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☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.001 ☆ 「宇野常寛 インタビュー 雑誌文化の終焉とウェブカルチャーの転換期に」
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☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.001 ☆ 「宇野常寛 インタビュー 雑誌文化の終焉とウェブカルチャーの転換期に」

2014-02-03 07:00
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宇野常寛 インタビュー
雑誌文化の終焉とウェブカルチャーの転換期に
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.2.3 vol.001

PLANETS主宰の宇野常寛にメルマガを平日毎日配信するその意図と狙いを聞いてきました

★★☆宇野占い☆★★
 
がっつきすぎるとミスをしてしまいそうな一日。心身ともにリラックスが肝心。
疲れたときは村上春樹と特撮ヒーローから戦後の文化空間を読み解く批評本でリラックス!
ラッキー立ち食い蕎麦:いわもとQ

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■ ウェブ上で雑誌的に文章を読んでいく文化
 
――前回のメルマガで予告したとおり、メルマガの平日毎日配信を今月から試験的に行うことになりました。

宇野 この2月は、試験的にメルマガを毎日配信してみることにしました。仮タイトルは「ほぼ日刊惑星開発委員会」です。尊敬する糸井重里さんへのリスペクトを込めてね(笑)。

 これをやろうと思った動機としては、僕自身は雑誌が好きでこの業界に入ったのだけれども、それがテクノロジーの発達で、ほとんど意味がなくなってしまったことがある。

 情報の伝達速度を考えると、紙に起こしたものはネットの速度には全くかなわない。これは、ランプが電灯に変わったくらいの変化で、もう元には戻らないと思うんですよ。ではキュレーション機能はどうか。雑誌が好きな人はたいてい「インターネットはユーザーが検索したものしか触れることができない。しかし、雑誌は目当ての記事以外の情報に偶然出会う交通事故のような発見がある」とか主張するんだよね。
 でも、キュレーション機能だけがアドバンテージなら、「優れたメールマガジンやウェブマガジンが登場したら、もう紙の雑誌は意味がない」って、自分で言っているようなものだと思う。だから、僕はずっとインターネットで定期的に発信する媒体をやりたかったんですよ。

――まずは、雑誌文化の終焉という問題意識があるのですね。

宇野 もう少しいうと、一昨年の夏、PLANETS vol.8をつくったときに、このことは凄く悩んだんですよ。批評家としての僕が、「雑誌好きの雑誌編集者」としての僕を全否定する。理論的に考えれば考えるほど、僕の大好きな雑誌に未来はない。いろいろ悩んだのだけれど、僕は訣別を選んだ。

 種明かしをすると、vol.7までは、いわば中高生時代の僕が憧れ、そして大好きだった「別冊宝島」を批評中心に編み直したものをずっと作ってきた。あれは別冊宝島チルドレンの僕が作らせた雑誌だったと思う。「別冊宝島」はかつての雑誌文化の中心どころか、傍流もいいところだと思うけれど、僕にとってはそれが雑誌好きの少年だった自分の想いをぶつけた形だった。でも、vol.8はそういったかつての雑誌文化の香りを一掃した。だって、雑誌はもう誰からも必要とされていないんだから。

 だから、vol.8は徹底的に単行本として作り上げた。あれは雑誌というより、僕が仲間たちと考える新しい日本をつくるためのマニフェストだと思って作った。内容的にも難しいし、かなり能動的な読者を想定している。その上、半分以上がインターネット経由で売れるので、パッケージに内容が書いてある必要はないし、表紙も単行本っぽい。パッケージから文字要素もほとんど排してしまった。

 あの本をつくったことで、僕は大好きだった雑誌文化とある意味で決別したところがある。とはいえ、雑誌への思いが断ち切れないところもあって、雑誌機能を現代に受け継ぐとすれば、それはウェブ上で雑誌的に文章を読む文化を作っていくことじゃないかと考えた。
 
 
■ メルマガは「固有名の言葉」の雑誌
 
――それが、まさにこのメルマガ毎日配信の実験に繋がるわけですね。

宇野 実は、第二次惑星開発委員会を始めた頃から、ずっと思っていたことなのだけどね。でも結局、僕はブログブームにも乗れなかったし、Twitterもやはり少し肌に合わないところがある。
 批評家・宇野ではなくプロデューサー・宇野は、やはりどこか紙の編集者であって、かつての雑誌文化のように、しっかりキュレーションされており、編集されたものをきっちりと届けたい気持ちがどうしても消せないところがある。

――ネットのテキスト文化で現在、主流の「だだ漏れ」文化には違和感があった、と。

宇野 もう一つ考えているのは、「中間の言葉」を排した雑誌をつくってみたいということなんですよ。
 情報化が進行した現在の世の中では、言葉はGoogleの検索結果のような匿名的なユーザーの吐き出した言葉の集合体と、「堀江貴文」や「村上春樹」といった強力な固有名の言葉の二種類しか存在できないのだと思う。前者は世論や社会の「空気」を表す「匿名の言葉」の集合体で、後者は入れ替え不可能な「固有名の言葉」だと言える。

 でも、従来の雑誌の記事の言葉やテレビのアナウンサーの言葉は、この両者の中間にあるものなんだよね。しかし、現代においてこの中間の言葉はたぶん機能しない。なぜならば、匿名の言葉の集合体として考えるには個人の意図が入りすぎていて、世論や社会の空気とは見做せないから。そうかと言って、媒体と発言者のどちらに責任が所在するか曖昧な言葉は「固有名の言葉」として信頼性が弱い。そういう意味でも、雑誌的なものは衰退するしかないと思う。
 メールマガジンというものの発展の仕方を僕が面白く感じているのは、言ってみれば「固有名の言葉」だけでつくられている雑誌だからなんです。

――そこで出していくコンテンツは、どんなものを考えていますか?

宇野 脱戦後的なライフスタイルをもつ若いホワイトカラーたちのスタンダードになるようなライナップを揃えていきたい……と、いつも言っているのだけれど、まずは、僕の仲間たちとその仕事を紹介していきたいと思っています。
 
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 特に震災以降、自分の仕事の幅が広がったこともあるのだけど、実は意識的に出版業界や人文系の人間とは離れていこうとしているところがある。比喩的に言ってしまうと、僕の関わる業界は"雑司が谷"的なところから"六本木"的なところに移ってきていて、実業界の人間との人脈が強くなっている傾向がある。別に「本を読む人間たちは世間知らずだけれども、自分は実業界の人間と付き合っているんだぜ」とドヤりたいとか、そういうわけではないよ。ただ、これから先、自分の本を読んでくれる読者はどこにいるのかを考えたんだよね。

 その結果、同世代やより若い世代を中心に面白いことをやっている人がたくさんいることが分かってきた。彼らはいずれも、今はほとんど世間から省みられていない、インターネットやサブカルチャーなどの「夜の世界」を生きる人間たちだけれど、21世紀の人間や社会のあり方を方向づけるような、画期的なアイディアやユニークなプロジェクトを動かしている。しかし、彼らはマスメディアではほとんど取り上げられていないこともあって、横のつながりが全くない状態にある。そこで僕がハブ的に機能して、読者も含むつながりをつくっていきたいんです。

 彼らは一見してバラバラだけれども、実は非常に似通っているんだよね。
 例を挙げると、カーデザイナーの根津孝太は新しい「日本車」を作ろうとしている。戦後社会において、自動車はアメリカ的なライフスタイルの象徴であり、アメリカ的なものに接近できる大人の男性のステイタスだった。しかし、自動車文化を支えていたそんな物語は、もはや戦後の文化空間と一緒に解体してしまっているわけじゃない? 根津はそんな状況を前提に、自分が新しい自動車を提案することで同時に、これからのポスト戦後的な、家族像やカップル像、ライフスタイルを提案しようとしている。
 一方で、クラウドワークスの吉田浩一郎は、戦後的な大企業文化という福祉からコミュニティまで担っていていた存在が崩壊して、非正規雇用やフリーランスがどんどん「普通のこと」になっていく社会で、それを支援していくシステムをつくることが世の中を変えるのだという強烈な確信のもとに動いている。

 彼らはともに、ひと言で言えば「脱戦後的な日本人のライフスタイル」を作ろうとしているんだよね。
 だけど、それが巨大な運動であることが認識されていない。実際、当人同士も人脈的にバラバラで、僕の知る限り根津と吉田はおそらく一回しか会ってない。そこに横の連携をつけることで、市場や現場から社会を変えていきたいと僕は考えていて、そのためのメディアを作りたいという気持ちが強くなっている。最終的には、PLANETS本誌でもそういうことをやっていきたいのだけど、まずは比較的低予算で小回りの効くメルマガで試してみたい。というわけで、僕がいま気になっている人に押しかけていって(笑)、話を聞くのはやっていきたいな。

――他にメルマガで実験してみたいことはありますか。

宇野 メルマガは極めて個人的なメディアでもあるから、単に僕がそのとき興味を持っていることなんかをフットワーク軽く取材したいかな。いまハマってる蕎麦屋チェーンの社長に会いに行くとか、僕の大好きなアーケードゲームのカリスマプレイヤーに話を聞きに行くとかね。そういう息抜きのような記事も入れていきたいけど、僕がやるからには何らかの批評的メッセージは込めていく。

 あと、『母性のディストピア』を単行本化するにあたって、4月から連載もしていきたい。このメルマガには僕の活動を支えていきたいと思ってくれる濃い読者が集まっているので、ぜひヴィヴィッドな反応を受けてみたいんだよね。他にも、雑誌連載の記事は、週遅れ・月遅れであっても、出していきたい。既存のメディアを追わなくても、いま宇野が見ている光景を共有していきたいと思う。

――ただ、メルマガって小回りの効くメディアである一方で、クローズドな場でもありますよね。波及効果という点での弱さはどう考えますか。

宇野 僕の中では、今回のメルマガでの試みは実験的なものなんですよ。まずは僕らのほとんど同志と言っていい、強力な支援者であるこのメールマガジンの読者を対象に、色々なことを試してみたい。でも、ここだけで閉じていくつもりはなくて、ここで得たものはそう遠くないタイミングで、外で仲間たちと大規模に展開していこうと思っている。

 そのために必要なのは、僕の考えでは一度今の「Twitter世間」から距離を置くことなんですよ(笑)。一見メルマガに閉じこもっているように見えるかもしれないけど、実はより長い射程を得ていくための道につながっている。現在のネット文化を注意深く見ている人なら、感覚的にわかってもらえるんじゃないかな。
 そもそも今は、単に見栄を張るためだけにTwitterで記事をつぶやく読者がいて、ほとんどのネット文化人はそこにあぐらをかいた炎上マーケッターなわけ。
 特にここ数年は事実関係も確認しないどころか、リンク先の記事も読まないまま回ってきたポストをリツイートして態度表明する文化が根づいてしまっている。しかも、たいていは自分が所属しているTwitter世間のマジョリティであることを確認するために行っている。「こいつは叩いてしまっていい」とサインが出たら、普段どれだけリベラルな弱者の味方を気取っていても一斉に襲い掛かる。ああいったものとは、積極的に距離を置きたいと考えているんです。
 そして僕は「考えないためのネット」ではなく、「考えるためのネット」をやってみたいと思う。それは元旦の竹中平蔵と一緒に出た番組で、最後に宣言したとおり。

 具体的なことを言うと、例えば僕は家入一真の今やっていることを、単なる祭りで終わらせたくないわけね。それを何年も先につなげていくにはどうするか。この家入祭りに象徴される流れを、2013年のネット勢力の敗北によってジ・エンドにしてしまわないための方策を考えている。これから先、僕は家入一真の勢力は公明党や共産党くらいの動員力を持つようになるべきだと思っていて、連立政権のキャスティングボード握れるくらいの政党になっていくべきだと思うし、それは決して難しいことではないと思う。

 ただ、そのときにインターネットを単にテレビの代替物としてのメディアとして使ってしまうと、せいぜい1ヶ月やそこらで消費されては忘却されていくことの繰り返しにしかならない。それを避けるためにも、少なくとも数年単位で持続するコミュニティをつくるべきだと思う。そのときのキーワードが、まさに去年から何度も繰り返しているように「生活」なんだよね。
 僕は家入一真のインターネッ党"Internet Party"のメンバーと支持者は、このまま互助会的な組織をつくっていくのがいいと思う。例えば、共済組合をつくったり、保育園をつくったりするとなれば、少なくとも数年単位での計画になる。いま、家入一真という固有名詞のもとに集まっている人たちには、その熱意もあればニーズもあると思う。生活を支え合うためのメカニズムをつくっていくと、否応なく人は長い時間をかけて連帯していくことになる。家入がキーワードにしている「居場所」とは、要はそういうことだよ。
 
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遠慮していたので!(これでも!?)
57ヶ月前
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