• 試肉

    2014-10-10 23:55

    「ではこちらへ」
    一点の皺も無いメイド服を身につけた知り合いは、普段にも増して慇懃な振る舞いで紅い館へ導く。早苗はその背中に附きながら、今一度横書きの便箋に目を通した。
    『新しい料理を編み出したのですが、ぜひ試してくれませんか?』
    早苗が通されたのは大きな厨房だった。大小さまざまな包丁や鋭利な針などが壁に吊り下がっている。台の上には色とりどりの調味料が並び、奥にはうっすら赤みがかった鉄棒が備え付けられている。だが食材はどこにも見当たらない。
    早苗はすぐさま踵を返し、無言で厨房を出ようとした。だが先ほどまで向こうにいたはずのメイドが正面に現れ、小さな出口を遮った。
    「勝手に動かれては困ります。試せないじゃないですか」

      おわり


    『ライオンと牡ウシ』より


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  • 闇の看護人

    2014-10-09 20:34

    魔理沙は読みかけの本をぱたりと閉じて、傍らの珈琲に手を伸ばした。視線を下げれば部屋中に散らばった本が否応なく目に映るので、なるべく俯かないようにカップを口元に寄せる。豆の香りが鼻腔から喉へ抜けていく。
    ふと、硝子窓が風に揺れるような音が聞こえた。今晩は外が荒れているのだろうと、魔理沙は別段気に留めることも無く珈琲を啜る。すると今度ははっきりと窓を叩く音が響いた。魔理沙はカップを机上に置くと気怠そうに立ち上がり、部屋の反対側にある窓へ近づいた。
    満月のような金色の髪を短く纏めた小さな女の子が、背伸びをしてこちらを覗いていた。白い長袖が暗闇にぼんやりと浮かび上がっている。魔理沙は内開きの窓を片方だけ開け放った。途端に肌寒い風が屋内へ吹き抜ける。
    「何の用だ?」
    「ずっと家の中に閉じこもっていたら、気が塞がっちゃうよ」
    真紅の瞳が貫くように魔理沙を見つめる。その背後では、真っ黒に塗られた木々が頻(しき)りにざわめいている。
    「だからさ、たまには夜のお散歩でもどう? ほら、月もこんなに綺麗だし」
    少女はそう言って北の空を見上げる。魔理沙は、その仕草があまりに滑稽だと思った。
    「さては、お前が満たされたいだけだろう」

      おわり


    『オオカミとヤギ』より


  • 知己の裁量

    2014-10-08 23:59

    「わ、なんて綺麗な羽なんだ」
    地底の闇に漂泊するうつほを呼び止めたのは、薄汚れた竹箒に跨る黒ずくめの少女だった。三角帽子の陰に笑みを浮かべ、風に流れるような軌道でうつほの正面に迫る。
    「うーん、ここまで絵に描いたように生え揃うものなのか」
    少女は舐めるようにうつほの周りを旋回する。かと思うと、うつほの正面で深々と頷いた。
    「そうか、お前を見て漸く判ったよ。私は、お前のような美しい羽を持った奴と知り合いになりたかったんだ。羽に触れたい気持ちがこんなにも湧き上がるのは初めてだ」
    うつほはすっかり怖くなってその場に固まった。ご主人様に「知らない人について行ってはいけない」と教わったのを、今この瞬間にはっきりとと思い出したのだ。
    「初対面でこんなことを言うのもどうかと思うが、お前とは他人の気がしないんだ。よかったら、お前の家でゆっくりと話をしないか?」
    一方的に捲し立てる少女にうつほは口を挟む余裕も無く、ついには少女を屋敷へ招き入れた。「ついて行ったわけじゃない」と、心の中で繰り返し弁解しながら。
    「へええ。こんな広い家に住んでいるのか?」
    「うん」
    巨大な柱に囲まれた玄関にて、うつほは半分咳払いのような声で頷いた。
    「いやしかし、こういう館に入ると冒険心が掻き立てられるな。ちょっと探検してもいいか?」
    うつほは一刻も早くこの黒い少女から解放されたい気持ちで、少女の申し出に首を縦に振ろうとした。だがすんでのところで思いとどまり、道中から必死に悩んで考え付いたことを、背中の裾を握り締めながら切り出した。
    「せっかくだから、その、貴方のことを紹介してもいい? 私の大切な友達に」
    すると、少女の顔が見る見るうちに曇り、額に汗を浮かべ始めた。
    「なんてことだ、大事な用事を思い出した。忘れた頃にまた来るぜ」
    少女はそそくさと箒に跨って膝を曲げた。その時、向こうの扉が開いて赤髪三つ編みのお燐が現れた。うつほは廊下へ響き渡る勢いでお燐の名を呼んだ。うつほはお燐にこの少女を引き合わせ、信用に足る人物かをお燐の判断に委ねるつもりだったのだ。
    お燐は間も無く少女に飛びかかった。

      おわり


    『イヌとニワトリとキツネ』より