• ブロ=サン、サラリーマンから常務執行役員になってクビになった時の話をします

    2017-02-14 21:041

    前回の記事
    スロプーからサラリーマンになった時の話。
    今回はサラリーマンから常務執行役員になった話をします。








    スロプーからやっとまともなサラリーマンに
    なってはみたものの・・・
    サラリーマンってやつも
    僕の性格に合ってませんでした。













    何が合ってなかったかというと
    多分理由で一番大きいのは
    その会社の人達じゃないかと思います。












    彼らの何が気に入らなかったのか
    当時の自分の気持ちを
    うまく思い出せないのですが
    簡単にいうと「この人達になりたくない」
    そうゆう気持ちはありました。












    いわゆる年功序列が強い会社でしたので
    新人は基本パシリです。
    「なんでも言うこと聞いたらええねん」
    いわゆる先輩はみんなこうゆう姿勢でした。
    (ちなみに大阪のソフトウェア会社にいました)












    これはこれでいいのです。
    いいんですが、ふと気になったことを先輩に聞きました。

    質問:「給料ってどうやってあげるんですか?」
    答え:そんなこと考えなくてええねん

    次の質問をしました・・・・

    質問:「どのくらい給料もらえるもんですか?」
    答え:○○って役職で35万、それを俺は目指してる

    最後の質問・・・
    質問:「それどのくらいかかるんですか?」
    答え:Kさんがたしか13年かかった












    その時25歳だったので、
    38歳にならないと
    月収35万にならない・・・
    こりゃ無理だなと・・・
    しかもKさんは会社のトップエンジニアでした。
    しかし尊敬できない・・・
    なんというか生活マナーというものがない・・・










    そんなこんな考えていたら
    なんというか退職する方向に
    舵を切り始めました。











    で、結果、
    フリーランスのネットワークエンジニアが
    面白そうな取り組み(セミナー事業とか)を
    していたので、その人に直談判して
    その人と一緒に会社をすることになりました。
    約3年のエンジニア生活からおさらばでした。












    晴れて、僕はその会社のNo2になりました。
    社長と僕、二人しかいないので・・・
    その時の役職は常務執行役員。
    CMOってやつになってました。











    今思うとなんじゃそりゃ?というような
    業務をせっせとやっていきました。
    寝ずに化粧品を瓶に詰めたりもしました。
    本を出版している人のセミナーの集客もしました。










    まー色々やった結果。
    ソフトウェア開発を僕が再開する羽目になりました。
    結局僕がお金を稼ごうとするなら
    これが一番手っ取り早いという話になったからです。










    今、○円調達、なにがしローンチとか
    そんな言葉をよく見ますが
    僕がベンチャー立ち上げメンバーになったことで
    一番いい経験になったことは
    起業家なんてものの
    大半が信じられないということで
    彼らの稼ぐ能力と彼らの理想が
    あまりにもかけ離れている
    要するに口だけの人間っていうのが
    かなりの量いるってこと。
    そのベンチャーの社長がまさにそれで
    ほんとギリギリの状態で仕事をして
    最低保障の給料しかなかった。
    残業代とは?という状態でしたので。









    あと起業するときに
    ・何をしたらまずいか(金を使うことなんですが・・・)
    ・何をするとうまくいくか(金を稼ぐことですが・・・)
    これが非常によくわかりました。
    会社は金が回らないと人間関係が悪くなる
    これはひじょーーーーによくわかりました
    夢じゃ生きていけないことも理解しました










    まーー、とにかくひどかった。
    稼がないと会社は成り立たない。
    これを理解した状態でソフトウェア事業を
    僕がやっていくことになりました。
    このとき確か29歳くらい。










    で、ソフトウェア事業ってものを
    社長が営業、僕がエンジニアでやって行ったら
    びっくりするほど簡単に成長しました。
    もちろん中でやっていることは大変でした。











    で、採用できる予算ができました。
    で、その予算で採用活動を始めました
    で、一人僕の部下を雇いました
    で、すぐ辞めました・・・











    この辞められたときに思ったことは
    多分普通の人は給料をもらうために働いているけど
    給料を多くする活動したくないらしい
    ということ。










    僕は働くからには給料を多く欲しいので
    とにかく給料が上がることしかしたくない
    という考え方でした。
    たぶんこれが会社にとっては良くて
    部下にとっては良くないんだなと感じました。










    結果、僕はパートナー(外注先や派遣さん)の
    管理をしながら自分のプログラミングをして
    うんで、ソフトウェア部門の売上は
    だいたい2億強にすることができました。
    そのときの月給が80万でした。










    転職してよかったなぁ、と・・・・
    思わなかったです・・・











    忙しすぎたので
    多分人生で一番頭がイっちゃってた
    やることが社長と意見合わなくなったし











    今でも覚えていますが・・・
    2011年11月1日の朝
    「お前独立しろ!」
    いきなりの独立宣言を食らいました・・・
    要するにクビですね。。。
    色々やりすぎた。。。









    その後、
    2011年11月11日に
    個人事業主の手続きをしました。
    「1が並んで見た目がいいね!」
    なんて思いながら
    その月末には働いてました。










    とにかくこの時期は
    会社経営のいいところ・わるいところ
    人付き合いの裏表
    仕事の取り方と政治的なこと
    プロジェクトを気合いで終わらせる方法
    などなどいろいろ辛いと感じながらも
    経験できたよい期間だったと思います。










    最後になんで・・・
    こんな話をしたくなったかですが・・・
    最近の人はものすごく普通に
    これが正しい、これをすべき、保障しろ、と
    会社などの組織に言っているように思います。









    言うのはいいし
    それを推進するのもいいですが
    なんというか人にさせる努力よりも
    自分が別の場所に行って
    なんかやっちゃった方が早いような
    そんな時代になってきたように感じます。
    実際僕がそれを言ったら
    クビになったので・・・


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  • ブロ=サン、スロプーからサラリーマンになった時の心境を話します

    2017-02-06 15:131

    そろそろ35歳になりそうなのがリアルな僕です。
    人生色々ありました・・・
    現在は独立して自分で取ってきた仕事をやってます。
    仕事をし始めようと思った話をしとくのも
    いいんじゃないかなと思ったので書きます。











    僕は大学は行ってません。
    一応どっかの理工学部な大学には
    入学できることにはなっていたんですが
    勉強に飽きたという理由で行きませんでした。
    高校卒業後は一年間アルバイトをして
    そのあと専門学校に行って
    映像関連の勉強をしていました。












    在学中も卒業後も就職活動はしてません。
    当時は就職のメリットが全然理解できず
    ライブビデオの撮影・編集をする個人活動と
    アルバイトをしてました。











    ライブビデオの仕事は
    結局色々あって頓挫しました・・・
    なんというか性格に合わなかったのです
    アーティストって色々気難しいので
    そこが全く理解できなかったのが致命的でした。










    で、結局稼ぎ口はスロットになりました。
    当時は大量獲得・爆裂AT機時代なので
    正直、今よりも現金は持ってた気がします。
    気合いで並んで座ったら万枚みたいな
    そんな時代だったので。











    ちなみに僕はスロットでも個人活動でした
    今は軍団っていうんでしょうか
    そうゆうのを作ることもなく入ることもなく
    一人でこつこつやってました。
    こうゆう時って目立つとマイナスばっかりなので
    連日同じ場所には行かないようにしたり
    かなり強い日は隣の県に行ったりはしていました










    今はネカフェ難民って言葉がありますが
    僕がまさにそれに近く
    家がなくても全然大丈夫でした
    飲み屋に行けば居場所はあるし
    友人宅に泊めてもらえる時もあるし
    バグースとかあったし
    朝になったら並べばいいので









    そんなこんなしてましたが
    5号機ってやつが出始めたあたりで
    苦労と結果が噛み合わないと感じ始めました
    いまのスロット事情なら
    全然そんなことはないと
    思えるのですが・・・










    その時ふと
    「もし子供ができたら僕はどうするんだ?」
    と思い始めました。










    子供に立ち回りでも勉強させるのか?
    自慢できるものはなんなのか?
    そもそも嫁は?











    などなど、ふと思うことが
    連続的になっていきました
    スロも並びと台確保確率と収支が
    どんどんひどくなっていき
    もう無理だと思いました。
    それでまずは定職をさがそうと
    気軽にできそうだった内装業をやりました












    結果、ちょっと乱暴的な人が上司にいて
    こうゆう大人にはなりたくないな、と
    で、やめました。













    次にプログラマーを目指して見ました。
    これは運良く気の合う人と
    拾ってくれる会社があったので
    うまく採用もされ人生初の就職
    サラリーマンってやつになりました。













    僕の場合の話ですが、
    スロプーの時に将来のことを考えると
    正直絶望なんです













    スロットじゃ稼げなくなった
    持ち金が毎日きっちり減っていく
    取り柄がほとんどなく
    手に職もない
    親は当てにならない
    どうしようもない














    ただ子供ってことを考えた時に
    なにか頑張らんといけなくなった
    という変な覚悟が芽生え
    多少のストレスに強くなった
    そんな記憶があります












    プログラマーも正直なところ
    ぱっと思いつきで出来るものじゃなかったので
    最初の一年は何をどうしたらいいのか
    相談すらできない状況でしたが
    続けていればそのうちどうにかなるかなと
    そう思っていたらなんとかなりました。













    僕の過去の話はこれでおしまい。













    よくスロットやめろとか
    ぱちんこやめろとか
    そうゆうものじゃなくても
    何か真面目に生きるようなことを
    その人の為だと思って
    がなっている人がいますが
    聞いている方から見ると
    そんな当たり前なことは知ってるのです。












    そんな当たり前のことを知っているから
    それはやりたくない、とか思ったり
    そんな当たり前のことやった結果、
    あなたのようにはなりなくなかったり
    当たり前だと思うことでも
    やれる自信がなかったり
    結構色々感じることがあるのです。














    まぁもっと言えば
    まともに人の言うことなんて
    聞きたくないのです。















    それでも僕の場合は
    将来ってやつが子供のことでしたが
    ちょっとやばいと感じ始めたら
    何かしら方向を変えることを
    しなくてはならないと思いました。
    そう思い始めたら
    誰にも教わってることじゃないですが
    自分ができそうな仕事探しを始めたりするわけで
    ちょっとそうなるまでは
    ぶっちゃげほっといて欲しい。
    そんな気もします。













    そんな心境でした。
    オチなんてないです。
    おしまい。


  • ブロ=サン、東京から埼玉に移住して感じたことを書きます

    2017-01-30 03:11
    そもそも埼玉に移住した理由から。







    「生活費の圧縮」







    はい・・・








    最初は家族の事情から
    宇都宮と東京の中間にある
    久喜に引っ越そうかと思ったのですが
    もっというなら農業でもやりたいなと。。。







    で、条件に合う物件が久喜にはなく
    ではどこならありますか?
    と聞いてみたら・・・
    東武動物公園にならあると。









    なるほど。
    サッチャレの近くですね。
    あの男に連絡しました。









    ヒ○店長「ようこそ!」









    ありがとうございます。
    マイホがサッチャレになりました。








    そんなイベントが
    去年の11月末にありました。
    もうかれこれ埼玉で2ヶ月生活しています。








    で、実際できているのか?








    できました!







    と言っても、
    そもそも僕が住んでいた場所は東京都世田谷区
    住宅地なので家賃が結構高かったのです。
    仕事柄しょうがなかったのですが・・・
    そこから一気に埼玉のアパート暮らしになったので、
    家賃が2/5程度になってます。









    で、東京にいると
    色々誘われることも多いので
    どうしても交際費が上がってしまってましたが
    埼玉にいると体良く断ってますので
    1/2程度カットになってます。








    ただ上がったものは
    やはり交通費。
    埼玉にいたとしても
    仕事の拠点は東京なので、
    東京に出ると一回1500円程度かかります。







    なので1−2回程度しか行かないようにしました。
    仕事柄こうゆうことが可能でよかった・・・







    あとはガス代。
    これが爆上げ!
    真面目に7倍くらいになったw
    都市ガスからプロパンに変わり
    しかもそのプロパンが
    相場よりもかなり高い!!
    大手管理会社が管理している
    アパートは絶対もう住みませんw
    不動産屋が勧めて来たら絶対NG!!w








    他にも食費やらが多少下がったので、
    トータルどのくらい圧縮したかというと・・・







    約12万円(月単位)





    家賃が圧縮の大半を占めていますし
    毎日通勤しなくてもいい仕事をしている
    というのも大きいです。
    それでもネットをWiMAXに変えるとか
    極力自炊するとか
    無駄な交友を断りまくるとか







    そんなこんなしていたら
    かなりの圧縮になりました。







    目的達成です。
    ありがとうございます。







    で、東京から埼玉に移住して感じたこと
    1. 空・雲・星が綺麗
    2. 全然ゴミゴミしてない
    3. 空気が澄んでる
    4. 緑の匂いがする
    5. 物価が安い
    6. 木造アパートは音が響く
    7. 大手管理会社賃貸物件は罠
    8. プロパンガスは超高い
    9. 24hファミレスが少ない
    10. ファストフードが少ない
    11. 寒い!!
    12. 人間的に東京よりは融通が効きにくい






    僕も回数はあまりないとはいえ
    東京に出勤することはありますが
    同じ通勤時間で
    都心(東京)から離れた場所に
    引越しをすることで
    金銭的な圧縮に関しては
    かなり効果的だと思いました。






    ただ、通勤に関わる交通費や
    光熱費の値段などなどを加味すると
    家賃が安いというだけでは
    一概に恩恵があるとはいえなさそうです。






    いわゆる都心から離れる
    地方移住に関して金銭的にいえば
    • 家賃
    • ガス
    • 水道
    • 電気
    • インターネット
    • 交通費
    その他だと
    • 通勤可能か?
    • ネットで買った荷物の受け取りは容易か?
    • 物件の作りは大丈夫か?
    • 気温など天候に関するデメリットは少ないか?
    こんなところを見極めた方がいいと思いました。






    最後に・・・
    東京と違って
    設定・釘状況はそんな変わんないのに
    埼玉は等価交換だからな!!