姶良市の重富民俗資料館にあった手裏剣の調査と考察
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姶良市の重富民俗資料館にあった手裏剣の調査と考察

2014-04-10 21:50
    さて。
    意外に簡単に解決するのではと考えていたこの案件。
    少し難航しております。

    http://ch.nicovideo.jp/BAN_kagoshima/blomaga/ar497910
    (鹿児島県姶良市にある民俗博物館から古い手裏剣が出てきました)

    この手裏剣のオーナーと連絡が取れまして聞いたところによると、九州の古物商が集まる鹿児島で開催された骨董市で手に入れたとの事。

    私の予測としては、この手裏剣を自分が使うとして大きさ(手のひらを広げたくらいの大きさがあります)・形状共に使い辛く、最近の海外からの画像を見ると様々な形状の手裏剣を製作するのを趣味にしていらっしゃる方々がいる事から、どこかの御土産品かマニアの自主製作と考えておりました。

    何かあった際助言をいただく先生も観賞用ではないかという事でしたので、この線で調査を進めてみたのですが、どこで製作されてどういった背景の物なのかが現在判らずじまいです。

    今回、某手裏剣の先生にも助言を求めたところやはり御土産品か何かではないかという話になりました。

    この件で両先生から出た話が隠密剣士。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%AF%86%E5%89%A3%E5%A3%AB
    (WIKI)

    今年三重県伊賀上野市にある伊賀流忍者博物館が設立50周年だそうで、その2年くらい前にこのドラマが始まった様です。

    この作品、現在の忍者イメージを作る一因となった作品とみられております。

    ちなみに今回手裏剣の先生から伺った話の中に、成瀬関次著「手裏剣」(昭和18年発行)の中には手裏剣と忍者の関係性が語られていないので、この時点では手裏剣とは忍者を代表する武器というイメージは無かったのではないか?という事でした。

    「どうやらこの隠密剣士が手裏剣といえば忍者の武器というイメージを作ったのではないか?」という仮説を立ててみます。

    さて前回の手裏剣画像を見ていただきたいのですが、上の十字手裏剣はいいとして独特な形をした下の手裏剣を見て下さい。

    手裏剣の先の形から「柳生新陰流の手裏剣に似てなくもない」というご意見をいただきました。

    ここで隠密剣士のWIKIを見ていただきたいのですが、隠密剣士の主人公が柳生新陰流の使い手なんだそうです。
    私はドラマを見ていないのですが、ドラマにこの形状の手裏剣が出てきたのではないでしょうか?

    となるとどこかの御土産品かドラマに影響されて作った方がいらっしゃると考えるのですが、今のところ(話を聞くところによれば)伊賀の御土産ではなさそうですし、広く出回ってる御土産用の手裏剣が関で作られている事からそこが生産地だったとも考えられますし…???

    ここはもっと調査が必要の様です。

    あと、この隠密剣士なんですが、その続編でアクションが強化されたという「新隠密剣士」の主役が薩摩の忍者なんですよね。
    この事から鹿児島または九州で作られたという線もあるのかもしれません。


    何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら提供いただけるとありがたいですm(_ _)m













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