「言葉の限界」
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「言葉の限界」

2014-08-04 17:50
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 ここ数日、言葉について深く思考を巡らせてみて、あらためて感じたコト。
 それは、“言葉は無力”

 数万の言葉を尽くしてみた所で、たった1つの行動に負けてしまう。1枚に絵にすら勝てないかも知れない。

 たとえば、誰かと口論になったとする。
 そこで、自分の意志が伝わらないからと、やっきになって喋り倒す。余計に伝わらない。

 
 あるいは、何らかの説明をする場合。
 人は、より多くの言葉で語ろうとする。だが、ますますわけがわからなくなる。

 言葉には、どうしても限界がある。
 だからこそ、より多くの言葉を尽くして、正確に表現しようとする。そういう方法もあるだろう。
 それとは逆に、最小限の単語で構成し、伝えようとする手もある。

 いずれにしても、ただ単に言葉を使うだけでは駄目だな、と実感。
 そこには真剣さが必要。なぜ、その言葉を使うのか?どのような基準によって選んでいるのか?より真剣に、正確に。針の穴に糸を通すように、かつ大胆に行わなければならない。


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言葉は無力。そうですねぇ。
伝えるとか、伝わるとか、もはや運のような気もしてきます。

伝わるように書くとやさしくなりすぎて、むつかしく書くと伝わらない。
やさしく書くと、どうしても細部を削ぎ落とすことになるので、不十分が生じる……。

でも、ぼくはもうこれでいいかな、と思っています。
テキトーに書いてテキトーに伝わればいいや、みたいなw

難しく書いて、誰にもなにも伝わらないよりも、やさしく書いて、より多くの人に「軽いなにか」を与えられればそれがいいのかな〜、みたいな。
重いなにかを伝えるときは、その覚悟が、受け手にも必要なのでしょうね、きっと。
60ヶ月前
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 “運”か~
 運とまでは言わないけど、自分で思っている程は、伝わらないものだね。

 文章の難しさとやさしさについては、よく考えるよ。
 なるべく読みやすく、わかりやすく。でも、たくさん書いている内に、段々欲が出てきて難しいコトにも挑戦したくなってくる。そうすると、読者置いてけぼりになってしまいがち。
 そこで、たまにこういうコトを考えて、自分の中で調整する。「言葉は無敵」だと考えていると、段々伝わらなくなっていく。だから、「言葉の無力さ」とか「言葉の限界」を意識するコトで、言葉の力を取り戻すわけ。
 この辺は、儀式とか道具の手入れみたいなものだね。
60ヶ月前
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