「コメント職人」はどうしていなくなったのか
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「コメント職人」はどうしていなくなったのか

2015-08-08 22:25
  • 28

2018.7.19追記 
記事の内容は書いた当時(2015年頃)の状況についてであり、現在はCAを取り巻く状況も大きく変わっています。
 
プレーヤーがHTML5プレーヤーに変更され記事内で指摘しているような互換の問題が大きく改善されたこともあり、現在は再びかつての勢いを取り戻しつつあります。

 「コメント職人」が減ったというものをよく目にするようになって久しいですが、その実情を少し語ってみたいと思います。

 今回の記事では「コメント職人=CA(コメントアート)製作者」とします。
(コメントアートって何?という方は大百科もしくはコメントアートwikiを参照ください)
 以後の文章も「CA製作者」という言葉を使いますが、大それたものではなく、改行や空白文字を使ってちょっと凝ったコメントをする人くらいだと思ってください。

 ※注意※
 この記事では「動画」のCAを扱っています。
 「生放送」だと事情が大きく異なるため、混同をしないようお願いします。


  • コメント界隈の悲しい実情
 CA製作者は現在絶滅危惧種です。絶対人数もそうですし、作品量も大きく減少しています。私が知っている範囲では、現在も活動している(もしくは現環境を少なからず理解している)人は十数人しかいません。加えて、コミュニティのほぼ全てが解散(もしくは自然消滅)しています。

 もともとニッチ産業であったわけですが、それでも歴代で見れば4桁に達するくらいの人が携わってきました。数でみても、残っているマイメモリーだけでも3000以上あり、一枚絵や装飾なんかを別々にカウントすれば5桁は優に超えるでしょう。また、投稿者コメントのみでミリオンを達成するような動画(アンインストール Full.ver【投コメ歌詞】sm4310688)もあったように、ユーザーの認知度もかなりのものがありました。

 コメントという性質上あまり表には出てきませんが、陰では一つのジャンルを形成していました。しかし、現在では残念なことに風前の灯になっています。


  • 新規参加者はここ2,3年で数えるほどしかいない 
 近年は新規参加者が激減しています。そしてこのことはコメント機能の役割の変化と、ニコニコ動画の空気の変化というコメント界隈(ひいてはコメント機能)の実情をよく表しています。

 動画CAの大前提として、どんなCAであろうと結局はコメントであるため、基本的な動機・目的は普通にコメントすることとなんら変わりはありません。普通のコメントととの違いは、影響度が大きく、多少の労力がかかるということだけです。

 CAをする目的はどこまでいっても動画や視聴者、投稿者とのコミュニケーションであり、コメント機能はあくまでその手段でしかありません。

 時々勘違いされますが、CA製作者はコメント機能でしか目的を達成できないから"仕方なく"、コメント機能を使っています。SA(スクリプトアート)や投稿者コメントなど”あえて”コメント機能を使用する場合もありますが、それも全体でみれば極一部です。動画上でCAをすることと、SAや投稿者コメントで動画作品を作ることは決定的に動機が違います。
 もちろん生放送でも同様です。動画CAをやっていて、かつ生放送でCAをしている人は私は聞いたことがありません。また『組曲「ニコニコ動画」』などでよく貼られるような一枚絵のCAをしている人でAAもやったことがあるという人も私は聞いたことがありません。
 このように動画CAをする動機というのはニコニコ動画のコメント欄からしか起こりえません。これは動画投稿などといった他の表現手段とは違う、CAの大きな特徴です。

 新規参加者の激減はコミュニケーションツール(他のユーザーや動画にはたらきかけるツール)としてのコメント機能の魅力が大きく低減していることを意味しています。
 傍から見ればニコるのようなコメントに多少の即物的なインセンティブをもたらすような機能が実装されれば、新規参加者は増えそうに思えます。しかし結果はそれとは全く逆でした。それは、ニコるはあくまで一方的なやり取りに終始しているため、ニコられを求めるという欲求とCAのような相互の意思疎通をしたいという欲求とは全く異なるからです。これは例えば同じ回数を稼ぐ機能であっても@ボタンとニコるとが全く性質が異なっていることと同じことです。
 また、そもそもの問題としてコメント機能の役割が大きく変わっていることも大きいです。
 初期のニコニコ動画ではそもそも独自の動画投稿機能がなかったことからもわかるように、コメントによるコミュニケーション(動画や他のユーザーへのはたらきかけ)が目玉のサービスでした。しかし、時が経つにつれ動画そのものの魅力が大きくなると相対的にコメント機能の役割は減少し、現在では求められる役割の質も大きく変わりました。現在のニコニコ動画ではあくまで動画の"視聴"が主眼であるため、コメントの多くも動画上に表示しようがコメ欄で自動スクロールさせようが大して変わらないものがほとんどになっています。

 このようにコメント機能の役割の変化によって、CAのようなコミュニケーションを目的としたようなコメントはもはや時代遅れとなってしまいました。
 その結果が新規参入者の激減です。ニコニコの空気は大きく変わっているのです。

 それではいなくなる人はどうなの?ということですが、CAをしなくなる理由の多くはコメント以前にそもそもニコニコ動画の利用頻度が低下したことが大きいです。
 動画投稿者でニコ厨じゃない人はたくさんいると思いますが、CA作者でニコ厨じゃない人はいません。コメントと同様に、CAというのはあくまでコミュニケーションの手段なので、その場所自体に魅力が見出せなければ自然と人は少なくなっていきます。


 こういったわけで、新規の人よりもいなくなる人の方ばかり多くなってしまった結果、今の現状があります。ただ、こうしたようなことはどんなジャンルにおいても起こることで、特に珍しいものでもありませんが、CAの場合はそれが非常に急速に起こりました。
 CAの場合は衰退というよりも失速といったほうがよくその状況を表しています。急激な失速をもたらすような人が次々に離れていく「きっかけ」が立て続けに起こったのです。
 CAは後述するような環境の激変によりたったの半年から1年で現在の状況に陥ってしまいました。

  • コメント界隈はたった一年の間に焦土と化した
 CAの絶滅危惧種化はたった一年の間にもたらされました。
 その要因は『NG共有機能』『プレーヤーの質の悪さ』『視聴環境の多様化』の大きく3つです。 コメント機能というのは元々仕様変更の波が激しかったのですが、これら3つの過去に類を見ないほどの大波はそれまで築いてきたものをものの見事に洗い流してしましました。

 ではその3つの要因について簡単に説明したいと思います。


「NG共有機能」
 CAを見かける頻度を減らしているのは確実にこの機能によるところが大きいです。
 NG共有機能自体はCAにとってそれほど問題ではないのですが、動画別ユーザースコア(動画単位でのNGスコア)の仕様が致命的なまでにCAと相性が悪いのが問題でした。

 NG共有機能では動画別ユーザースコアは一生回復しません。つまり、一定量のNGをくらうとそれ以降のコメントはデフォルト設定では全く見えなくなります(ありていに言えば出禁をくらう)。長期間に渡ってその動画にコメントをするようなユーザーはなかなかいませんが、その中でもピンポイントでCA製作者を規制する仕様であるといえます。
 NGされるのは自業自得といってしまえばそれまでですが、後述するようにCAは環境によって見え方が大きく左右されるので、元々NGリスクは非常に大きいものがあります。またNGスコアの減少量も非常に大きく、最低4回のNGで対象のユーザーのコメントは全て、デフォルト設定で見えなくなります。

 コメントをすればするだけNGスコアは一方的に蓄積されるため、CAの保守や動画への常駐というものが非常に困難になりました。その結果CAが多く貼られていたようないわゆる定番動画が駆逐され、CAを見かける機会も大きく減少しました。
 NG共有機能が実装され、定番動画や定住動画が駆逐されたことによってCAはもはや気軽にできるものではなくなりました。
 CAのみならずコメント文化においてNG共有機能の実装は一つの分岐点であることは間違いないでしょう。


「プレーヤーの質の悪さ」
 昔のニコニコプレーヤーは動画を楽しむことを主眼に設計されていましたが、現在のプレーヤーは動画を視聴するプレーヤーであるため、コメント周りは非常に貧弱です。

 今は少しましになっていますが、少し前まではコメ鯖が不安定で投稿エラーは日常茶飯事、コメント欄の読み込みエラー、しばらく放置すれば自動的にコメ鯖から強制的に切断、過去ログなんて使わせる気はさらさらない、コメント描写すらおぼつかない、などなど普通のコメント投稿でさえ躊躇うレベルの質の悪さでした。
 質の劣化はZerowatchが一番象徴的ですが、コメント機能の観点からみればニコニコのプレーヤーはver2(旧プレ)を頂点に、以降その質はどんどん低下しています。昔のプレーヤーは動画に接続できないことはあってもコメ鯖に接続できないということはありえませんでした。

 Zerowatchの登場が決定的な一打となったことは間違いありません。
 Zeroが登場してからしばらくは原宿プレーヤーが残っていましたが、投稿は原宿で構わなくても表示はZeroと原宿両方を気にかけなければならないので、その2重プレーヤー状態がさらに状況を悪くしていました。
 ちなみにZero登場の後、投稿者コメント編集が実装されたのはなんと一年以上後になってからです。それだけコメント機能はないがしろにされてきました。


「視聴環境の多様化」
 コメント機能はflashプレーヤーに完全に依存している関係上、視聴環境によってその見え方は大きく変わります。
 OSが変わればもちろん見え方が変わりますし、ブラウザでもchromeのように異なるflashを用いていれば見え方が大きく変わります。またプレーヤーサイズや画面の拡大率によっても変わりますし、もちろんPC以外のデバイスから見れば表示は変わります。

 このように、CAと視聴環境というのは切っても切れない関係なのですが、Zerowach登場の前後半年でその状況が激変しました。
 それまでは視聴環境の種類が比較的少なかったため、少しの知識があればCAの互換は問題なくすることが出来ました。そのため、CAは環境の変化に苦しみながらもwinOSであれば問題なく表示されるというくらいの互換性を確保していました。しかし、視聴環境の多様化が急速に進んだ結果、互換性の確保が非常に難しいものとなりました。一応の想定環境(『中画面、拡大率100%、winOS、かつchrome以外のブラウザ』)のユーザーはおそらく半分に達していません。
 きちんと表示されないユーザーのほうが多数派になってしまったのです。

 過去のように最低でもwinOS上であれば問題ない程度の互換性があるのが理想ですが、そのためにはchromeと拡大率(プレーヤーサイズ)の壁が立ちはだかります。
 これらは非常にやっかいな存在で、現在は一応の対応策も見いだされてはいますが、ある程度の知識や技術が要求されることと、何より余計な手間が増えるのが非常に頭の痛い問題となっています。
 この2つの登場(特にchrome)によってCAの自由度が急激に低下しました。
 少しの知識とアイデア次第でさまざまな表現ができるという間口の広さと自由度の高さがCAの魅力の一つだったのですが、環境の多様化によりその魅力が大きく損なわれてしまいました。


 どの要因の影響も大きすぎて、とてもじゃないですが簡単に対処できるものではありませんでした。これら3つの相乗効果によって、もはや気軽にCAができる環境ではなくなってしまいました。仕様的にもCAは時代から見放されてしまったわけです。
 

  • CAは今のニコニコに絶望的なまでにマッチしていない
 ニコニコ動画の空気の面、そして仕様の面からこれまで考察してきましたが、結局はこの結論になります。

 そもそも「CAは荒らしと表裏一体」といわれるように大量のコメントを消費 し、深く動画に介入するCAは本質的に荒らしとなんら変わりありません。CA自身だけでなくそれに反応するようなコメントである、「職人wwww」と「荒らしうぜぇ」は本質的に全く同じものです し、「職人がいるからコメントすんな」と「荒らしがいるからスルー推奨」も全く同様です。
 
 CAが今日まで発展してきたのは、CAという異物を同じコメ ントの一つして受け入れさらに盛り立てるというニコニコ独自の自由な「空気」の賜物でした。この許容の空気はコミュニケーションを目的とするCAにとっては非常にありがたいものであり、だからこそCAが荒らしにならず存在することができました。
 しかし、そういった「空気」は時間が経ち、コメント機能に求められる役割が変わったことによってだんだんと薄れて きてしまいました。コメントをする人の方が珍しくなり、現在はCAは神格化や拒絶によって同じ土俵に上がることすらもままならなくなっていま す。本来の目的を達成するのが困難な状況に陥っているどころか、負の側面が無視できないほど大きくなってきています。特に現在はコメント数の低下により1つ1つのコメントの価値はむしろ大きく上昇しており、迂闊に多くのコメントを流すことはできません。
 端的にいえばCAはニコニコ動画での居場所がなくなってきているのです。

 「空気」が変わり、CAが時代遅れになりつつあったところに運営と外部環境による仕様面の変更によって引導を渡されたのが実情です。遅かれ早かれこうなることは確実だったので、こればっかりはどうしようもありません。何が悪いといえば時代が悪いということでしょう。

 振り返ってみれば、「コメント職人」という言葉が広く定着した時点でその命運は決まってしまったのだと思います。明確な言葉によってCAはコメント欄から切り離されてしまいました。しかし、CA製作者もそれを少なからずj助長してきたという面もあることは加えて記しておきます。

 ブロマガのタイトルであえて「コメント職人」という言葉を使ったのもこのためでした。
 以上で本文はお終いです。
 コメント同様、CAというのは時とともに自然と流れさるものだったということでしょうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  いろいろと悲痛なことばかり書きましたが、最初のほうでも書いたとおり現在でも活動されている方はいますし、新しい方も少ないですが確かにいます。NG共 有によって定住動画を追われ、環境多様化によってCAをすること自体が困難になりつつありますが幸いにもCAが全くできなくなったわけではありません。
 現在CAが貼られる動画は、比較的CAに寛容なジャンルでかつあまり伸びていない動画か、迷惑の度合いが比較的小さいような極端にコメ速が早い動画(アニメ本編など)がほとんどですが、今後も居場所を求めながらもCA文化はひっそりと続いていくことでしょう。


 そもそもCA文化というのはコメント文化の中においてでさえごく一部に過ぎません。ニコニコのコメント機能の魅力は多くの人に認知されており、現在は形を変えながらその機能を全うしています。加えて幸いなことに昔ながらのニコニコの文化が残っているようなジャンルも多々あります。
 コメント機能がある限りコメントの内容は時代に応じて変わっていくことでしょう。それがよい方向か悪い方向かは人それぞれだと思いますが。
 

 以上未練たらたらの懐古厨の戯言でした。
 長々とお付き合いいただいてありがとうございました。
 ではでは~


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他18件のコメントを表示
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>>16ビールさん
生放送は動画とはコメントの性質が大きく異なっていて、特に生主が中心の生放送なんかは1対多数のコミュニケーション、つまり「受け手」と「送り手」というのが明確に規定されている状態なわけですが、その中で本来「受け手」側の存在であるものが突出するようになると、それは不和を生んで当然だと思います。
翻って動画のほうですが、動画は昔は「受け手」と「送り手」の垣根が今よりずっと不明慮だったので、目立つようなことをしてもまだ許される空気がありました。
しかし現在は動画投稿主の前面化や、多くのユーザーが動画を見るだけの視聴者という受け手になることによって「受け手」と「送り手」の区別が明瞭になってきました。
これがビールさんがおっしゃるような"温度差"の中身だと思いますが、私もそれには非常に同感です。

>>17 ☆にゃんだ☆
多様なユーザーの流入の影響はやっぱり大きいと思いますね。
私のような古くからのユーザーは昔からの良さが好きで今までも居座り続けているわけですけど、時代の移り変わりはどうしようもないのかもしれませんね・・・
50ヶ月前
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最近見ないと思ったらやっぱり減ってるんだなぁ
さびしい事よ・・・・・。
50ヶ月前
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>>18
お返事ありがとうございます。
言葉足らずだったかもしれませんが「CAにとって技術は表現するための手段」と言う事は重々承知しいますし後進にも常々言い聞かせてきました。
私が言いたいのはその「表現」の限界を超えようと思った時にどの技術もほぼ限界値まで掘り起こされておりそれ以上の表現は出来ないと分かった時に自分のやりたい事は表現しきれないんだと考えたら・・・と言う事です。
enderコマンドについては「他の技法で同様の表現が出来る事を簡略化した」もので技術難易度が下がっただけの事です。
個人的にそんなものは新しい技術とは思えませんし同じことをするなら難易度の高い方法を選ぶのが「コメント職人」と言われる所以ではないでしょうか?
いずれにしろCAが衰退してきた最大の理由はユーザーが動画投稿サイト本来の役割を重視するようになった結果だと思います。
50ヶ月前
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l-ω-) いつもお世話になっておりやす。通常、コメントアートタグの付いた記事はコメント関係者向けの記事が多くて全っ然伸びないのですが、この記事は多くの方々に閲覧されているようで未だコメント職人さんに興味がある方達が多い事&また現状のコメント職人さんの在り方について考えるきっかけにもなった部分もあり個人的にとても嬉しく感じております。

l・ω・) さて前置きはこの位にしといて本題ですが、この記事によってコメント職人さんが減った現状の要因については概ね提示されたと思います。でもってそれらについてヒロスさんなりのコメント職人文化の衰退を防ぐような施策や意見など現時点でお考えの事でもあれば是非教えて下さい。(※時代の流れに従ってなるようにしかならねェ!!でも可)

l・ω・) ちょいと質問が漠然としているんで、おいらの個人的見解兼一例としてメモ書き程度ですが↓に挙げます。
■コメント機能の魅力の低下
→ CA祭の再開、sm18183621やsm21172249、sm5202963(投コメ作品は毛色が違うかも)などによりCAについて大衆へ認識させる
■NG共有機能
→ 現状のNG共有機能の廃止・変更等を運営に打診する、動画投稿者側がNG共有機能の利用を許可しないに設定する
■プレーヤーの質の悪さ
→ プレーヤーの質の向上を運営に打診する、ユーザー側でUIを向上させる
■視聴環境の多様化
→ コメント職人側で対応出来るような技術を確立させコメントアートwikiなどの公の技術的資産に掲載する
■その他
→ 動画を観ている時に個人的に気に入ったコメント職人さんのコメント見つけたらこっちもコメントで素直な気持ちをレスポンスしてあげるように心がけてます!!

l´・ω・) とまぁざっと挙げるとこんな感じでしょうか。ただおいらは生粋のコメ職人では無い(どちらかというとコメシステム研究・コメ職人ファン)んでガチなコメント職人さんや非コメ職人ユーザーさん視点の意見も是非伺いたいです。

l・ω・´)ゞ いじょ!!

l彡サッ
50ヶ月前
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 CA製作者にとってモチベーションの維持や情報を得るためにも交流の場というものが必要不可欠でした。

 初期の頃は、動画内やチャット動画内でのコメントによる会話が多数ありました。この頃に生まれた技術も多数あります。
 その後、ニコ動画SNSが誕生し多数のCA製作者が集まり、CA製作者専用SNSかというぐらいの環境ができあがりました。コメントアート研究会もここで設立した1コミュニティです。
 その後のニコ動画SNS消滅により重要なCA製作者の交流の場が失われました。これが交流が薄れていった一つ目のポイントだったと思います。
 しかし、その後ニコニコfanという新たな交流の場が生まれました。こちらでもCA製作者が集まり情報交換が行われました。
 が、ニコニコfanの運営側の事情により引越しとなりました。それなりの人数が引越しをしましたが、引越しをした人もニコニコfanから疎遠となりました。これが二つ目のポイントだったと思います。
 他にもmixi、ニコニコミュニティ、ニコレポ、チャット、スカイプ、ツイッターといったコミュニケーションの場はありますが、逆にありすぎて分散してしまいました。

(CA製作者にとって画像を貼れて動画サムネを埋め込める日記機能が意外に重要です。ニコニコミュニティにはそれがありませんでした)

 ニコニコfanはまだ現存しています。現在もCAの製作を続けている人がここに集まればある程度のの活動ができるのではないかと思いますが、トップページに新規登録が見当たらないですね。あるいは誰かが専用SNSを作るとか…。

ニコニコfan(2) http://nicofan.sns-park.com/
50ヶ月前
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 CAは「いかに空気を読むか」が大事ですよね…。2か月くらい前にコメ投稿して,感動してくれたユーザがいた時は嬉しかったなぁ。
 最近のユーザに関しては「組曲」の存在すらしらない人が多いね。教えた所で職人はほぼ居ません。視覚エフェクトが動いてるだけで「なにこれ?」で終わりとても悲しい。比較的人気な曲だけど、世代的に厳しいのだろうか…。
 そういえば、Chrome互換の話を昔聞いたが、どうなったかもわからん…。
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 布教活動として何かするのは面白そうですね。「何をするか」「どんなジャンルにするか」を必死に考えるのも大事ですが、一番は職人本人が楽しんでいて、コメを投稿したい愛する動画があるかどうかも大事です…。
50ヶ月前
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まさかデメリットがあったとは…。動画によっては「職人さん帰ってきてー」とか言われているものもあるのでCAを固定できるような機能がほしいものです。今さらですが、見つけてしまったのでコメントさせていただきました。
36ヶ月前
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おっしゃるようにプレイヤー等の環境が大きく変わっていることも事実ですしかつてに比べるとCAへの認識が変わってきたのかもしれませんが未だにメドレー等では(完成度は低くCAと呼べるかわからないけど)CAっぽいのに挑戦しようとしている方もいらっしゃるし優れたCAには賞賛の声も多くCA自体の魅力なり価値は変わっていないと思います。
CAとそれ以外のコメント、CAを求めてる人とそうでない人がうまく両立出来る環境が出来ればいいのですがね…
34ヶ月前
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今更のコメントだけど「コメントアート特有の馴れ合い」が嫌いな人が増えたのだと思う
29ヶ月前
×
ニコニコが伸びたのは視聴者側のコメントやタグ付けによって動画が完成していた面があるので、視聴者側の甘えだとか動画本来のうんぬんをいってニコニコ本来の魅力や需要を減らして海外にも存在するようなありきたりなサイトにしてしまったらyoutubeのほうがいいだとかプンレクのほうが綺麗だと比較されユーザーも投稿者も技術者も引き抜かれてしまうのは当然の結果だったのかもしれません。運営がそれを理解できずにニコニコの良さを一つ一つ潰して言ったらもともとニコニコを遊び場としていた人たちはいなくなり、あとからきた人たちもyoutubeでよくねとなり最後には誰もいなくなる。
22ヶ月前
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