妖精マスコット化計画
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妖精マスコット化計画

2013-11-03 22:00

    早苗は、湖の畔に座って空を眺めている氷の妖精チルノに狙いを絞ると、気配を殺してそっと近づき、勢いよく飛びかかり両手で捕獲した。
    「なんだこれ!」
    チルノがバタバタともがくのもお構いなしに、早苗はチルノを抱えたまま飛び上がった。

    早苗は山の神社に接近すると、鳥居の前で地面に降り立った。きつく抱きしめられていたチルノは早苗の腕の中でぐったりしていた。
    「突然ですが、参拝に興味はありませんか?」
    早苗は半目のチルノを揺さぶり問いかけた。チルノの首が縦に揺れるのを見て、早苗は目を輝かせた。
    「そうですよねそうですよね! じゃあ今日は、貴方にお参りの作法を教えてあげましょう」
    チルノは目を擦りながらぼんやりと早苗を見た。
    「ではまず、この鳥居をくぐりましょう」
    早苗は正面にある石造りの鳥居を指差した。チルノは力無く「わかったよ」と答えてから、てくてくと鳥居の中央を通っていった。早苗は血相を変えてチルノを止めた。
    「まず鳥居に一礼してください!
     それと、道の真ん中は神様の通り道です!」
    「でも神様ってあの二人でしょう? 空を飛ぶんじゃない?」
    チルノは石畳の真ん中に立ったまま首を傾げた。早苗は何も言わず、チルノを先へ促した。

    続いて、木の屋根に覆われた一角にチルノを誘導した。年季の入った柱に四方を囲まれたそこには、透明な水を湛える木製の大きな箱が備えらえていた。その縁には黄色い柄杓がいくつも並べられていた。
    「この水で手などを洗い、身を清めます。ちょっと冷たいですよ」
    早苗はそう言いながら横に目を向けた。だがそこにチルノの姿は無く目線を戻すと、チルノが温泉と見紛うくつろぎっぷりで箱に浸かっていた。
    「うん、冷たくて気持ちいいね」
    チルノはそう言って手をバシャバシャと動かした。滴(しずく)のいくつかが早苗の体に降りかかった。

    チルノを水盤から引き上げた早苗は、まずその場でチルノの体を上下させて水を切り、チルノを持ち上げたまま本殿の前まで連れて行った。すぐ手前には良く磨かれたつやのある賽銭箱が鎮座していた。
    「いよいよ神様への拝礼です。まず私がお手本を見せるので見ていてください」
    早苗が喋るのを止めると、辺りはしんと涼しげな空気に包まれた。早苗は賽銭箱の端に立ち、両手を胸の前に組んでささやかにお辞儀をした。続いて懐から一枚の銅銭を取り出し、賽銭箱の中へそっと流し込んだ。それからぶら下がっていた綱を右手で掴み、腕を滑らかに前後させた。乾いた鈴の音が境内に響いた。そのとき、本殿の奥から円筒の笠をかぶった女の子が顔を出した。それに気づいた早苗が首を小さく横に振ると、少女は素直に顔を引っ込めた。
    早苗は数度まばたきをした後、深々と二度お辞儀をして、両手を胸の前に上げて掌を二度打ち、最後に一礼を送った。そうして早苗は正面を少し見つめてから、横にいるチルノの方を向いた。
    「はい、こんな感じです。見ているだけでも心が洗われるでしょう?」
    チルノは自身が融けそうなほど熱心な目つきで早苗を見ていた。

    早苗は立っていた場所を空け、チルノをそこへ誘導した。
    「では先ほどのようにやってみましょう」
    チルノは早苗を見て頷いてから正面を見据えた。直後、チルノは手をパンパンと叩き「よろしくお願いします」とお辞儀した。
    「ちょっと、え、そんなのじゃ無かったですよ」

    結局、手順を一つ一つ事細かに説明することでなんとか動きを再現させた。
    夕暮れに包まれた境内で、鳥居の前に立ったチルノが早苗に尋ねた。
    「神様、喜んだかな?」
    早苗はにっこりと微笑み、きっちりと鳥居にお辞儀をしてから山を去るチルノの後姿を見送った。そうしてチルノの姿が完全に見えなくなった頃、早苗は本殿の方を向いて呟いた。
    「これで信仰が得られたも同然かな」
    早苗は夕闇の奥に消えていった。


    翌日、早苗と約束をしていたチルノは再び山の神社を訪れた。一礼をして鳥居をくぐろうとした時、脇の茂みから早苗が現れて「こっちへ来て」と囁いてきた。
    チルノは首を傾げつつも、早苗と共に草むらに身を潜めた。暫くすると、徐々に神社へ人が溜まり始めた。それを見ていた早苗が「それじゃあ、ちょっと参拝してもらえますか」とチルノの背中を押した。チルノは平衡を崩して境内への石段へ飛び出した。
    チルノは改めてお辞儀をして鳥居をくぐった。すると、神社にいた人々がチルノを見て小さな歓声を上げた。早苗は茂みの中で頷いた。
    続いてチルノは水の箱へ向かった。昨日と変わらない透き通った水を見て、チルノはそっと呟いた。
    「あれ、どうするんだっけ」
    チルノは少し首を捻ってから、「まあいいや」と勢いよく身を投げた。円形の水の塊が高く盛り上がり、周囲に飛散して大きな水飛沫を上げた。参拝客は先ほどと違うざわめきを見せた。早苗は顔面を一層白くさせて忙しなく左右を見回したが、そのままじっとチルノの動静を見守った。
    チルノは服のままひとしきり泳ぎ回った後、適度に体を乾かしてから本殿へと向かった。しっかりと端の方に位置取ったのを見て、早苗は細い息を吐いた。
    チルノはまず、予め早苗から受け取っていた包みをそっと賽銭箱へ落とした。それから手に余る太い綱を両手で握り締め、腕を一往復させてみた。カラリと控えめな音が柱に反響して、チルノの耳に届いた。
    「あ、いい音だ」
    ふと、綱を握りしめたままのチルノが思いを口にした。その直後、チルノの目つきが鋭く変わった。チルノは大きく息を吸った後、ブンブンと腕を振り回し始めた。綱のてっぺんに付けられた茶色い鈴は激しく揺れ、けたたましくも上品な響きが境内を包んだ。
    早苗はとうとう茂みを飛び出した。そのとき、周りにいた子供たちがチルノの下に駆け寄り、他の綱を握ると一緒になって鈴をかき鳴らし始めた。辺り一帯に鈴の音の大合唱が木霊した。
    早苗はそれを見ると砂地にへなへなと座り込み、弛緩した笑い声を上げた。するとそこへ、笠の少女がやってきて早苗の顔を覗き込んだ。
    「ほら早苗。みんな喜んでいるじゃないか」
    早苗は少女に促されるままに前を見た。境内にいるどの参拝客も、賽銭箱の前で必死に綱を振る子供たちを見て笑顔を浮かべていた。
    「楽しかったらそれでいいんじゃない?」
    少女は早苗の背中をポンポンと叩き、本殿の裏へと去っていった。早苗は砂が付くのもお構い無しにその場で寝そべり、やけに青い空模様を眺めた。

      おわり


    『エチオピア人』より


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