王道と邪道(文章や創作について)
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王道と邪道(文章や創作について)

2013-06-18 14:16
  • 18
 今回は「王道」「邪道」についてです。
 王道というのは、真っ当なやり方。基本に基づいて地道に努力したりだとか、昔から生きてる人々の知恵の集合体で「とりあえず、これをやっておけば間違いがないだろう」という方法。
 対して邪道は、人の道に外れた方法。奇をてらったり、他の人達が思いつきもしないような方法で、攻撃したり、物事を進めてたりしていくやり方。


 王道に対しては「覇道」という言葉もあって、この場合は「人の心を動かして国などを治めるやり方」が王道であり、「武力で押さえ込むようなやり方」を覇道と呼ぶわけです。
 ま、今回は、話がそれてしまうので、それはまた別の機会にするとして。


 王道は、よく言えば、基本に忠実。悪く言えば、ベタであり、ありきたり。
 邪道は、ズルイ。でも、逆を言えば人が思いつきもしない方法を発想する賢さや、普通の人なら思いついてもとても行動に起こせないような時に、平気でやってしまえる行動力があるとも言えるのです。
 もちろん、それは、失敗した時やバレてしまった時に返ってくる反動を考慮に入れていない無知ゆえの行動なのかも知れません。


 それでも、王道だけでは、やはり効率が悪い。あるいは、つまらない。劇的な進歩を短期間に行う為には、どうしても邪道も必要になってくるのではないでしょうか?

 たとえば、あの剣豪と呼ばれた宮本武蔵でさえも、いざ戦いになれば、ありとあらゆる手段を講じたと言います。いきなりの不意打ち、砂を握って相手の目をめがけて投げつけるなど(ま、実際は、宮本武蔵に関してはほとんど資料が残っておらず、何が本当なのかよくわからないという話もありますが…)

 マンガやアニメでもありますよね?ありきたりな王道展開に飽き飽きした作者や制作者が、奇をてらって、とんでもない作品を世に生み出す。
 赤塚不二夫先生や漫☆画太郎先生が、それにあたるのではないでしょうか?
 今期のアニメで言えば「翠星のガルガンティア」が王道な展開であり「革命機ヴァルヴレイヴ」が邪道。でも、どちらも別のおもしろさがあると思います。


 もう亡くなってしまいましたが、作家の灰谷健次郎さんも、こんな言葉を残しています。
「世の中には、ええやつもわるいやつもおる。文も同じで、ええやつばっかりだと味がない。わるいやつもちょっといれておくと味のある文ができる」


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他8件のコメントを表示
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こんばんは。記事拝見させていただきました。
王道・邪道については、完璧にねここねさんの意見と同じでした。

>今期のアニメで言えば「翠星のガルガンティア」が王道な展開であり「革命機ヴァルヴレイヴ」が邪道。
この作品もこのくくりで語っても問題ないと思うのです。ヴァルヴレイヴなんかニコ生でいかに不人気であるかがまとめ
サイトの記事になるくらいですからw

>邪道は、ズルイ。
とおっしゃってますが、これも邪道=少数の裏付けではないかと思うのです。
たとえば、列への割り込み。これってたいていの人はズルイと思うでしょう。「私たち」はルールを守って並んでいるのに、といった怒りがわくでしょう。この時点で「私たち」のルールが、お言葉を借りれば「とりあえず、これをやっておけば間違いがないだろう」という方法=王道であり「私たち」が使っている以外のルールを使っている「少数の人たち」=ズルイ=邪道、という構図を見出せないでしょうか。

拙い文章でしたが、ご返事いただければ嬉しく思います。 では。
86ヶ月前
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 fumiさん、コメントどうもありがとうございます!
 基本は、「これまで、誰もやったことないコトをやる」これが邪道なのではないかと思うわけです。そういう意味では、やはり人数の問題なのかも知れない。ただ、それだけではなくて「人の思い」のようなものもあるのかも。

 たとえば、ズバ抜けた発想で、それまで誰も考えなかったような発明をした所で、それが邪道かというと、そうでもない。そこに「それは、ズルイ!」とか「そんなのみんな考えてたけど、あえてやらなかったんだよ!」みたいな人の思いが加わった時に、邪道だと言われてしまうんじゃないかな~?と。
 もちろん、それさえも誰もが真似して使われるようになってしまえば、邪道でも何でもなくなるんだろうけど。なので、ただ単に人数だけではないように思います。
 
86ヶ月前
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ヘイヨーさん、お返事ありがとうございます。

>基本は、「これまで、誰もやったことないコトをやる」これが邪道なのではないかと思うわけです。そういう意味では、やはり人数の問題なのかも知れない。ただ、それだけではなくて「人の思い」のようなものもあるのかも。

「人の思い」は多分にして関係あると私も思います。
そもそも、何らかの作品なり、発案なりが支持されるかされないかという時点で、「人の思い」は入ってくるものだと思うのです。好きであれば支持し、嫌いであれば支持しない、というシンプルな「人の思い」が存在すると思います。

「これまで、誰もやったことないコトをやる」こと自体が邪道につながるのではなく、その行動自体が人々に評価されることで初めて王道、邪道の判断が生まれるのではないでしょうか。「たとえば、ズバ抜けた発想で、それまで誰も考えなかったような発明をした」ことが「それは、ズルイ!」とか「そんなのみんな考えてたけど、あえてやらなかったんだよ!」と「大多数の人々」が判断すると、それが邪道になり、その発明が「誰もが真似して使われるようになってしまえば」つまり「大多数の人々」が支持すると王道となるのではないでしょうか。これらの意見が少数意見であれば、王道・邪道という基準さえもあいまいになるのかもしれません。つまりはマイナー、カルト的人気といった、別の評価が生まれてくるのではないかと。

以前のコメントで王道・邪道は二元論で語っても問題ないと書かれておりますが、それは少々極論ではないか、と思った次第です。

ここまで書いて考えます所、つまりは王道は「大多数の人々」の支持を得たもの。邪道は「大多数の人々」の支持を得られなかった、もしくは否定的に見られているもの。そして王道・邪道のくくりに入らない作品も存在する。ということでし
た。
長々と書いてしまい失礼しました(・・;) それでは。
86ヶ月前
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 まとめとしては、そんな感じでいいと思いますよ。

>王道・邪道は二元論で語っても問題ない
 ま、これは極論ですよ。あくまで、基本的なスタイルとしては、それでいいというだけであって。
 完全に王道の作品もなければ、100%邪道な作品もないわけですから。例にあげた「翠星のガルガンティア」だって、基本は王道だけど、それだけじゃないし。「革命機ヴァルヴレイヴ」だって、邪道とは言ったけれど、多分に王道のエッセンスも盛り込まれていますからね。
 画太郎先生とか、しりあがり寿さんくらいになってくると、その邪道レベルというか純度はかなり高いと思いますけどね。
86ヶ月前
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画太郎先生やしりあがり寿さん等は「これまで、誰もやったことないコトをやる」ということがものすごくプラスに働いている状態ですよね。邪道と聞くとやはりどうしてもマイナスイメージが残りますので、あの方々においては「突き抜けすぎた個性」等の表現のほうが的を射ているように思います。
細けえよ!と突っ込まれるかもと思いましたが^^;言葉のイメージって大切だと思っているもので……。
文系の性でしょうか;
86ヶ月前
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 いやいや、あの人達にとっては、「邪道」なんて言葉、最高の褒め言葉でしょう!!間違いなく!!
 きっと、世界中の人達から、そう言って欲しいと思うよ。
86ヶ月前
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ああ~、確かに大衆に迎合しようってイメージは全くないですよねあの二人wwwむしろ物投げてるイメージwww
そういったスタンスのクリエイターには確かに邪道は褒め言葉になり得ますね。初めから邪道を狙っているのですからね。
狙ってやっているのなら問題ないんですけど、大衆受けを狙ったのに邪道の烙印を貰った作品とかホント目も当てられない。
はい、ヴァルヴレイヴのことですwww
86ヶ月前
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 そうそう!物どころか、世界そのものをぶん投げて引っ繰り返しちゃってる!!

 「ヴァルヴレヴ」大衆受け、狙ってるかな~?確かに、あからさまに狙ってやってるんだよ。完全にわざと!でも、それが大衆受けかって言うと…どうかな~?そこは、ちょっとわかんない。
 作ってる人達に聞いてみたいくらい。「何か」を狙ってるんだけど、その何かが、一般受けなのか別の何か(たとえば、「理解できる一部の人だけ理解できればいい!」とか)なのか、そこが知りたい。
86ヶ月前
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深夜の俺だ。

邪道も支持が増えれば王道になり、
今やレインメーカーは新日本プロレスの看板になりつつある。
しかし大仁田厚は邪道のままプロレス界を去ったが、
プチ整形疑惑という最高の邪道の道を歩んだ。

何が言いたいのかというと、
暑くて死にそうです。

じゃあの。
86ヶ月前
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 あ~、君か。
 考えてみると、ヘイヨーさんも、その昔、パクリだらけのマンガに対して「これは邪道だろう!」と思ってたんだけど。数年ぶりに読み返してみると、「ま、今になってみると、みんなやってるし、許されるな~」なんて思ってみたり。
 若さゆえのあやまちですかね。
86ヶ月前
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