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「文章とは、書き手と読み手の戦いである」
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「文章とは、書き手と読み手の戦いである」

2014-06-11 23:40
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 文章とは書き手と読み手の戦い。書き手と読み手の馴れ合いのような文章もあるだろう。そういうものを書きたくなる時もある。だが、そういう文章は、すぐに意識から消えてしまう。そうではなく、戦い。
 書き手がその人生を賭けて必死になり文章を絞り出す。それに対して、読み手の方も全力で挑む。これが、理想の関係。

書き手「これで、どうだ!!これは、誰も書いたコトがあるまい!」
読み手「なるほど、そう来たか。その発想は、なかった。だが、まだまだ甘い!」
書き手「ならば、これでどうだ!!」
読み手「もしかして、この作品は、こんな風にも読めるのか…?なかなか奥が深い」
 こうやって、お互いにレベルを上げていく。また、そこにおもしろさもある。

 それは、小説でも評論でもエッセイでも日記でも、何でも同じ。文章と名のつくものならば、何でも!人の目を意識して書かれているならば、なおさらのこと!

 さあ、戦え!!今すぐに!!剣を持って!!
 毎日、戦場へ出よう!!


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ヘイヨーさんの言われる通り、特に小説の文章は慣れ合いじゃなくて戦いであって欲しい。書店で並んでいる本の表紙が宣戦布告してくるわけです。「その発想は無かった」とか「こういう風にも読めるのか」といった驚き、読書で不意打ちを食らった時の衝撃は、ある意味では作者への部分的勝利ないし敗北ですが、初読や発見から何年経っても鮮烈に記憶に残ります。激戦であれば尚更。

でも、文章があまりにも読者に媚びていたり、読者のレベル(前々記事)が低ければこういう経験は難しそうです。できても刺激が小さいかもしれない。気楽な読む専門の身としては、売り上げといった無粋な話は置いて、読者の能力と教養に挑戦するような文章がドンドン出てきて欲しいです。それでこそ作者と読者の全人格的な戦いで、こちらの向上心も湧きますし、何より読んでて気持ちが良い・・・。

ちなみに、いわゆるラノベは竹槍と竹槍の戦いでしょうか。やるんだったら書き手も読み手も核ミサイルで武装したいですね(笑)
83ヶ月前
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 そうなんだよね。書店に並んでいる本も、作者と読者の戦いなんだよ。もちろん、それには読者の読書レベルも必要になってくる。その能力を上げていくのに大切なのは、“意識し続けるコト”
 何となく読むのではなくて、常に深く読む。“もしかしたら、この作者はもっと別のコトが言いたかったのではないだろうか?”と。仮に、それが作者の意図していなかった読み方だったとしても、それで読者のレベルの方は上がっていく。

 申し訳ないんだけど、ラノベというジャンルをあまり読んだコトがないので、その辺に関しては詳しく意見できないんだけど。
 ただ1つ言えるのは、大げさでなくてもいいんだよ。お互いが核兵器で武装したような戦い。それはそれで、見てみたい。やってみたい。でも、そうでなくてもいいんだよ。ただ単に威力が大きいとか、スケールが大きいとか、それだけではなくて。もっと静かな戦いでもいい。
 たとえば、竹槍をただ突いているだけではつまらない。でも、誰かが竹槍を投げ始めたとしたら?あるいは、竹槍で敵の足を引っかけて転ばせようとしてみるのもいい。もしくは、竹槍を細かく割って、炊き出しの為の燃料にしようと試みてみるとか。
 そういう発想が欲しいわけ。
83ヶ月前
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