鎌倉時代、伊賀を島津家が治めていた!?
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

鎌倉時代、伊賀を島津家が治めていた!?

2015-07-24 13:00
    さつま人国誌「島津軍の肥後中部侵攻(上)」で忍びを戦略に使った話が出ております。
     さつま人国誌「島津軍の肥後中部侵攻(上)」:http://373news.com/_bunka/jikokushi/kiji.php?storyid=7094
     
     桐野作人さんのツイッターではその話の補足がされていますので、興味のある方はご覧になられると良いでしょう。
     桐野作人ツイッターアカウント:@kirinosakujin

     さて、夏の忙繁期に入りいろんな面で余裕がないので小ネタでお茶を濁しておきます。

     島津家は元々領地にはおらず、鎌倉幕府の中心地に在住して執務を行う有力御家人でした。
     
     初代から薩摩の国だけではなく伊勢など南九州以外の土地も地頭職として管理しておりました。
     伊賀の地頭になったのは2代目の島津忠時の時。
     この頃の資料は地元に残っていないという話がある様です。

     後に南九州以外の地頭職から外れ、一族で下ってくるのですが、その時の文化が島津家の戦術に生かされているのかもしれませんね。
     この話は世界文化遺産で再び注目されている尚古集成館でも少し触れられていますので、鹿児島にお越しの際はご覧になって下さい。
     尚古集成館HP:http://www.shuseikan.jp/


    気になる記事:源義経・源頼朝と島津忠久(保立道久の研究雑記)
           鎌倉時代の島津忠久から始まった 伝統ナンバーワンの武門・薩摩島津家 (武将ジャパン)



    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。