服部半蔵と押川強兵衛 他
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服部半蔵と押川強兵衛 他

2015-11-02 10:39

    【鹿児島県とシンガポールとの交流事業の一環で忍者文化講習と行いました】
     
     10月18日(日)。鹿児島県とシンガポールの交流事業の一環として忍者文化講習を行いました。
     忍者文化とは何か?という事から解説し、あとは定番の手裏剣・吹き矢、刀の扱い方を学んでいただきました。
     こちらとしてはなるべく現実の姿を知ってもらうべく説明するのですが、日本史が絡むと理解が難しい様です。

     少し話がずれますが、忍者の話と言えば作られた話が多い様な気がします。
     とにかく作り込んで話をするものですから、初めてその話を聞かれる方はその物語に惹かれ納得してしまうでしょう。
     しかしその作られた話は証拠が全くありません。
     その証拠を訊かれた時に「秘密の話だから証拠がないのだ」と言い切られて納得してしまうのも忍者文化の一面だったりします。

     けれども、現実に立って考えてみて下さい。
     誰も利益や報酬無しに諜報や工作活動をする事はありえないです。
     社会に動きがある時は必ず何かしらの証拠が残るもの。

     さつま忍者研究会ではそういった証拠を元に研究を行っています。
     最近では「江戸しぐさ」という偽造された文化が教育界に入り込んでしまい問題になっておりますが、日本にいらっしゃる海外の方々は本物を求めてやってくる傾向が強い様です。
     「鹿児島に来れば本物の文化に触れる事ができる!」と世界的評価を貰える様に努力していきます。
     (今回の件でご協力いただいたところは鹿児島県国際交流協会の方々。模造刀など武具に関しては国際交流協会を通して鹿児島県警に一部をお借りしました。皆様ご協力ありがとうございました。)


    【ロマノフ王朝絡みで薩摩とロシアの民間交流が進みつつあります】

     最近は資料の発掘や研究が進みだいぶ真実が判る様になってきました。
     下記のニュースは私が書いたものですが、ロシア最後の皇帝「ニコライ2世」が皇太子時代に書いた手記が縁で、鹿児島にロシアの国営テレビが取材にいらっしゃった時の模様です。

    ロシア国営テレビが薩摩の伝統芸能を取材(walkerplus)

     取材陣がいらっしゃる前後で薩露交流促進協議会の会議があり、私もそこに参加させていただきました。
     上記の記事も合わせて海外へPRできる場が徐々に整ってきましたので、鹿児島は鹿児島の研究結果として発信していこうと考えています。


    【服部半蔵と押川強兵衛

     忍者文化は地方文化が発祥とさつま忍者研究会では考えています。
     例えばこの2人の実績の一部を並べてみましょう。

     伊賀:服部半蔵(2代目)/織田信長が暗殺された本能寺の変。当時信長の配下にあった徳川家康を無事に逃がす為、伊賀忍者たちを集め成功させる。(神君伊賀越え)
     参考ページ/徳川家康・決死の伊賀越え(今日は何の日?徒然日記)
           本能寺の変後の家康の逃げっぷりが見事な件 ルパン3世もかくありたい【その日、歴史が動いた】(武将ジャパン)

     薩摩:押川強兵衛/関ヶ原合戦時、近くまで東軍が押し寄せてきている事を知った押川強兵衛。偵察に行ったはずが敵兵の首級を持って帰陣。西軍の大将、石田三成直々に大判1枚を渡される。
     参考ページ/陰の暗殺者・押川強兵衛(さつま人国誌)

     もし薩摩が伊賀・甲賀に近い場所にあれば押川強兵衛も忍者と言われていたのではないでしょうか?






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