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  • 【第402号】1人でも生きられる

    2022-08-08 07:0010時間前
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    山田玲司のヤングサンデー 第402号 2022/8/8

    1人でも生きられる

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    瀬戸内寂聴さんは「自分の本で一番売れたのは『1人でも生きられる』って本だったのよね」と言っていた。


    「みんなこういうの好きなのよ」と言った後に「でも1人で生きるなんて無理よ!」みたいな事を言って笑っていた。


    この話、もちろん全部を「無理」と言っているのではなく「人は誰でも沢山の人達に支えられて生きているもの」と言っていたのだと思う。


    「私は1人で生きる」とか言っても、夜中にネット回線が壊れただけで「もう生きていけない!!」とか言い出すのが現代人だ。



    【ぼっち礼賛】


    アホみたいな同調圧力のかかってる日本では、とにかく「団体」にいるのがしんどい。


    「普通こうじゃね?」とか「あの人変よね」みたいな感じでとにかく「みんな同じ」にされるからだ。


    その根拠も納得いかない上に、声の大きい変なのがリーダーになってたりするもんだからさらにしんどい。


    そんなこんなで「あんなのに合わせて生きるくらいなら1人でいる方がまし」みたいになるのは本当によくわかる。


    そんな「1人ぼっち主義」を「ぼっち」と呼ぶようになって久しい。


    ここ数年はリア充組(死語に近い)の衰退に合わせて「ぼっち礼賛派」が拡大していったように見える。


    いや・・もうずっと前からそういう流れなのかもしれない。


    「ぼっち上等!」という気分もわかる。


    でも「ぼっち」だけだと寂しいのもわかる。


    そんなわけで「自分をわかってくれる人が1人でもいてくれればいい」みたいなとこが多くの人の本音だろう。



    【ぼっちを落とせ】

     
  • 【第401号】氷解

    2022-08-05 12:00
    220pt
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    山田玲司のヤングサンデー 第401号 2022/8/5

    氷解

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    家に着いたのは0時半を回った頃だった。

    こんなこともあるだろうと次の日の仕事も半休にしていた。

    久しぶりの東京往復に流石に疲れていたので風呂を沸かし、湯船に浸かった。

    風呂上がりに何が冷たいものが欲しくなった。

    眠る前に珈琲を飲む癖がついていて、夏場はアイスコーヒーを作って冷蔵庫に入れておくのだが、豆を切らしていて作れなかったのを忘れていた。

    飲み会の前や帰りにどこかで買ってくるつもりだったのに。

    あきらめてソファに腰を下ろして、深夜1時過ぎのテレビをつけた。

    ニュースはもうやっていなくて、終わりかけのスポーツ番組やテレビショッピングがだらだらと流れていた。

    Nはふいに、タバコが吸いたくなった。

    離婚して以来もう7年も吸っていなかったタバコを、別に我慢していたわけでも、何かの戒めにしていたわけでもないが、そろそろ吸ってもいいような気がした。

    ついでにアイスコーヒーを買いに、コンビニまで行こうか。

    Nは面倒臭さの天秤をタバコを吸いたいという重りで振り切って、徒歩5分の深夜のセブンイレブンに向かった。

    風呂上がりで少しリセットされたせいか、夜の南風に混じる潮の香りがとても芳しかった。


    ところで夏の深夜のコンビニは、寒い。

    これでもかというくらい冷房が付いていて、早く用を済ませて帰れと言わんばかりに愛想がない。

    Nはセブンに入り、無意識に雑誌のコーナーを横切った。

    そこには配送されたばかりの「週刊少年ジャンプ」が山積みになっていた。

    表紙は「ONE PIECE」と「名探偵コナン」のコラボ表紙で、どうやらジャンプとマガジンとの初の試みらしかった。

    Nはそれを見てふと思い出した。

    ネットのニュースで「ONE PIECE」が満を持して最終章に入ると、作者がコメントを寄せていたことを。

    自分はどうも子供っぽい絵柄と勧善懲悪な展開が好きになれなくて、途中で脱落したんだが、Kは全巻持っていた気がする。

    「…そうか。あいつは「ONE PIECE」の最終回を見ずに死んだのか」

    そう思うと、次にこうも想った。

    「……彼は、「ONE PIECE」の最後を読むことができるんだろうか」

    獄中で?差し入れで?刑務所にジャンプ届けていいのか?としても誰が届けるんだ?彼はそもそも読みたいのか?

    さっきまですっかり忘れていた彼のことを、Nはふわりと思い出した。

    そしてもはや思考ですらない、もっと確信めいた気持ちでNは、あいつらの代わりに「ONE PIECE」を、最後まで読もうと想った。


    タバコとライターとアイスコーヒーを注ぐための氷入りカップと、最新のジャンプを買った。

    昔吸っていたのはマルボロの赤だった。

    でもこの日はマイセン(メビウス)にした。

    学生のころ、Kが吸っていたやつだった。

    半分追悼で、半分は全然好きじゃないマイセンの方が、あとあと続けないだろうと思って買った。

    それだけ買えば流石に手が塞がるので袋に入れてもらう。

    アイスコーヒーを入れるために全自動ミルドリッパーへ。

    氷入りカップのビニルの蓋が思いの外固くて、蓋の摘むところで指が滑るのもあってなかなか開けない。

    手を拭いて思い切って引っ張ってみると、蓋は勢いよく剥がれたが、その反動で氷が飛び散った。

    全てではなかったが、全体の3分の1くらいは床に落ちた。

    それを見ていた定員が

    「取り替えますか?」

    と言ってくれたのだが、なんだか自分が情けなくて断った。

    なぁに、少し氷が少ないくらいなんだっていうのか。

    ミルドリッパーにカップをセットし、ボタンを押す。

    グィーン、キュルキュルギュルギュル……とマシーンは駆動し、しばらくすると真っ黒い液体が透明なカップに注がれる。

    みるみるうちに氷は溶けて丸くなるのがわかる。

    コーヒーを注ぎ終わってカップを取り出すと、手のひらに氷がコロコロと回るのが、冷たさと共に伝わった。

    コンビニを出て、駐車場横の喫煙所に。

    コーヒーをひと口だけ飲み、約7年ぶりのタバコに火をつけて、吸う。

    意外と頭はクラクラしなかったが、古い本を燃やしたような味がして、決して美味しくはなかった。

    「こんなもんか…」

    Nはアイスコーヒーをコンビニの窓ガラスの外側の淵に起き、サンジのようにタバコを咥えてジャンプを開いた。

    巻頭カラー、いきなり「ONE PIECE」が始まった。

    全く意味がわからない。

    登場人物の何人かはわかったが、ほとんど知らないキャラクターが戦っていた。

    あと絵も何だか、すっかり変わっている気がする。

    そういえば読むのをやめたのは、離婚よりも前のことだったな。

    いやそもそも結婚する前からも読んでなかったか。

    Kと違って“冒険”や“海賊王”なんかに憧れもしなかったもんな。

    そう、タバコよりも何よりも前に辞めていたのは「ONE PIECE」だった。

    いや、それだけじゃない。

    思えばいつの間にか、映画も、漫画も、音楽も、文学も、スポーツも、なにひとつ、心からハマれなくなった。

    でもそれが歳を重ねるということで、そういうもんだと想っていた。

    決して倦んでいるわけでも、閉ざしたているわけでもなかったが、いつの間にか、いろいろなことを卒業したような気でいた。

    Nはジャンプを閉じて、袋に入れた。

    マイセンは半分吸って、火を消した。

    アイスコーヒーを手に取ってもうひと口飲んだ。

    氷がまたコロコロと回った。

    Nはふと思った。

    この氷が溶ける前に、海に行けるだろうか?

    今から歩いて、先に浜に着いたら自分の勝ち、溶けたら負け。

    いや流石に溶けるかな。

    でもいい。

    それでいい。

    何でもいい。

    そんな馬鹿馬鹿しいことが、無性にしたくなった。


    夏の朝焼けが美しいのは知っている。

    秋の風が美しいのもとっくに。

    冬の月が、春の雨が美しいのも、知っている。

    そしてそれらがもう大した救いにもならないことも。


    そうして深夜2時前、Nは平塚駅近くのコンビニから海まで歩き始めた。


     
  • 【第400号】The Weight

    2022-08-01 07:00
    220pt
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    山田玲司のヤングサンデー 第400号 2022/8/1

    The Weight

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    Kを偲んで集まった同期の寄り合いは、なんだかんだそのあと9時半まで店に居座り、2次会の話も上がったがそれぞれ仕事や家庭があるので解散になった。

    それでもせっかくだから駅まではみんなで行こう、昔のように駅前で解散しようと言うことになり、またぞろ7人で向かった。

    サークルで飲み明かした明け方、酔っ払って始発の電車を停めたことや、駅前で近隣の別の大学のサークルと乱闘騒ぎを起こしたことなど、決して胸を張れない若気の至りを大声で話をしながら歩いて、Oが駅前で記念写真でも撮るかなんて言い出したので1枚撮った。

    建て替えられた駅舎はもうあの頃とまるで変わってしまって何の面影もなく、その前で固まって記念写真を撮る中年男女のグループは、いったい何を遺そうとしているのだろうか。


    解散して同期たちはそれぞれ電車やタクシーで帰路に着いた。

    Fはタクシーで帰り、 OとMはもう一軒だけ行くと言って町に流れた。

    他はみんな電車で池袋に出た。

    Tは山手線で駒込、Sは埼京線で赤羽へ。

    神奈川組のNとAは、副都心線で東横線直通の横浜行きに。

    またそのうち集まろう、1年に1回くらいは。

    そんなよくある曖昧な約束をしてそれぞれ帰路についた。

    Nはここで、空気が変わったのを肌で感じた。

    Aとふたりになって初めて、気恥ずかしさを覚えた。

    一瞬、自分は品川まで出て東海道線に乗るとか、東京駅まで山手線で行くとか、別ルートで帰るべきかもしれないという考えがよぎったが、かえって意識しているみたいだし、その方がAを気まずくさせる気がしてやめた。

    腹を括るというには大袈裟だが、小さな覚悟をしたNは、Aとホームに立って電車が来るのを待っていると、かえって不思議な安堵を覚えた。

    それは目をこすれば消えてしまう虹のような、なにかとてもやわらかな幻のような気がして、Nはただ黙っていた。

    それはAもまた、同じだった。

    Nが昔の恋人であったことは彼女の中では決して暗い思い出ではなく、むしろ人生のある時期を共に生きた、かつての同志のような心強さを抱いていた。

    それは長い春を共に過ごした者たちにしかわからない、甘くて苦くてさみしい季節の記憶で、ふたりは冷めてしまったスープを手のひらで温めるようなやさしさで、地下鉄のホームの壁を眺めていた。

    沈黙を引き裂くように轟々と音を立てて電車が来た。

    地下鉄の、妙に乾いた風が2人を吹き抜け、おさまり、ドアが開いた。

    大きな岩が転がるようにどどっと乗客が降りてきて、ふたりは真ん中から裂けるように離れた。

    Nは人波によろめくAを見た。

    Aは迷い子を探すような目でNを見ていた。

    何かがまた始まりそうな予感があまりにも自然と去来して、ふたりはすぐ目を逸らした。

    懐かしさと不安をまとい湧き上がるほのかな恋情ではなく、こんな些細なことでずっと忘れていたあの情感が湧き上がってきてしまう、互いのその平凡さに。