【劇場公開記念】「ガールズ&パンツァー劇場版」(2015年) 巧妙に来場者数を稼いでいるリピーター向け映画の販売方式はどのように言い訳されるのか
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【劇場公開記念】「ガールズ&パンツァー劇場版」(2015年) 巧妙に来場者数を稼いでいるリピーター向け映画の販売方式はどのように言い訳されるのか

2015-12-14 17:30
  • 5
AIR です。

今回のお題は「ガールズ&パンツァー劇場版」です。画の完成度のために締切を
落とすことで有名なアニメの映画版です。売店で購入したパンフレットによると、
今回の劇場版も制作者の熱意の度が過ぎて公開10日前でも完成していなかった
ことを監督が証言しています。実際に画の完成度は、非常に高いアニメになって
います。1年の遅刻が免責される水準に達しています。しかし、残念ながらその
完成度の高さが本編の内容の希薄さを誇張する関係になり、残念な映画になって
しまっているのも事実です。それでも納得できる形まで監督に作り込みを続ける
ことを期待して、作り手を追い込んでしまった犯人はガルパンのファン自身です。
そのため「もしかして駄作?」と思っても正直な感想を口にすることにためらい
が生まれます。仕方がないことです。しかし応援してきたのなら結果が悪くても
受け入れよというのは傲慢です。不満を言う客は客ではないというスポンサーも
傲慢です。鑑賞料を支払った時点で対等の関係になりますから、視聴者は映画を
批判することを後ろめたく思わなくて良いのです。「1年も待ち続けたガルパン
の劇場版が駄作なはずがない!」というのは、思い込みに過ぎません。本論文の
結論は「ガルパン劇場版は映画館で見ろ!」です。理由は順を追って説明します。
映画を鑑賞した熱が冷めないうちに、私が感じたことをざっと書き進めてみます。


【ガルパンブームという現象】
まずガルパンとは何か?ですが、00年代から「美少女プラス何々」という企画
の立て方が流行りました。「何々」には何を代入しても構いません。軽音楽部を
くっつければ「美少女+軽音楽部=けいおん!」の図式が成り立ちます。カメラ
をくっつければ「美少女+カメラ=たまゆら」になります。「美少女」の言い方
は「美少女+戦士(戦隊)=美少女戦士セーラームーン」が起源になりますから、
現代的に公式を言い直せば、「萌えプラス何々」です。アニメ業界は10年ほど
そのような陳腐な発想で企画を立ててきましたが、消費者もバカではありません
から、ブルーレイ/DVD/CDといった円盤商品の売上が低迷します。つまり、
おもしろくないものは売れません。そこでガルパンの成績はどうかといいますと
劇場公開の2015年末の時点で「30万枚の大ヒット」と言われていますから、
単に「戦車」を代入するのではなく「戦車道」を発明して公式に代入しただけの
ことはありました。そのことで「設定」に様々なアイディアが投入されることに
なります。戦車が安全に市街戦を行うための破壊された建造物の保障が行われる
といった社会的な支援や、学園艦といった洋上の学園都市のビジュアルイメージ
が提出されました。戦車道は乙女のたしなみといった荒唐無稽な常識から、日常
生活に戦車という名の競技用の乗り物が溶け込んで「ガルパン」の世界観が完成
します。アニメに疎い方に補足しますと、ここでの世界観とはサーガのことです。
「設定」を共有することでスピンオフ作品を作り放題という意味では商品展開に
おいて「サーガ形式」は関係者には都合が良いアニメの開発手法として定番です。

実際にガルパンもメディアミックスの形でCDドラマや小説やコミックを通して、
TVシリーズ本編で描かれなかった部分が商品化されています。そうしてファン
から集金を行い商品が換金された何割かが権利者の元に回収される仕組みにより、
ガルパンビジネスが成り立っています。本論から逸れてきましたので軌道修正を
行いますが、ガルパンとは『現在の若者のための、俺たちのガンダム体験』です。
少し上の世代を見上げれば「俺たちのエヴァンゲリオン体験」でしょう。後には
「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」や「魔法少女まどか☆マギカ」がありま
したが「宇宙戦艦ヤマト」と「機動戦士ガンダム」と「新世紀エヴァンゲリオン」
以外のものは一過性のブームとして終息しました。「ヤマト・ガンダム・エヴァ」
は未だに作者もしくは別の作者の手により新作が作り続けられています。それが
できるのも作品の世界観設計が「サーガ形式」だからですが、対象は主に当時の
若者であったファンです。「現在はおじさん」です。しかしその「現在おじさん」
は若いころにファン同士が熱く盛り上がった「ガンダム体験」「エヴァ体験」を
していますから現在の若者は羨ましくてしょうがありません。そこで盛り上がる
ための共通の話題の対象として再発見されたものが「ガルパン」だったわけです。


【ガルパンのテーマ】
市場を世界に切り替えれば有名タイトルに「俺たちのスター・ウォーズ体験」が
あります。ジョージ・ルーカス以外の人の手により拡張が進行中なのはこちらも
サーガ形式によって世界観が構築されているからです。ガルパンは映画版により
「西住みほの物語/西住家の問題」が完全に解決しましたから、これ以上の拡張
を必要としていません。作るとしましたら「高校三年生になり、卒業までのお話」
と「大学生編」と「社会人編」になりますが、蛇足になる可能性が高いため好評
のところで止めるのが無難です。それではTVシリーズを少し振り返ってみます。
ガルパンのテーマは『宗家に生まれながら流儀を違えた姉妹の仲直り』ですから、
この問題が解決したところでお話が終わります。反対に、このテーマを見抜けば
「主人公が戦車道で姉と流儀を違えて家を出る事件→戦車道がない学校に転校→
戦車道に復帰させられる→全国大会の決勝戦で姉と戦い、姉と信念をぶつけ合い、
双方が納得のいく勝利を収める→姉と和解するが母親とは確執が残る」といった
流れを想像ができますから、TVシリーズは安心して最後まで見ることができる
ように作られていることがわかります。急ぎ足で進みますが完成された作品です。
上記で明かしたように本質は「人情もの」ですから、世界観を「時代劇」に切り
替えても物語は成り立ちますが、やはり最も相性が良いのは戦車道の世界観です。


【劇場版の冗長さ】
劇場版の冗長性の前にTVシリーズの構成を見直してみましょう。戦車道が廃部
になっている学校から物語を起動して全国大会の決勝戦の終わりまでを描ききる
には放送話数が12話で決定的に不足していました。TV版はギリギリまで尺を
切り詰めた編集がされています。そのことで一試合はOVAで補完される形での
公開になりましたが、TVシリーズは秒あたりのアニメ密度が高かったため濃密
な作品でした。しかし劇場版はTVのように、30分枠の放送制限がありません
から、スポンサーとの交渉によって1枠が120分にも伸びました。このことが
裏目に出てしまいガルパン劇場版は「勢いで騙しきる手」が使えなくなりました。
テンポが悪くなると視聴者の思考は現実に戻ってしまいます。「戦車が被弾して、
アスファルトを跳ねながら吹き飛ばされているのに、中の人は大丈夫か?」とか
「砲弾が飛び交って物騒なのに、明るい学園生活が嘘くさい」といったものです。
ガルパン劇場版を一言で表現してしまうと『仲良し姉妹を可視化した動画』です。
しかしそれはTVシリーズを見終えたガルパン視聴者の想像力の域を超えるもの
ではありませんから新しさがないため、あえて形にしなくても良かった内容です。
今回の劇場版のなかで描かれた幼少期の仲良しシーンをTVシリーズの何処かに
挿話してあれば劇場版は蛇足になります。西住姉妹は元々仲良しで主人公が高校
一年のときに主義の行き違いがあり一年間ほどケンカをしていたというだけです。
そのため最後の最後に『姉ちゃんが徹甲弾で妹の戦車の背中を力強く押し出した』
場面がメタファーですらないストレートさで姉妹関係を表していて潔かったです。

TVのアニメの劇場化には大きく2パターンの方法があります。TVシリーズの
総集編を作るプランAとTVシリーズの続編を作るプランBが一般的になります。
今回はプランAを踏襲しながらプランBに移行していく折衷型が採用されました。
ガルパン劇場版の構成は「3分でわかるTVシリーズおさらい動画」から始まり、
「エキシビションマッチという体裁で戦車道を実演する動画」に続き、ここから
問題の『TVシリーズのストーリーの動機を台無しにしてしまう廃校問題の蒸し
返し』が提示されます。前述しましたようにガルパンのTVシリーズのテーマは
「西住みほの物語/西住家の問題」の解決が目的ですからTVシリーズの活動が
無効化される事件が発生したところで「姉妹関係が良好であれば」の条件付きで
進行が許されてしまいます。ガルパンの劇場アニメ化の話が何処から始まったか
わかりませんがスポンサーからの命令に従った形での制作である場合は、無難に
まとめきるしかないのが現場というものです。TVシリーズはその構成から全国
大会への道のりで、様々なライバル達が登場します。それぞれにファンがついて
おりますから優劣をつけたりぞんざいに扱えません。そのなかで書かれた脚本が
『オールスターバトル』という発想です。殲滅戦において圧倒的な不利を抜ける
ために仲間が駆けつけてくれる進行は、少年漫画の王道の展開で有効な手法です。
あれだけの激闘をしたのに主人公の危機に駆けつけてくれるものなの?といった
疑念が生じるかもしれませんが、戦車道は戦争ではなく活動であり試合のなかの
ライバルという人間関係のため憎しみはありません。ライバルであっても敵では
ないのです。「好敵手」は親の敵とは違いますからオールスターが実現しました。

かつてのライバル達が仲間になって支えてくれるという流れと、主人公の学校の
制服を全員が着用するという画の演出は、視聴者の願望を公式に実現してみせた
ことで『かつてのライバルと共闘する、ガルパンファンにとって夢のような映画』
が誕生します。しかしこのことが先述した長時間枠の冗長問題の原因になっても
います。ファンから不満の声があがらないように全登場人物の誰もひいきにせず
に見せ場を作らないといけなくなったため、戦いが長期化してしまい視聴時間が
長くなります。またガルパンは茨城県の大洗を舞台のモデルとするため、聖地を
巡礼するためのガイドブックがありファンは劇場公開を待つ期間に現地に行って
います。そこで見た風景を逆輸入する形で映画のなかに取り込んだことも冗長の
原因です。制作の立場から監督が「1コマも減らすところなんてない」と証言を
パンフレットに書き付けていますが、そんな都合は制作者の都合です。見ている
立場には関係がありません。ただでさえ戦闘シーンが長くて飽きて眠くなるのに、
好きではないキャラクターの見せ場の場面が続くと睡魔との戦いになってきます。
とどめとして、制作者が欲を出したのかスポンサーが続編の前振りをするように
依頼したのかTV版をフォローした時点で人数が多いのに新キャラの出番までが
あります。今回の映画化はガルパンファンに応えれば十分でしたから、TV版の
全キャラを総出演させれば足りていて新キャラは対戦相手だけで良かったのです。
肝心の対戦チームの隊長は「天才だけどファンシーグッズが好き」という設定が
主人公との絡みで少しわかるくらいでしたが、出会いは偶然を装いながら無理の
ある場面でした。ストーリーの都合から見れば対戦相手の隊長が見知らぬ人物で
まったく問題がないどころか知っているほうが不自然という関係です。劇場版を
観たことでガルパンという作品のキャラクターが『記号の組み合わせ』によって
しか作られていないという弱点が表面化します。そのことから劇場版を視聴した
本作品のファンはTVシリーズの考査のし直しをしなくてはならなくなりました。


【ガルパンのキャラクター造形】
参考例として、同じスポンサーからバンダイナムコホールディングスの映像部門
であるバンダイビジュアルが取り扱うアニメの「ガンダムGのレコンギスタ」を
あげることができます。機動戦士ガンダムの作者である富野由悠季さんが監督を
した最新作です。アニメの登場人物は例外なく作り物です。しかし脚本と演出の
力で血が通ったキャラにすることはできるのです。富野由悠季さんのガンダムの
作劇における登場人物は、実在する人間に肉薄した感情と存在感を持っています。
このような設定だからこのような振る舞いをするといった記号的キャラクターは
富野由悠季作品には登場しません。同じスポンサーの取り扱い作品でありますが
視聴対象が異なることもあってガルパンは『キャラクター』の域を出ることなく、
この子はこの状況ならばこの台詞しか言わないしこの態度しか示さないといった
記号の塊で造られた登場人物しかいません。富野由悠季さんに求められる新作の
期待値とガルパン劇場版に寄せられる期待値に差があるとは思えませんが結果の
成果物におおきな差が開いてしまった理由はガルパンが「商品」でしかなかった
からです。作り手はプロですからスポンサーとクライアントの要望に正しく従い
良い仕事をしてみせます。血が通っているように見えない内面性なき薄っぺらな
キャラクターばかりが造形されたのは需要という形でファンレターを送ってきた
ファンに返信が成された結果のため、ガルパンのファンが登場人物を希薄にした
張本人です。このような反吐が出る返事が届いても、望んだのはファンですから、
むしろ私としては、ガルパンのファンが熱望するものを知ることができて新鮮な
体験でした。いわゆる『萌え絵に可愛らしい女子の声をパッケージしたもの』が
萌えキャラの正体です。しかし出来の悪い人工知能のような振る舞いしかしない
キャラクターに魅力を感じることはありませんから、アニメを見ない層の人から
「キモイ絵と娼婦の声」と罵られても擁護のための反論を行う気にはなれません。


【ガルパン劇場版の制作者の真意】
冗長すぎるファンサービスと記号に過ぎないキャラクター造形の二点の理由から、
ブルーレイ/CDといった円盤商品を買い支えながら私はガルパンという作品が
好きではないことを自覚しました。過去の吉田玲子作品である「けいおん!」は
あずにゃん(中野梓)という登場人物を作内世界に干渉を行う視聴者の代理人に
設計し直すことで奥の深い作品になりました。「けいおんシリーズ」の特異性は
あずにゃんというギミックが仕込まれたことによって、視聴者が作内人物に近接
できる可能性を示した点にありましたが、そのような仕掛けがあったことは公言
されません。ガルパン劇場版を評価できる点は、『なぜTVシリーズできれいに
完結したものを、あえて劇場で視聴させようとしたのか?』を自問することから
見えてきます。TVシリーズも劇場版も共通して、戦車の戦い方の新境地を切り
開いた点では画の完成度が極めて高いです。世界一の精度の戦車の3Dモデルと
それをアニメーションさせるスタッフの技量と、主観視点でスピード感を描いた
見せ方の演出もお見事としか言いようがありません。しかし、そのような些末な
ことよりもガルパン劇場版が成した偉業は、『ソフトとハードを一体にした商品
を提供した』ことです。わかりやすく言い直せば『ガルパン体験を売る商売』を
やってのけたことです。作り手の伝えたい形でようやく正しく伝えられたのです。

映画を映画館で見るという行為から認識を改めてみることでガルパンが劇場版に
なった意味がわかります。ブルーレイを視聴した方はご存じのことと思いますが、
「センシャラウンド方式」を使う再生が可能になっています。戦車と戦場の音を
徹底的にチューニングして作り込んだサラウンドがディスクのなかに収録されて
いるのです。しかしながらブルーレイを再生する家庭環境は様々ですから本来の
設計された通りの音響にてガルパンTVシリーズが視聴されているか?といえば
概ね「No」でしょう。しかし映画は劇場という密室に視聴者を拘束することで、
映画館がセッティングした設備を使いガルパンを正しく視聴することができます。
これは作り手が監修した「センシャラウンド方式」が正しく受け手に伝わる機会
だったということです。ガルパン劇場版の内容が気に入らなくても「音響」だけ
は感動できます。「TVから見ているお得意様には眠たい映画」かも知れません。
しかし「一見さんには話題作を1回の視聴で楽しめるド迫力の映画」となります。

何度も付属特典を変更して販売された前売券や、毎週変更の劇場の来場者特典の
様子を見ている限りでは何度も何度も同じ映画を見に来させる公開をしています。
TVシリーズを見ていなくてもわかるように、おさらい動画を冒頭に持ってきた
ことで新規顧客の開拓の意思がバンダイナムコホールディングスにみられますが、
信者的ファンを利用するために保険をかけた特典商法で来場者数を稼ごうとする
品性が私には卑しく見えました。ガルパンは映画化したことで評価を下げました。
『ガルパンは予備知識を要求しない大衆向けアニメ』でしたから残念な拡張です。
しかしアニメ業界はオワコンでもあります。儲けられるチャンスを逃さないのは
ビジネスの姿勢としては正しいですから、アニメファンは金づるになって円盤の
商品を買い支えるとか劇場に足を運ぶといった形で制作者を支援することにより、
「僕たちの大好きなTVアニメ」を延命させることができます。映画館も映画を
見せるだけでは将来的に商売が立ちゆかなくなりますが、制作者が音響の設計を
緻密に行った作品を作れば、家庭環境でブルーレイを再生しても設計通り正しく
再生できる人は少数ですから、『リファレンス環境を用意した映画館』に生まれ
変わることで『体験を売る商売』ができます。そうした映像商品の先駆けとして
「ガールズ&パンツァー劇場版はソフトとハードを一体化して売るために映画館
を使った」と受け止められます。画や演出や脚本が精緻であるのに対して内容が
すっからかんなのは『ガルパン体験をしてもらうためにでっち上げた動画だから』
です。体験型アミューズメントとして作られたことを理解するには劇場に向かう
ことをおすすめします。「ガルパン劇場版の制作者の真意」はそこでわかります。


【まとめ】
アニメとは分野ごとの才能を寄せ集めた共同作業によって作られる総合芸術です。
監督の水島努さんばかりが過大評価されてしまっていますが、ガルパンの成功は
脚本家の吉田玲子さん、音楽家の浜口史郎さん、そして3Dと音響のスタッフと
いった現場で働く人の度を超えたオーバーワークによるものです。その成果物は
『センシャラウンド方式を体験させられる劇場』によって受け手となる消費者に
正しく伝えられました。TVシリーズ第一話の学園艦のアイディア自体は昭和の
アニメ「超時空要塞マクロス」が起源ですし、人物造形は残念ながら記号キャラ
の域を出ませんが、ガルパンの本領は『世界最高水準の戦車戦とその見せ方』に
あります。劇場版の新キャラクターには00年代を代表する声優陣を割り当てた
ことで、アニメ離れをしつつある世代に対しても集客力のあるPRができました。
多分に無理のある展開はTVシリーズ2期に接続する予定の設計ですから今回は
お祭り映画として楽しむ姿勢の鑑賞がよろしいと思います。本稿の最初のほうで
述べましたようにガルパンは『現在の若者のための、俺たちのガンダム体験』に
なりうる媒体です。この映画を観た人は、「あの時代に参加できて良かった」と
後に話せるようになります。「小さな物語」の共通話題として機能するくらいの
力が本作にはありました。この作品の映画としての評価につきましては、別枠と
して測るしかありませんが、劇場というハコを上手に活用した点は革新的でした。
これが良くも悪くもリピーター映画として興行成績の水増しに繋がっていますが、
『この劇場版は、劇場で観るもの』です。ガルパンをブロマガで語ってみました。


【アトラクション・スタイルのシステム・4DX(R)デジタルシアターでの上映】
「ガルパンはいいぞ」でおなじみの劇場版ガルパンが、ようやく4DX対応にて
上映されます。ロングラン上映中のバージョンを初見したときから、「どうして
こんなにもアミューズメント性が強い作品が4Dシアターで公開されないのか?」
と疑問でいました。前後・左右・上下に座席が動いて特殊効果を使って観客席を
演出するスタイルで上映期間が延長されたことや、4D版ならではの来場者特典
が用意されたことで、何回も劇場に通った常連でも今回の4DX仕様は新鮮です。
上映スケジュールからみるとブルーレイ商品の発売まで公開が続きそうな勢いで
いますから、「集金が上手なガルパン商法」と感じられてもセンシャラウンドを
超えるのは4DXのみです。「ガルパンを超えられるのはガルパンだけ」という
事実もあり「音響」を絶賛してきた私としては意外性はなくても順当な展開です。
このままの人気でいましたらガルパン2期は劇場にて鑑賞会が開かれるでしょう。
送り手が意図した環境で受け手にコンテンツを届ける新しいスタイルの作品です。



◆◇◆◇◆ お知らせです ◆◇◆◇◆
コミュニティ参加、お気軽にどうぞ。
http://com.nicovideo.jp/community/co2282621
僕のネット活動の全ての情報を集結しております。
バックナンバーも、読み放題になっています!!
最後まで見てくれて、ありがとうございます。

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×
目から鱗です。支持!
44ヶ月前
×
コメントありがとうございます。

公開後すぐに観に行き、「ガルパン劇場版は映画館を借りたアミューズメント作品だ!」と私が感じた印象をネットに書いた数ヶ月後、興行側が本気でアミューズメント商品にリメイクしてきました。巧妙に来場者数を稼いでいる映画は、ここまでやってみせるのですからブレがないですね。

そんな4DX版ですが、私は観に行く気持ちがまったく起きませんでした。ガルパンの盲目的信者である知人ですら、ガルパンの劇場版にとって4DXの体感演出は「視聴の邪魔」との感想です。しかしながら私が4DX版に興味を持てないのは、ガルパン劇場版に対して、私自身がリピーターになれない理由があるからです。

本論にも書きましたが、TVシリーズとOVAをフォローしすぎたあまり、登場人物が多くなりすぎた映画であるのに、ファンサービスとして「どのキャラにも、もれなく見せ場が用意されている」のです。ガルパンは「日常」と戦車の「活動」の2つで構成されます。残念ながら、記号の組み合わせでしかない薄っぺらなキャラ造形しかできなかったガルパンの日常パートは退屈で、映画を冗長にしてしまっています。

女の子たち個人個人が抱えている事情を語ったり活動への動機付けを行うシーンは、ガルパン劇場版の本領ではありません。本作は視聴が苦痛な前半「日常」パートが終わってから、後半「世界最高水準の戦車戦」が始まる構成のため、通常版の映画の視聴で内容を知っている者の本音は「前半いらない/後半だけでいい」です。センシャラウンド体験の場として映画館を利用するのは良いのですが、2回目以降は「好きなチャプターから見たい」ものです。

DVD/ブルーレイディスクの発売日が決まりましたし、十分な数の生産が予定されているため予約も行えます。ガルパン劇場版という作品は「女の子たちの日常」という陳腐なものと、「世界最高水準の戦車戦」という制作スタッフの才能の本気が形になったものがセットになっています。家庭での視聴は制作者の意図した通りの再生環境ではありませんが、好きなところから見始められます。前半が残念なため万人向けとは言いがたい映画ですが、最後の戦車戦は文句なしのため、発売日が楽しみなアニメソフトです。
44ヶ月前
×
貶してんだか、褒めてんだか、気持ち悪い
41ヶ月前
×
コメントありがとうございます。

映画を見た熱が冷めないうちに書いたものです。雑誌記事は、出版社と映画会社の会社同士の付き合いがある文章ですから、書けることに制限があります。また、ガルパンってアニメとこのアニメの監督は「過剰すぎる評価を受けている」ように感じられましたため、私個人の課金により有料で書ける場を使って、きちんと評論してみました。

絶賛するばかりの提灯記事を書く気はありませんし、悪い部分ばかりに注目をして酷評する気もありません。ただ、そのような書き方が中立の視点になるのは仕方がないことです。

褒めるか貶すかどっちかにしろってことでしたら、書いた通り「悪い部分9割に目をつぶれば、世界最高の映像が最後にあるよ」ってことです。構成のバランスが悪いので、万人受けしないアニメです。そのようにプロの脚本家に書かせたのは、それを望んだファンがいるからですので、クオリティを下げさせたのは紛れもなく「ガルパンファンが犯人」です。

アニメに限らず、100%の完璧な作品なんてありません。本論を公開したあと『ガルパンはいいぞ』のキーワードが流行りました。好きな部分があれば好きな部分を「良い」、悪い部分は「悪い」、と認める勇気を「ガルパンブームに踊らされている人達に持ってもらいたい」という思いがあって公正な立場から書きました。

「俺たちのガンダム体験」ほしさに、盲目的にガルパンを神格化している人には届かない言葉かもしれません。しかし、何年か後に若気の至りの恥ずかしい過去を振り返ることがあれば、「ガルパンは過去の名作に及ばなかった」と認めざるを得ないときがくるでしょう。今月には映像商品がバンダイビジュアルから発売されて、延長戦としての復刻上映も行われるでしょうが、私にとって劇場版ガルパンは1回目で十分だったというのが感想です。そろそろ一過性のブームは過ぎ去って、あの熱は何だったのだろう?と自問しても良いころと思います。

41ヶ月前
×
劇場で鑑賞してから半年、パッケージソフトが発売されました。
ブルーレイとDVD発売記念として、ガルパンを考えてみました。

続編では「現代アニメの水面下で起きていること」を語っています。
http://ch.nicovideo.jp/article/ar1040757

がっつり読みたい人向けに、がっつりとした内容で書いています。
読む体力ないよって人は「序論」と「まとめ」だけでも!

どうぞ、よろしくお願いします。
40ヶ月前
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