剥離 #sing_aend
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剥離 #sing_aend

2017-06-11 21:05

    問題はそこじゃない。




    あの作品をコケにしやがってとか、じぶんの好きなアイドルをメチャクチャにしやがってとか、そういう事を言いたいんじゃない。


    問題はそこじゃないんです。


    『公私』という言葉があります。

    「公私の区別をつけなさい」みたいに使われる言葉ですね。


    よく「ほんとうの自分はどこにいるんだろう」なんて話が展開されます。

    皆さんも思春期のころに一度は考えた事があるでしょう。

    「こんなのはほんとうの私じゃない」「ほんとうの私がどこかにいるはずだ」と。




    私は、果たして一人なのでしょうか。


    多重人格の話をしたいんじゃない。


    キャラクターの話です。




    アイドルはキャラクター商売だ、と思うときがあります。


    アイドルは『アイドル』というキャラクターで商売をしている。

    ほんとうの自分がどうとか、関係ないのです。

    求められた、またはプロデューサーより与えられたキャラクター――即ち仮面――を被り、商売をするのです。

    それを端的に示す例として、今回の二人は最適だと思いました。


    美しい仮面を被れば、大衆の目を惹くことができるでしょう。

    足元になんて目をやれないほどに、美しく、魅力的な仮面を。


    しかし、仮面をずっと付けているわけにはいきません。

    「一発屋」という言葉があるように、何しもタイムリミットが存在します。

    誰しも、ある時、余儀なくされてしまうのです。

    「別の仮面が欲しい」と。


    それをジャッジするのは、彼女ら自身ではありません。

    ほかでもない、プロデューサーです。

    プロデューサーのはずなのですが。


    売れすぎた熟れすぎた魅力的な仮面は、なぜかプロデューサーすら外す事を指示できないことがあります。

    周りが、そうさせてくれないのです。


    公私なんて関係なく、仮面が顔に張り付いてしまう。


    そうなった時、彼女たちは、プロデューサーは、どうすればいいのでしょうか。




    手に持つは鉈。

    げにモツは彼方。

    お荷物にさらば。


    ちゃんと剥がして、管理できればいいんだけどね。








    動画の簡単な解説を置いておきますね。
    性質としては過去の卯月ノベマスに近いです。
    sing/aendの中でもとりわけセンセーショナルで、飛び道具的なものを用意できれば、ということで制作されました。ブロマガでの補完は必須ともいえるでしょう。

    動画中ではポップなBGMと演出で事が進んでいきますが、実際に彼女たちの身に起こったことは、けして明るいことではありません。
    演出と内容の不一致をやってみたかった。
    本当に伝えたい内容が伝わらないよう、目を背けるよう、たくさんの余計な演出を入れています。

    そのキャラを強制される、そんな風潮がある。笑いごとではないでしょう。
    けれど、あの二人がいくら喚いたところで、それは周囲にはとてもポップなコントのように見えてしまうのではないでしょうか。
    ラストの曲名は劇中にもありますが「見よ勇者は帰る」。誰が、どこへ、帰ったのでしょう。
    最後に床へ転がったのは、何なのでしょうか。
    忘れてしまった硝子の靴なのか、それとも本当の自分の頭なのか、それとも――。
    責任の所在はどこへ行くのか。

    ビットレートを抑えてあるのは仕様です。
    全編にモザイク処理がされていますが、素材として使おうと思えば使えます。





    しかしまあ、彼女たちを人間だと仮定するからこそ、この世界は惨く残酷に見えます。
    けれども、僕らの扱っている彼女は人間ではありません。
    ですから、何度首を落とそうと、それに意味なんてないのです。
    誰も血を流さないし、誰も死なない。

    人間じゃないから、首なんていくらでも差し変わる。生え変わる。
    データの首を切っても、意味なんてないでしょう?





    ――それでも、こんな結末は辛すぎる。

    物語は、続くのです。
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