薩摩側から見た薩摩飛脚
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薩摩側から見た薩摩飛脚

2013-12-05 13:50
    鹿児島の人間はあまり知らないと思うのだが、忍者文化の残るところでは薩摩への諜報活動は片道キップで帰ってこられない確立の高いところから「薩摩飛脚」と言う言葉まで生まれ、映画の題材にまでなっている程である。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E6%91%A9%E9%A3%9B%E8%84%9A

    薩摩と言えば方言も特殊で非常に閉鎖的なところの様に思われているが、実際は沖縄からの中国との貿易を始め、幕末期の長崎でも大型船が直接停泊できる港が無かったところ錦江湾(鹿児島湾)内に直接停泊できる港を作っていた程交易が盛んな所だった様である。

    ただ方言等が特殊過ぎて情報が得られないだけなら帰りも容易かったはずだが、何故ほとんどの忍びがばれて国に帰れない状況であったのか?

    非常に謎である。
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