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必殺嫉妬人

2013-09-23 22:44

    紅魔館にメイド志望の妖精がやって来た。出来の良いその妖精はパチュリーの要望もあって、紅魔館地下の図書館に配属されることとなった。

    図書館にいた小悪魔は、大きな扉の軋む音に振り向いた。そこには、緑髪を左に束ねた少女が手を前に組んでちょこんと立っていた。真っ白な半袖シャツに真っ青なワンピースを重ね着して、ピンと伸びる透けた羽を背中に生やした外見だった。
    小悪魔は持っていた本を棚の脇に置いて、その少女に駆け寄った。
    「あなたが新入りの大妖精さん?」
    少女は強張った面持ちでこくりと頷いた。
    「私はパチュリー様使役の小悪魔です。よろしく」
    小悪魔はにっこりと微笑み、大妖精を奥へ案内した。

    パチュリーは六人掛けの茶色い長机に陣取って本を読んでいた。机一帯は本が山積みになっていた。
    小悪魔は、透明な声を小さく響かせ呼びかけた。
    「パチュリー様。妖精さんが来ましたよ」
    「よろしくお願いします」
    小悪魔の斜め後ろに控えていた大妖精が、消え入りそうな声で深々とお辞儀をした。小悪魔はそれを見て、大妖精の背中をポンポンと叩いた。パチュリーは椅子から立ち上がり、大妖精の正面まで近づいた。
    「こちらこそ、これからよろしくね」
    ささやかな笑みを浮かべ、落ち着いた声で応対した。大妖精も笑顔になり、改めてお辞儀をした。小悪魔は、口を小さく開けて二人の様子を見ていた。

    それから、二人は分担して司書の仕事をするようになった。当初小悪魔は、新入りを妖精だからと侮っていた。だが、妖精らしからぬ素質の高さや礼儀正しさに感嘆した。そうして二人はすぐに打ち解けた。
    けれども、パチュリーが何かと大妖精を気にかけていて、それが引っかかった。小悪魔は、新入りだから仕方がないと自分に言い聞かせながら、二人の仲睦ましげな様子を遠巻きに眺めていた。

    ある日の午後、仕事がひと段落ついた小悪魔は、お茶菓子が用意されているであろうパチュリーのところへ向かった。週に何度かパチュリーは、図書館の長机で小悪魔たちと昼下がりのお茶を楽しむようにしていた。
    長机では既に、パチュリーの横に大妖精が座って紅茶を啜っていた。中央には花瓶が添えられ、薄いピンクの花が彩りを加えていた。
    「疲れたー」
    挨拶代りの常套句を口にして、小悪魔は二人の向かい側に腰かけた。大妖精がすっと紅茶を差し出した。小悪魔は軽く会釈してそれを受け取り、口元に持っていき、お茶の葉の匂いを感じてから、少し口にした。ほんのり広がる甘みと酸味が口内を包んだ。
    小悪魔はカップを机に戻した。ふと違和感を感じて机の上を見比べると、自分にはお菓子の皿が無いことに気付いた。
    「パチュリー様、お菓子はどうしました?」
    パチュリーはひょいと小悪魔の方を向いて答えた。
    「ああ、今日はお菓子が足りなかったの。ごめんね」
    ひどくあっさりした口調だった。楽しみにしていたカステラとかが何も味わえないことを知り、小悪魔は目線を落とした。それから、何の気無しに大妖精の方を見た。大妖精の手元には空になったお皿が添えられていた。大妖精の顔を見た。大妖精は、はっとして口を手で覆った。
    白々しい。
    不意に、黒い言葉が頭に浮かんだ。小悪魔は目線を手元に逸らした。心の奥から、黒い粘液が溶岩のようにふつふつと湧き出し始めた。
    どうしてこの新入りがこんなに大切にされるのだろう。私の方が長いのに。そもそもなんでパチュリー様の隣にいるの? 誰がそこに座っていいって言ったの?
    どす黒い液体は小悪魔の頭で渦を巻き始め、視界もぐるぐる回り始めた。
    「ちょっと気分が悪いので、すみません」
    小悪魔はぎゅっと瞬きをして、静かに席を立った。

    図書館を出た小悪魔は、廊下で膝を抱えて座り込んだ。どうにも、大妖精への卑しい気持ちは抑えられそうになかった。
    もう自分では対処しきれない。そう思った小悪魔は、それでも一度戻ってパチュリーにひとこと断ってから、紅魔館を発った。

    空は青く澄み渡っていた。けれども小悪魔は上に目もくれず、吸い込まれそうな地底の縦穴に潜り込んだ。
    暫くすると、縦穴の途中に金髪の誰かが佇んでいるのを発見した。膝下ちょっとの藍色スカートにくすんだ橙(だいだい)の上衣を着て、腰紐らしき白いものを巻いた出で立ちだった。短めの髪は安らかに揺れていた。
    「すみません」
    小悪魔が恐る恐る声をかけると、金髪の少女はくるりと振り向いた。小悪魔は言葉を続けた。
    「あなたが……、その、嫉妬人さん?」
    少女は無言で頷いた。


    嫉妬人と呼ばれた少女、水橋パルスィは久しぶりの地上に目元を手で覆った。小悪魔の先導で紅魔館の近辺まで移動すると、そのまま湖にとどまった小悪魔を背に、独りで紅魔館に忍び込んだ。
    パルスィは自らの気流を整え、気配を押し殺して地下へ向かった。薄暗い廊下を歩いているとき、パルスィは体が少し軽くなるのを感じた。そうして図書館の扉まで辿りつくと、両手でそっと扉を押して、赤絨毯の図書館へ足を踏み入れた。
    図書館はしんと静まり返っていた。それでも警戒を解かず、本棚沿いに歩を進める。整然と並んだ本棚や床の絨毯に、足音が全て吸い込まれているような気がした。
    周囲を見回しながら本棚の間をジグザグに進んでいくと、遠くの方で誰かが本棚に向き合っているのを見つけた。パルスィは目を凝らした。緑の髪、青い服、透明な羽、標的の人物に間違いなかった。
    パルスィは死角から、標的の真後ろまで無音で詰め寄った。そして標的の後頭部に手を翳(かざ)し、呟いた。
    「あなたに妬みはないけれど、御免」
    パルスィは緑髪の後頭部を軽く押した。標的は糸が切れたように力を失い、本棚に向かって倒れそうになったので、パルスィは標的の体を腕に抱え、やんわりと床に寝かせた。標的は平和そうに意識を失っていた。


    大妖精は薄闇の中で目を覚ました。微睡(まどろ)んだまま付近を見渡し、ぼんやりと考えて、自分が図書館の床で寝ていたことに気付いた。大妖精は慌てて立ち上がり、付近に散らばっていた本を纏めて置いた。
    誰かいないかと不安になった大妖精は、とりあえず長机のところへ向かった。すると、いつもの席にパチュリーがいる他、向かいには白黒の魔法使いが座っていた。二人は和やかに談笑していた。
    それを見た瞬間、大妖精の心の底から生暖かい感情が立ち上ってきた。
    あの魔法使いは何? どうしてパチュリー様と仲良く話しているの? 私だってあんなに親しげに話したこと無いのに!
    大妖精は思わず二人の間に割って入った。それから机を強く叩き、白黒に向かって言い放った。
    「ちょっと、勝手に仲良くしないでください!」
    白黒は「なんだ?」と声を上げて目を丸くした。穏やかだった空気が急に波立ち始めた。
    「もう! 早く帰ってよ!」
    自分の意思に関係なく口が勝手に動いているような感覚もあった。けれどもその言葉は、間違いなく自身の思いから発せられている気がした。
    そのとき、パチュリーが椅子を蹴って立ち上がった。
    「もういいわ。あなたは外で自由にしなさい」
    パチュリーが冷たく言い放った。大妖精はその言葉に固まった。図書館が凍りついた。
    白黒が「おいおい」とパチュリーを宥める。けれどもパチュリーは大妖精から目を離さなかった。
    「わかりました。ん、今までありがとうございます」
    大妖精は完全に突き放されたような気持ちになって、パチュリーの言葉に従うことしかできなかった。
    去り際に、大妖精は本棚へ目を遣った。そこには、作業の手を止めて呆然と大妖精を見つめる小悪魔の姿があった。

    大妖精はふらふらと湖まで歩いてゆき、その畔に座り込み、声を上げて泣いた。殆ど沈みかけの夕日が大妖精の背中を照らした。
    日が暮れるまで涙が止まらなかった。泣き止んでからは、月明かりの下で湖にゆらゆらと映る自分の姿を眺め、暗い物思いに耽った。
    大妖精は縮こまった自分を見ながら、だんだんと目の色を変え始めた。そして、微かな声で機械のように呟いた。
    「そうだ。あの白黒も、小悪魔も、私と同じ目に遭えばいいのに」
    大妖精は立ち上がり、湖を出ようとした。
    その時、何者かが勢いよく大妖精にぶつかった。大妖精はその者もろとも湖に落ちた。大妖精の頭は急速に冷やされ、もやもやが消えてすっきりとした。
    大妖精は水面に浮かび上がって隣を見た。そこには、青いリボンを付けた顔なじみの妖精がぷかぷかしながら、満面の笑みを浮かべていた。
    その妖精が空を指差した。首を上げると、よく知る三人の妖怪が大妖精を囲むようにして浮遊していた。
    大妖精は三人の手を借りて水面を飛び出した。それから、五人で、夜の探検に出かけていった。


    地底の穴の奥深く、パルスィが天井を見ながら呟いた。
    「へえ」
    その声は、地底の岩肌へ消えていった。

      おわり


    『ヤギ飼と野生のヤギ』より


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