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『プラトニック』『ファースト・クラス』から『昼顔』『ペテロの葬列』まで ―― 岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による春ドラマ総括と夏ドラマ ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.136 ☆
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『プラトニック』『ファースト・クラス』から『昼顔』『ペテロの葬列』まで ―― 岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による春ドラマ総括と夏ドラマ ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.136 ☆

2014-08-15 07:00
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『プラトニック』『ファースト・クラス』から
『昼顔』『ペテロの葬列』まで
岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による
春ドラマ総括と夏ドラマ
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.8.15 vol.136

テレビドラマファンの皆様、今回もお待たせしました! 3ヵ月に1度、日本屈指ドラマフリークたちが、前クールのドラマと次クールの注目作を語り尽くす「テレビドラマ定点観測室」。様々なドラマを見尽くしてきた目利きたちのコメントで、毎週の楽しみが倍増するのをお約束します。

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▼ 生放送の内容はこちらから試聴できます。
前編
後編
 
◎構成:西森路代
 
宇野 皆さんこんにちは、評論家の宇野常寛です。「テレビドラマ定点観測室 2014 summer」のお時間がやってまいりました。この番組は、3カ月に1回、前クールのドラマの総括と今クールのドラマの期待株についてみんなで話し合う趣旨の番組です。前回に引き続き、ドラマを語るならこの人という御三方に来ていただきました。早稲田大学教授で演劇博物館館長の岡室美奈子先生、ドラマ評論家の成馬零一さん、そしてテレビドラマ研究家の古崎康成さんです。それではさっそく、前クールの総括から入っていきたいと思います。皆さんには「前クールこれが良かったベスト3」を考えてきてらっていますので、さっそく発表してください!
 
▼2014年春ドラマベスト3
宇野:『続・最後から二番目の恋』『プラトニック』『セーラーゾンビ』
岡室:『BORDER』『55歳からのハローライフ』『ファーストクラス』
成馬:『続・最後から二番目の恋』『モザイクジャパン』『ファーストクラス』
古崎:『55歳からのハローライフ』『BORDER』『プラトニック』
 
 
■淡々とした中の凄み『55歳からのハローライフ』
 
宇野 では、『55歳からのハローライフ』からいきましょうか。古崎さん、総評をお願いします。

古崎 このドラマは55歳周辺の人たちが何らかの人生の転機を迎え、その先をどう生きていくかを決断するプロセスを描くドラマで毎回、違う人物が主人公に据えられているのですね。第1回を見た印象は、音楽もほとんどなく、淡々と展開していて、でもそのわりに画面にすっと引き寄せられる、妙に力のある作品でまぁ、それなりに歯ごたえもあるな、というざくっとした印象を受けていたのですが、2回目以降、次第に描かれる人物の環境が過酷さを増していきます。最後はかなり壮絶になっていく。最終回のイッセー尾形が扮した55歳の人物になると金銭的な蓄積もない人物で体が悪いのに無理をして肉体労働をしている。そんなところに少年時代に慕っていた友人と再会するけど彼も同じように貧困で、その友人はラストに悲しい末路を迎えてしまう。このドラマが物凄いのは、そういう過酷さを増す題材を第1回と同じく淡々としたトーンで一貫して描かれているところにあります。最近はなるべく先入観を持たないよう、スタッフ情報などをなるべく仕入れず視聴するようにしているので制作統括を務めているのが『ハゲタカ』『外事警察』『あまちゃん』の訓覇圭(くるべ・けい)さんで、やっぱりこういう実績ある作り手の作品だったのだと後付けで知りました。

岡室 私もこの作品はとてもクオリティが高かったと思うんです。とくに最後のイッセー尾形、火野正平の演技はすごかったですね。全体的な配役についても、リリー・フランキーのふわっとした、現実と虚構の区別のつかない感じも面白かったし、小林薫、松尾スズキ、岩松了、奈良岡朋子といった名優、怪優が散りばめられていて、やはり訓覇さんのドラマは配役が素晴らしいと思いました。内容はというと、人生の転機をいろんな形で捉えていって、回を追うごとに現実の残酷さ、苛酷さが増していくんだけど、その中で主人公が他者との結びつきを見出していくんです。非常にきめ細やかに演出が行き届いている、いいドラマだったと思います。

宇野 なるほどね。いまニコ生で「NHKドラマしか収穫ないの?」ってコメントがありましたけど、NHKのドラマはレベルが高いんですよ。この状況はもうここ5、6年動いてないですよね。

成馬 もちろん見ていましたし、面白かったんですけど、ベスト3に入れたらちょっと負けかなと(笑)。凄すぎて隙がないんですよね。それに、基本的に下り坂のドラマなので、未来がないなと感じて、あまり好きになれなかったです。僕は、松尾スズキさんがペットロス症候群の人の役で出ていた話はすごく面白く見ていました。あとは第1回でリリー・フランキーがピエール瀧と会談するところは、映画『凶悪』を連想して、同じ高齢化社会つながりとして面白かったです。

宇野 現代の日本って、もはや高齢化社会じゃなくて高齢社会になっているんですよね。これまでは主人公が40代なだけで大人ドラマと言われていたのが、もう主人公が55歳になっている。民放のドラマだと、まだテレビが若者たちのものだという嘘をつかなきゃいけないから、ここまで大胆な主人公の年齢設定ができないけど、NHKはそんな嘘をつかなくていいから、こういう試みができるんですよね。
 
 
■ホームドラマをどうアップデートするか『続・最後から二番目の恋』
 
宇野 次は、僕と成馬さんがベストに挙げている『続・最後から二番目の恋』はどうでしょう。

成馬 今季のドラマは、テレビドラマという枠組みの中でいろんな実験がされたと思うんです。たとえば、『BORADER』や『MOZU』という二つの刑事ドラマを比較しても、全然方法論が違うし、いろんな手法が試されていたと思います。そんな中で、一番面白かったのは、テレビドラマというものの良さは何か? ということを一番突き詰めていた『続・最後から二番目の恋』だったと思います。ただ、『続』になって以降は、『最後から二番目の恋』という作品の世界観をどう広げていくかっていう、長いスパンの物語の入り口として見ていたので、一本の作品として評価するのは、けっこう難しいんですよね。

宇野 僕も『続』を見て、これでもうこのシリーズを何作も続けられるなっていう感じがしました。『最後から二番目の恋』を見たときに誰しもが思うのは、”最後の恋”は中井貴一とキョンキョンの恋なんだろうな、ということですよね。その”最後の恋”を前に、もうちょっと若い年下の加瀬亮や長谷川京子と”最後から二番目の恋”を繰り返す、っていうことをずっと続けていくモチーフだったんですよね。ところが、想定されていたのか制作の都合なのかはよくわからないんですけれども、『続』で加瀬亮さんが途中でいなくなっちゃうんですよ。でも、僕はこのことは結果的にプラスに作用したと思っています。加瀬亮君が途中退場したおかげで、恋愛というテーマから逃れることができて、変に縛られずに済んだなと。

「セフレ」っていうキーワードがあったように、はじめは、熟年にとってのセックスとは、恋愛とは、みたいな部分にフォーカスした内容をやるつもりだったと思うんです。それがもうちょっと普遍的な、ホームドラマをどうアップデートしていくかという内容に変わっていったのかなと。ホームドラマというジャンルは、若者がどんどん増えていって、若者の価値観に年を取った世代がどう向き合っていくのかっていうことで作られてきたわけですが、『続』は出来上がってみるとぜんぜんそうではなくて、全員30代なかば以上で、人生の下り坂、後半戦を迎えて、どう死に向かい合っていくのかという話になっている。加瀬君の途中退場もあって、ドラマのテーマを、人生の残り時間をどう受け入れていくのかっていう方にスイッチして、ホームドラマ2.0をどう作るのか、っていう問題に集約していっているように見えました。そのホームドラマの新しいビジョンが、毎回意図的に食卓のシーンを入れるシーンから見えてきたかなあ、というのが僕の評価です。

成馬 加瀬亮の演じた高山涼太は、フジテレビのヤングシナリオ大賞の第一回を受賞した坂元裕二がモデルだと思ったんですよ。新人ドラマコンテストの第一回を受賞して、そのあとちょっとスランプになるとか、繊細そうなところがめんどくさそうな感じとか、坂元さんっぽいじゃないですか(笑)。だから僕は、テレビドラマ版『まんが道』じゃないけど、岡田惠和さんと宮本理江子さんが、テレビドラマを作ってきた自分たちの世代の物語を、神話化しだしたのかのように見えて、ゾクゾクしたんですよ。一方で、鎌倉の方はどんどん都市伝説化していって、箱庭感がどんどん高まっていて、ドラマ自体が吉野千明サーガみたいになっていくわけじゃないですか。まぁ、これは裏読み的な面白さですが、おそらく吉野千明には、宮本理江子さんの今までの人生がかなり投影されていると思うんです。だから、なんで高山涼太が突然いなくなっちゃったんだろうというところが、すごく気になりますよね。果たして、再登場はあるのか。

岡室 そういうシフトチェンジがあったというのは分かるんですけど、やっぱり私は、最初のシリーズみたいなときめきが足りなかったな、という気がするんです。大人の恋愛が見られると期待しちゃうんですよね。『続』では、中井貴一と小泉今日子の会話もなんかもう、芸風になっちゃっていて。

宇野 僕は一作目と『続』は半分くらい別物として見ているんです。一作目の舞台になった鎌倉って、東京と沖縄の間にあるわけですよね。要するに『ちゅらさん』で描いた二つの世界の中間にある。『ちゅらさん』には東京が現実で沖縄がファンタジーという対比があった。この現実とファンタジーはそのまま生者の世界と死者の世界。そして本作の一作目は、中間地点としての鎌倉で、いわば半分死んでいるような、死に向かっていくような人たちの日常をどうとらえるか? ということを、すごく高いレベルで表現していた。それに対して『続』は、もう「若者」が存在感を示さない今の日本で、ホームドラマをどうアップデートするかというところに主題が移ったんだと思う。

成馬 ホームドラマのアップデートという試みは、おそらく10年くらい続けてみて、はじめて意味が出てくるんじゃないかなと思っています。だから『渡る世間は鬼ばかり』みたいに、できるだけ長く続けてほしいですよね。

岡室 テレビづくりの現場を描く、みたいなことは、面白かったですよね。

古崎 ここ数年の岡田惠和さんは実にあぶらが乗り切っている感じが漂っていますよね。あくまで想像ですけど、ご自身でも怖いくらい、何を書いても面白いものができちゃうって時期じゃないかと思います。『最後から二番目の恋』も、一作目ではいろんな伏線がラストにググッと収束していくという、普通の連ドラなら当然考慮されるべき全体ドラマ構造のうねりを考慮した作りをきちんと用意して作られていて見事だったんですけど、今回の『続』になってくるともうそんなことは考えていないのではないかとすら思わせられます。持ち合わせの力だけでその場その場をグイッと楽しませて、それでいてちゃんとそれなりにラストで見終わった感を持たせてしまった。この設定でいくらでも転がしていけるよ、という余裕すら感じました。

宇野 まさに横綱相撲って感じですよね。

古崎 今後、連作として続く可能性があらかじめ報じられてましたし、それは要するにラストに大きな結末が用意されないことを公にしてしまっていたということであるわけで、それならばそんな「ラストに向けた収束」なんてはじめから意識しないで多少好きなことを盛り込んでやっちゃおうという考えがあったとも言えそうです。一作目と比べると、『続』は主人公の仕事であるテレビドラマ制作の舞台裏を描くことに比重が置かれているじゃないですか。そこは、岡田さんの手持ちの、自分の知っている、見えている世界なわけで、もともと普段からあまり取材をせずに執筆される岡田さんがまったく改めて取材もせずに書いてしまった世界なんですね。知っている世界の中を好きに転がしてしまっているところがあるのかなと思ったんです。なので、あえてベスト3からは外したんですけど、面白かったのは面白かったですよね。
 
 
■新しい切り口の『BORDER』、作りこんだがパーツの古い『MOZU』
 
宇野 じゃあ、刑事ものについていきましょうか。岡室さんと古崎さんは、『MOZU』じゃなくて『BORDER』を挙げているんですね。

岡室 私、『BORDER』は毎週とても楽しみに見ていたんです。テレ朝なのに、これまでの安定路線刑事ドラマとは毛色が違っていて、まずそこが嬉しかったんですね。小栗旬の演技もすごくよかったですし。東日本大震災の前って、刑事がものすごく多い時期がありましたよね。『BORDER』は刑事ドラマなんだけれども、死者と対話できるという、新しい切り口を持ってきたんですよ。1回目は、死んじゃった被害者から犯人を教えてもらう安易なドラマかなとも思ったんですけど、2回目、3回目と、毎回いろんな工夫がありました。

宇野 この設定だとすぐマンネリ化するだろうなと思って見ていたら、いろんなパターンを出してきていて、手数が多いなという印象でした。

岡室 そうですね、ラストでもちょっと思いがけない展開があったりして。『BORDER』(境界線)が、生と死の境界線でもあるし、善と悪の境界線でもある。どちらの境界線を超えるところを描くのかなと思ったら、善と悪の方を超えちゃったみたいな話ですよね。主人公の小栗旬が最初からまさに境界線上の危ういところにいて、なかなか面白いなあと思いました。

古崎 私も第1回の時に当然『MOZU』との比較で見たわけですけど、導入部から複雑な展開の『MOZU』とは対照的な、いかにもテレ朝らしい、誰でも分かりやすい間口を広くとった手堅い刑事ドラマの導入部でそこにちょっと死者と対話が出来る能力を持った設定を加えてみたのだなと思いました。毎回、死者と対話するなかで犯人を捕まえていくというある意味、娯楽的な面白さを追求していくパターンが続くのかと思っていたらそうじゃなかった。確かに途中までは殺された者の声を聞き犯人を捕まえるカタルシスを味わうという分かりやすい展開だったものが、ある回で突然、犯人がつかまらないまま逃げきってしまう回が出て来た。見ている側はギョッと驚くわけでものすごくストレスがたまった。このあたりから徐々に勧善懲悪的な作りから脱落していきました。死者と対話していくと、事件の本当の真犯人を知ってしまうわけで、普通の刑事ドラマなら犯人が捕まらなくても「ひょっとしたらあいつは犯人じゃなかったかもしれない。まあ仕方ないか」とあきらめがつくがあるのですが、このドラマはもう絶対に殺していると分かっているのに真犯人が易々と逃げおおせてしまう。この不条理、不快感が視聴者も共有されて主人公の憤りと共有されていくんですよね。

再びその次の回は、通常どおりラストで犯人が捕まる展開になるわけなんですけど一度、捕まらない回があった効果は大きくてどこか満たされないのです。そしてあの最終回ですよ。またとんでもない、もう絶対的な悪が出てくる。ところがこれが捕まらない。そのときもう主人公も正義感が強いだけに精神構造がおかしくなっている。視聴者も同じように「なぜ、この男が捕まらないのだ」と憤っている。だったら、こうするしかないというラストなのですね。まさにボーダーを超えていって瞬間を描いてしまった衝撃の私刑のラストをさらっと描いてしまった。でも、少し時間を経て、改めてこのドラマを思い返すと、実は全然違うのではないかと、ちょっとぞっとさせられてくる。それは本当に主人公は死者と対話できていたのか? ということなんです。実は主人公はケガのせいで最初から精神が少し歪んでしまっているだけで、死者と対話できると勝手に思い込んでいただけだったのではないか、とも思えてしまうのです。だとすると、最後に人を突き落して殺してしまうというのはまさに私刑でしかないわけです。このドラマはじつは精神異常の人物が主人公で、勝手に死者と対話できていると思い込んでいるだけで、無関係の人を追いこんでいるという風にも読めてしまう面白さがあるわけです。お茶の間でふだん漫然と娯楽として刑事ものをのんびり見ている視聴者を、間口を広くすることで取り込んで、いつのまにかとんでもない領域までいざなってしまった。ラストまでみて愕然としている声がネットでも多数ありました。これは目的を持って足を運ぶ人だけを対象としている映画や演劇ではできない、なにげなく見ている人の多いテレビドラマだからこそ出来る所業なのですよ。それをこのドラマは実現してしまっているのです。

宇野 たとえば、『MOZU』が海外ドラマ的なリアリズム路線で、いわゆる自然主義のリアリズムではないんだけども映像で語っていくっていう路線なのに対して、『BORDER』っていうのは漫画的なキャラクターものの路線でやっていて、そういったファンタジー要素を入れることによって善悪のテーマとか、通常の刑事ものでは扱えないようなものを持ってきている。ここはすごくよくできていたと思うんです。でも、僕の立場からすると、これは平成仮面ライダーシリーズが順にたどった道だよな、と思っちゃうところがあって(笑)、さすがにベスト3に入れなかったんですよ。

成馬 多分、一番念頭にあったのは『ダークナイト』だと思うけど、刑事ドラマをやる時は、いい加減『ダークナイト』のことは忘れようよ、っていう感じはありますね。

岡室 映像的にはやはり『MOZU』が一番、しっかり作り込んでいました。

宇野 僕も、『MOZU』は映像的にすごく作り込んであって、スタッフの志が高くて、演出が凝っているところにはリスペクトしています。でも、日本のドラマでこういうことをやらなくてもいいんじゃないかなと思ってしまう。というのも、じゃあ海外のメガヒットシリーズとガチでやり合って勝てるの? っていうことなんですよ。もし、あそこまでやるんだったら、脚本とか描写のレベルでも完全にリミッターを解除して、本気で『24』を抜くつもりでやらないと、申し訳ないけれどもイミテーション感がどこか抜けないんじゃないかなと思うんです。

成馬 物語のパーツがことごとく古いですよね。浦沢直樹の『MONSTER』だったり、『ダークナイト』だったり。それがしんどかった。

宇野 『ダークナイト』って、90年代に盛り上がったサイコサスペンスを僕らが終わらせますっていう話なんですよね。ジョーカーが作中で登場するたびにニセのトラウマを語る。その一方で、本当にトラウマに縛られている人間はみんな心が弱くてジョーカーに太刀打ちできない。『ダークナイト』の公開が2008年で、いまテレビドラマでこれを見せられるのは結構つらいなという感じがありました。

成馬 『ダークナイト』って、触れるのが今は一番恥ずかしい時期だと思うんですよね。だから、しばらくはネタとして使うのはやめた方がいいよって気がする。
 
 
■酷いのに迫力があって毎週見ちゃう『ファーストクラス』

宇野 あとベスト3に挙がっているものだと『ファーストクラス』ですか。僕も最後までベストに入れようか迷ったのが、実はこの作品です。

成馬 ドラマの冒頭にあるLiLiCoのナレーションがすごいんですよ。「さあ、これからエリカの素敵な冒険が始まるわよ♪」みたいなことを言うんですけど、このときのエリカって、沢尻エリカの事で、登場人物の名前じゃないんですよね(笑)。登場人物の名前は吉成ちなみっていうんですけど、最後までナレーションではちなみって名前を言わないんですよ。ある意味、フィクションとしてのドラマ空間を捨てていて、これは沢尻エリカのドラマですっていうことをナレーションで宣言しちゃっているんです。
脚本は『泣かないと決めた日』と『名前をなくした女神』の渡辺千穂さんが書いていて、『ライフ〜壮絶なイジメと闘う少女の物語〜』から延々と続くフジテレビのいじめドラマの系譜にあるドラマなんですが、これまでさんざん書いてきた、人間関係の力学が生み出す暴力みたいなテーマを、全部「マウンティング」っていう概念であっさり処理している。だから、いじめのドロドロとした雰囲気が全部なくなって、あっさりしたバラエティ番組みたいになっていて、かなりいろんなものを捨てているんですよね。
他にも、LiLiCo本人が途中で、外資系の社長役として出てきたり、菜々緒の変なモノローグとか、細かいディテールが、ことごとくひどいんだけど、その酷さが何か面白いんですよね。

宇野 菜々緒のモノローグでびっくりしたのは、途中で「ゲラゲラポー」とか言っていたことですね。こいつ妖怪ウォッチまでやっているのか! アンテナ高いな、って(笑)。

成馬 あれ、頭の中で喋っているんですよね。細かいパーツは褒めようがないんだけど、なんか見ちゃう雑な迫力があるんですよね。途中から副音声を入れているんだけど、あれは多分、『テラスハウス』に対抗しようと思っているんだと思うんです。その時点でなんか素敵じゃないですか。『テラスハウス』とちゃんと戦おうと思っているドラマが、まだこの世にあるんだっていう(笑)。

宇野 『ライフ』が放送された2007年ごろは、ソーシャルメディアでそれまで「空気」としか言われてこなかった人間関係が具体的に可視化されることによって、みんなが何となく感じていたいじめの問題とかが言及され始めたばかりだったんですよね。それ7年立って社会に完全に定着してきて、ほぼ定番の「あるあるネタ」になってしまった時代のドラマがこの『ファーストクラス』ですよね。『ライフ』の頃は、マウンティングという現象を指摘するだけで作品になったんだけど、『ファーストクラス』は冒頭からマウンティングっていうものが社会にはあるという前提で、そのどぎついところの面白さをドラマにしますよっていうところから始まっていくっていう。

岡室 最初はただのネタドラマかと思っていたんですけど、男子は要らないこととか、女子の野心だとかを正面から描いてしまう潔さが面白いと思いました。最終的には、単に上り詰めて終わりなんじゃなくて、沢尻エリカが一番最下位のところからまた始めるというのがよかったですね。それが、すごく今の女子の気分を捕まえている感じがしました。

古崎 いま皆さんがおっしゃっているのを聞いて、なるほどそういう面白さがあるんだと思ったんですけど、昔からテレビドラマを愛して見ているものとしては、ちょっとこういうのはあんまり好きじゃないかなと。「時代の空気」というものを記録するという意味では意味のあるドラマだとは思うのですけど。みなさんキャパシティ広いなと思って、私は心が狭いのかなと(笑)。

宇野 僕はむしろ『ファーストクラス』を一番楽しみにしていたかな。今回は菜々緒さんがどんなヤバいことをするんだろう、みたいなところがとくに楽しみでしたね。これは余談ですが、最後の「I’ll
be back!」って台詞はアドリブらしいですよ。

成馬 個人的な興味でいうと、沢尻エリカはこれからどうすんだろうって思いますね。こんなドラマをやってしまった後は、もう、まともな役はできないですよね。『へルタースケルタ―』の時点で、かなり危うかったけど、沢尻エリカの役者人生が気になっています。
 
 
■『プラトニック』で野島伸司は若返りをあきらめた
 
宇野 『プラトニック』は僕と古崎さんが挙げていますが、古崎さんは『プラトニック』いかがでした?

古崎 4月の「テレビドラマ定点観測室」のとき、
地上波の連ドラでもないのに期待ドラマ3本の中に入れさせてもらったのですが、すごくよかったですね。これまで野島伸司さんは高視聴率が話題になる方でいらしたわけですけど、今回はBSという、視聴率を第一義に考えなくてもいい放送形態だった。これまで課せられていた高視聴率という枷が取っ払われたら、野島さんは何をするのかなという興味を持って見ていたんです。
野島伸司さんのうまさはドラマ展開の各段階で視聴者がどういう心理でそのシーンを見ているのか、視聴者心理の抑揚を的確につかむ、そのトレース能力の高さにあると思うのです。それが視聴率という結果につながっていたのですけどそういう能力というものはただ数字を追うだけでなく、純粋に面白い物語を作ることに生かせるのだということを改めて示してくれた気がしています。また台詞が相変わらずうまい。一つ一つの台詞が真に迫ってくるのですね。残り少ない命しかない主人公がどうやって生きていくか、その立場になった者だからこそ見える世界というものが、それなりのリアリティをもってこちらの身に迫ってきたように感じられました。それはやはり元来のトレース能力の高さも寄与している。しかも、あのラストの全くそれまでと何の脈絡もない突拍子もない終わり方がドラマ作りの常識から一つ突き抜けたものになっている。
テレビドラマにしろ、映画にしろ、物語を扱うとどうしても起承転結といった伝統的な手法に良くも悪くも縛られて、ともすればいかに伏線を張って巧妙に見せていくか、みたいなところを一つの勝負どころみたいに考える向きがあって、ドラマ好きの人もそういうところを重視しがちです。脚本家の中にもその巧妙さを売りにしている意識の人もいらっしゃる。でも、『プラトニック』を見ると、伏線を張って収束するということが現実からいかに乖離しているかを示してくれてもいるわけです。現実の死ってたぶんこんなもんなんだろうなって感じがしました。

宇野 野島さんはこの10年あまりずっと、若返ろうとしていたと思うんですよ。なんとか時代にくらいついて、若返ろう若返ろうとしていた。その無理がたたって逆ギレしてしまったのが『ラブシャッフル』。最後に主人公の玉木宏が国会議員に立候補して「時代を80年代に戻せ」って演説して終わる(笑)。
でも、そんな野島さんのあがきも『49』ぐらいが限界で、それから『明日、ママがいない』を経て、完全にあきらめていますよね。それで、今はむしろ、昔の野島ドラマの世界観に戻ってきていると思うんです。時代にくっついていこうということもやめているし、ドラマのプロットを過剰にすることによって話題を引っ張っていこうという作り方も完全に捨てていて、自分が90年代から温めていた世界観を、いかに昇華するかということを、おそらく彼にとってはある程度特別な役者であろう堂本剛を通してやっている。

実際、堂本剛も吉田栄作も、過剰にやさしい男と過剰に強い男と、という対比で描かれているわけなのだけど、これは野島さんがずっと描いてきた男性像ですよね。そこに今回、中山美穂が演じる、心臓病の娘のためなら体も売るし、なんでもやるってしまうような、ちょっと頭のおかしいヒロインを置いている。野島さんは、ここで彼女のようなキャラクターを置くことによって、むしろ周囲の男たちを描きたかったんじゃないかと僕は思うんです。自分の感性をアップデートするのをやめて、自分の考えるかっこいい男はどうすれば成立するのか、生き残っていけるのかを、ひたすら追求したのがこの「プラトニック」だったんじゃないか。

成馬 途中で、堂本剛の脳腫瘍が治ってしまうのも驚きましたね。

宇野 そう、フラグをベキッと折っちゃった。

成馬 あれも、男らしさをいかに剥奪していくかという話なんですかね?

宇野 結局、堂本剛も吉田栄作も、野島さんの考える強さとか優しさっていうものを現代で説明することはできなくて、基本的には成立しないんだけど俺は好きだよ、みたいなところで描いていて、結構いさぎよいんですよね。5年前の野島さんだったら、彼の考える男らしさが世の中に成立するために、もう一回バブルを起こせと演説するわけですよ。それも完全にあきらめてしまっていて、個人的な領域というか、ファンタジーの中に完全に退避していったっていう感じがします。

成馬 この自己完結性は、本来の意味でのハードボイルドですよね。

古崎 難病とか不治の病という設定は所詮は描きたいものを描くためのドラマ上のツールでしかないという野島伸司の認識を感じますね。『ひとつ屋根の下2』でもラスト、酒井法子がケロッと直ってしまって愕然としたのを思い出しました。
 
 
■期待値が高まり過ぎた『ロンググットバイ』
 
宇野 ちょうどハードボイルドの話が出たので、全員が挙げていない、あのドラマの話をちょっとしますかね。『ロンググットバイ』!

成馬 ダメな作品だとは思ってないです。ただ、ベスト3に入れるほどではないかな。

岡室 ハードボイルドってこうだよねって、ちょっと突き放している感じがして、メタ的に見ると面白かったですよ。モデル体形の超美人ばっかり出てきたりして、ハードボイルドでは女はお飾りだよね!みたいな。

古崎 シンプルな話をわざと難しくしているようなところがありましたね。演出の堀切園健太郎さんは、『外事警察』のときは難しい話をうまく分かりやすく回しているなと思って見ていましたけど、今回は分かりやすく出来る話を無理に難しくしてしまっている。深刻そうに持って回った台詞が続いているので、小雪が「財前と聞いてお医者さんだと思いましたよ」と言っても、そこで笑っていいのかどうかわからないネタがあったりして。

宇野 僕も古崎さんの感想に近くて、喋りすぎと書き込みすぎ、要は盛り込みすぎですよね。特に最終回では、あんな風に原子力のポスターを出したりだとか、柄本明演じる原田平蔵が演説をしなくても、『ロンググットバイ』を最終回まで見るような人だったら言いたいことは伝わると思うんですよ。つまり、言ってしまえば、戦後社会批判でありテレビ社会批判ですよね。テレビ社会が象徴する戦後日本の虚偽、欺瞞を原田平蔵に象徴させていて、実現しなかった戦後日本のもう一つの可能性として、主人公の増沢磐二を描いているっていうのは誰の目にも明らかですよね。だからあんなしつこい描写はする必要はないんですよ。なんというか、ムックの解説記事みたいなことを本編に盛り込むのは、やめてくれないかなと。
それよりも、言葉とか露骨な描写に頼らないで、もっとあの世界を成立させる努力をするべきだと思いますよ。特に、僕は個人的に好きな役者だからあえて言うけど、最後の綾野剛の演技ですよね。有名原作なんだから、第1回の時点で、最後にああなることはみんな分かるわけですよね。あの再会のシーンがどれだけ悲しいものになるかっていうことが分かっているからあらかじめ視聴者のハードルが上がっているのに、綾野剛の演技が演出をふくめて応えられていない、っていうのが僕の感想ですね。

岡室 丁寧に作ってはいたし、言いたいこともわかるんですが、やっぱり『カーネーション』の制作チームでしたから、こちらの期待値が高すぎたのもありますね。
 
 
■企業もの、性の問題、疲弊した地方都市の話としても面白い『モザイクジャパン』
 
宇野 では、成馬さんが挙げている『モザイクジャパン』いきましょうか。

成馬 『モザイクジャパン』はWOWOWで、しかもR15指定だから見てない方が、多いと思うんですよ。これからDVDが出ると思うので、是非、そのタイミングで見てほしいです。個人的には上半期ベスト1の、すごく刺激を受けた作品です。
ドラマの内容は、ある地方の田舎町が、巨大AVメーカーに乗っ取られて、企業城下町みたいになっているという話で、あらゆる場所でAVの撮影が行われているという凄い状況になっている。主人公は、瑛太の弟の永山絢斗ですが、彼が実家に帰ってきたら、昔の友達とか、学校の先生も全員AVの撮影をやっているわけですよ。それで、そんなのおかしいんじゃないか、って言うんですけど、「あんたなんかにイオンもない町で生きてる私たちの気持ちがわかってたまるか」みたいに言われちゃうわけです。
AVをモチーフにしているため、男女の性意識の問題や、体を売ることの是非みたいなテーマもあるし、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいな異法スレスレのベンチャー企業モノの要素もあって、物語は二転三転するんですけど、最終的には坂元裕二さんらしい男女の話になっていくんですよ。だから、企業ものとしても、性の問題としても、疲弊した地方都市の町おこしの話としても面白い。いろんな切り口があるので、これは皆さんに見てほしいと思って、ベスト3に入れました。

岡室 私も『モザイクジャパン』をベスト3に入れようか迷ったんですよ。初回のつくりがすごく好きで、永山絢人が普通に会社で働いていたら、いきなりそこがエロい場所になっちゃって、実は撮影現場でしたっていう仕掛けがあって、そこからちょっと引き込まれた感じがありましたね。

成馬 世界が全部テレビのセットになっちゃったみたいな感覚ですよね。

岡室 そうそう。それで、永山絢人がどんどんその世界の中に取り込まれていく。台詞がいちいち坂本さんらしいんですよね。演出の水田さんからちょっとお話を伺ったんですけど、WOWOWから坂本さんにオファーがあったときに、「何やってもいいですよ」って言われたらしいんです。それで、坂本さんが「だったら一番冒険的なことは何か?」っていうことでこういうドラマになったらしくて、やっぱりすごいなと思いました。
 
 
■『花咲舞が黙っていない』と『ルーズヴェルト・ゲーム』井戸潤対決
 
宇野 池井戸潤対決ということで、『花咲舞が黙っていない』と『ルーズヴェルト・ゲーム』はどうでしょうか。
僕は、どっちもよくできていると思うんだけど、『花咲舞』は水戸黄門すぎた(笑)。見ていて気持ちもほっこりするし、B級グルメとかも食べたくなるんだけど、毎週見なくてもいいかなっていう感じがしちゃうんです。
逆に『ルーズヴェルト・ゲーム』は物語の起伏が過剰で、しかしその過剰さのために何をやっても予定調和に見えていた。たとえば、見たらすぐに、江口洋介がいい人だってわかっちゃう。わかっちゃうのに、後半まで彼が善玉か悪玉かでじわじわ引っ張るでしょう?
あの冒険しないために冒険している感じがちょっと辛かったですね。それこそ『ルーズヴェルト・ゲーム』というタイトル通りに、最終的に8対7で勝つことがあらかじめ分かっているんですよね。そこらへんが池井戸潤物の限界なんだと思います。

池井戸潤さんの世界観は『半沢直樹』の頃からそうなんだけど、既存のシステムの中でいかにごまかしてやってくかっていう話でなんですよね。でも、たとえばITベンチャーの人間だったらあれを見て「その仕事辞めろよ」って、ひとこと言うんじゃないかなって思うんです。だから良くないっていう話ではなくて、『ルーズヴェルト・ゲーム』っていうタイトルが象徴するような緊張感を出したいんだったら、もう少し予定調和感を崩すような仕掛けが欲しかったですね。

成馬 俺はあんまり真面目に見ていなかったんですよ。良くも悪くも時代劇というか、ディズニーランドに行くみたいな感じで、池井戸潤ワールドに遊びに行くかー、みたいな。やっぱベタな上司がいるんだな、ってゲラゲラ笑って終わりというか。逆に言うと『半沢直樹』って、作り手の意図を超えた気持ち悪さみたいなものがあってだからあんなにヒットしたんだと思うんですけど、そういうグロテスクな迫力が、今回の2作には足りなかったのかな。

古崎 『ルーズヴェルト・ゲーム』は、ゴールデンタイムで多数のスターが出てきて、タイトルバックも顔写真が浮かんでは消えるような出し方だったし、まあ王道を行く伝統的なテレビドラマを出してきたのかなと。久々にそこをうまくバランスよく作ってまとめあげた作品だなと思って見ていました。『半沢直樹』よりそのへんは上をいっていたのではないかとすら思います。
『花咲舞が黙ってない』も、同じ池井戸潤が原作とはいえ、これはまた違う。杏という役者は、そんなに複雑な芝居はできない人だと思うですが、それがかえって持ち味になっている。複雑な芝居をしないがゆえに分りやすく、単純明快なドラマになって楽しめる。どこか篠原涼子のような雰囲気が漂っていてた。『ハケンの品格』とか、あの頃の好調だった水曜22時の日テレドラマがちょっと戻ってきたような感じを受けましたね。ここからもう少し弾けて日テレドラマが再び浮揚していくきっかけとなってほしいという期待を寄せているというところです。

宇野 工藤公康の息子が役者をやっていたということが、個人的には最大の驚きでした(笑)。

岡室 私は『半沢直樹』ってスカッとするだけのドラマだと思っていて、あんまり好きじゃなかったんですよ。倍返しっていうのも品がないって思っていたし。

成馬 たぶん、その不快感が面白かったんじゃないかな。

岡室 そうですよね。だから『ルーズヴェルト・ゲーム』はもっと頑張って作っているぶん、何を見ていいのかわからなかったという感じはありましたね。そんなにスカッともしないし。
 
 
■ゾンビものの常識を覆した隠れた傑作『セーラーゾンビ』

宇野 僕は『セーラーゾンビ』を挙げようかな、これは僕しか挙げない気がするので。あれは非常によくできていて、たぶんAKBが出てなくても僕はベストに挙げたんじゃないかな。ゾンビっていうモチーフは、分りやすく言えば現代人の比喩なんですよね。夢とか将来的な自己実現とかをガツガツ追いかけるんじゃなくて、なんとなく個人的な欲望に根差して、だらだら生きている人が大半で、世の中は大した問題もなく回っちゃっていると。

その中で、アイドルになりたいとか、夢を見ている人たちがちょっと特別な視線で見られている。要するにアイドルというのは現代に生きていてもゾンビにならない稀有な存在なんだってことですよね。これは今の時代におけるアイドルブームの機能というか、位置づけを上手く取り込んでいると思った。

成馬 最終話のひとつ前で、夢のなかで女の子たちがゾンビになっちゃう話がありましたよね。あれが面白いのは、あいつらから見たら私たちがゾンビで、私たちから見たらあいつらがゾンビに見えるっていう風に描かれていたところで。その反転を描いたのは、良心的だなあと思って見ていました。

宇野 このドラマの中のゾンビって、あるリズムの歌がかかった時だけ体が勝手に踊っちゃって人を襲わなくなるんです。最終回で、主人公たちがゾンビたちに追い詰められるんですけど、主人公がアイドル志望だから開き直ってゾンビの前で歌を歌うんですね。歌っている間はゾンビに襲われないで生きていける。歌い疲れて体力が切れた瞬間に、たぶん襲われて死んじゃうんですよ。でも主人公は、「私は、いつまでたっても歌っていられるから大丈夫」って笑って終わる。

成馬 AKBのドラマって、『マジすか学園』のころから、基本的にAKBのことを描いてる寓話だったと思うんですよ。そう考えると、最初、ゾンビってファンの比喩なのかなと思ったんですよね。すごくえぐいことやっているなと思って見ていたんだけど、だんだんそれが社会とかそういうとこまで拡大していた。

宇野 僕も最初、ゾンビはファンのことかと思って見ていたんだけど、この作品ではもうゾンビって現代人全員のことなんですよね。AKBの自己批評っていう意味では『マジすか学園』には絶対に勝てないところを、今のアイドルブームが象徴する現代社会全般にうまく拡大することができていたと思うんです。演技も主役の大和田南那以外は良かったですよね。とくに、高橋朱里と川栄李奈はすごく良かった。
 
 
■どうしてこうなった? 『弱くても勝てます』
 
宇野 『弱くても勝てます』問題についてもちょっと触れておきましょうか。どうですか、岡室さん。

岡室 前回、期待のドラマとして挙げました。1話目見てちょっとヤバいなって思いつつ、それでもやっぱり応援したいという気持ちで挙げたんですけども、なかなか……。

宇野 思い入れが空回りしている感じがありますよね。

岡室 そうですね。それと、脚本家がちょっとまだ慣れてないのかなと。だから、ドラマの中盤からどんどん慣れてくるといいなって思ったんですけど、慣れないまま終わっちゃったという感じもありましたね。

宇野 この作品については、ドラマ界の宝であるプロデューサーの河野英裕さんのためにも、愛のあるツッコミをしなければいけないと思うのですが、 
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