猫と鼠の恩返し
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猫と鼠の恩返し

2014-07-07 21:43

    薄暗い竹林の叢(くさむら)こそ、てゐにとっては過ごしやすい。土の柔らかいところに寝そべって遥か高い竹の葉を見上げれば、涼しげな風が肌を撫でていく。そうして何をするわけでもなく寛いでいると、突如として何者かがその視界を遮った。
    「手拭いを失くしちゃった」
    尖った耳を頭に生やした少女の背後には、筆のような二本の尻尾がゆったりと波打っている。
    「それで私にどうしろと?」
    「探すのを手伝ってくれない?」
    あどけない眼差しでてゐを覗き込む。てゐは横になったまま、人参型の首飾りを指先で一撫でした。
    「後で何かお礼をしてくれるのなら、手伝ってあげないことも無いけど」

    少女と手分けして竹林を歩き回っていると、今度は丸い耳を頭に付けた銀髪の少女が眼前に現れた。
    「この辺りに腕の利く薬師がいると聞いたのだが」
    「何の用事?」
    「ご主人が池に飛び込んで熱を出したんだ」
    「案内しろって? 高く付くよ」
    てゐはこの少女を竹林の邸宅まで送り届け、必ずお礼をしてもらえるように念書まで書かせてから、駆け足で手拭いの捜索に戻った。


    翌日、お気に入りの場所で能天気に寝そべっていると、向こうの茂みが突如としてざわつき始めた。何事かと立ち上がって見ようとした途端、叢から灰色の塊が飛び出し、てゐは思いきり押し倒された。無数の甲高い鳴き声が響く。鼠の群れだった。
    「やあ昨日はどうも。おかげでご主人もすっかり元気になったよ。皆でチーズを持ってきたから、君の仲間にも分けてやってくれ」
    群れの中心で丸耳の少女が真っ直ぐに立つ。鼠たちはキュウキュウチュウチュウ騒ぎ立てる。
    「あ! こんなところにいた」
    そこへ、尖った耳の少女が柔らかい笑顔と共に現れた。てゐは未だ鼠たちの足場になったまま、少女を見上げることしかできない。
    「仲間たちに無理を言って、魚を持って来てもらったんだよ。大切な手拭いを見つけてもらったことだし」
    てゐはよほど待ってくれと言おうとしたが、鼠たちに顔中を駆けずり回られ、そして何よりこの少女の瞳があまりに純真なものだから、喉が詰まって言葉が出ない。次の瞬間、少女の後ろから数えきれないほどの猫が飛び出してきた。鼠と猫があちこちに入り混じり、てゐはいよいよ呼吸の危機を覚えた。
    そのうち、てゐの腹の上で何やら唸り声が聞こえてきた。必死の思いで顎を上げて見ると、一匹の猫が鼠に向かって毛を逆立てている。猫が咥えていた魚は、唾液がべっとり付いた状態でてゐの掌(てのひら)に乗せられている。猫と正対していた鼠が、ピクリと尻尾を揺らす。その瞬間、猫が鼠に思いきり飛びかかった。他の猫も黙ってはおらず、瞬く間にどこもかしこも揉み合いの様相を呈し始めた。飼い主の二人はおろおろと狼狽(うろた)えるばかりである。てゐの全身に、チーズの欠片や魚の切り身がさんざんに降りかかった。

    辺りが薄闇に包まれ始めた頃、てゐは漸く起き上がる気力を取り戻した。周囲をぐるりと見渡し、傷ついた鼠が一匹も転がっていないことに安堵しつつ、残された魚やチーズの散らばり具合にてゐの肩が一気に重くなる。
    するとどこから嗅ぎつけたのか、兎たちがてゐの下へ集まり、散乱した物をガツガツと食べ始めた。あれほど収拾のつかないと思われた魚たちが、あっという間に消えて無くなっていく。てゐが呆然としているうちに兎たちは何も言わず去っていった。後には、元と同じ柔らかな土だけが残った。てゐは暫くぼんやりを続けたのち、彼女らに水を用意しようと思い立ち、急いでその場を後にした。

      おわり


    『人とウマとウシとイヌ』より


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