ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

議論に負けそうなときの逃げ方まとめに対する補足記事
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

議論に負けそうなときの逃げ方まとめに対する補足記事

2016-11-05 23:53
  • 1
こんにちは。
必要があると判断したので急遽書かせていただきます。

前回の記事に関して



「タイトルや前半の手法紹介と後半のその手法に対する批判のどちらが趣旨なのか」


「こんな方法は詭弁や屁理屈であり通らない」

「このような手段に走る時点ですでに負けている」

「勝ち負けが発生するということは建設的に意見を交換し合うという議論ではなく
単なる口論、言い争いのたぐいではないか」




といったコメントが寄せられました。

記事後半でいきなりタイトルと異なる主張をし、混乱させてしまったということもあるので
今回は最初にこれらに短く要点のみ答え、その後詳しくこちらの考えを書いていきます。




「一番訴えたかったことという文のとおり後半が趣旨。タイトルや前半の構成は
このような詭弁を述べるようなタイプの人にも読んでもらうためあえて釣りのようにした」

「その通りでありこの記事で紹介したような手法は通常到底通るようなものではない。
だが紹介した内容のように上手くやれば見逃され通ってしまうし実際見逃されてる例も多い」

「これもその通りであり前記事文末の内容のようにその話題についてはすでに負けている。
だが相手は負けを認めていない状態であり、認めないまま別の話題に逃げようと考えている。
またこのような手段に走る人間は、簡単には負けを認めないような人間であると思われるので
自分の勝ちが確実と相手をも認められる状況下で確実に認めさせる必要がある」

「わかりやすさを重視したので議論という表現を使った。正確でないことは事実であり
謝るしかないが、世の中の議論と言われている場で単なる口論に支配されてる場は数多い」




ここからはこの4点に関して1つずつ詳しい自分の主張、考えを書いていきます。



まず1つめの記事の趣旨とその趣旨とタイトルや前半の内容との齟齬についてです。

前回の記事の趣旨について改めてはっきりと表明しておくと
「口論で勝てないと判断すると前回の記事に書いたような手法で不自然さを残さず
負けている話から逃げ、まったく違う話に持ち込むという薄汚い人間がいる。
そこでその手法や目的を知り、卑怯な方法を使わせないようにしよう。
さらに相手は勝てないと判断してこの逃げを使うのだからもう半分勝負はついている。」
といった趣旨です。
無茶を通そうと詭弁をも使うような人間に使わせるために手段を並べたのではなく
逆に詭弁であることを周知の事実にし、使えなくするために手段を詳しく書いたのです。

また、平気で論点をすり替えて騙すようなタイプの人間にも記事を読んでいただき
手段をバラされ使いにくくなったと考え、後半の内容を読んで反省もしていただくことで
そもそもこのような手段に走る人自体を減らしたいという考えもありました。

そのためそのタイプの人が読みそうなタイトルにし、「最後に要点がある」と
目立ちすぎないが認識はしてもらえるような形のアピールを初めの文に用意、
そして手段の説明終わりから遠くない位置に最後に主張があると書いて再び認識させて
並んだ↓でスクロールを促し、多くの改行でスクロールしないと認識できない位置に
次の文を置くことで前半の話題は終わったと感じさせいったん内容のリセット、
その上で再度これが記事の趣旨であると述べてこれからメインであることを明確にしてさらに
今までほぼ使わなかった色文字や大きい文字で自分の主張を書くことで
文章的にも見た目的にも強調して本当に主張したかったことであることをはっきりとさせ、
また今までとまったく逆の内容を強く書くことでより強く印象に残るようにする・・・。
このような意図があり前回の記事の構成にしました。

しかしこのような数々の仕掛けを必ずしも認識してもらえずどちらが趣旨かわからない
さらに記事前半の内容が趣旨であるという誤解まで生んでしまう結果になってしまいました。
このことはこちらの考慮が不足しており、明確なこちらのミスでもあります。
誤解を生む結果になってしまったことを詫びるとともに改めて
後半の内容が趣旨であると表明させていただきます。

また、構成に欠点があっても上に述べたような構成意図は大事にしたいと考えていますので、
前回の記事の記事内容自体やタイトルの変更、訂正は現在のところ考えておりません。
わかりにくい点の解消についてはこちらの記事での説明内容でご容赦ください。


次に2つめの記事で紹介されてる粗暴な内容など使い物にならないということについてです。

まったくその通りであり、むしろ使い物にならないということを主張したかったのです。

やり方も素晴らしい方法だと思わせる書き方でなく悪い印象を与えるような文になりました。
具体的には各方法の説明に相手を悪者にしろという内容が必ずあったり
(実際にその行為が極めて有効ということも事実ですが・・・。)
「こんな手段を取る時点で負けてるよね、必死すぎない?」という旨の内容が
実は何回も入ってることもよく読めば気づくと思います。
この手段を使いたい人間に逃げられないように気を配りましたが、
中立の立場で読んでいる人には確実に悪い印象を与えるような構成に結果的になりました。
前半の内容だけ見たと思われる人がなんて酷いことを書く記事なんだとコメントを残すのも
ある意味当然と言えるかもしれません。(再び書くとこのような認識をさせてしまったことは申し訳ないです。)

このように書いてしまうと自分の嫌いなものを批判するためにあえて悪く書いたんだ、
それこそ前回の記事で批判した内容を自分自身でやってるじゃないかと
批判を受けることになるかもしれません。
ですが確かに悪い印象を与える書き方になりましたが
そもそもこのような行為自体が人に悪い印象を与えて当然な行為であり、
それを説明すると必然的に悪い内容になるのも事実なのです。

相手を悪者にするという内容もそれが非常に有効であることは疑いようがなく
実際に話のすり替えを狙う人間の常套手段であることは数々の事例により明白でしょう。
「こんな手段を取る時点で負けてるよね、必死すぎない?」といった内容も
記事後半の内容から示されており、やはり単に中傷しているわけではないのです。
全体も見ても悪くするために付け足したり強調したりということはしないことに注意して
あくまで常套手段を淡々とシンプルに書いていったという文章を強く意識しました。
そのため意識がないといえば嘘になりますが必要なことを必要なだけ書いた結果
必然的にこのような悪い印象をあたえる文になったと考えています。

前半がこのような内容になり、さらに後半で方法を分析した上で否定したことで
これらの方法が筋の通らないめちゃくちゃな方法であると認識してもらい、
少なくともこのことを知っている人間には使い物にならないという風にしたかったのです。

しかしこのめちゃくちゃな方法が非常によく使用され、かつ高い効果を上げているという
事実があります知ってる人間には通らないことが知らない人間には通ってしまうのです。

「2.」の項目で例に挙げた対話も非常に自然でよくありそうな展開かと思います。
項目内で否定はしましたが否定するのに対話について全文を噛み砕き、最後の主張は通らない
ことを説明し、なぜ通ってるように感じてしまうのかという段階を踏むことになり、
文章量もおそらく読んでる人がうんざりするほど多くなりました。

このことでなにが言いたいかというと知らない人に対し論点のすり替えと認識させるには
非常に労力が必要になるということです。労力がいるので自分自身でそこまでたどり着く
ということはほぼないですし理解させるのも難しいのです。
だから理解をしてない人間には簡単に通るし記事の反響を見ているとそこまで考えてなかった
という人も多そうです。(すでに理解していてなにを今更という人にはすみません。)

ですから前回の記事でこんな汚い手段があると理解していただき、
このようなすり替えに気づけるようになっていただきたいのです。
もうこんな汚い手で誤魔化そうとしている連中を見るのにうんざりしているのです。
自然ということで無意識に出るということもあるので脊髄反射で非難するのは良くないです。
ですが悪意を持ってすり替えようとしている例に関しては気をつけてほしいと考えます。



3つめにこのような手段を取ることになる時点ですでに負けているということについてです。

こちらも正しく、こちらが主張したかったことでもあります。
前置きの文の段階で負けが決まっているときにごまかし、逃げるための手段だと
書いてありますしその後を読んでいただいても同じような内容は複数あると思います。

ですがこのような手段を取るということは汚いことをしてでも決して負けたくない、
少なくとも負けを自分から認める事はしたくないという強い意志があるということです。
自分自身で負けを半ば認めながら外に向けて認めるということだけは決してしない考えです。

このような状態のためたとえこちらに明らかな利があっても負けを認めさせるということは
困難を極めます。さらに負けを認めず「4.」のような手段に走られると非常に厄介です。
そのため多少強い主張になってもはっきりと主張する必要があるのです。
相手も半ば主張を認めてるわけですから利で攻撃して認めざるをえない状況にするのです。

「攻勢をかけて」という表現はやりすぎだというコメントもありましたが
相手は上記の状態ですから簡単には認めずむしろ長引くと攻撃を始める可能性もあります。
なので多少強く攻める必要があると私は考えます。
ですが強く攻めるというのを履き違えてはいけません。あくまで「利」で攻めるのです。
ここで別の角度から攻めたり、あろうことか暴言なんか使ってしまうとそれこそ
相手と同じ汚い手段で攻めるというやり方になります。
利を確保した状態であっても決着を急ぐあまり上のような攻め方になってしまい、
相手につけいる隙を与えてしまうという事例もかなり多いです。
自分自身も論点を見失うことがないように心がけてください。


最後に4つめの勝ち負けがあるのは議論ではなく単なる口論であるということについてです。

そもそも議論というものの形式は一つではなく、複数あります。
最後に明確な勝敗を決めるもの、物事を決めることを目指すが必ずしも
決めて終わる必要はないもの、そもそも物事を決めるのが目的ではないもの・・・。

前回の記事ではタイトルにも負けという言葉を使い、
内容自体も明確に勝敗を意識したものになっています。
そのため勝ち負けを決める必要すらない議論もある中議論とひとまとめにしたのは
少々乱暴と言え、誤解を招く表現だと思われても仕方ない部分があります。

ですが議論と聞いて多くの人がイメージするのは国会や討論番組のような形式と考えてます。
国会についてはもちろん満場一致で円満に通るということも多いですが
みなさんが想像するのは与党と野党の小競り合いみたいな場面かと思います。
まあ言うまでもありませんが両者が勝敗を明確に意識して、時には前の記事のような
手段も使いますよね。あれでも一応「議論」とみなされているわけです。
討論番組についても内容について結論を出す必要はなく、勝敗も決められませんが
双方の主張で言い争いをしている出演者は明確に勝敗を意識しているように見えます。

そんなわけで必ずしも正しい表現でないのは事実であるが、議論の実情を見ると
勝敗を意識して行われるものが多く、また議論のイメージから剥離しているとまでは
言えないと考えているので議論という表現についてご容赦いただきたいと思います。



ここまででコメントで多く見られ、見解を示す必要があると判断したことについて
自分の考えを書かせていただきました。ここまで読んでいただきありがとうございます。
最後に蛇足ではありますが私個人が少しだけ言いたいことを書いて終わりにします。







このような記事を書くことを余儀なくされたということについて、大変悲しく思っています。

最後の議論の定義についてはともかく、前の3つについては趣旨を理解してもらえなかった
ということが原因であり、その理由も記事を最後まで十分に読まなかったからです。
もちろん意図的にわかりにくい記事にしたというこちら側の責任もありますが
趣旨を理解していただいた方も多く、また理解が難しい記事であったわけではないはずです。
さらに多くのコメントをいただき非常にありがたく思いますが、
残念ながらコメント欄でまさに前回の記事で書いた手法が数多く見られます
こちらが必死に訴えた主張は理解されることはなく、逆に曲解されて他人を攻撃するような
手段となり、想定とは真逆の結果になってしまいました。
やり方を間違えたのも事実ですが、このような結果になりただただ悲しいです。
せめてはっきり自分の考えだけ書いたこの記事を読んでいただき、
記事に対する認識が間違っていたなら正してもらい、その上で判断していただきたいです。





以上

広告
×
自分はあなたの仰る事がよく分かります

よくある事です
劣勢に立たされた側の常套手段

①論点をずらす
②文章が悪い
③書き方が分かり難い等

判で押した様にこういう態度に出てくる
自分は論点をずらされたと感じた時は
「釘で打つ」事にしています
強引に最初に戻り其処から逃がさない事です

そしてあなたのブログへの批判も
②あるいは②③に該当します
気にする事はありませんよ
54ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。