【FF15】エンディングに感動”してはいけない”理由
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【FF15】エンディングに感動”してはいけない”理由

2016-12-10 14:52
  • 112
  • 8

※シナリオに関するネタバレ、また批判的な内容が含まれています。ご了承ください。

太字のところだけ読んでも大体分かるようになっています。




“王”とは”人間”ではありません。








FF15におけるノクトの結末を感動的に見せているのは、彼が「世界と人々を救うために、”真の王”の使命を果たす決意の下、進んで命を捧げた」というシナリオの見方だと思います。

彼の行動は結果的に明けない夜に苦しむ多くの人々を救い、また六神いわく星を救うことにもつながりました。


しかしこれは、ニュアンスとして正しいものでしょうか。


FF15はワンシーンの演出に関してはとても凝っています。
その演出に気をとられて、ノクトが歩んできた本当の人生、心情を都合の良い価値観で見てしまっていないでしょうか。
見ていて気持ちの良いエンディングにするために、それまでの経緯を自分で補完していないでしょうか。

ノクトの旅路と結末は、彼が自分の意志で選び、進んできた結果でしょうか。

演出ではなく、ノクトの人生・旅路そのものを文章にしてみれば、FF15のフィナーレがとても残酷なものだということに気づくはずです。



このブロマガで明らかにしたいのは、冒頭に挙げたシナリオの見方が、演出に騙されてしまった希望的な観測、あるいは嘘っぱちであるということです。

本当は「ノクトは真の王の使命を果たす決意などできていなかった、もっと生きていたかったのに、犠牲になることを強いられた」物語であったことを証明します。

さらにはエンディング後の結婚式のシーンに隠された、物語を冒涜するスタッフの欺瞞についても書かせていただきたいと思います。



1. 「やっぱ辛ぇわ」

本筋に入る前に、後に関わる重要なシーンを一つ挙げさせてください。



最終決戦直前、4人での最後のキャンプでノクトが心情を吐露したシーンです。

この「辛い」という言葉は、オルティシエに出発する前にシドが語った「レギスに抱えているものを話してもらえなかったのは辛かった」という回顧から始まり、帝国へ向かう列車の中で使命に苦しむルナフレーナの回想を見たノクトの「辛かったのに、聞いてやれなくてごめんな」という後悔の言葉に繋がりました。


そしてこれらの経緯から、ノクトは最後のキャンプの際に「プロンプト・グラディオ・イグニスに何も話さなかった場合」に彼らの背負う辛さを慮った上で、自らの心情を伝えることを選択したのだと考えられます。

このシーンこそFF15のテーマの一つとされていた「友情」を結実させたものであるという意見には、プレイされた方なら賛成していただけるのではないでしょうか。



2. ノクトの結末と人生について

本筋に入っていきたいと思います。

初めに書いた通り、ノクトの結末を感動的に見せているのは、彼が「世界と人々を救うために自ら進んで命を捧げた」というシナリオの見方です。
それを否定する為には最初に書いた通り、彼の人生をできる限り作中に根拠のないものを省いて記述していきたいと思います。


基本的にスポットを当てるのは「王の自覚」です。

まずは核心部分までを時系列で振り返ってみましょう。

シナリオを覚えている方はある程度飛ばしても大丈夫です。


○幼年期

・クリスタルによって選ばれる

父・レギスはこの時点でノクトの過酷な運命を察していたらしいことが、最終決戦直前のイグニスとの会話で分かっています。

・真の王の使命について教えられる

テネブラエにて幼いルナフレーナから、真の王はいずれ星を救うために戦うことになることを教えられます。また、この時点でゲンティアナから「王と神凪の仲が良いのは望ましいこと」であると伝えられており、ルナフレーナとの関係を育むことが推奨されていたと分かります。

○少年期

・アニメ「Brotherhood」より、周囲から未来のルシス国王であることを自覚するよう諭されるも、自分が王になる=父親が死ぬということが考えられず、その後行動に変化は見られるものの自覚には遠い状態であることが分かります。

○青年期① 雷神の啓示まで

・突然の祖国崩壊、父の逝去によっていきなり"ルシス国王"としての自覚と使命を果たすことを迫られます。祖国を取り戻す必要については疑問もないため、王の自覚については棚上げしたまま当面の目的である墓所を巡る旅に出ます。

○青年期② オルティシエまで

・タルコットらルシス王国の関係者との交流を経て、カエム出発前には「国王」と呼ばれるようになるなど、徐々に周囲から"ルシス国王"として扱われるようになります。

・オルティシエでは隣国アコルドの首相を相手に交渉するなど、国の代表として役割を果たす場面が出てきます。

・しかしその後の戦いでアーデンによりルナフレーナが殺害され、結果的に彼女が命と引き換えに運んだ王の証「光耀の指輪」が、未だ完全な自覚のないノクトに渡されます。

○青年期③ カルタナティカまで

・ルナフレーナの喪失から立ち直れていないノクトは更に重なったイグニスの失明など、周囲の犠牲によって芽生え始めていた王の自覚を摘み取られ、旅をやめたい(選択肢)とまで思うようになっています。

・グラディオから亡くなった人の思いを継ぐ為にと指輪の装着を求められますが、↑の経緯から分かっていながらも嵌めることはできません。

・その後最古の王墓での一件を経て、イグニスから「王はどんな犠牲が出ても進み続けなければならない」との助言を受け、考える時間を与えられます。

○青年期④ 帝都グラレアにて指輪装着まで

・仲間とはぐれ、戦う力を封じられたノクトはついに"ルシス国王"の証たる指輪を嵌めることを決断します。なおプロンプトとの合流後に、嵌めた理由について「仲間を守るには~」というニュアンスの台詞があります。




以上の経緯を経て、指輪を嵌めたことでノクトにひとまず”ルシス国王としての自覚”の第一歩を踏み出したと言えるでしょう。

しかしながら、

・いざ拒絶していた証の指輪を嵌める際、根本的な考えの変わるきっかけや誰かが彼の背中を押しているような描写は全くない

・上の状況と合わせて緊急の必要に迫られた決断であったため、確固たる意志によるものとは言いがたい(武器が出せていたら果たして嵌めていたか?)

ということについて補足しておきます。



問題はここからです。

ノクトに”真の王の使命を果たす決意”などできていなかった、とする根拠を挙げます。


①決意を固められる環境ではなかった

そもそも“ルシス国王”と”真の王”は、その役割も使命もまったく別物です。

クリスタルに辿り着いたノクトはそれを把握しておらず、”真の王”の使命、「命を捧げること」についてバハムートに聞かされた際に非常に戸惑っていました。

つい先ほどようやく”ルシス国王”としての自覚を得たばかりで、それもまだ第一歩を踏み出したところです。

そこに落ち着く間もなく今度は”真の王”として命を差し出せと言われたのですから、これは当然のことでしょう。


果たしてノクトは、六神の話を聞いて”真の王”の使命を果たす決意ができたでしょうか。

ここで決断を迫られた時の状況を整理してみましょう。

・クリスタルの中という馴染みのない閉鎖空間

・星の守護者である六神と一対一

・仲間に話を聞いてもらうこともできず

・六神からは「仲間はお前が”真の王”になるのを期待している」「生きる喜びを捨てろ」と圧力をかけられ

・決断が遅くなるほど世界は闇に覆われ、仲間達の状況が悪化する


こんな有様になっています。

ごまかしても仕方ないでしょう。はっきり言えばこの時点で、ノクトは状況に脅迫されています。


自分の身に置き換えてみてください。

決意とは、このような抑圧された状況で行えるものでしょうか。

決意とは、いくつもの選択肢がある中で、誇りを持って自らの意志で困難を選ぶものではないでしょうか。

僕はそう思います。



②エンディングでも心は”人間”だった

ノクトが"真の王の使命"を果たす決意を固めていたなら、絶対に言ってはならなかった言葉があります。

それは既にこの記事でも挙げているシーン、最後のキャンプでの「悪い やっぱ辛えわ」という言葉です。


この直前の台詞と合わせて「覚悟して帰ってきたが、仲間の顔を見て辛くなった」という告白をしたことだけでも、決意が固まっていなかったと指摘することは可能でしょう。

ですが”真の王”としての決意を「”真の王”の役割に殉じる」と定義した場合、これをさらに補強できる人物が二人います。


○レギス

彼は名実、自他ともに認める”ルシス国王”でした。

そして彼は若い頃のシド達との旅において、自分の未来について彼らに本音を吐露することはなかったと言われています。

何故でしょうか。


それは、彼が”ルシス国王”という役割に殉じたからです。

民の全てを背負っている“王”は、普通の人間であってはなりません。弱音を吐きたい時に吐いていい存在ではないのです。

バハムートも「”真の王”は人間として生きる喜びを捨てなければならない」と、質的には近いことを述べています。


○ルナフレーナ

彼女は”神凪の巫女”です。世界に安定をもたらす存在として人々に敬愛されています。

人々の前に出る時は、常に勇敢で毅然とした態度を取り続けていました。

そして目前に死を見据えた時でも、想い人であるノクトに「辛かった」と伝えることはありませんでした。


何故なら彼女もまた、「神凪の巫女」として”真の王”を支える役割に殉じたからです。

「神凪の巫女」は、”真の王”に弱音を吐いていい立場ではありません。彼女が唯一弱音を吐けた相手は、同じ神凪一族である兄・レイヴスだけでした。




この二人との対比によって、ノクトの精神は最後まで”真の王”として立つことはできなかったこと、特別な役割を背負うべきではない”人間”のままであったことが明らかになりました。

当然これはノクトを非難しているのではありません。先にも書きましたが、彼は”ルシス国王”としての第一歩を踏み出したばかりで、完全に”王”の精神になりきれてもいなかったのです。
それにあのキャンプの名シーンは、彼が仲間のために”人間”であることを選んだからこそ生まれました。

しかし同時に、彼の”真の王”の使命に対する本当の気持ちも明らかになってしまったと思います。




3. 結論

「世界と人々を救うために自ら進んで命を捧げた”真の王”」など存在しませんでした。

あそこにいたのは、「世界と人々、何よりも仲間を救うという目的のために、己の心を殺し、命を捧げるしかないという状況に追い込まれた普通の”人間”」でした。


思い返せば、ノクトの旅路はそのほとんどが誰かや何かに誘導されていたものでした。

アーデンの策略によるルシス崩壊が彼を力を求める旅へと誘い。

神凪の使命を果たさんとするルナフレーナによって六神の啓示に向かい。

再びアーデンによって真の王へ引き上げんとクリスタルへ追い詰められ。

バハムートによってその使命=”命の使い道”を強いられる。


死にたくなどなかった彼は、幼い頃クリスタルに選ばれたその瞬間から、終着点の決まったレールの上を走らされていました。

1000年生きた不死のアーデン、星の守護を第一義とする六神によってです。

結果的にアーデンと六神はそれぞれ求めるもの、不死の終わりと星の救済を得ました。


FF15のフィナーレは、ワンシーンの演出だけ切り取れば親から子への引継ぎ、絆による闇の浄化など、映像として感動”できる”要素に満ちています。

ですが、死にたくなかった人が死ぬしかない状況に追い込まれて、いざ死ぬ前にもそれを辛いと話す。

その末の死を僕はあっぱれと感動”してはいけない”と思います。怒るか悲しむか、あるいは静かに悼むべきでしょう。

バハムートに代償を告げられた時のノクトの表情は、たとえあれが人の作ったものだとしても、完全に忘れることはできそうにありません。



ノクトの死についてのお話はこれで終わりです。

しかし最後に、これまでに書いたことを下敷きにした上で、開発スタッフによる最大の欺瞞である”ノクトとルナフレーナの結婚式”についても書かねばなりません。





4. 結婚式

エンディング後。

光の差したインソムニアの王都城で、レギスの語りとファイナルファンタジーのメインテーマをバックに、玉座に着いたノクトとルナフレーナが結婚式を挙げます。

ノクトを操作してきたプレイヤーも、長い戦いと苦難の果てにようやく二人が結ばれたことで感無量というか、涙した方もいると思います(写真がまともなら・・・)。

正直に言いますが初見では泣いていました。


しかし残念ながら、これは本当は喜ぶべきシーンではありませんでした。

このシーンこそ物語に対するスタッフの最大の欺瞞、主人公とヒロインへの冒涜であったのです。



そもそも、このシーンはどんな意味を持っているのでしょうか。

「考えるな、感じろ」と思われた方は、それこそがスタッフの狙いであると考えてみてほしいです。

説明していきます。


ノクトとルナフレーナの外見が享年と同じであることから、恐らくは死後の世界であると推測されます。

しかし作中には死後の世界があることを臭わせるものは存在しません。

また、この世界にはどんな人が存在するのか。二人以外は声のみでレギスが登場(アンブラも?)。他に戦死した人物、特にルナフレーナ側の重要人物であるレイヴスは姿を見せていません。

そしてこの世界における時間の経過等も一切不明です。

この点をまとめて言えば、生前の世界と何が同じで何が異なるのか?という点が不明なのです。


もしも生前の世界とまったく変わらないとすれば、”死”とは永遠の別離を伴う重い出来事ではなく、単に会いに行くのが難しい海外に引っ越すような取り返しのつくものとなるでしょう。

住んでいる世界が変わる、ただそれだけです。シナリオの中で”死”というものを重く描写した以上、ここについて何の説明もないのは不自然だと思われます。


上記のようにこの結婚式のシーンは、細かいところを考えると首を傾げたくなるような設定不足、「世界のルール不足」に溢れています。

この不足について考える際、僕が下敷きにしたのは「ノクトの最後は感動してはいけないものだった」という解釈です。



当たり前のことですが、ゲームシナリオというのは基本的にはクリアしてよかった、と思えるものでなくてはいけません(バッドエンドはNGという意味ではないです)。

何故ならゲーム製作はビジネスです。現在と未来のお金を稼ぐためにやっています。

その為にはFF15はFF15だけでなく、今後出るであろうスクエニの他作品にも目を向けてもらえるようなものでなくてはなりません。


であればFF15のシナリオも、少なくともスタッフは感動的なものに仕上げようとしたはずでしょう。

しかし描写不足なのかマーケティングを誤ったのか、出来上がったのは(僕からすれば)主人公がただ犠牲を強いられる物語です。

このことについて、少なくとも開発期間の問題による描写不足については、開発スタッフの自覚はあったと僕は考えています(なかったら病気です)。



考えるな、感じろと言わんばかりの謎の世界。

描写不足による、スタッフの意図したシナリオとは異なる解釈をされてしまうリスク。

これらを合わせると、結婚式のシーンの存在理由にとある説が生まれました。



とても単純な話です。

あのシーンは、FF15はハッピーエンドであるということをプレイヤーに印象づけるために生まれました。

理由はよく分からないけど、ノクトとルナフレーナは結ばれたわけだし、それでいいんじゃない?と思わせるために生まれました。
しかし僕らは、あの後二人が本当に幸せに過ごしていけるのか、推測することすらできません。

つまるところ、彼らの歩んだ道筋を元に物語をきちんと集束させる、というシナリオの役割を放棄したということなのです。



そしてできる限り設定をなくし、プレイヤーの想像のとっかかりを削る手法がとられた結果、ネット上では「レギスの妄想結婚式」などと呼ばれてしまっています。

ノクトとルナフレーナは、シナリオの不出来を隠すという目的で、再び政略結婚に利用されることになった、というのが僕の解釈です。


余談ですが、本当にキャラクター愛があるのなら、六神の力でもなんでもこじつけていいから、二人を復活させて生きて結婚式を挙げさせてほしかった。それだけのことはしたはずです。

というか六神は闇との戦いに関してはほとんど活躍しなかったのですから、多少は犠牲を払ってほしい。



5. 終わりに

エンディングについての解釈はともかく、FFをプレイしたことのない世代が増えてきている中、ブランド復権の柱となるはずであったFF15がシナリオに粗の目立つ出来となったことはとても残念です。

もし将来FF16が出ても、僕と似たような、あるいは似ていないまでもエンディングに納得できなかったプレイヤーは、シナリオのおおよその評判が出るまで手を出しづらくなるだろうなと思います。


今度こそ最後に、ノクト以外の人物に関する疑問点あるいは愚痴を書いて、この記事を締めさせていただきたいと思います。


○ルナフレーナ

・とても良い子なのに亡くなった意味がありませんでした。ノクトの再起と成長に関わるどころか、指輪を嵌めるときに顔すら浮かびません(レギスも)。寿命が削られる設定も六神の目的と矛盾しますし、「中盤でヒロインが死ぬと衝撃だよね」という思惑のためだけに殺された気がします。過去に戻って脚本をぐしゃぐしゃにしたい。

○ゲンティアナ(シヴァ)

・人を愛していたそうですが、水神降臨の際にルナフレーナの護衛につかなかったのは何故でしょうか。死んだ方がノクトの成長を促すのに都合が良かったからでしょうか(失敗してますが)。どうにも六神というものは、目的と手段の合理性に関してはアーデンと似たやり方を好んでいるように思えます。

○バハムート

・圧迫面接。11の剣を全てかわされる剣神。ノクト(プレイヤー)をチラっと見て丸投げ。開発スタッフの化身なのでは?

○アーデン

・本作の勝利者。物語の手法として、大々的な目標の影に別の目標が見え隠れする場合はそちらが本命、というのが定石ですが、アーデンは見事に不死から解放されました。ついでに憎んでいた王家の未来も閉ざしました。



一部でも全部でも、この記事を読んでくださった方に感謝いたします。

ありがとうございました。



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>>123
沼芸
3ヶ月前
×
記事と全コメントを読んだ上で、長々と書かせていただきます。私の解釈も数あるうちの1つであるとお考えいただければ幸いです。

本日エンディング到達しました。
途中から嫌な予感しかせず、先にストーリーを進めるのが怖かったので、稼ぎなしでレベル80近くまで上がるほど自力かつwiki無しで、サブクエとか釣りして、現実逃避してました。虹色カエル辛かったな。…が、ようやく腹を決めました…

正直、映画も小説もゲームも、エンディングが100点満点ハッピーエンドじゃなきゃいけない理由はないと思うのです。FF12は100点満点みんな幸せのラストエンドでしたね。FFの中で1番好きな作品です。

前にも書かれてる方がいましたが、映画「アルマゲドン」は、主人公が犠牲になることで世界が救われるラストという点では本作と一緒ですが、唯一違うのは、アルマゲドンは新たな家族が生まれている点ですね。娘と彼氏が抱き合って、おそらくこの後も子孫共々永遠に…という明るい将来が描けるので、今はお父さんがいなくなって悲しい涙も、生き延びた者たちが前向きに強く生きて進もうとするがゆえに、そんな涙もいずれ乾く予感がするのでしょう。
名作たる所以はその明暗がしっかり丁寧に描かれているところだと思っています。

しかし、本作ではヒロインは早々と姿を消し、主人公は若くして命を落とし、街は荒れ放題のままで王国の将来はわからず…。あの3人はあの後どうなったの?街のみんなは?シガイは?ハンマーヘッドは元の場所で再開するの?ドッグタグ集めてたおっさんはあの後協会のリーダーになれたの?プロンプトはシドニーのこと気になってたけど恋愛に発展するの?カエル集めのおばちゃんは、カエルで世界を救える大発見できるの?釣り名人のおっさんは伝説の魚を超える魚を釣り上げられるの?etc...
なんにもわかりませんし、想像がつかないですよね…。想像はできるにはできるけれど、手がかりが1つでもあればいいのになって思います。

せめて、民衆が避難しているレスタレム都市部に映像が切り替わって、何年かぶりの朝日に大歓喜する民衆と、それが王の犠牲に成り立ったものであるということの、民から王への敬愛が何らかの形で表現されれば、おそらくこのままのストーリーとエンディングでも綺麗に終わるんだと思います。
モヤっとする人も少ないかもしれません。

街には光が戻り民衆はお祭り騒ぎ!しかしラジオから流れてきたのは、実はこれはノクティス王の犠牲で勝ち得たものだったという知らせ。民衆は喜びと悲しみの両方の顔をしている。
その後世界は順調に復興へとすすみ、王家も無し、帝国も無しの壁のない世界が広がった。
その後、ノクティス王のこの一件は、新たな神話の続きの物語として歴史に刻まれた。
そして最後に。
生前ずっと会いたくても己の運命ゆえに会えなかった2人は、ようやく死して再会し、ノクティス王とルーナ王妃は安らかに神話の中で眠る。
しかし、民衆の心の中で、神話の王として永遠に生き続ける。

ちょっと厨二臭いですがストーリーとエンディングを変えずに、気持ちのいい終わり方を演出するならこれくらいはした方が将来のFFへの購買意欲増なんかも含めていいと思うんですが私だけでしょうか。

そうはいっても、そこまで最後まで丁寧に描かれていなくても、想像はつくでしょ、闇は取り払われたんだしこれから復興するでしょ、ということは、容易に想像できますよね?
しかし、ちょっと考えればわかることを一コマ描くか描かないかで、ここまでプレイヤーの心をモヤモヤさせることになるならば描いてくれた方が親切ですね。

例えるならば、もののけ姫のエンディングのような穏やかさがあれば素敵な映画を見た気分で2周目に突入できると思いました。
誰かが犠牲の上で成り立つエンディングは決して悪ではないですが、最後になればなるほど、「これはゲームじゃなくて映画だったっけな?」と思わせるほど丁寧に描写を入れて、登場人物一人一人を大事に扱うべきでした。

幸いps4はスマホアプリのように後からの変更や、DLCコンテンツとして新たなコンテンツと追加も可能です。
今後の進展はあまり期待できませんが、私なりのエンディングを私の中で想像できたのでよしとしましょう。
ただ……こんな最後が丁寧に描かれていないファンタジー作品を2周目やろうと思えないんですよね…同じエンディング見る羽目になるわけですから…

強くてニューゲームはやらないでしょう。
15章からロードして、空飛んだり、強い武器集めたり、魚釣ったりして、やり込んでいくだけでしょうか。もう一度見たいエンディングとはお世辞にも言えませんでした…。
FF12は5周以上はリセット&ニューゲームをして、エンディングはアンジェラアキさんの歌と、素晴らしいエンディングが何度も見たくなって、最後の戦い前のセーブデータからやり直して50回以上はエンディングを見たと思います。
小説としてはどっちがいいとかは言えませんが、ゲームとして評価できるのは、やはり何度もプレイしたくなるゲームじゃないでしょうか。

全部私見です。
長文失礼いたしました。あらゆる批判覚悟で書きすてていきます。
3ヶ月前
×
野村だったら火垂るの墓レベルでやるせなさを感じるラストにしてくれたんじゃないかと思います
2ヶ月前
×
問題はノクティスが王の自覚を持てないまま世界の犠牲となるための流される人生だった

ではなく、ネガティブ全開の設定が柱のはずなのに無理にハッピーに見せようとするためのシナリオのブレと描写不足が悪いってブロガーの人言ってるのに、精神論と過去作の比較で否定しかできない人多くないですかね?
2ヶ月前
×
そもそも死が逆に感動させないんです
「製作(神様)のさじ加減じゃん」となって急にしらけるというか、大人の事情を憂いでしまう
しかしRPGでエンディングを見たのは10数年ぶりでしたし、悲劇物としてとても楽しめました
ここに原型以上のものがあるのですから本来作ろうとしていたものを完全版もしくは2で補完して欲しいですね
2ヶ月前
×
ありがとうございますプレイし終えて出てきた感想が全く同じで安心しました
1ヶ月前
×
>>123
沼すぎw逆に生きてる証拠は?って言われたら君は提示できるの?考察が気に食わないからって真っ向から全否定って傲慢にもほどがあるわ、君は人の感情論否定しときながら自分は感情論で逃げてることにすら気づいてなさそうですねw生きたいのに王として犠牲になったノクトはお前に感動されたいなんて一ミリも思ってないと思います^^
1ヶ月前
×
アビスとff15の差ですね。
アビスは主人公が出生の秘密を知り、それを仲間には知らせず自分一人で飲み込んで噛み砕いて消化し、覚悟を決めたところにバッドエンドとも言えるエンディングでも魅力がありました。
辛いとも一言も漏らさず。
ff15では、結局のところ普通の人間であったノクトの「つれぇわ」が一番しっくりきます。
本当に覚悟を決めたと描写するなら、弱音など吐いてはいけないんです。
なにより、業によって生まれた存在で、自分がどうあるべきかをよくよく考えたルークと違い、ノクトはクリスタルに選ばれただけでしたし。覚悟を決めた軸が、本当に脅迫というだけなんですよね。
ラストの結婚式はただただ、悲しいだけ。
魂の救済とか言っている人がいるけれど、そういう御都合主義でごまかしたいスタッフの本音が透けて見えて、不快でした。
まだ、他の生き残った仲間たちが弔いをしている中で、幸せそうなノクトとルーナが魂として仲良く寄り添っている…というような描写なら納得できましたが。
実際にはルーナもノクトも間違いなく死んだわけで、結婚式など挙げられるはずがないのですから、本当に読後感を良くするためだけの描写。より物語がチープに感じざるを得ません。
帰ってきた主人公がまったくの別人。それで何かを悟るヒロインという考え抜かれたカタルシスのあるテイルズオブアビスとは本当にシナリオにおいて雲泥の差があります。
1ヶ月前
×
面白い解釈ですね。
僕もクリア後、最初オチがよく分かりませんでいたが、こちらのブログを読んである程度納得しました。
主人公は、王として犠牲になる選択をしたが、戦友たちには心の弱さを吐露したと…、それほど信頼していた仲間だと。
主人公はとルナは、人柱となって、天国で結ばれたってことかな?
オチはバッドエンドでも、ハッピーエンドでもいいけれど、もっと制作側の意図がハッキリして入ればよかったですね…。
確かに今回、製作が追いつかず尻窄みになった感は否めませんでした。
1ヶ月前
×
エンディングでノクトとルーナが写真見て。。。ってシーンは、
独身の男女の霊を慰める幽婚に見えた。
あの二人はお涙ちょうだいの見世物のようで、本当に悲しかった。
王は人ではない、正しくその通りで、
全うな君主の人生すらルシス国王は送ることは決してできない。
それでも人生は続いていく。
それが残酷。
ただノクトは王の使命を自覚していて、
外部環境にむりやり押され任されたとは思わない。
辛いのはそうだろう。
あの若さで。
でも誇りも持っていたと思う。
国や国民を想っているようにも見えた。
1週間前
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