚いてるだけにしか見えないのだが。
     変人を観察して残業代がもらえるなら、意外といいぞ。と、喜びながら帰宅する僕であった。
     おやすみなさい。

     

     
     

  • 俺は社会の敵ではない。だが、社会は俺の敵だ。

    2018-01-11 00:59
    生きるのが辛い・・・。ただひたすらに。
     今日、歓送迎会があったが、もう限界だ。無理して笑うのに疲れた・・・。本来笑いとは自然に出てくるものだが、俺にとってはもはや仕事である。
     笑う門には福来るなんてのは嘘。笑うことはそのまま不幸へのヘルロードだ。
     俺はトーマス・マンのトニオグレーゲルを読み、自分と同じ社会不適合者の影を感じ、100pちょっとしかないのに途中で読むのをやめた。この時点で完全に社会不適合者の仲間である。
     今ならわかる。太宰は人間失格で、周りの目をよく見てうまくやってきた、と自負している。しかし現実では、こいつやばいぞ、と気づかれていたに違いない。なぜわかるかって?俺がそうだからだ。いや、もうこんな話をしている時点でそこは過ぎたのかもしれない。気づかぬ方が幸せなのは言うまでもない。
     そもそも、読書なんていう趣味が糞なんだ。しかも好きな本は純文学か、学術書。
    「休みの日何してんの?」
    「読書」
     これだけで相手は困る。空気が静まり返る。そこで頑張ってもらって、
    「どんな本読むの?」
     と聞かれても
    「そうですね~三島由紀夫とか~」
     などと答えたら、この後誰が話をつなぐのだろうか?三島由紀夫を読んでいて、うーんここがすごい、と言える人間などどこにいるのだろうか?池上彰とでも話すか?
     これが例えば、現代のミーハーに近づいて村上春樹と答えても、そう変わらないだろう。しかも、俺は村上春樹はほとんど読んでいない。一冊だけ。「海辺のカフカ」だけだ。
    せめて「ノルウェイの森」ならチャンスはある。だが、読んでない。読んだとしてもチャンスがあるだけで、100発打ったら1発当たる程度だろう。
     毎朝新聞の読み合わせをするのだが、どうしても脳みそが学問的な考え方をしてしまう。周りはみんな日経平均を当てたり、売ることを考えているのに、一人だけ将来の社会の全体像を想像しているのである。馬鹿馬鹿しい。なんの役に立つというのだ、中途半端なくだらない妄想が。更に、読書で脳のキャパが半分以上埋まっているので、仕事も大してできぬ。
     そんな社会不適合者が必死に気を遣っても、ぎこちないのだ。加えて、上記の如く会話も続かない。傍からみれば滑稽だ。人間失格が人間の振りをして必死に取り繕っても、不適合者の自我が見え隠れして、「あ、こいつやべえな」と気づかれる。影で散々悪口を言われているのだろうなぁ・・・・。
     同情されている可能性もあるが、どちらにせよいい評価が得られているはずもなく、社会不適合者であることには変わりない。
     社会不適合者だから、小説家になろう!という発想もある。三島由紀夫がどっかの評論でも言っていたことだ。だが、ブロマガをダラダラ書く程度の俺には到底無理だろう。
     あ~社会人やめたい・・・。社会人どころが人生やめたい・・・。
     俺は社会の敵ではない。だが、社会は俺の敵だ。終わり。