8年前の記憶
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8年前の記憶

2019-03-11 18:35
    3月10日、宿直勤務で会社に向かう。
    テレビは坂上二郎さんが亡くなったニュースで持ちきりだった。

    3月11日
    日勤者への引き継ぎも終わり13時頃に退社する予定だったが、14時に出社する上司に報告する事案があったので、なんだかんだで時計は13時20分。

    すると早めに上司が出社。14時前には会社を出た。

    東急東横線の中でうとうとしながら日吉駅に到着。
    「なんかお腹すいたからラーメンでも食って帰ろかな」と思い、商店街にある行きつけの銀家ラーメンに寄った。

    食券を買い店員に渡す。
    店員:お好みは?
    俺:普通で
    いつものやりとりを終えるとIpodで音楽を聴きながらラーメンが来るのを待つ。
    ふと店内を見渡す。
    俺:少し混んでるな(心の中で)
    店員:へい!お待ち!!

    私のところにラーメンが置かれた。
    さあ食べようとテーブル上の入れ物に挿されたレンゲを一つ取り、スープにつけた瞬間
    「なんか揺れたな。震度3ぐらいか。まあいいや」
    そんなに気にせず食べようとしたとき、建物自体が音を立て独特な揺れをし始めた。

    数年前から言われていた
    「30年以内に首都直下地震が来る」
    そのことをとっさに思い出したとき、ついに来たかと覚悟した。

    店内にいた人があわてて外に飛び出した。

    一口もつけていないラーメンを置いて外に出て見ると商店街は大混乱。
    道路に人が溢れ、信号は止まり、車は立ち往生。
    経験したことない光景。

    店に戻ってラーメンを食べるような気持ちなどなかった。

    ひとまず実家や会社に無事であることを災害メールで連絡。
    電話は通じず、つながったとしてもまたかけると不通が続く。

    ようやく実家と電話が繋がり状況を話すと、兄が働いている病院に行って欲しいとのこと。
    当時、駅近くの病院で働いていた兄。さっそく行ってみると職員が患者を避難誘導していた。
    一人の職員に声をかける。
    俺:すいません。
    職員:なんですか(イラッ)
    多少、地震で気が立っているようだ。
    俺:あの○○(兄の名前)って居ますか?

    するとその奥にいた職員が振り返り俺の名前を呼んだ。
    兄である。

    忙しそうにしてる中、少し会話。
    今日は俺の家に泊まるとのこと。
    病院を後にする。

    二人分の夕飯を準備しなければ。しかしコンビニは店前の道路にあふれるぐらいの激混み。
    大型スーパーも急な閉店になりどうするか悩んだ。

    とりあえずアパートに帰ろうとした時、行きつけの美容室前に差し掛かる。
    すると店の人がいた。
    俺:大丈夫でしたか?
    美容師:大変でした。ちょうどパーマをかけてる人がいて〜

    会話中、ふとテレビのニュースをみようとワンセグを起動。その時初めて、東北地方が津波に襲われたことを知った。

    美容師の人に伝える。
    俺:でかい津波が来たらしいです。
    美容師:どこ?
    俺:宮城とかで

    大変な状況であることを改めて実感。

    美容室とはそこで別れ、俺はアパートに帰った。
    部屋の中はとくに荒れていない。ただ停電していた。

    携帯電話の電池も減っていくなか、少しでも情報を得ようとするが緊急地震速報が鳴り響く。
    その度に外に避難する。何度繰り返したかわからない。

    それから1時間経ったかもしれない。隣の地区にあるコンビニに行ってみることにした。
    歩いて数分の場所であるが、なんと電気が繋がっていた。
    ただやはり激混み状態。

    温め不要なアメリカンドッグ2個購入。もう一個なにか買ったと思うがもう忘れてしまった。

    家に戻り、アメリカンドッグを食べる。
    夜になっても停電は続く。
    暖房も使えず、毛布に包まり、携帯で情報を得る。
    すると兄がアパートに到着。

    アメリカンドッグを渡し、ワンセグでtvkをつけておく。
    大混乱している横浜駅の映像も見た。

    すると携帯の電池が切れワンセグも見れなくなった。
    でも当時の俺は電池式のラジオを持っていたので、ラジオで情報を得ようとした。
    ただその時実感する。

    自分がその状況に置かれたとき、気が立っているせいか
    冷静になって聞くことができない。頭に入って来るがいまいち状況がつかめない。

    すると兄が一回病院に戻るとのこと。すぐに用事は終わるらしい。
    何か心配だったので俺もついていくことにした。

    病院に向かう道。車は渋滞している。
    灯りはその車のヘッドライトだけ。

    そして歩道には徒歩で帰宅する人で溢れていた。
    その流れに逆行するのも大変だった。

    途中、地震にあった場所のラーメン屋に差し掛かると
    ロウソクを並べて営業していた。

    病院に到着。
    数分で用事を済ませた兄。

    家に帰る。

    すると隣の区で開いている店はないか気になった。
    アパートを過ぎて夕方立ち寄ったコンビニ周辺を歩いていると
    ドラッグストアがあった。

    幸いにも電池やパンなどが大量に売られていた。
    両方とも購入し家に帰る。

    まだ停電している。
    毛布にくるまりラジオで情報を得る状況。

    それからさらに数時間経った夜11時頃、電気が復旧した。

    すぐにテレビをつけてNHKを見た。

    あの時の映像は今でも鮮明に覚えている。
    「海の上を流れる炎が港を襲う瞬間」

    あれから8年。
    これまで放送で話してきたことをきちんと整理し
    文字に起こしてみることにした。
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