お嬢様の決断
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お嬢様の決断

2014-01-22 23:50

    咲夜は窓を覗いた。外は、冬の神様を一斉に怒らせたと言わんばかりに吹雪が舞い上がっている。窓ガラスを揺さぶる風の音が部屋に小さく響く。
    「咲夜」
    背中を撫でるようなお嬢様の呼び声に、咲夜は素早く反転する。金縁赤色の長椅子に座っていたお嬢様は、腰を捻って窓際の咲夜を見た。
    「なんか物足りないわ」
    お嬢様の右手には、濛々と湯気を吐く花柄のカップが握られている。白いクロスが掛けられたテーブルの上には食べかけのカステラとフォーク。
    「と言いますと」
    「そうね……。そうよ、あれ、きな粉もちが食べたいわ」
    お嬢様はそう言って目を輝かせた。カップを持っていない手の人差し指が口元に軽く触れている。無意識なのだろうか。
    「きな粉もちですか。大変申し訳ありませんが、この吸血鬼の館にはきな粉がありません」
    「咲夜」
    俄かに表情を引き締めたお嬢様は、咲夜の目の奥をじっと見た。
    「無かったらどうするの?」
    「はい。用意すればいいのです」
    「よろしい」
    お嬢様は大層満足げな表情で、正面に向き直ると改めて長椅子に深く腰掛けた。
    「ですがお嬢様、買い出しに出掛けるにはあいにくの天候です」
    お嬢様は咲夜に背を向けたまま、静かに紅茶を口に含んだ。
    「それに加え、私がいない間はお嬢様の補佐をできる者がございません。この吹雪だから館に何か起こるかもしれない。そう、私はここに居なければならないのです」
    お嬢様の後頭部へ向かって咲夜は熱弁を振るう。少しの間ののち、お嬢様は横目で咲夜を見た。
    「それもそうね」
    「そこでお嬢様、一つ提案なのですが」
    咲夜はそこで言葉を淀ませ、咲夜の裾をちょこんと握っていたお手伝いの妖精に耳打ちする。妖精は咲夜の目を見て頷き、足早に部屋を出ていった。

    暫くの間、食器の音と暖炉の弾ける音が部屋を支配していたが、勢いよく開け放たれた扉によってその均衡が崩された。
    「な、何ですか急用って」
    廊下の紅い壁を背景に、頭や肩に分厚い雪を積もらせた長身が現れた。息も絶え絶えに、お嬢様と咲夜を交互に見る。
    「美鈴」
    咲夜は氷のような目で美鈴を見ながら、自分の頭をつんつんと指差してみせる。美鈴は小刻みに頷き、一度部屋の外へ出た。その直後、錘(おもり)を落としたかのような鈍い音が廊下から聞こえてきた。
    「で、本当に何があったんですか」
    美鈴の、チョコレートみたいに甘ったるそうな色の長髪には雪の粒がまだ少し残っていた。
    「咲夜」
    「はい。美鈴、貴方に買い出しを命じるわ」
    咲夜たちに近寄ろうとした美鈴の動きが止まった。長髪がしんなりと垂れ下がる。
    「えっちょっとちょっとちょっと! 咲夜さん何考えているんですか! 外は吹雪ですよ、吹雪!」
    身を乗り出して奥の窓を指差す美鈴に、お嬢様は眉を顰(ひそ)めた。
    「美鈴、はしたないわ」
    「あ、すみません。じゃなくて、本気ですか?」
    美鈴は若草色のベレー帽を整え、咲夜に向き直った。
    「ええ。お嬢様たっての希望なのだから」
    「そんな……」
    美鈴は下を向き、わなわなと拳を震わせる。
    「美鈴?」
    控えめな声で咲夜が呼び掛けた瞬間、美鈴はバネのように顔を振り上げた。
    「ではお尋ねします! 私がいない間、誰が門を守るのですか!」
    腹の底から飛び出した美鈴の叫びは部屋の隅々に木霊して、霧のように消えていった。それきり誰も言葉を発しない。
    「あれ?」
    美鈴は眉をハの字にして不安げに咲夜たちを見た。その時、お嬢様が徐(おもむろ)に立ち上がり、美鈴の正面へ近寄ると、柔らかな物腰で美鈴の手をとった。
    「美鈴。貴方の言うことは正しいわ。その通り」
    「お嬢様……」
    微笑みを携えて見上げるお嬢様に、美鈴はじんわりと目に涙を浮かべる。
    「貴方は私の大切な部下。できればいつでも手許に置いておきたい。だけれど決断しなければならないときもあるの。だから美鈴」
    美鈴は嗚咽を漏らしながらお嬢様に何度も頷く。溢れた涙が美鈴の頬を伝う。お嬢様は一呼吸置いて、もう一度美鈴の瞳を覗いた。
    「きな粉もちが食べたいわ」
    その瞬間、美鈴は堰を切ったように崩れ落ち、「お嬢様ありがとうございますぅぅぅ」などと泣き叫び始めた。その横に咲夜が近づき、「はい」とお金の入った巾着袋を差し出す。それまで黙って話を聞いていたお手伝いの妖精も、「やった! 美鈴がおつかい、美鈴がおつかい」と飛び跳ねた。

      おわり


    『鳥匠とシャコとニワトリ』より


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