kusahuguさん のコメント

せやな
No.1
35ヶ月前
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 この前のNHKスペシャルで「終わらない人 宮崎駿」っていう番組をやっていて。  内容的にどんな感じだったかというと… 「長編アニメからは引退する」と宣言したスタジオジブリの宮崎駿さんが、CGアニメで短編に挑戦するんだけど、勝手がわからず四苦八苦する。その過程で「やっぱり、もう1度長編にチャレンジしてみようかな?」と奮起する。といったところです。  で、内容的にもなかなかよかったんだけど。その中でちょっと気になることがあったんだけど。  あるシーンが放送されて。それがインターネット上で徹底的に叩かれたわけです。  ドワンゴの川上さんがAIで動く奇妙な生物の映像を持ってきて、「どう?おもしろいでしょ?これ、使ってみません?」って提案する場面。これが、宮崎駿さんの怒りを買った。 「障害者は、こんな動きはしない!生命を冒涜してる!」みたいに。  これがネット上でも話題になったわけです。 「さすが宮崎駿かっこいい!!」 「叱られて、ザマァ!!」 「怒られるのわかってんだから、そんなもん最初から持ってくんなよ!」みたいな感じでね。  これは、さすがに薄っぺらい。脊髄反射で意見しているだけ。 「時代劇で悪代官を倒す主人公かっこいい!」みたいな構図。  そういう表面的な部分だけ捉えていては駄目で、もっと深くまで読み込まないと。もちろん、それにはある程度勉強も必要だし、積極的に自分から情報を集めていかないといけない。これは結構大変な作業になってしまう。  でも、それをやらないと、いつまで経っても薄っぺらい意見しか言えない薄っぺらい人間のままになっちゃうからね。  なので、今回はそこら辺をもうちょっと深く考えていこうと思います。          *  まず最初に、川上さんが持ってきた素材。  アレって、ドワンゴが本気でAI(人工知能)を開発しようとしていて、その過程で「アニメだとかゲームに使えるんじゃないか?」と1つの使用方法として持ってきたのであって。あくまで、AI開発がメインにあるわけです。  かなりがんばって作っている!  ただ、アニメというのは「狙った画を作る」必要があって。それが、あの場には合わなかったかも知れない。  でも、別の用途として使えば、素晴らしい映像になる可能性もある。人間が頭の中で考えた以上の映像を作り出すことだって可能。そういう無限の可能性があるわけです。  しかも、CGを手でつけていくのは大変で。それを自動でやってくれるとなると、これほどありがたいことはない!  たとえば、「メインになるキャラクターに関しては手づけでやって、背後のモブ生物を何十体もAI生物で動かす」なんて使い方だってできる。これでアニメーターの仕事がなくなるかと言えば、そうでもなくて。余計な作業に労力をさかずに済む分、アニメーターは重要な部分にしっかりと芝居をつけることができるようになるわけです。  なので、一概に「AIが駄目」とか「やっぱりCGは駄目だよね」みたいな話ではないわけです。  あと、「こんな気持ち悪いモノ作るとか、人の心が理解できないのか!」みたいに言ってる人もいるけど。それは根本的に的外れな意見で。  じゃあ、「バイオハザード」なんかも駄目なのか?って話になってくる。全てのホラー映画は否定されるのか?それを作ってる人も、そういう作品を楽しんでる人も、みんな人間性に欠けているのか?  そうじゃないでしょ?それぞれのジャンルでそれぞれの需要があるわけ。  確かに、障害者の動きをリアルに再現するには向いてなかったかも知れない。でも、それも現時点ではだからね。そこが川上さんの言っていた「これは、まだ実験なので」の部分。 「コンピューターが将棋で人間に勝てるわけないじゃん!」と言っていた人と同じ。  もちろん、当初はそうだった。でも、20年も30年も研究開発を続けた結果、今や「人間が将棋でコンピューターに勝てるわけないじゃん!」の時代になってしまった。  それと同じ。AIも、まだまだ開発段階なので、いくらでも発展の余地があるわけです。  そもそも今回はそれが目的ではなかったわけだし。  本気で障害者の動きをリアルに再現してやりたいと思ったならば、痛覚を与えてやればいい。そういうパラメーターを放り込んでやればいい。研究が進めば、人間が手づけでCGを作るよりもリアルな映像が作れるようになってくるはず。それは時間の問題でしょう。  加えて言えば “気持ち悪い” と感じさせるのは、凄いことで。  これ、やろうと思っても なかなかできない。瞬間的に“気持ち悪い”と見た人に嫌悪感を与えることができたなら、それは素晴らしい技術だと言えるでしょう。それだけでも、この技術は使い勝手があると言えます。          *  で、今回のコトで一番いけなかったのは、せっかく持ってきた物を頭ごなしに叱ってしまったこと。  ネット上でも散見されるのが… 「人の気持ちがわからないのか!そのくらい想像できるだろう!こんなもの最初から持ってくんな!」って意見。  こういうのが一番人が育たない。絶対にやってはいけない叱り方。悪いお手本です。まあ、反面教師にはなるかも知れないけど。  もちろん、ここで「なにくそ!」とめげずに這い上がってこられる人は成長する。でも、そういう人はなかなかいない。10人に1人か、100人に1人か、そんなもの。たとえ、1度や2度は立ち上がっても、それが5回も10回も続くとさすがに諦めてしまう。そうして、「ああ、もう怒られるのは嫌だから最初から行動するのはやめよう。失敗は恐いから、何もしないようにしよう」となってしまうわけです。  だから、本来だったら、あそこは叱るべきではない。 「いい技術だけど、今回は使えないね」くらいにとどめておくべき。 「これこれこういう風になったら使えるんだけど。改善を望むよ」まで言えると理想的。  でも、そうは言わない。叱り飛ばす。これでは、叱られても叱られても這い上がってくるタイプの人でないと、なかなか育たない。普通の人は途中で挫折してしまう。  そこが宮崎駿さんらしいといえばらしい。ああいう性格の人なので仕方がないとは言えるんだけど。それでいいアニメをいくつも完成させることができたのだから。  でも、それが貴重な才能を潰す結果にもなってしまっている。だから、ジブリも後継者が育たなかった。少なくとも、その要因の1つではあったはず。  で、川上さんの方はどういう人かというと…  その “叱られても何度でも這い上がってきて成長していくタイプ”  知らない人も多いかも知れないけれども、川上さんは今やKADOKAWA・DWANGOのトップだからね。代表取締役社長。あの大きな会社で一番偉い人なわけ。ジブリなんかよりも遥かに大きな会社だよ。  もちろん、そこは大企業の会社の社長だから偉いというわけではなくて。アニメの現場には、アニメの現場のノウハウというものがある。そこは、監督なり演出家なりに従わないと。  とはいえ、そこまで登り詰めるには、やっぱりそれだけの能力というのが必要で。  たとえば、ああいうものを平然と持ってきてプレゼンできる。そこで怒られたりもする。でも、めげない。自分のやり方を貫き通し、あるいは新しい方法を模索して改善して持ってくる。そういうことができた人だから、今の地位にいるわけです。  で、普通の人はこれができない。  なぜかというと怒られるのが恐いから。失敗するのが恐いから。で、そういう土壌を作り上げてしまったのは、前の世代の人たち。 「なんで、こんなもん持ってきたんだよ!こんなものがうまくいくとでも思ったのか!」などと言って叱る。すると、叱られた方は萎縮して、次から持ってこない。挑戦しなくなる。こういうコトがあちらこちらで行われた結果、今の日本があるわけです。  いわば、才能を潰してきたわけ。それも、片っ端からね。  長くなってしまったけれども、何が言いたいかというと… 「叱る方も、もうちょっと考えて言葉を選んだ方がいいし。叱られる方も、それにめげずに何度でも挑戦していずれ成功を掴んで欲しい」 ってことです。  そうすれば、貴重な才能を潰さずに済むし、日本もまだまだ発展していけるかも。
ヘイヨーさんの人生
夢見市で暮らすヘイヨーさんの人生、頭の中を綴っていきます。