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暇な時間。時間の使い方について。
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暇な時間。時間の使い方について。

2017-03-30 23:12
    実家に帰って趣味に没頭しているとふと気がつくことがある。
    私は今夢中になっている。我を忘れていた、と。


    過去、勉強をしているとき、あぁ暇な時間があればなぁと思っていた。そして、今、暇な時間が与えられたのだ。

    私は、この暇な時間を無為に過ごした経験がある。何が面白いのか面白い動画を追い求め何十時間もサイトを回り続けた。なんか面白い記事がないかとニュースサイトや2chのまとめサイトを同じく何十時間も見て回った。

    なぜかそれをしなければ気が収まらないのだ。強迫観念かもしれない。

    家族といるとどうしてかわからないが、そういった焦燥感が消え。自分が何をすべきか、また、何をしたいのかに専念できるようになった。




    ふとお風呂に入り、感慨に耽る。

    人は無駄な時間や暇な時間を手に入れようとする。なにもしなくてのんびりできる。最高だ、だが同時にそれは、本当に暇な時間なのか?
    ゲームや昼寝は本当に自分にとって最高の時間の使い方なのだろうか。
    そう考えると、私たちはゲームをやらされている。昼寝をするように仕向けられている。とは言えないだろうか。

    人間というものは、各々のイメージによって、大きな行動原理の偏向が起きる。

    例えば自分の尊敬する人が「スーパー水」を摂って気持ちよさそうにリラックスして昼寝する。そのイメージを多くの人間が共有する。
    するとどうだろうか、スーパー水を購入して昼寝をすることがきっと気持ちいいに違いない。それが最高の生活に違いない。と思いこまないだろうか。
    例えばニートの生活で部屋に閉じこもって一日中ゲームをする。親に負担をかけてずっと生きていく。そういう生活がダメだとか。良い。とか実は誰かの固定観念によって作り出されていてそれに私たちが縛り付けられているとしたら。

    ・・・

    まぁ固定概念のイメージを置いておく、ここで話したいのは固定概念よりも無駄な時間についてだ。人にとって無駄な時間はない。
    無駄だと思っている時間がそこにあるだけである。

    ・・・それを強く感じることは、人間関係であると強く思う。
    気が利かない人は、基本的に友達が少ない。反対に気が利く人は友達が多い印象を受ける。
    二人を決定的に分けるのは、性格というより行動、同じ時間の間に二人の行動に違いがある。
    気が利かない人は、ケータイをいじったり自分で何かしている。
    これを自立しているとも根暗ともいえるかもしれない。
    気が利く人は、相手に何が必要なのか聞いたり。何かしようか、と話をしている。これは明るいとか軽いともいわれるかもしれない。

    これらの二つの性格を見ていて。気が利く人はおせっかいで無駄な時間を過ごしていると思われるかもしれないが、もし二人が年寄りになって、面白い話をしてくれる人はどっちになるだろうか。と考えたら、少なくとも私は後者になるのだろうなぁとおもう。

    いわゆる無駄とも言える時間が、人と人とをつなぎその行動が常に新しい出会いを生むと思うのだ。

    クールな人間をよく見るが、そのほとんどがクールさに似合わない能力の低さで、クールというか根暗な性格になっている人は数多くいる。

    私は、自分が起こすいろんな行動のその瞬間を初めてのものとして見て。常に自分は初心者のように思うことが、人生を上手に生きる道筋なのだと思う。
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