• 【二次創作SS】結月ゆかりは官能小説家のようです【ゆかマキ】

    2015-08-02 03:121
    ・官能小説家の結月ゆかり幼なじみの弦巻マキが送る日常劇。
     さっくりと読める二次創作集です。

     ――――――――

    ・ゆかりさんの頼み事

     ある夏の昼下がり。
     私、結月ゆかりはノートパソコンの画面とにらめっこしてた。

     先週から自室のエアコンが壊れ気味である。
     そのため、手狭なワンルームの室温が三十度を下回らない状態が続いていた。
     シャツが汗で肌に貼り付き、地味でいやらしい不快感を生み出している。

    「そこら辺のファミレスで仕事をした方がマシですかね……」

     私は座椅子に背を預けて考える。
     だけど、今は財布の中身が空っぽに近い。
     どうにかして、新刊の印税が入るまで耐えなければ……。

     ピンポーン

     呼び鈴の音が聞こえて、それから来客が返事も待たずに玄関を上がってくる。
     やってきたのは金髪巨乳の幼なじみ、弦巻マキだ。
     彼女はタンクトップにホットパンツという刺激的な服装である。

     こんな格好で街中を歩いてくるとは……さては痴女だな?
     まあ、痴女とはいえ幼なじみだから、麦茶くらいは出してあげることにしよう。
     ゆかりさんは寛大なのである。
     それに今日は彼女に頼み事があったわけで――

    「……ゆかりちゃん、また変なこと考えてるね」
    「なんのことやら」
    「それで私に頼みたいことってなんなの?」

     マキさんが氷たっぷりの麦茶をズズッと飲む。
     テーブルに両肘をつき、私はシリアス顔で言い放った。

    「マキさん、とりあえず裸になってください」

     ――――――――

    ・確信

    「はっ、はぁああああっ!? ゆかりちゃん、真面目な顔してなに言っちゃってんの!? 裸になれとかさ、友達でも許容できる範囲ってのがさ!! もしかして、これが百合なの!? キマシタワー的なアレなの!?」
    「マキさん、落ち着いてください」

     私はゲンドウポーズを崩さずに続ける。

    「マキさんは私の仕事を知っていますよね?」
    「……官能小説家、だよね」

     マキさんの顔が真っ赤になっている。
     ふふふ、そんな今更になって清純派ぶらなくてもいいんですよ?
     私の官能小説を何冊か電子書籍で買ってくれていることは知ってるんですから
     追及してもいいですが……まあ、今のところは黙っておきましょうか。

    「はい。次回作は巨乳女子大生陵辱ものなのですが、どうも納得のいく描写が書けずに苦戦していまして……本来なら行きつけのお店で実物を拝むところなのですが、生憎持ち合わせがなくて困っていたわけです」
    「実物が拝める行きつけのお店とは一体……」

     あぁ、ゆかりちゃんが遠のいていくよ……。
     マキさんが嘆きながら、へなへなとフローリングに座り込んだ。
     彼女の中身が田舎から出てきたときのままで、幼なじみの私としては一安心である。
     痴女みたいな格好でロックバンドのボーカルなんかやってるけど……。

    「でもさぁ、ゆかりちゃんは『そっち方向』の人脈があるわけでしょ? わざわざ私に頼まなくても、おっぱ……体を見せてくれる人くらい、それなりにいるんじゃないの?」
    「……それなりにいますね」
    「だったらさぁ――」
    「ですが、マキさんのおっぱいに勝るものはありません」
    「ふぇっ!?」

     私は断言する。
     お泊まり会のたびにお風呂で触りまくっていた私が言うのだから間違いない!!

     ――――――――

    ・プラン

     膝を抱えてモジモジしているマキさん。
     どうやら、彼女を堕とすにはまだ一手足らないようである。

    「分かりました。マキさんも一人で脱ぐのは恥ずかしいでしょうからね」

     私は肌に貼り付いた汗濡れシャツをおもむろに脱いだ。
     壊れたエアコンから吹き付ける生ぬるい風も今なら涼しく感じられる。
     あとは蒸れたスパッツを脱ぎ捨てるだけでヌーディストビーチだ。

    「ななな、なに突然脱いでるの!? それもノーブラじゃん!!」
    「これが新時代のクールビズですよ」
    「宅配便とか来たらどうするの!? コンビニに行くときとかは!?」
    「逆に考えるんですよ、マキさん。見られちゃってもいいさ……」
    「痴女じゃん!!」

     付き合ってらんないよ、とマキさんが腰を上げる。
     どうやら、私の方から脱ぐ作戦は失敗だったようだ。
     ゆかりさんのわがままボディを堪能することなくスルーするとは……。
     自分だけ裸なのも馬鹿馬鹿しいので、濡れシャツを我慢して着直すことにする。
     さてと、ならば攻め方を変えてみましょうかね。

    「でしたら、国産黒部和牛の熟成肉、五千円コースで手を打ちましょう」
    「黒部和牛の熟成肉!?」

     帰ろうとしていたマキさんがくるりと振り返る。
     瞳キラキラ。頬は赤く染まり、艶やかな唇の端からよだれが……。
     これ完全にメスの顔……じゃなくてメシの顔ですわ。

    「一回しか食べたことないけど、あれってめちゃくちゃ美味しいんだよね……じゅるり」
    「ふむ、それでは裸になってもらえますね?」
    「ぐぬぬ……でも、参考にするって言ったけど、絶対に見るだけじゃないよね」
    「できれば味も見ておきたいですね」
    「はい、アウト!!」

     ――――――――

    ・プロですから

    「マキさんは熟成肉を味わい、私はマキさんのおっぱいを味わう……何の問題が?」
    「問題大ありだよ」
    「分かりました。それなら、マキさんも私の青い果実を好きなだけ蹂躙してもいいですよ」
    「なにその官能小説的な表現!? なに言っちゃってんだか、ゆかりちゃんは……」

     むむむ?
     巨乳女子大生陵辱、官能小説的な表現、熟成肉――
     ここでゆかりさんに電流走る……!!

    「私はおもむろにマキさんの熟成肉にむしゃぶりついた――この表現は使える」
    「他人様の胸を熟成肉に例えないでよ!?」
    「熟成されたそれからは芳醇な香りが立ち、舌を這わせれば微かな塩気と官能的な甘みが感じられた。おもむろに両手で揉みしだけば、脂がとろけだし、肉汁が溢れ出さんばかりである。私はマキさんに魅了されて、文字通り肉欲に溺れていったのだった……」
    「しかも上手いこと言ってるし!?」

     私は座椅子に腰掛けると、一気に集中モードに突入した。
     今の勢いを失わないうちにエロシーンを一気に書き上げる!!
     はぁあああああああっ!!
     これがプロの官能小説家、ゆかりさんの本気だぁあああっ!!

     ――時間経過――

     しばらくして、私は区切りのいいところで一息ついた。
     どうにか、苦戦していたエロシーンは書ききることができた。
     今の流れを大事にすれば、残りは自ずと書き終えられるだろう。
     ふと窓に目をやると、外はいつの間にか真っ暗になっていた。

    「ゆかりちゃん、書き終わったの? ちょうど良かったあ」

     エプロン姿のマキさんが持ってきたのは、二人分の大盛りチャーハンだった。
     それは彼女の得意料理であり、私の大好物なのである。

    「マキさん、今日は色々とごちそうさまです」

     ――――――――

    ・ゆかマキ銭湯

     大盛りのチャーハンを完食したあとのことである。
     満腹になってお腹をぽっこりとさせたマキさんが言った。

    「夜になって少し涼しくなったし、近くの銭湯にでも行く?」
    「あっ、あーっ!!」
    「ど、どうしたの、ゆかりちゃん。変な声出して?」
    「最初から銭湯に行けば、無理してマキさんを脱がせなくてもよかったんですよ」
    「別に問題は解決したんだからいいじゃん……」
    「なまちちを拝めるに越したことはありませんよ さあ、銭湯に行きましょう」

     ――ゆかマキ移動中――

     かぽん

    「――という擬音を生み出した人は天才だと思いませんか、マキさん?」
    「そ、そうだね……あとガン見はやめて……」

     私とマキさんは現在、近所にあるスーパー銭湯で入浴中である。
     学校の教室くらいはありそうな湯船で、はわわぁ極楽ですよ極楽
     おまけにマキさんの国産熟成肉、左右合わせて二キログラムも鑑賞し放題だ。

    「だから、その例え方はやめーや!!」
    「へぶっ!?」

     マキさんのグレートエレキファイヤーが私の脳天に直撃
     うぐぐ……。
     今まで何発も喰らってるけど、相変わらずマキさんの攻撃の正体が分からない。

    「……それはそれとして、お風呂上がりはやっぱり牛乳ですかね」
    「牛乳もアリだけどさ。せっかくだから、どこかで一杯飲んでかない?」
    「ふむ、それはいいですね 原稿書き上げの前祝いです」

     私は肩まで湯船に浸かりながら、お風呂上がりの一杯に思いを馳せる。
     その楽しみもマキさんが隣にいればこそ、ですね。

     おしまい
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  • 【東方二次創作SS】さとこい、愛のサイコロトーク

    2015-02-05 18:202


     私、古明地さとりは自室の机に向かって日記をしたためている。
     書いている内容は実に他愛ない。おくうの羽が焦げたので綺麗にしてやったとか、お燐の拾ってきた猫が子供を生んだとか、地震で剥がれた外壁を鬼に直してもらったとか……そういったことを万年筆でカリカリと書いていくのだ。

     私には記憶を整理する必要がある。なまじ心が読めてしまうと、自分の記憶と他人の記憶が混濁してしまうのだ。酷いときにはお腹が鳴るほど空腹なのに、自分は食事を済ませたような気分になっていたりする。
     そんなことを誰かに話すと大抵笑われる。私は地霊殿の主として素知らぬ顔をしているが、実際のところは内心でかなり恥ずかしがっている。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのをグッと堪えて我慢しているわけだ。

     私はあらかた書き終えて、革張りの日記帳から顔を上げる。
     壁掛け時計を確認すると時刻は午後十時を回っていた。
     机の真正面は窓になっていて、外が薄暗いから鏡のようになっている。

     窓には私の冴えない顔が映っていた。
     色白というか、顔色が悪いというか、自分でも陰気だと分かる。薄紫色の頭髪はくしゃくしゃで、年老いた毬藻を見ているかのようだ。昔は長く伸ばしていたこともあったが、それはそれで手入れが面倒なので止めてしまった。紫色の瞳はいかにも怪しげで、目つきは眠そうというか、睨み付けているというか……。
     まあ、地霊殿で暮らしているのは私の身内だけで、訪れてくるのも大抵は変わり者ばかりだから、わざわざ愛想を良くする必要もない。私が陰気な顔をしていても、それを気にする人なんていやしないのだ。

    「…………」

     鏡になった窓を見ながら、私は左右の頬に両手を当てる。
     頬の肉は鋼鉄のように固く、指先は氷のように冷え切っていた。

     窓にはがらんとした自室の様子も映っている。
     部屋はあまり広くない。端から端まで小股で十歩くらいだ。
     窓は南向き(地下なので南も何もあったものじゃないが)で、窓際の机を挟むようにして本棚が並んでいる。本棚には今まで書き連ねてきた分厚い日記帳がたまっていた。他には灼熱地獄跡地を管理することや、動物を飼育することについての書籍もある。
     出入り口のドアは北東側の隅、北西側の隅には天蓋付きのベッドと衣装箪笥がある。他にはパッと目につくものはない。一見すると小綺麗に感じるのだが、それは余計な私物が置かれていないからだ。

     壁掛け時計で時刻を確認する。
     午後の十時を過ぎた辺りだ。
     やることもないから、早いけれども眠ってしまおうかしら……。
     私がそんなことを考えていると――

    「どりゃあっ! お姉ちゃん、いるう? サイコロトークの時間だよっ!」

     我が妹である『古明地こいし』が部屋のドアを蹴り開けてきた。
     私はびっくりして椅子から腰が浮き上がる。
     乱暴に蹴られたせいで、ドアの蝶番がぐらついていた。

    「こ、こいし!? 部屋に入るときはノックするようにと――」
    「お姉ちゃん、サイコロトークの時間だよっ!」

     ふわふわとした銀色の髪、パッチリとした目にエメラルド色の瞳。特徴的なのが貼り付いたような笑顔である。どういうわけなのか、こいしは常に満面の笑みを浮かべているのだ。それが我が妹ながら、若干得体の知れなさを感じさせられる。

     こいしは何故だか一抱えもある大きなサイコロを抱いていた。
     サイコロの表面には目ではなくて細々と文字が書かれている。

     な、なにをするつもりなんだろう……。
     私は椅子に座ったまま身構える。
     こいしがサイコロを天井にぶつかりそうなほど高く放り投げた。

    「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が↑でるかな↓ぺろぺろ♪」

     彼女の手拍子が終わった頃、サイコロがぴたりと動きを止める。
     こいしはサイコロを拾い上げると、それの上になった面を見せてきた。
     私は目を細めて覗き込む。

    「お姉ちゃんのほっぺを抓る話……略して『おねほぺ』!」
    「な、なんですか、それは!?」
    「問答無用!」

     こいしがサイコロを投げ捨てて、猛然と私に襲いかかってくる。
     私は逃げることもできず、そのまま左右の方を思い切り抓られてしまった。
     サイコロトークって言ったよね!?
     でも、これって完全に単なる暴力だよね!?

    「いたっ! いたたたっ!」
    「むむむ、想像以上に固い。紙粘土か!」
    「ひ、ひりませんよぉ……」
    「触診完了。常日頃から揉んでおくように!」

     医者のようなことを言って、こいしがコホンと咳払いする。
     彼女はそれから再びサイコロを拾い上げた。

     これは……こいしが飽きるまで付き合うしかないのか?
     抓られた頬が痛み、ジンジンと熱を持っている。
     あの子、どんだけ思い切り抓ったんだ……。

    「こ、こいし……どうして、こんなことをするんですか?」
    「どうして?」

     こいしがあごに指を添えて、尤もらしく小首をかしげて考える。

    「どうしてなのか……それは私にも分からない。無意識のなせるわざ。生命の神秘」
    「いやいや、そのサイコロは明らかに手作りでしょ!? 人為的なものでしょ!?」
    「お姉ちゃん、細かいことを気にしてるとモジャるよ?」
    「モジャるってなにっ!?」

     ハゲるみたいに言うな!
     髪の毛のこと、気にしてるんだから!

    「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が↑でるかな↓ぺろぺろ♪」

     こいしがサイコロを放り投げ、歌い、またサイコロを拾い上げる。
     それから、再び上になった面を見せてきた。

    「お姉ちゃんのワキをくすぐる話……略して『おねワキ』!」
    「く、くすぐり!?」

     私は反射的に椅子の上で体を丸める。
     ワキをくすぐられるのはまずい! 私はくすぐられるのがとにかく苦手で、くすぐったいというレベルを超えて、物事がよく考えられなくなってしまうのだ。恥ずかしくてもポーカーフェイスは貫き通せるが、くすぐられるのだけはヤバい! 地霊殿の主として……何よりもこいしの姉として、妹の前では醜態をさらして――

    「ワキ! ……と見せかけて、足の裏!」
    「う、うひゃひゃひゃっ!」

     それは反則! それは反則でしょ!
     私は右の靴を脱がされ、足裏をくすぐられて、そのまま椅子から転げ落ちる。
     こうなってしまうと、あとはこいしの独壇場だ。足の裏を守ろうとしたら、今度は脇腹ががら空きになる。こいしはそこを狙って、ほっそりとした指先で何度もソフトタッチを繰り返してきた。こ、呼吸が! 笑いすぎて呼吸がっ!

    「お姉ちゃん、深呼吸! ひっひっふーっ! ひっひっふーっ!」
    「ひっ、はひっ、はっ、ひっ……」
    「この程度で呼吸が乱れるとは……運動不足の証拠だね。毎日ランニングをすること」

     ひとしきりくすぐって、こいしがスクッと立ち上がる。
     私は絨毯にうつぶせの状態でダウンしていた。
     全身ガクガクの状態で力が入らない。
     呼吸も乱れっぱなしのせいで、頭がボーッとしていた。

    「……うわっ! お姉ちゃんのよだれが服に付いてる! ばっちい!」

     こいしが服のシミを指で摘み上げている。
     私はどうにかこうにか、椅子を支えにして立ち上がった。

    「わ、わらひだって、好きでよだれを垂らしてるんじゃないんですよ……」
    「えっ……そうなの!? お姉ちゃん、居眠りしてるときはいつもよだれが――」
    「そのときは起こして教えてくださいよ!」

     妹やペットの前で居眠りするだけでも恥ずかしいのに……。
     日常的によだれを垂らしているところを目撃されていたのか!?

    「……し、しっかりしろ、私!」

     私は自分の頬を両手でバシバシ叩いた。
     こいしが疑わしそうな目を向けてくる。

    「お姉ちゃん、突然どうしたの? ドMなの?」
    「自戒の意味を込めた行動です。お気になさらず!」
    「ふーん」

     極めて淡泊な反応。
     こいしが何事もなかったかのようにサイコロを拾い上げる。
     ま、まだやるのか……。

    「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が↑でるかな↓ぺろぺろ♪」

     サイコロを放り投げて、歌って、拾い上げる。
     こいしが三度、上になった面を見せてきた。

    「お姉ちゃんに寝技をかける話……略して『おねねわ』!」
    「ふぁっ!?」

     私が驚きの声を漏らしたとき、こいしはすでに行動を起こしていた。
     地面を舐めるような低姿勢のタックルである。

     こいしは私の腰に組み付くと、素早く体位を入れ替えて背後を取った。
     途端、腰が引けていたせいか、私の体が簡単に浮き上がってしまう。
     それから、こいしは私の体を裏投げでベッドまで放った。

    「ふぎゃっ!?」

     柔らかいベッドの上で跳ねたと思った瞬間、こいしが真上から覆い被さってくる。
     彼女がパッと起きあがって、開放されたと思ったのも束の間――

    「あだだだだっ!」

     今度は途端に左足首を痛みが襲った。
     これは……見まごう事なき足四の字固め!
     こんなサブミッションを妹に教え込んだのは誰だ!?

    「ふっ、はっ……くっ……」
    「ギブ? お姉ちゃん、ギブ?」

     こいしが天使のような笑顔で問いかけてくる。
     天使のような悪魔の笑顔とはよく言ったものだ。

     私はぶんぶんと首を横に振る。
     このままでは地霊殿の主として、姉としてのプライドが崩壊する。
     私にとってプライドはアイデンティティと同じこと!
     それはある意味、命よりも重い! 重いからこそ諦められない!

    「せいやっ!」
    「きゃっ――」

     柔らかいベッドを利用して、私は弾むように上半身をねじった。
     上半身に続いて下半身、さらには関節技をかけているこいしもひっくり返る。
     必然――

    「あびゃーっ!?」

     こいしから実に痛そうな悲鳴が聞こえてきた。
     四の字固めはひっくり返されたら、今度は技をかけていた方がダメージを受ける。
     それは幻想郷の常識!
     こいしがダメージを受けているのは、目に涙を浮かべていることからも明らかだ。

    「姉をいじりすぎるから、こうして痛い目を見るのですよ」
    「お、お姉ちゃん、ギブ! ギブ!」
    「私はもう少し続けても構いませんが?」
    「ご、ごめんなしゃい! 割と真剣にごめんなしゃいっ!」
    「……ふむ、まあいいでしょう」

     私はこいしを解放してやる。
     彼女はベッドから転がり落ちて、それから絨毯をのそのそと這った。
     笑顔なのは相変わらずだが、それも崩れかけて、額には汗の玉が浮かんでいる。

    「ま、まだ、勝負はこれから……」
    「……むむむ、懲りないですね」

     私もベッドから下りると、机のところまで移動して椅子に腰掛けた。
     これでも私たちは妖怪である。
     ちょっと痛い目に遭わされたくらいではへこたれない。

     こいしがふらつきながらも立ち上がる。
     彼女は足下のサイコロを拾い上げて、それを高らかに放り投げた。

    「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が↑でるかな↓ぺろぺろ♪」

     今回はあまり転がらず、サイコロはストンと絨毯に落ちた。
     ふらふらしながら、こいしが出た面を覗き込む。
     瞬間、彼女の表情が太陽のようにパッと明るくなった。

    「今日の当たり目!」

     こいしが持ち上げたサイコロには、赤い文字で『当たり』とだけ書かれている。
     彼女は満面の笑みを浮かべているが、今までの出目の結果がアレ過ぎるため、こちらとしては一片たりとも喜べない。今度は凶器でも持ちだしてくるんじゃないかと、思わず武器になりそうなものがないか探してしまった。

    「今日の当たり目は……じゃじゃん!」

     こいしが『当たり』の面をビリッと剥がした。
     隠されていたお題が露わになる。

    「古明地こいしがストリップをする話……」
    「はいっ!?」
    「略して『こいスト』!」

     この子、唐突になに言っちゃってんの!?
     でも、こいしは大真面目らしい。
     挑発的な視線を投げかけながら、彼女はするすると上着を脱ぎ始める。

    「お姉ちゃん、あなたも好きね♪」
    「…………」
    「うふふ。ちょっとだけよ♪」
    「…………」

     私は苦々しい顔をすることしかできない。
     正直なところ、妹の行動にドン引きである。
     こいしが脱いだ上着を指で摘み、それをぽいっと私の方に投げてきた。

    「ふがっ!?」

     顔面に覆い被さった上着を回収する。
     これは……このまま洗濯にでも回しておくか。

    「お姉ちゃん、私のことを見て……」

     こいしは悩ましげに体をくねらせている。
     つま先から腰、腰から胸元に……華奢な体をなぞるように指を這わせていた。
     彼女の幼い輪郭が殺風景な自室に浮き上がる。
     こいしは踊っている間、熱っぽい視線を私に注ぎ続けていた。

     な、なんだろ……そんな急に見つめたりして……。
     私は思わず視線を逸らして――

    「目を逸らしたら駄目!!」
    「えっ……」

     突然、大声で言われてびっくりさせられる。
     私は驚いた拍子にこいしをまじまじと見つめてしまった。

     こいしは一瞬、とても真面目な顔をしていた……ような気がしたが分からない。
     彼女は自らのスカートにそっと両手を差し込む。
     ほっそりとした指先が何に引っかけられているかは明らかだった。
     こいしはゆっくりとそれを引き下ろして――

    「だめだめ、だめーっ!!」

     私は無意識のうちにフライングクロスチョップを放っていた。

    「うげっ!?」

     クロスした両腕がこいしの喉を穿った……穿っちゃった。
     かえるが潰れたような声を上げて、彼女はベッドまで吹っ飛ばされる。

     私は突っ込んだ勢いのまま、こいしの体にのっかってしまった。
     まるで押し倒したような姿勢だが……まあ、実際に突き飛ばしたのだけど。

     こいしは目を回したのか、仰向けてぐったりとしていた。
     あ、あれ……もしかしてヤバい?

    「……こいし、大丈夫ですか?」

     私はあくまで冷静を装って問いかける。
     地霊殿の主として、姉としてのプライドが……。
     四つん這いの姿勢なので、額に滲んだ汗が垂れそうになる。

    「お姉ちゃん、どうして笑わないの?」

     こいしが唐突に目を覚ました。
     最初から気を失ってなんかいなかったのかもしれない。
     彼女は普段の笑顔ではなくて、真顔で私のことを見つめている。

     見慣れないこいしの表情からは少し怖さを感じた。
     自分は取り返しのつかないことをしたのではないか?
     彼女の中に眠る何かを目覚めさせてしまったのではないか?
     そんな得体の知れない不安に駆られる。

    「笑うことだけじゃないよ。私が余程のことをやらないと、お姉ちゃんはびっくりしたり、驚いたり、怒ったり、悲しんだりしない。心の中ではしているのかもしれないけど、絶対に態度には出さないようにするよね」
    「わ、私は……」

     私は横に視線を逸らした。

    「……私は生まれつき陰気なのです」
    「それは嘘だよ……えいっ!」
    「きゃっ!?」

     こいしが急に起きあがって、ぐるりと体位が入れ替わる。
     今度は私の方が押し倒される形になった。
     胸がドキドキして、自分の心臓の音が聞こえてくる。

    「自分は暗いやつだって言い張ることで、お姉ちゃんは恥ずかしがり屋を誤魔化してる」
    「そ、そんなこと……」

     そんなことないと言い切れなかった。
     これが私の演技の限界なのかも知れない。
     実の妹に内心を見透かされていただなんて……。

     私は顔が真っ赤になるのを感じた。
     全身が沸騰したように熱くなっていて、その中でも顔が断トツに熱くなっている。火が吹き出るどころか、火山が爆発してマグマが漏れ出そうだ。いっそのこと、このまま燃え尽きてなくなってしまいたい。

    「私、お姉ちゃんの本当の気持ちを知りたい」
    「本当の気持ち?」
    「言葉や態度に出さないと、本当の気持ちは相手に伝わらない。相手に伝わってしまうのは、嘘をついているっていう態度だけ……。本人は上手に嘘をついているつもりでも、どこかで絶対にほころびが出る」
    「うっ……」
    「心の弱さを認めないと、強くなれないんだって」
    「ど、どこでそんなことを……」

     こいしは最近、地上で友達や知り合いを増やしている。
     彼女はそうやって交流を重ねているうちに成長したのかもしれない。
     その一方、私は何もせずに閉じこもってばかりいた。
     地霊殿の主であり、姉である……そんな立場に甘えきっていたのだ。

     こいしの手が私の頬に添えられる。
     私の顔が熱くなっているせいで、彼女の手はほどよい冷たさに感じられた。

    「お姉ちゃん、認めて? 自分の弱さを……」
    「……私の弱さ」
    「強がることはないんだよ。私にお姉ちゃんの弱さを見せて」
    「わ、わ、私は……」

     地霊殿の主であること、姉であること……そんな余計なプライド。
     私はこれから自分の命だと思っていたものを捨てる。
     それは身を守るためのトゲであって、同時に妹を不用意に傷つけていたのだ。
     陰気であることを装って、実の妹に嘘をついてきた。

     ここで終わりにしないと……。
     私はあらゆる相手の心を読めても、誰とも最後まで解り合うことができない。

    「……こいし」
    「なぁに?」
    「私は……恥ずかしがり屋なんです。あなたの前でも正直になれないほど」
    「よく言えました」

     こいしの表情が緩み、笑顔が戻ってくる。
     彼女の笑顔は優しく、柔らかく、いつもよりも何故だか自然に見えた。

    「お姉ちゃんの正直な気持ちが聞けて嬉しいよ」

     こいしが起きあがって、ベッドからぴょんと飛び降りる。
     放置されていた上着を拾い上げて、サッと袖を通した。
     着心地を確かめるかのように、その場でくるりとターンする。

    「それじゃあ、お姉ちゃん。お休みなさい」
    「えっ……」
    「私、もうおねむだから」
    「あ、うん……お休みなさい」

     こいしは大きなあくびをしながら部屋から出て行った。
     立て付けの悪くなったドアが閉じられる。
     あぁ、せっかく正直になれたのに……。

    「もう少し話したかった……」

     私は枕を抱き寄せて、それに力一杯に顔を埋める。
     絹織りの生地はなめらかで、ひんやりとしていて、熱くなった顔には心地よかった。
     過度な熱さが抜けていき、胸の奥に心地よい暖かさが残る。

     明日になったら、こいしにお礼を言わないと……。
     あのサイコロは彼女なりの気遣いと努力の結晶なのかもしれない。

    「……ん?」

     そんなことを考えていると、部屋の隅にサイコロが残されていることに気づいた。
     適当に転がしておくのも忍びない。
     私はベッドから下りて、サイコロを拾い上げた。
     そういえば……出ていない残り二面は何が書かれているんだろう?

    【お姉ちゃんのうなじをペロペロする話……略して『おねペロ』!】

    【お姉ちゃんのうなじをハムハムする話……略して『おねハム』!】

    「……これは酷いっ!!」

     完全に私のことをいじりたいだけじゃん!?
     それから、うなじ関連をペロペロとハムハムで水増しするなと!!

    「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が↑でるかな↓ぺろぺろ♪」

     こいしが突然、ドアを蹴り開けて戻ってくる。
     彼女はサイコロを回収すると、何も言わずに再び部屋から出て行った。
     私は一人で呆然と立ち尽くしている。

    「こいし……」

     妹の名前を呼び、ちょっと微笑む。
     あのサイコロが単なるおふざけだとしても、だ。
     私は明日になったら、こいしにきっと「ありがとう」を言うだろう。
     そうしたら、今度は彼女の恥ずかしがる顔が見られるかもしれない。
     お姉ちゃんからの感謝の気持ち、それからささやかな仕返しだ。


    (おしまい)
  • 【小説】殺人鬼・結月ゆかりの日常【ゆかマキ】

    2014-12-28 02:414
    ・引きこもりの大学生・結月ゆかり。
     彼女の幼なじみ・弦巻マキ。
     無差別連続殺人事件の続く街で、二人が送る日常とは……。

     ――――――――

     私は座椅子に体を沈み込ませ、こたつ兼テーブルに両足を突っ込んでいる。
     それで何をするのかといったら、手製のノートパソコンで実況動画を見ていた。

     見ているのは大人気実況者のゲーム実況動画だ。誰もが知っている超有名ゲームを軽快にしゃべりながらプレイしている。シリーズ累計の再生数は一千万を軽く超えて、動画をアップロードした実況者は雑誌でも取り上げられるような有名人になった。

     それに比べて、私がアップロードしたゲーム実況動画はどうだ?
     マイリストをクリックして動画の再生数を確かめる。

     ゲーム実況動画は二年の活動で二十本以上アップロードしてきたが……どれも再生数は二桁くらいで、一番見られているものでも数百再生で止まっていた。実況しているゲームも旬や話題性を重視しており、それでいて私自身もちゃんとプレイを楽しんでいた。

     流れてくるコメントも酷いものである。
     なんだ女か。何番煎じだよ。新しい声素材かな?
     そんな味気ない言葉が二つ、三つほど書き込まれているだけなのだ。

    「私の動画と有名実況者の動画と……なぁにが違うんですかっ!!」

     大声で叫びながら、座椅子の背もたれごと後ろに倒れる。
     それから、手元にあったクッションをバシバシと叩いた。
     運動していないのですぐに疲れる。

    「本当は分かってますよ、私だって……」

     声は聞き取りづらいし、実況はたどたどしいし、動画編集は下手だし……ブレイクする要素は一つもない。視聴者に媚びたところもなければ、積極的な宣伝活動もしていない。心に残るものが何もないのだ。

     壁際のスタンドミラーに先月二十歳になった私の姿が映っている。
     外出する予定もないから完全ノーメイクだし、当然のようにスキンケアもしていない。
     体毛の薄さがせめてもの救いで、手入れする手間が省けている。

     伸びっぱなしの髪は立っても地面に着きそうだ。あまりにもうっとうしいので、前髪はヘアピンで留めて、後ろ髪はシュシュで緩く二つにまとめている。薄紫色のジャージは一週間前から着ているものだが……まあ、外出してないから平気だ。

     それから、両手にはぴっちりと貼り付くような黒手袋を填めている。サテン生地なので表面がサラサラだ。キーボードはべたつかないし、パソコンのモニターも拭けたりして結構重宝している。高校生のときからの愛用品だ。

     私はむっくりと起きあがって、再生数が伸びない実況動画という現実と向き合った。
     で、動画の上に表示される広告が目に止まる。
     そこには『無差別連続殺人事件、これで二十三件目!』と書かれていた。

     すぐさま、私は広告を非表示設定にする。
     それは私の住んでいる街で起こっている事件だった。二十三件だなんてとんでもない話であるが、それだけ繰り返されると簡単には驚けなくなる。でも、恐怖心は雪が少しずつ降り積もるようにして、私たち一般市民の間で成長していった。

    「……これだから外の世界はおっかないですね」

     殺人鬼が出没する街に出かけるくらいなら、私はアパートで実況動画を編集する!
     今日も楽しい引きこもり生活の始まり――

     ピンポーン!

     部屋のインターフォンが鳴った。
     それから、三三七拍子のリズムでインターフォンが連打される。
     こんなことする人間、私は一人しか知らない。

    「はいはい、今すぐ出ますよ」

     私はのっそりと立ち上がる。
     ワンルームのアパートなので、こたつから玄関までは数歩しか離れてない。
     玄関のドアを開けると、真っ先にとてつもない母性の固まりが視界に飛び込んできた。

    「オッス、ゆかりちゃん。また引き籠もって動画を作ってるの?」
    「こんにちは、マキさん。私の創作活動を邪魔しに来たんですね?」

     弦巻マキ、それが来訪者の名前である。
     彼女は私の幼なじみで、同じ高校を卒業して、同じ国立大学に進学した間柄だ。

     背中まで伸ばした金髪は、大学進学の際に染めたものである。高校までは黒髪眼鏡の地味子だったのに思い切ったものだ。音楽大好きの彼女らしくヘッドホンを首に引っかけている。服装は真っ赤なパーカーにダサいシャツ。デニム生地のホットパンツとニーソックスが太ももに食い込んでいる。彼女は大変に発育がよろしいので、着ているシャツは胸元が目一杯に引き延ばされていた。

     シャツをよく見てみると、そこには『I AM SEX MONSTER!』とポップな字体で書かれていた。彼女がいくらロックな女でも、そんな恥ずかしいシャツを着るとは思えない。おそらくはデザインだけを見て選んだのだろう。

     あとで人目があるときに教えてみようかな?
     彼女の恥ずかしがる姿が目に浮かぶ。

    「……ゆかりちゃんの部屋は相変わらず汚いね」

     マキさんがあからさまに顔をしかめた。
     それもそのはずで、私の部屋は文字通りに足の踏み場がない。

     購入した漫画や雑誌や同人誌、声優のCD、ゲーム機や実況機材で床一面が埋め尽くされている。収納はとっくにパンクしてしまい、半開きのクローゼットからは十八禁ゲームの箱が大量に顔を覗かせていた。
     テーブルの周りにはインスタント食品の容器。流し台には水に浸した食器類。窓際には先週から干したままのタオルが吊してある。まともに整理整頓されているのは、フィギュア類が飾ってある棚の上だけだ。

    「女の一人暮らしなんて結構汚いものですよ」
    「あ、それにゆかりちゃん……もしかしてノーブラじゃない?」

     マキさんが私の胸を指差した。

    「ジャージの上から分かるとか、マキさん、どれだけ先端を観察してるんですか?」
    「先端だけ観察してるわけじゃないってば!」
    「マキさんと違ってスレンダーですから、私にはブラジャーなんて飾りなんですよ」

     私は歴とした二十歳の大学生であるが、憎らしいことに高校生や、あまつさえ中学生に間違えられることもある。童顔であることや、背が低いことは、まあ我慢できる。でも、胸がないせいで勘違いされるのは心外だ。

    「それはそうとして、また引き籠もってるわけ?」

     マキさんが雑誌類を退かして、埋もれていたクッションに腰を下ろした。
     彼女と向かい合うように、私は定位置の座椅子に再び座る。
     こたつの中で両足を伸ばすと、正座しているマキさんの膝に足裏が当たった。

    「私には大人気実況者になって、美少女声優さんとキャッキャウフフするんです」
    「夢がよこしますぎる……」
    「そのうち百万再生くらい簡単に叩き出してやりますよ」

     私の意気込みとは対照的で、マキさんが向けてくる視線は冷たい。

    「大学は? 講義、全然出てないよね?」
    「講義になんて出てたら、動画を編集する時間がなくなっちゃいますよ」
    「それでもさぁ……せめて、たまには外出くらいしようよ?」
    「外出してますよ。コンビニとか深夜営業のスーパーとか」
    「そうじゃなくて、遊びに出かけてお散歩するんだよ。歩かないと健康に悪いから」

     私は乾いた笑い声を漏らした。

    「外出が必要なのはマキさんの方じゃないですか? お腹ぷよぷよですよ」
    「悪かったな、ぷよぷよで!」

     マキさんが前のめりの姿勢になって、万年ぷよぷよのお腹を隠した。
     テーブルに彼女の巨乳がドンッと載せられる。
     なんですか、それは? 私のことを挑発してるんですか?

    「それに……外の世界はおっかないところですよ」
    「どうして?」
    「殺人鬼が出るかもしれませんよ。やだなぁ、怖いなぁ……」
    「まだ昼の二時だよ? カーテン閉めきってるせいで分からないけど」

     私はノートパソコンにあごを載せてふくれてみせる。
     すると、マキさんが私の頬を人差し指でツンツンしてきた。
     私は釣り上げられたフグか!

    「幼なじみが誘いに来たんだから付き合ってよ。午後、休講なんだよね」
    「……気乗りしないですが、仕方ないですね」

     マキさんにとっては貴重な平日休みである。
     たまには親友の頼みを聞いても罰は当たらないかもしれない。
     動画製作にも行き詰まっていたところだし、ここは彼女の話に乗ってみるか……。

    「近場じゃないと嫌ですよ?」

     私は愛着しているニット帽に手を伸ばした。

     ×

    「……で、行き先が駅ビルのアニメイトですか」

     借りているアパートから徒歩十五分。
     私とマキさんは最寄りの駅ビルに来ていた。

     アニメイトは七階建ての最上階にある。北関東では貴重な大手オタクショップで、この店舗は手狭ながら気の利いた商品が揃っていた。私とマキさんは小学生の頃から通い詰めているので、間違いなく店員に顔を覚えられているだろう。
     万引き防止のゲートを抜けると、すぐそこにはアニメ化された注目作品が山積みになっていた。私たちと同じ暇な大学生がそれらをチェックしている。私とマキさんは一旦迂回して、音楽CDの棚に向かった。

    「ゆかりちゃん、他の場所に行きたがらないじゃん……あ、ほら。初音ミクだよ」

     マキさんが指差した棚は一面が初音ミク関連のCDで一杯である。
     色鮮やかなボーカロイドたちが笑顔で陳列されていた。

    「初音ミクがなんぼのもんですか。そのうち、私の声を使ったボーカロイドを売り出して、大ブームを引き起こしてやりますよ。私も『中の人』として大ブレークします。ふふふ、私のボーカロイドがあれこれされるエロ同人誌とか出ちゃったりして……」

     マキさんが微妙そうな顔をする。

    「え、それ、嬉しいの? 自分が変なことされてる気分にならない?」
    「それは……どうでしょうね。声優さんたちはどんな気持ちなのか……」

     私はキャラソンの棚から気になるものをいくつか選んだ。
     パッケージを眺めながら、購入するかどうかを検討する。

    「ゆかりちゃん、その手袋いつもしてるよね……中二病?」

     マキさんが私の黒手袋をさわさわしてきた。

    「普通は手袋を着けていたら、潔癖性なのかとか、乾燥肌なのかとか聞きますよね?」
    「ゆかりちゃんの生活を見てたら、そんな疑問は思い浮かばないよ」
    「……まあ、半分正解ってところですかね」

     私はキャラソンのCDを棚に戻した。

    「商品に指紋が付かないですし、手汗が滲むこともないですし、結構便利なんですよ? それから、有名実況者になったときのキャラコンセプトとしても有効でしょうね。黒手袋ゆかり。どうですか、それっぽいでしょう?」
    「うーん……なんか、ことごとくエロ同人っぽいよね。ローションとか似合いそう」
    「そ、それもまたよしですね……」

     周囲の暇な大学生たちから視線を感じるのは気のせいだろうか?
     ええい、私のことをタダで見ないでください!
     今でこそ引き籠もりですけど、私は超有名実況者になる予定の女なんですよ!

     結局、実況者特集の掲載された雑誌だけ購入した。
     背負ったリュックサックに入れて持ち帰る。

     駅ビルから出ると灰色の空が広がっていた。
     そのうち雨でも降ってきそうな雰囲気である。

     大学進学を機に引っ越してから一年経過したが、ここは私の街だと自信を持って言うことができない。北関東の地方都市。人口は四十万人弱。新幹線が通っているため、観光地に向かうための玄関として使われている。でも、そんなデータがどうしたって感じだ。

     駅前通りには平日の昼間なのに高校生の姿が結構見られる。制服姿のやつもいれば、私服姿のやつもいるけれど、大体チャラくて関わりたくない感じだ。ニュースで報道されていた話だが、この街は県内の他都市に比べて少年犯罪が数倍多いらしい。

     私たちは若者で混み合っている駅前通りを歩いた。
     ロータリーから伸びる二車線に沿って、居酒屋やファーストフード店の詰まった雑居ビルが建ち並んでいる。そこかしこからビラ配りの声が聞こえて、煙草と排気ガスの混じった嫌な匂いがした。若者たちは縁石にしゃがみ込み、スマートフォンを熱心にいじっている。

     まあ、私たちも暇な若者たちなんだけど……。
     それにしても、この街の粗雑な雰囲気には慣れなかった。
     大学とアニメイトに近くなければ早々に引っ越していたところである。

    「高校を堂々とサボるなんて、どういう神経をしてるんでしょうね?」
    「そんなこと言って、ゆかりちゃんだってサボってたじゃん」
    「私はちゃんと学校に電話を入れて仮病してましたよ」
    「仮病じゃん!」

     マキさんが漫才のようにポンと手でツッコミを入れる。
     それさりげなくノーブラパイタッチなんですけど……。

    「そうじゃなくて、漫画やアニメだと断りもなく学校をサボったり、勝手に早退したりするじゃないですか。私たちの学校でそんなことしたら、先生たちが大騒ぎして、授業がストップしちゃいますよね……というか、実際そうなりましたよね」
    「そりゃあ、校庭に狸が出てくるような田舎ならそうなるよね。平和な証拠」
    「平和なんかじゃありませんでしたって……」
    「この街に比べたら平和だよ。だってさ、無差別殺人とか起こってるじゃん?」

     マキさんがうんざりした顔になっている。
     恐怖心も当然あるだろうが、それ以上に殺人事件の発生は恒例行事と化していた。
     不謹慎な話だけど、直接関係のない人間の認識はそんなものである。

     日本中で騒がれる無差別連続殺人事件は約二年前から起こり始めた。
     断続的に事件が続き、今月で二十三件を記録している。

     被害者は中学生から中年くらいまで、犯行時刻は日没後から深夜にかけて行われている。大抵は一人で襲われているが、あまり人気のないところでは体格の良い若者でも五、六人まとめて殺されることもあった。
     目撃者たちの証言は頼りにならない。犯人は男やら女やら、大人やら子供やら、なぜだか一致しないのである。他にも金銭を取るときと取らないときがあったり、犯行現場に犬や猫の死体が転がっていたり、不可解な点がいくつも見られた。ニュース番組やニュースサイトの情報だから、どこまで当てにできるか分からないけども。

    「犯人、さっさと捕まらないかな……」
    「マキさんも犯人には捕まって欲しいと思いますか?」
    「そりゃそうだよ。やっぱり悪い人には捕まって欲しいし……」

     重々しい空気になってしまった。
     くぐもった声が聞こえてきたのはそんなときである。
     私は思わず立ち止まって、駅前通りから路地の方に振り返った。

    「ゆかりちゃん、どうしたの?」

     マキさんに先ほどの声が聞こえなかったらしい。
     私が立ち止まったことに気づいて、彼女は道を引き返してきた。

     路地を覗き込むと、四人の男子高校生が並んで歩いている姿が見える。
     どうやら制服姿の一人が、私服姿の三人に連れ回されているらしい。先ほどのくぐもった声は、制服姿の子が一発腹を殴られたときのものだ。私に見られたことに気づいて、彼らは仲良しのフリをして立ち去ったのである。

     マキさんが殴られるところを見ていたら、とても心を痛めていたに違いない。
     思うところは色々あるが、今はそれだけが救いである。

    「なんでもないですよ、マキさん」
    「そ、そう? それならいいけど……」

     私たちはその場を立ち去った。
     その判断が良くなかった。

     ×

     私たちはそれから馴染みのゲームセンターで遊ぶことにした。
     細身の四階建てビルを使った店舗で、用事があるのはもっぱら最上階である。

     最初はマキさんに付き合ってUFOキャッチャーやリズムゲームを遊んだが、私の専門はなんといってもアイドルを踊らせてカードが出てくる類のやつだ。最上階にはお兄さんやお姉さんも安心して遊べるスペースが用意されている。

    「ゆかりちゃん、その手のやつが本当に好きだよね」
    「アニメも一期からちゃんと見てますよ!」
    「……それで動画編集する時間が足らなくなってるんじゃないですか?」

     ひとしきり堪能したあと、私たちはゲームセンターをあとにした。
     夕暮れどころか日はすっかり落ちて、駅前通りは外灯と雑居ビルから漏れる光でチカチカしていた。ゲームに熱中していたせいで、時間をすっ飛ばされた思いである。それから、財布はスッカラカンになっていた。

     気分が悪くなったあとはゲームに熱中するに限る。
     そうでもしなければ昼間の光景が頭から離れない。

    「うわっ……もう八時過ぎてるよ。私たち、どんだけゲームしてたの!?」

     マキさんが歩きながらスマホで時刻を確認している。
     駅前通りは大学生や会社帰りのサラリーマンでごった返していた。居酒屋やキャバクラの客引きも大勢いる。脇道に目を向けると、そこではネオンが怪しげに光っていた。男たちからいかがわしい視線を向けられていることにマキさんは気づいているのだろうか?

    「道理で財布も軽いわけです」
    「これから夕食なんだからしっかりしてよ。コンビニでお金おろしてくる?」
    「私は帰ってカップラーメンでもいいですけど?」
    「せめて宅飲みくらい提案してよ、ゆかりちゃん……」

     適当に歩いていたら、駅の改札前に来てしまった。
     大勢の人たちが改札をひっきりなしに出入りしている。彼らは数人の集団で固まると、快楽を求めて夜の街に消えていった。楽しそうな笑い声が洪水のように聞こえてくる。それは私にいつかの光景を思い出させた。

     誕生パーティーやクリスマスパーティーに呼ばれると、私は決まって憂鬱な気分になった。他の人たちみたいに盛り上がれず、喜ぶこともできず、何故か一人になりたくなるのだ。私と同じような悩みを持っている人はいないのだろうか?

    「宅飲みするならさ、深夜営業してるスーパーを――」
    「――あ、マキちゃんだ」

     駅前通りの方からマキさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
     それから、人混みをかき分けるように三人の女子大生がやってきた。

     彼女らはマキさんが結成したバンドのメンバーたちである。
     写真は見せてもらったことがあったので、私も名前と顔だけは知っていた。

    「あれ? みんな、どうしたの?」

     マキさんの表情がパッと明るくなる。
     バンド仲間たちが矢継ぎ早に言った。

    「みんな、偶然集まっちゃったんだよね。マキちゃんも一緒に飲まない?」
    「あ、そこの子も一緒にどうよ? 結月さんだよね。色々と聞いてるよ」
    「いつものところでいいよね。焼きとんのお店でさ」

     三人の視線が私に注がれているのが分かる。
     でも、私は彼女らの顔をまともに見ることができなかった。
     真夏でもないのに、いつの間にか背中にじっとりと汗をかいている。

    「私は……遠慮しておきますよ」

     喉の奥から出てきた声は掠れていた。
     マキさんが私の肩を揺すってくる。

    「えっ? ゆかりちゃん、帰っちゃうの?」
    「今日中に動画のアップロードをしなくちゃいけないんです。すみません」
    「あ、ちょっと……」

     彼女の制止を振り切って、私は早足で人混みの中に紛れ込んだ。
     釈然としなさそうなマキさんたちの顔が目に浮かぶ。
     私は高架下沿いの道を通って、そのまま一直線に自宅のアパートを目指した。

     本当の都会とは違って、我らが街の高架下は全然賑わっていない。居酒屋やラーメン屋の店舗があるわけじゃなく、自転車置き場や資材置き場に使われているだけだ。駅前の盛り上がりが嘘のように人気が少なくなる。

     歩いているうちに頭も冷えてきた。
     私の胸の奥では自己嫌悪が渦巻いている。

     マキさんのバンド仲間には悪いことをしてしまった。居合わせちゃったから仕方なく誘うようなタイプの人たちじゃないことを、私はマキさんから話を聞かされて知っている。それにアップロードする動画がないことはマキさんにバレバレだ。

     自転車置き場を区切っている金網に手を掛ける。
     指でなぞると金網がキシキシと音を立てた。

     私にはマキさん以外の友達がいない。
     生まれてこの方、できたことがない。
     幼稚園児のときから、ずっとマキさんに構ってもらって生きてきた。小学校、中学校、高校……そして大学に進学してからも同じである。でも、たまに思うときがあるのだ。私みたいなやつが彼女の大切な時間を独占していいのだろうかと。

    「……雨ですか」

     鼻の頭に冷たいものがぶつかってくる。
     私はニット帽を目深に被った。

     雨脚はすぐに強くなって、雨粒のコンクリートを叩く音がやかましくなってくる。駅前通りの喧噪は完全に消え失せて、時折、頭上を通る電車の音が聞こえてくるだけになった。まるでテレビに映る砂嵐のように雑音が何もかも不明瞭にしている。

     人気のない高架下を歩いていると、自分が都市の中心部にいることを忘れそうになった。
     無数の雑居ビルが小綺麗なだけの廃墟に見えてくる。

     コンクリートの濡れる匂いが鼻孔に広がっていた。
     でも、そこに何か鉄臭いような匂いが混じっている。

     ゴッ――

     近くから聞こえてくるボーリング玉が投げ落とされるような音。
     私は音のした方に振り返る。

     そこは高架下によくある資材置き場で、鉄骨やコンクリートブロックの類が山積みになっていた。迂回路を案内する立て看板や、小型のショベルカーなどが寂しそうに夜明けを待っている。周囲は高さ二メートル半の金網に囲まれていたが、出入り口の金網ドアは半開きのまま放置されていた。

     足下に壊れた南京錠が落ちている。
     ブルーシートの被せられた資材の陰に向かって複数の足跡が伸びていた。

     金網ドアを押し開けて、私は資材置き場の中に入った。
     ガシャガシャと音を立てても、それは雨音と電車の通過する音にかき消される。
     注意深く耳をそばだてていなければ、私の存在に気づくことはできない。
     相手が極度の興奮状態にあるならなおさらだ。

     資材置き場の陰にいたのは四人の男子高校生だった。
     私服姿の三人が、仰向けに倒れている制服姿の一人を囲んでいる。
     その組み合わせには見覚えがあった。
     数時間前、駅前で見かけた四人組……否、三人と一人である。

     私服姿の三人は引きつるような笑みを浮かべながら、倒れている制服姿の一人を無言で痛めつけていた。制服姿のやつは頭にビニル袋を二重に被せられており、私服姿の一人がスケートボードで頭を何度も叩いている。そのため、ビニル袋の中はトマトケチャップをぶちまけたように真っ赤で、折れた歯の欠片がビニルの表面に貼り付いていた。

     そんな光景を目の当たりにして、私は瞬間的に沸騰する。
     怖くて悲鳴を上げるのでもなく、動けなくなるのでもなく、全身が熱くなるのだ。
     頭のてっぺんからつま先まで、あらゆる汗腺が開いているのを感じる。
     こわばっていた筋肉が緩まり、温まって、今すぐにでも動かせる状態になっていた。

     制服姿のやつは先ほどからピクリとも動かない。
     私服姿の三人は不思議そうに、何度もそいつの体を痛めつけていた。
     スケートボードの車輪が壊れて弾け飛ぶ。

    「もう死んでますよ、それ……」

     私は背後から声を掛ける。
     三人の若者たちが振り返って、やっと目撃者の存在を認識した。
     彼らが反射的に自分たちの顔を隠そうとする。
     そのとき、すでに私はそいつらに向かって距離を詰めていた。

     わずか五メートル。
     一秒にも満たない間。

     私は色々なことを考えていた。
     マキさんにも話したことがない私の秘密についてだ。

     彼女は田舎の学校は平和だ、都市部の方が危険だ……なんて言っていた。そんな風に思っている人は他にも大勢いるだろう。でも、田舎の学校にだって凶悪な犯罪はたくさんある。子猫が有刺鉄線で絞め殺されたり、クラスメイトを自殺に追い込んだやつが平気な顔で授業を受けていたり、病院長の息子が中学生を妊娠させてもなかったことにされたり、そんな吐き気のする下らないことがたくさんあるのだ。

     田舎も都会も変わらない。
     吐き気のするクズ人間は日本中、全世界、どこにでもいる。
     そんなやつらを見てしまうと、私はいつもカッなってしまうのだ。
     カッとなって殺してしまうのだ。

     私はジャージのポケットから、愛用のバタフライナイフを取り出した。
     手首のスナップを利かしてオープンする。
     そうして、両手で顔を隠している男子高校生改めクズ人間の喉を突いた。

     斜め下から鋭く突き上げて、ここでも手首のスナップを使って切り上げるのがコツだ。こうすると頸動脈を切断した瞬間、血液が斜め上に向かって吹き出すのである。返り血を浴びなくて済むし、何よりも一撃で相手を仕留められるから便利だ。

     こういうやつらって、きっと今までに同じことを何度も繰り返してきたのだろうな。
     警察の厄介になっても、これっぽっちも反省なんてしないのだろうな。
     人殺しをしたことだって、あとで武勇伝として自慢しちゃったりするんだろうな。

     吹き上がった血しぶきが、隣のクズ人間の顔に吹き付けられた。
     怯んだ隙を突いて、私は同じ手順で二人目を処理する。

     三人目は悲鳴を上げながら、私に背を向けて逃げようとした。三対一で袋だたきにしておきながら、自分が命の危険に陥ると逃げるだなんて虫が良すぎる。私は背後から飛びかかって、逆手に握ったバタフライナイフでそいつの首筋をかっさばいた。

     最後に殺したやつの血がブルーシートにじっとりと吹き付けられている。
     私はバタフライナイフに付着した血糊をそいつの服で拭った。

     それから、できたての死体からスマートフォンを探って取り上げる。
     救急車を呼んでも無駄なので、とりあえず一一○番に連絡しておいた。
     高架下で人が死んでますよ、と。

    「外の世界は本当におっかないところですね……」

     私はスマートフォンを適当に投げ捨てた。
     それがパシャッと血溜まりの中に落ちる。

     これでも高校生のときまではそんな頻繁に殺さなかった。
     私は自宅と学校を行き来する普通の学生だった。目につくのは校内の事件が大半で、それらの元凶を全部処理していたら、クラス一つ分は確実に殺していたと思う。当然、私の正体も簡単にバレていたはずだ。
     その反動があったせいか、大学進学で都市部に引っ越して来てからは、カッとなる頻度も増えてきた。クズ人間が目につくことも増えた。私はそいつらを片っ端から処理しまくって、やりすぎて、そのうち部屋から出てくるのも嫌になって――

     ……そうだ。
     最近の数ヶ月、私は誰も殺していない。
     それなのに無差別連続殺人事件は続いている。

     私しか知らない。
     この街には殺人鬼が複数潜んでいるのだ。

    「――ッ!?」

     背後に気配を感じて振り返る。
     極度の興奮状態で足音に気づけなかったのは私も同じらしい。
     バタフライナイフを右手で構えて、左手でジャージの襟を引っ張り上げた。

     懐中電灯の明かりがこちらに向けられる。
     資材の陰から出てきたのは、どこからどう見ても見回りの警官だった。

     年齢はまだ若い。交番勤務に回されたばかりといった雰囲気。
     彼は私と死体の間で視線を行ったり来たりさせている。
     半開きの口は何か言いたそうにぷるぷると震えていた。

    「あ、あのですね?」

     私は気がつくと、顔を隠したまま言い訳を始めていた。

    「私は無差別連続殺人鬼とは違いまして、まあ、確かに殺人はやってるんですけど、私の場合は誰でもいいってわけじゃなくて、そりゃあ正義の味方なんて大それたことを言うつもりもないですし、でも、街のゴミ掃除くらいにはなってるんじゃないかって――」

     あはは……。
     言い訳が通じるわけないですよね。

    「さ、さよならっ!」
    「あっ、待ちなさい――」

     私はきびすを返して殺人現場から逃げ出した。
     金網を一蹴りで乗り越えて、ざあざあ降りの大雨に飛び込む。
     全身ずぶ濡れになるのもお構いなしで、私はそのまま見回りの警官を振り切った。

     ×

     翌朝である。
     私は自宅のアパートで普段通りにノートパソコンに向かっていた。

     薄紫色のジャージは雨に濡れてしまったので、現在は半袖のシャツ一枚きりである。
     それから今になって気づいたことだが、シャツにはポップなロゴで『I LOVE DOGGY STYLE!』と書かれていた。替えのシャツが手に入ったら、こいつは早急に処分することにしよう。

     昨晩の殺人事件については、深夜のニュースで早速報道されていた。
     犯人は細身の若い女性であるといつになく強調されていた……というのも、今までは証言にバラつきがあったが、今回犯人を目撃したのは腐っても現職の警官である。必然的に一般人よりも信用された。

     これで一気に加熱したのがネット上のやりとりである。
     以前からまとめスレやら、まとめサイトやらは存在していたが、最近は事件が起こってもいまいち盛り上がらない状態が続いていた。ところが犯人が若い女性と分かった瞬間、ネット上のやりとりが始まったばかりのように……それ以上に湧き上がったのである。

     犯人がバタフライナイフを所持していたことから、殺人鬼には『バタフライガール』という通称が付けられた。バタフライガールのイメージイラストを描く人や、ファンサイトまで現れる始末である。殺人鬼はわずか一晩でネットアイドルと化していた。

     その一方、私がアップロードしたゲーム実況動画は相変わらず再生数が二桁である。
     殺人鬼の方は簡単に有名になったのに!
     でも、本気の本気でゲーム実況動画を作って、それが空振りに終わったら嫌だなぁ……。

     私は林檎果汁の缶チューハイをあおる。
     こたつ兼テーブルはアルコール類の空き缶が山積みになっていた。

     ピンポンピンポンピンポーン!

     やかましいインターフォンの音が聞こえてくる。
     座椅子からのっそりと立ち上がって、私は玄関のドアを開けに行った。

    「ゆかりちゃん、昨日は大丈夫だった? ――って、さけくさっ!」
    「飲まずにやってられませんよ」

     マキさんがこれ見よがしに自分の鼻を指で摘む。
     彼女は昨日と違うパーカーとシャツを着ていた。
     今度のシャツには『NO WIFE. NO LIFE.』と書かれている。
     これは指摘するかどうか微妙な線だなぁ……。

    「それに目のクマもすごいよ。徹夜で動画編集してたの?」
    「……そんなところですね」

     私たちはいつものようにこたつで向かい合った。
     山積みの空き缶を前にして、マキさんがあからさまに引いている。

    「昨日は平気だったの?」
    「平気というのは……何の話ですか?」
    「殺人事件だよ。ゆかりちゃんの帰り道に近いところじゃない?」
    「そりゃあ、平気も何も――」

     昨晩の殺人事件を起こしたのは私なのだ。
     それに……たとえ無差別の方の連続殺人鬼に会ったとしても、私は一切負けるつもりなんてない。だって、そいつは私が最も嫌っているクズ人間の一人なのである。無差別に人を殺すなんて許せないことだ。

    「マキさんの方こそ、気をつけてくださいね。外の世界はおっかないですから」
    「またそれ? あーあ、私もお酒を買ってくるよ」
    「大学の講義はどうしたんですか?」
    「自主休講だよ」

     マキさんは財布だけ持ってアパートから出て行った。
     玄関のドアが閉ざされて、私は座椅子に体を深々と沈める。

     マキさんは私には過ぎた友達だ。
     可愛くて、優しくて、明るくて……だからこそ、怖い思いはさせたくない。
     彼女にいつまでも、殺人鬼が出没するような街を歩かせたくはなかった。
     私のような人間にだって、マキさんのためにできることがあるはずだ。

    「……ありますよね?」

     独り言に返ってくる声はない。
     私は目をつぶって、マキさんが帰ってくるのを待った。


    (おしまい)