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ガラパゴス家電は軍事産業の"禁止"が生んだ――経営コンサルタント川口盛之助が語る日本的ものづくりの過去と未来 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.169 ☆
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ガラパゴス家電は軍事産業の"禁止"が生んだ――経営コンサルタント川口盛之助が語る日本的ものづくりの過去と未来 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.169 ☆

2014-10-01 07:00

    ガラパゴス家電は軍事産業の"禁止"が生んだ
    ――経営コンサルタント川口盛之助が語る
    日本的ものづくりの過去と未来
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.10.1 vol.169

    今日の「ほぼ惑」は経営コンサルタントの川口盛之助氏をお呼びして日本のテクノロジー文化の背景にある思想とその有効性を探ります。「理系の話でしょ?」なんて思われがちな技術の世界に潜む、文化の側面について考えていきましょう。

    経営コンサルタントの川口盛之助氏は2010年のTED×Tokyoで、日本の先進的なトイレ事情について紹介している。
    https://www.youtube.com/watch?v=O3CnWavAWzc
    そこで彼が描き出しているのは、私たちがオフィスや商業施設で当たり前に使うトイレに用いられる技術の、世界的にも特異なコダワリの数々である。
    川口氏は、メーカーのエンジニアから経営コンサルタントへと転身後、日本の様々なものづくりの現場を渡り歩きながら、そんな日本的なテクノロジー文化の背景にある思想とその有効性をめぐる独自の考察を著してきた人物だ。編集部が部屋を訪れると、さっそくプッチンプリンなどの商品でもてなして、べらんめえ口調の混じった独特の語り口で、日本"技術"論を語り倒してくれた。果たして日本における技術文化の思想とは。そして、Makersのようなムーブメントが動き出した時代におけるその有効性とは――。

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    ▼プロフィール
    川口 盛之助(かわぐち・もりのすけ)
    株式会社盛之助 代表取締役社長。戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトル・ジャパンでアソシエート・ディレクターを務めたのちに現在の会社を設立。アジア各国の政府機関の招聘で開発戦略のコンサルティング、文科省の将来社会ビジョン策定プロジェクトなどに携わる。2013年より日経BP未来研究所アドバイザー。著作に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社・2007)、『世界が絶賛する「メイド・バイ・ジャパン」』(ソフトバンク・2010)、「メガトレンド 2014-2023」(日経BP・2013)がある。(詳細なプロフィールは公式サイトにて)
     
    ◎聞き手/構成・稲葉ほたて
     
     
     「コンサルタントなんて"でえっ嫌いだ"」
     
    ――『ウェブ進化論』の梅田望夫さんもいた、アーサー・D・リトルというコンサルティングファームのご出身なんですよね。

    川口盛之助(以下、川口)  ちょうど僕と入れ替わりの時期に入社したので、梅田さんにお会いしたことはないのですが、私は彼の言葉でいうところの「こちら側」の人間で、ヒトが人工物と接する端末側の世界に生きています。彼の言うところの「あちら側」の――Googleが強いような――世界みたいなのは、正直なところ苦手ですし、日本人には向いていないと思います。

    そもそも、私はコンサルタントなんて「でえっ嫌いだ」と思っていた人間なんです(笑)。

    元々は、日立のグループ会社で15年くらいエンジニアをやっていました。当時は多賀工場というところにいてね、洗濯機や掃除機のような商品を毎年毎年飽きもせずに、そりゃもう死ぬような想いでマイナーチェンジしながら出すわけですよ。ボーナス商戦のためにトンでもない安い価格で新機能をつけたりして……当事者ながら「日本のものづくりってのは、よくもまあこんなことやるもんだ」と思っていたものですよ。

    ところが、あるとき野村総研の人たちが広めた「ガラパゴス」という言葉が流行りだしたんですね。このコンサルタントって種族は人の弱みを指摘するだけで、どうすればいいかを言わないんですよ。正直に言って、「ない物ねだりしてどうするんだよ、このバカヤロー」って腹が立ちましたね。勝負ってのは、今あるリソースで戦うべきものだし、大体アメリカやイギリスと同じ土俵で戦っても負けるだけじゃないですか。彼らが得意な戦いに、いかに持ち込ませず戦うかが大事なんですよ。

    ――そういう考えを背景に、2007年に『オタクで女の子な国のモノづくり』を書かれたのですか?
     
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    ▲川口盛之助『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社・2007)
     
    川口 その後、技術コンサルタントの会社に転職したんですね。それがアーサー・D・リトルでした。あの会社はコンサルティングファームとは言うものの、日本で言えば大正時代から続くような技術系の会社なんです。なので、地道なメーカーさんと一緒に、現場でエンジニアたちと商品企画を考えていくような風土があります。

    そこで最初の3,4年は死ぬ気で働いていたのですが、徐々に慣れてきたところで、やはり思うところが出てきました。当時の日本はちょうど景気が下がっていた時期で、やはり自分が20年を送ってきた「ものづくり」の未来について考えてしまうわけです。しかも、ちょうど自虐気味に、例の「ガラパゴス」という言葉が流行りだして「なんだこのヤロー」と思ってね。

    だから、日本のものづくりを勇気づけようと思ったんです。体系立てて、整理して、我々が持っている強さを認識し直す。まだこの国に余力がある内にね。それで、知り合いのツテでいろんな会社に売り込みました。まずは、名刺代わりになるような本が必要だと思ったんですね。

    ――川口さんのユニークなところは、日本のものづくりとオタク文化を結びつけて論じるところだと思うのですが、元々オタクだったのですか。

    川口   オタク歴というほどのものはないです。そりゃ、50代ですから世代的にヤマトやガンダムは大好きですよ。ただ、SFXに脳が慣れてしまったようで、昔のアニメはもう辛くて見られない。むしろ、『ヤマト2199』みたいな作品を何回も何回も見返している人間です。

    現在の路線でオタクに「改心」したのは、コミケに行ったときですね。コスプレイヤーの前に凄い長さの望遠レンズを構えたカメラ小僧がやってくるじゃないですか。で、2人で礼をして、2分間くらいぐわーっと接近して撮影して、また礼をして「ありがとうございました」と交わし合う。整然と列ができている中でそんなことをやっていて、もう私は外国人みたいに感動してしまった。しかも、思わずパチパチ写真を撮ってしまったら、彼らがこっちを向いて「それはルール違反だよね」と小声でつぶやくんです。

    あんなクソ暑い中で、本当はぐわーっと行きたいけど、その気持を抑えて列に並んでいる若い人たちが、こんなにもいる。反省しましたね。3.11のときに列が出来たのもそうですが、こういうのは日本という国の持つ強みそのものですよ。言い方は悪いけど、蟻みたいなもんなんです(笑)。全体調和が先にあって、そのあとに個人がいる。表現形が新しいから迫害されているけど、ベタに彼らが持っている価値観は、実は伝統的な日本文化そのものですよ。

    ――オタク文化のそういうところは、もうベッタベタに日本っぽいですよね。

    川口 僕がいたものづくりの世界には、ずっと日本が敗北していく悪いお知らせしかなかったんです。ところが、衣食足りた世界の日本に育った若い子たちが、あんな文化を持っていた。救われたような気分になりましたね。そして、コンサルタントなんて名刺を持って歩いてる自分が、彼らの文化を表に出す手助けをしなきゃ"大人"じゃないと、責任感を覚えました。

    それにね、ああいう文化は僕たちには作れないんです。貧しい日本に育った僕たちの世代は、やっぱり欧米文化に対してはコンプレックスの塊です。音楽は洋楽、車はアメ車、ブランド物は格好いい……そんな世界に生きていて、どんなに頑張っても文化面では劣等感の裏返しになってしまうんです。私より上の団塊の世代は、もっとひどいでしょう。でも、彼らは自分たちの作ったもので満足していて、むしろ海外の方から近寄ってくるし、向こうが真似をするんです。スペインのコミケなんかも、本当に凄いことになっていますよ。

    そこで自分が思ったのは、これを文化論で閉じさせてはいけないということです。ものづくりの視点からの擁護が必要だと思いました。やっぱりハードウェアというソリッドなものは、エネルギーを持つんです。この思想をものづくりの世界に落すのが、僕の役割だろうと思いました。
     
     
     戦後日本の「閉ざされた”ものづくり”空間」
     
    ――そんな"憂国"の問題意識で出した著作のタイトルが『オタクで女の子な国のものづくり』という可愛らしいタイトルなのが面白いと思うんです。川口さんは、この本で取り上げたような戦後日本の「ものづくり」の根底に「軍事産業の禁止」を見ていますね。

    川口    ええ、古くは零戦のエンジニアたちが、新幹線を作ったところから始まる物語ですね。日本の「ガラパゴス」と言われる戦後のものづくりの背景には、それがあります。

    私は民間企業の中央にある基礎研究所にいるような連中と、ずっと付き合ってきた人間なんです。とにかく「ものづくり」が大好きで、人づきあいは得意じゃないような……まあ、本当にオタクな連中です。でもね、そんな彼らと話しているとつくづく感じるのは、いつも「社会の役に立ちたい」と思っていることなんです。やはり、新しいものを作るのには、大きなモチベーションが必要なんですね。

    でね、本来は一番わかりやすくモチベーションが高まるのは、やっぱり兵器の製造なんです。特にエンジニアは男が多いですから、「男として生まれてきて我が民族を守るために高度な技術を駆使する」というのは、そりゃわかりやすく燃えますよ。

    ――欧米なんかは、軍事産業やその周辺に、理系の天才たちは集結しますよね。お金も潤沢なので、やはり新しい技術はその周辺から登場してくる。

    川口 ところが、日本という国は戦争に負けたことで、それが封印されてしまったんです。言わば、「キンタマを取られた」ようなものですよ。

    そのとき、エンジニアという人間たちは、弱者を救済しようと思うんです。なぜだと思いますか?――それは、戦争のような極限状況下で「強者をより強くする技術」と、障害者や高齢者のような「弱者を救済する技術」は、一致することが多いからです。しかも、高度な技術で弱い人を助けるというのは、おそらくは強い兵器で世界を守ることの次くらいに、自分の貢献が見えやすい仕事です。

    分かりやすいのが、ロボット技術の発展史ですね。例えば、ウェアラブルスーツなんて、そりゃエンジニアたちは、どこも「ガンダム、作りてえ」みたいなことから始まるんですよ。アメリカなんかでは、実際に陸軍なんかが試運転を始めていて、重機関銃を持って24時間連続行動が出来るなんていう凄い話になっている。
     
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    ▲参考:介護技術として発展するロボット技術
     
    ところが、日本ではああいうのが介護技術として発展してしまうんですね。あれを着けると足の不自由な人も歩けるようになるわけです。面白いのでは、上半身だけのタイプの、ブドウの収穫専用のスーツがありますね。やっぱり年をとると、手を上げて房を採るのは大変でしょう。そこで、KUBOTAやイセキのような農機を作っているメーカーが、少子高齢化で畑を潰すか悩んでいる農家のお婆ちゃんなんかのために、販売しているんです。
     
    この国はね、少なくとも戦後は、常にそうやってきたんです。兵器産業を封印されて以来、エンジニアの熱いエネルギーは全てそっちに投入されるしかなかったんです。

    ――本来は軍事産業なんかで高度な兵器開発に従事できたような連中が、民間のメーカーに流れてしまい、家事労働を助ける家電や介護の製品を作ってきたのが、戦後のものづくりの歴史である、という感じでしょうか。

    川口 まあ、でもいま言ったような製品は、いざというときにはちょっといじれば兵器産業にも使えるようになってますからね。そこは、彼らの狡猾な知恵と言えるのかもしれない。

    でもね、兵器は優秀な人がマニュアルを読んでパッパと使うだけですけど、弱い人の装置は誰でも使えるように、フレキシブルかつスマートである必要があるんですよ。「速い・重い・大きい」みたいな方向にはいけないけど、代わりに「繊細かつ賢い動き」が必要になる。実は、洗練度の高い技術は弱者の方にあるとも言える。

    ――言い方はヘンですが、つまりはアメリカに「キンタマを取られてしまった」結果として生まれた、戦後の「日本的ものづくり」文化の特殊性こそが、今やかえって差別化要素になっているという立場なんですね。

    川口   そうですよ。調べれば調べるほど、いつもそう思いますね。

    例えば、BOSEのヘッドホンのノイズキャンセレーション機能があるでしょう。あれって元々は兵器技術で、航空甲板に立って指示する誘導員のためにジェット機の音を消去する目的で開発されたんですね。その特許が色々とあってBOSEから流れて、民生品が溢れているわけです。
     
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    ▲BOSE QuietComfort25
     
    ところが、これを日本のメーカーたちはどう使っているか。まあ、SONYみたいにパクってヘッドホンの民生品を作っているところもあるけど、面白いところでは建設現場の重機に使われているんです。工事現場のブルドーザーなんかから発生するエグゾーストノイズを、スピーカーが根元で察知して消去するんです(笑)。本当に、日本的ですよね。大体、工事現場におじさんが謝るマークが書かれていて、何dbとか書かれているのは日本だけですよ。

    兵器技術という、言わば"卑しい素性"のノイズキャンセレーションが民生化されたとき、海外では自分の耳に入ってくる外からのいやな騒音を消すという、結局は自分がいい思いをするだけのセルフィッシュな方向にしか使われなかったわけです。ところが、日本では世間様に漏れだしてしまう自分由来のノイズを根元からなかったことにする方向で考えたんです。汚い音を出すのは周囲に申し訳ない、という配慮の技術に生まれ変わったんですね。
    最近では、ハイウェイ事故の原因になる高速道路の防音壁がこれを使えば外せるんじゃないかと、清水建設が大まじめに研究しています。一番驚くのは大林組で、彼らは鉱山のダイナマイトの発破音を消すのに使っていますね。なんと、兵器のために生まれた技術が、しまいには爆発音を消す技術になってしまったわけです。

    現代日本のこういう技術のあり方は、結果的に大変に高貴なものだと思いますね。戦争にだって、兵隊がいる裏側には、必ず看護婦がいる。戦車を作る正義があるなら、車椅子を作る正義がある。世界中に戦車を作りたい連中なんて沢山いるんだから、我々は凄い車椅子を作ればいいわけですよ。

    ――テクノロジーをよく男女の役割の比喩で語られていますが、やはり著作に書かれているように日本のテクノロジー文化は「女」という印象なのですか。

    川口    テクノロジーにも民族性ってどこか反映していて、エレガントなものは南欧が作るし、マッチョなものは北欧が作るし、コケティッシュであったりパワフルなものは北米が作る。それをイメージで言えば、北米は男の子で、北欧は大人の男で、南欧は大人の女という言い方ができるだろうなと思っているんです。
    それに対して、日本はキッチュで可愛くて、箱庭的なものが得意。自動車で言えば、エレガントなフェラーリも、パワフルなハマーも作れないけど、小回りの効く日本車のようなものは作れてしまう。そういう意味では、私の中では、「お母さん」という「大人の女」よりは「女の子」というイメージですね。

    色々な技術について世界のスタンダードと日本のそれを見比べてみると、もう本当につくづく感じると思いますよ。大変に特殊な文化ですね。今、ここにプッチンプリンがあるけど、こんなの100年待っても北欧からは出てこないですから(笑)。

    まあ、ここを突き詰めすぎてしまうと、まだ近場の東南アジアくらいしかウケないのですが……でも、父親になりたい国なんて沢山あるし、要はプッチンプリンみたいな美味しくてカワイイものを作れる私たちを、いかにクールだと思わせていくかが勝負でしょう。僕たちの世代は「大人になりたい」と海外に憧れたものだけど、今はポルシェやマスタングを欲しがる時代ではないわけですしね。

    ――ちなみに、もっと昔の日本のものづくりというのは、また違ったという認識ですか。

    川口 まあ、やはり「女の子」というよりは「大人の女性」という感じの、南欧的なエレガンスなカルチャーなんかはあったのかな、とは思いますね。

    ただ、日本的なものづくりの文化という点では、やはり江戸時代が一つ大きかったと思いますね。鎖国して、移動の自由も無くしたわけでしょう。しかも、小さくは色々とあったにせよ、250年続くサステナブル社会が成立した。特に新田開発が終わってからの200年弱の平和は、何千万という人口で人口増加をストップさせたまま社会を維持したという、人類史上未曾有のものです。

    そのとき、なにか日本には、横に移動して外を目指すのではなくて、ひたすら深く掘り下げていく文化が生まれたように思いますね。
    例えば、道の駅に行くと、きゅうりやにんじんが地域ごとに全然違う名前で売られているでしょう。あれ、外国人が見ると驚愕するんですね。この間も百貨店で日本中のプリンを集めた催事をやっていたのですが、日本全国から300品種を集めていました。その場にいた人に聞いたら、サイダーもそのくらいあるから、そっちもイケるというんです。こんなのが放っておいても起きるなんて、他の国の人が聞いたら羨ましがりますよ。まあ、少しでも差をつけて売らなきゃいけないという、貧乏人根性とも言えますけどね。

    ただ、こういうサステイナブルな世界で生まれたガラパゴスな文化は、パラダイムシフトには弱いんです。そこは問題ですね。

    ――弱いですか。

    川口    弱い、弱い。全然ダメ。

    基本的に、土俵を変えたり前提を変えたりする発想がないんです。

    日本のエンジニアは、与えられた条件の中で最高の打ち手を考える天才なんです。予算と納期でガチガチに縛られて、赤ちょうちんで「バカヤロー」と文句を言いながら唯一解を探すのが、もう嬉しくて嬉しくて仕方ない(笑)。海外のエンジニアと比較すると、そこは明白です。「5億円あげるから好きにしたまえ」なんて言われた暁には、もうほとんどの日本のエンジニアは不安で不安で仕方ないですよ。
     
     
    続々と東南アジアに広がるサービス産業

    ――そういう江戸時代から続くガラパゴスな面白さや、戦後民主主義が生んだ"優しい"日本的ものづくりの高貴さみたいなお話は分かるのですが、それが様々な理由で苦境に立たされているからこそ批判が出ているのだと思います。今後も国際的な競争力になるのでしょうか。

    川口   いま日本が立たされている苦境は、一言でいうと「デジタル化」ですね。これは「誰もがそこそこのモノを作れる」という思想なんです。突き詰めたときに勝利するのは、Googleのようにシステムを作り上げて統治する、帝王学の世界の連中になるでしょう。

    ですから、この周辺ではもう日本には、「残念なお知らせ」ばかりが届いています。なぜなら、日本人が得意な性能戦で勝負を賭けると、即座に欧米の連中に真似されてしまって、一気に焼け野原にされるからです。実際、90年代にデジタル化に対応しようとして、DRAMやDVDプレーヤーなどのハードウェアがそれをやって、全滅してしまったでしょう。

    ただ、あれは初戦だったから仕方ないね、日本全体の授業料みたいなもんですよ。その後も、二の丸、三の丸は落ち続けているけど、もうこのデジタル化の流れが消えることはない。

    ――デジタル化に巻き込まれたら、日本人は勝てないという認識ですか。

    川口 もうハードウェアは厳しいですね。さらに上のレイヤーで儲けるしかなくて、突き詰めればGoogleですよ。ああいうシステムづくりは、やはり日本人は上手くない。

    「What to make」の世界では、電気自動車みたいに単に秘伝のタレでできあがった中間財をキュレーションするだけの世界になりだしてますから、もうシステマティックにお客さんの好みを把握している企業には敵わないですね。Panasonicはヤマダ電機には敵わないし、ヤマダ電機はジャパネットたかたには敵わないし、ジャパネットたかたはヤフオクには敵わない。そして、ヤフオクはGoogleのような企業に……みたいな構造に切り替わっていて、やはり向こうに押し切られてしまう。

    ただ、中間財に逃げれば、まだまだイケますね。iPhoneやボーイングの部品の半分は、日本製ですからね。生産財にイケば、もっと寿命は伸びる。彼らは、面倒くさいのはやらないから。そういう意味では、「ドリルという生産財の超硬ビットという中間財を作る」みたいな「生産財の中間財」をやってる企業は、かなり長く生き残るでしょうね(笑)。実際、イタリアの革靴職人を支えてる道具なんて、実は日本の二つの工場が支えてますから。そういうプロの職人たちの世界は、実は未来永劫続くかもしれません。

    まあでも、それは美しいけど、一億人は食わせられないね。

    ――そういう中で相対的に残っているのは、どういう商品なのですか?

    川口 まずは「感性に訴える商品」ですね。

    完成品の訴求価値が「感性」であれば、アナログの世界に持ち込めるので、かなり強く残ります。視覚系は、ディスプレイに高付加価値をつけるのは難しいから、だいぶデジタル化されてしまいましたが、聴覚系なんかはまだだいぶ戦える。接触系のものも、まだまだ職人技でイケる。家具の世界なんて、高いものが沢山ありますからね。

    もう一つ重要なのは、ここに来て登場してきた製造小売の世界ですね。セブンプレミアムみたいなものは凄まじいですね。よく勘違いしている人がいるのだけど、セブンイレブンはプラットフォーマーなんていう、そんな大層な話じゃないんです。あそこは、物流のロジスティックスを握った上で、最後ワンメートルの顧客接点を余さず取り切るという、インターフェイスのサービサーです。

    ――まさに、冒頭におっしゃったように、「端末」の世界が日本では強いという印象なのですね。

    川口 ええ、ロングテールビジネスが侵食してくる世界で、蓋を開けてみたら最後に残ったのは、コダワリの作り物職人の親父と、三つ指ついたおもてなしで切り盛りする女将だったわけです。そして、この二枚看板を合わせれば、なんとか一億の日本人を食わせていける規模になるんです。

    特に、このニアフィールドサービス系の「女将」たちが、BRICsが伸びてきた2005年くらいからは、どれも東南アジアの辺りに怒涛の如く進出してますよ。しかも、とてもレベルが高いですね。
    コンビニ業界なんて、日本型のそれがアジアを制しましたね。毎年何百軒という単位で進出していて、どれも例外なくレベルがべらぼうに高いんですよ。現地の露天商と組んでローカライズする一方で、日本で練りに練ったロジスティックスとPOSシステムで管理していくわけです。この徹底的にインターフェイスに特化したところで攻めていく戦い方ね。産業構造がサービス化していく趨勢の中で、日本の「おもてなし」の精神が良い塩梅に働いているわけですよ。
    この「おもてなし」はインバウンド――つまり、海外旅行客向けの観光でも上手く機能しています。例えば、外国人が日本のトイレの機能に喜ぶでしょう。あれは触り心地の世界ですから、実際に体感しないとわからないし、まだまだアプリでデジタルに再現できるものではないわけです。

    ――しかし、結局は労働集約的な撤退戦を戦ってるように見えるのですが……。

    川口 いやいや、何を言ってるんですか。「女将」たちはべらぼうにコストパフォーマンスが高いですよ! 
    だからこそ、名だたる企業がどんどん進出するわけです。例えば、ヤクルトは、最近は「毛細血管サービス」なんて言われてますが、世界中にヤクルトレディーが2万人いて、3千万本のヤクルトを配ってるんですよ。

    ――そんなにいるんですか!

    川口 ええ。最初は、あの「ヤクルト」という胃酸で死なない乳酸菌の飲料から入ったんです。アメリカが昔はNASA開発を売り物にしていたのと一緒で、新参の国は常にちょっとB級な商品を科学的な定量的機能を売りにしながら入っていくわけですね。でも、そんなものは、あっという間に東南アジアなんかでは真似されて、バッタ物が広まってしまう。

    ところが、そこで一番の武器になったのが――ヤクルトレディーなんです。「お婆ちゃん、元気?」なんて振れ回りながら歩く権利を持ったお姉さんが、ヤクルトを配っていく。これが強いんですね。
    そもそも、日本でヤクルトレディーが誕生したのは、昭和30年代の頃なんです。ヤクルトは当時、営業に"ワケあり"で働かなきゃいけない若い女性たちを使おうと考えたんですね。そのとき、彼らは大変によく出来た託児所を作ったんです。そうでないと、彼女たちが安心して働けないから。
    その託児所システムが、現在のブラジルやインドネシアの"ワケあり"なお母さんたちを助けているんです。向こうの彼女たちが、あのガラガラを引っ張ってヤクルトを配り回っていて、しかも地域の相談役にまでなっています。最近では現地の自治体と協力して、民生委員みたいになっているそうですね。スマホのようなものが発達すればするほど、何があろうと常に週イチでやってくる彼女たちの役割は増す一方でしょう。ちょうどEコマースのアマゾンが伸びるほどに、それを配達するクロネコヤマトの必要性が高まっていますよね。
    今では、これがノーベル平和賞を獲った「グラミン銀行」のマイクロファイナンスのようだということで、海外で彼女たちは「グラミンレディ」と呼ばれています。
     
     
    ユニクロ柳井が1人いればいい
     
    ――その規模感には驚くのですが、仕組みを真似されることはないんですか。

    川口 そういう意味では、ここに来てDANONのダノン・レディーというのが登場したんです。やはり欧米のフードビジネスのようなメジャーは頭がイイですね。ボトムアップ型のサービスの強さを理解したら、財力と組み合わせて一気にシステムを作り始めた。しかも、DANONはグラミンフォンから公式に名前を貰って、グラミン・ダノン・レディと名乗ることにしました。
    日本人が天才性を発揮して生み出した「ガラパゴス」なサービスが、海外で全く同じ構造で威力を発揮したのだけど、それを誰も知らなかった。むしろ向こうの頭のいい連中のほうが先にそれに気づいてシステム化してしまい、ヤクルトレディーは今まさに苦境にいるわけです。

    でも、これは社長のセンスなんです。一人、優れた社長がいればいい。日本人で言えば、ユニクロの柳井さんでしょうね。

    ――ユニクロですか。

    川口 柳井さんは、日本人としては例外的な天才ですね。実際、彼が抜けたら途端に会社が傾いて、戻ってきたら回復した。まあ、彼の示してくれた成功モデルというのは、実は後発の国がやる基本通りに手順を踏んだだけなのですが、やはり自信が湧きますね。

    ――具体的には、どういう成功モデルなのですか。
     
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