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丸若裕俊 ボーダレス&タイムレス――日本的なものたちの手触りについて 第8回 渋谷の街から考える〈見立て〉と〈閒〉(前編)
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丸若裕俊 ボーダレス&タイムレス――日本的なものたちの手触りについて 第8回 渋谷の街から考える〈見立て〉と〈閒〉(前編)

2019-10-21 07:00
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    工芸品や茶のプロデュースを通して、日本の伝統的な文化や技術を現代にアップデートする取り組みをしている丸若裕俊さんの連載『ボーダレス&タイムレスーー日本的なものたちの手触りについて』。茶筒の老舗と家電メーカーの協業は、丸若さんの演出する「茶」に何を寄与するのか。千利休的なストイシズムと古田織部なラグジュアリーの対比、さらにGEN GEN ANが渋谷にある理由と、そこから生まれる「見立て」について語り合います。

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    開化堂とパナソニックが共同開発した「響筒」が表現するもの

    丸若 今日は最初に見てもらいたいものがあるんです。茶を入れるための茶筒をつくっている老舗に、明治時代から続く開化堂というお店があるんですが、宇野さんも以前、行ってくれていましたよね? その彼らが、何とも乙な取り組みをパナソニックと組んで面白いものをつくっていて。「響筒」という製品で、見た目は開化堂の伝統的な茶筒なんですが、フタを開けると内部はスピーカーになっていて、音楽を再生できる。フタを閉じると音は完全に消えます。開化堂の茶筒は気密性がハンパないから。

    宇野 本当だ。すごい。

    丸若 「次の世代にも渡したくなる家電」がコンセプトなんだけど、開発者の皆さんのスイッチが入ったらしくて、採算度外視でつくっちゃって。ワイヤレス充電にまで対応してる(笑)。これは、パナソニック的にはむちゃくちゃチャレンジだったらしいです。開化堂の茶筒は時間を経ると色合いが変わったり味わいが出てくるんですが、経年変化する家電は技適に通らないんですよ。

    宇野 でも、むしろ経年変化しないと開化堂の茶筒とはいえないわけですよね。

    丸若 そもそも茶筒を売って儲けを出すという開化堂のビジネスモデル自体、よく考えると一見、不可思議なところがありますよね。茶筒ってなければなくてもいいものですから。だけど、ある種の美意識に気づかせてくれるアイテムのような気もするんです。この響筒を今度の茶会のときに出してみようと考えているんですが、そこで伝えたいのは、「閒」を使って、いろんなことに気付いてほしいということ。気付くというのは本当は怖いことで。周囲に気付いた人間がいると、みんな怖くなって、その人を潰そうとすることすらある。でも、子どもの頃は、気付くというのはめちゃくちゃ楽しい遊びだったはずで。そういうことを伝えていきたい。

    宇野 この10〜20年、工業社会から情報社会に移り変わる中で、僕らはラグジュアリーなものを手放してきた。もともと工業製品は生活に足りないものを満たし、生活水準を上げるためのものだったのだけれど、必需品が一通り行き渡って消費社会になると同時に自己表現の手段になっていったわけですよね。モノを所有することが自己表現になっていった。このとき、モノの「過剰さ」や「余剰」が、心に余裕を持って世界を見つめ直すための回路として機能した。ラグジュアリーなモノの批判力ってここにあったわけです。ところが、情報社会下ではモノではなくコトが価値の中心になる。そうなると、モノを通じた自己表現自体がかっこ悪くなっていって、モノは可能な限り余剰を削ぎ落としてミニマルにしていく。確かに、工業社会時代の手垢を落としたことで楽になった部分はある。モノからコトへ、他人事から自分事へと軸足を移したことで、シンプルでスマートになったのはいいんだけれど、シンプルでスマートになった分の欠落を、どう埋めればいいのか、わからなくなっているところがある。余剰が最適化されたその先に、僕らはどこに向かうのか。もちろん、モノを削ぎ落としたその分、豊かなコトを追求するのが基本になる。じゃあ、その「コト」ってなんなのか。今はとりあえずFacebookに自分の豊かなソーシャルグラフを誇ることとか、Instagramにリア充で「映え」る休日を載せることになっている。でも、ちゃんと考えている人はどこに向かうのかというと、それはやっぱり「閒」なんじゃないかと思っていて。余計なものを削ぎ落として、無駄なくスマートにシンプルにまとまっている。そこからラグジュアリーな過剰さに戻るのではなくて、「閒」を取り入れてみよう。もうちょっと物事に対する距離感や進入角度を自由に取れるようにしてみよう。時間ではなくて「閒」を獲得してみよう、という流れをつくっていけると思うんですよね。

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    モノが促す思考によって「閒」を楽しむ

    宇野 今年の夏休みに漫画『へうげもの』を改めて読み返したんけど、あの時代の茶人たちは、茶器や茶そのものと同じくらいパフォーマンスを重視していましたよね。茶を飲むシチュエーションや、もてなしというかたちでの関係性の構築に、すごくこだわっていた。変な場所に茶室を建てたり、インテリアの配置に工夫を凝らしたり。あれは建築やモノを通じて体験そのもののをデザインしていたわけですよね。
    情報社会下のモノのデザインはこれに近くなると思う。情報技術の発展によって、体験そのもののデザインはより容易に、そして細かいところまでできるようになる。チームラボの空間演出がいい例だよね。
    さっきの響筒にしても、すごく実験的な企画だから、ある種のネタ感というか、サプライズ的な要素の方にみんな興味がいっちゃうのかもしれないけど、本当はこういう製品が出てくるのは自然なことだと思う。開ければ音が鳴る茶筒が流行るという意味ではなくて、茶を飲むという体験そのものをどうデザインするか。そういう方向に向かうと思うんですね。だからこそ、茶をつくっている丸若さんが幻幻庵をやるし、茶筒をつくっている開化堂がKaikado Cafeをやる。昔はあまりなかったことかもしれないけど、この先はそれが当たり前になっていくと思う。茶や茶筒をつくるなら、それがどう使われてどんな体験をもたらすかまで、しっかりプロデュースしたいと考える作り手が増えるし、お客さんもそれを望むようになる。


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