「市長さんの講演」(「夢見市物語」 ~第29話~)
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「市長さんの講演」(「夢見市物語」 ~第29話~)

2014-07-27 21:45

     ある日、夢見市立アゲハ小学校に、この街の市長さんがやって来て、講演をしてくれるコトになった。
     午後の総合学習の時間を使って、2時間ほど市長さんの講演の時間に割り当てられた。その日は、みんな午前中からワクワクしながら待っていた。お昼ご飯に何を食べたかだって忘れてしまったくらいだったもの。


     時間になると、全校生徒が体育館に集合した。後ろの方では保護者の人たちも大勢見学に来ていた。
     何を話してくれるのだろう?とみんながドキドキしながら待っていると、市長さんはいきなり、こう切り出した。

    「え~、では。何をやったらいいかわからないし、とりあえず質問を受けつけます。何でも構いません。市長に全然関係なくて構いません。世界中のありとあらゆるコト、何でも疑問に思ったコトがある人は手を上げて質問してください」
     最初に手を上げたのは、1年生の美空ちゃんという子だった。そして、質問の内容はこんなだった。

    「お空はなんで青いのですか?」

     後ろの方で立って聞いていた大人たちからザワザワという声が聞こえた。みんな、「なんて変な質問をするのだろう」と思ったのだろう。でも、市長さんは構わずにすぐに答えた。
    「それは確か、青色以外の可視光線が吸収されて…いや、違うな…」
     それから、一呼吸置いて市長さんは大きな声で言った。

    「そうじゃなくて、お空は青色が好きだからだと思います。青い色が好きで好きでたまらないから、いつも青い服を着ているんじゃないのかな?」
    「でも、どうして他の色じゃなくて、いつも青なの?赤とか黄色でもいいんじゃないですか?」と、美空ちゃん。

    「お空は赤い服も黄色い服も持ってるよ。朝とか夕方とか別の色をしてるでしょ?さらにいえば、青い服といっても、いつも同じ青じゃないはずだよ。今度、お空を眺めてみてごらん。青い服にもいろいろあるんだって気がつくはずだから。濃いのとか薄いのとか。水色っぽかったり白っぽかったり灰色っぽかったり。夜は、きっとパジャマに着替えるんだろうね。黒色のパジャマに。さらに言えば、青いのは地球だけで…たとえば火星なんて確かピンク色だったと思うよ」
    「お空がピンクなの?」
    「そうそう。おもしろいでしょ?きっと、火星はピンクの洋服が好きなんだろうね」
    「なるほど。そっか、青が好きだから、青い服ばっかりきてるんだ…」と、美空ちゃんは妙に感心した顔つきで考えこんでしまった。

     ちなみに、美空ちゃんは将来絵本作家になる。もしかしたら、この日のコトがキッカケだったのかも知れない。そうでなくとも、この街のこの学校のこの環境がそうさせたのだというコトに間違いはないだろう。きっと、美空ちゃんが他の街の他の学校に通っていたら、もっと全然違う人生を歩むコトになっていただろうから。

     次の質問は、4年生の大志君だった。
    「市長さんには、どうやったらなれますか?」
    「あ、これは難しい質問ですね。実に難しい質問です。でも、答えなければならないと思うので答えます」
     市長さんは、しばらく考えてから言った。

    「答えは“何となく”です。運だといってもいいかも知れません。運っていうか、運命かな?なので、何となくです」
     その答を聞いた星流君は、あらためて“変な人だな”と思った。
    「市長さんは、なりたくて市長さんになったんじゃないんですか?」と、大志君。
    「別になりたくなかったわけじゃないんだけど、特になりたくてなったわけでもありません」
     聞いてるみんなは、唖然とした表情をしていた。

    「あ、でも、勘違いしないでね。何となくなったからといって、手を抜いてやっているとかそういうわけではないので。むしろ、この人生の中でもかなり懸命にやってます。もしかしたら、周りから見たらそうは見えない部分もあるかも知れないけれど、自分の中では全力に近いくらいのエネルギーを出してやっています。ただ、その方法が特殊というか、一生懸命やってるようには見えないかもしれないけれど…」
     市長さんは、逆にこう質問してきた。

    「“柳”という木を知ってますか?」
    「ヤナギ?ハイ、知ってます」と、大志君。

    「柳はヒョウヒョウとしていて、一見した所、一生懸命生きていないようにも見えます。でも、その実、大木なんかよりもよっぽど風に強くて、台風が来ても決して折れたりしません。ま、それと同じようなものです。昔の中国の賢者も言っています。“人が一番その能力を発揮できるのは、自然体でいる時なのだ”と。あるいは、拳法の達人なんかも、同じような生き方をしています。実際、達人の域まで達してるかどうかはわかりませんが、できれば市長さんも、そうありたいなと思って生きてるもので…」
     変な講演だった。ただ、みんながフツーに質問しているだけなのに、次から次へとポンポンポンポンと答えが返ってきた。それも、どれ1つとして退屈なモノはなくて、突拍子もなかったり、物凄く正論だったり、様々な答えが次から次へと口をついて出てくるのだった。
     そのたびにみんな、アハハと声を出して笑ったり、フムフムと頷いてみたり、それはどうかな~?と首をひねってみたりいろいろと反応を示すのだった。
     質問の内容も、市の財政だとか、言葉の起源だとか、環境問題だとか、ほんとうに世界中のありとあらゆるジャンルの質問が飛び交った。それらの質問に対して市長さんは自分なりの論理で懇切丁寧に、それでいてわかりやすく答えてくれた。

     そうして、2時間なんてアッという間に過ぎてしまった。でも、時間のコトなんて誰も気にしていなかった。だから、3時間過ぎても誰も気がつかなかったし、3時間半が過ぎても文句をいう人なんて1人もいなかった。むしろ、いつまでもいつまでもこの時間を味わっていたいと、みんながそう思っているようだった。
     4時間が過ぎた頃、市長さんがようやく自分から時間のコトを切り出した。
    「アッ!!しまった!!時間オーバーしちゃってるね。それも、物凄くオーバーしちゃってる!!全然気づかなかったよ。ごめんね。じゃ、この辺でそろそろ終わりにしたいと思います。機会があったら、また来ます。それじゃ、さようなら」
    …と、えらくあっけない幕切れだった。



     のんちゃん先生は、思った。
     あの人は、初めて出会った頃と変わらないわね。やっぱり凄い。初めて出会った頃に、私が尊敬していたあの人のまんまだ。それが、どうしてこんな関係になってしまったのだろう?

     講演会の後に、夢見市の市長である大石悠真は、のんちゃん先生のそばにやって来て、こんな風に尋ねた。
    「覚えてる?君が、子供達に同じ質問をされた時のコト。もう忘れちゃったかな?」
    「そんなコトあったかしら?」と、のんちゃん先生。

    「ほら、ボランティアで“学校の先生ごっこ”をやった時に。小学1年生くらいの女の子が、同じ質問をしたんだよ。“空はどうして青いの?”って。その時、君はアタフタと慌てて、難しい解答をしてたんだよ。空の色素がどうとか、光が吸収されてどうだかって。まだ小さな子供に向ってね」
    「ああ…」と答えて、のんちゃん先生は思い出す。

    「そこで考えたんだよ。あの質問には、どう答えればよかったんだろう?って。その答が、今のさ。空はオシャレなんだよ。あの頃の君みたいにね」
    「私は別に…」と、のんちゃん先生は否定しかける。
     そうして、フフフと笑って、大石悠真は去って行った。

     その後ろ姿を、のんちゃん先生は、いつまでも見守っていた。遠い昔に、そうしていたように。


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