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戦争とは何か。殺戮虐殺抹殺の有効性。
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戦争とは何か。殺戮虐殺抹殺の有効性。

2018-02-01 10:43


    勝利を手に入れるために。如何なる犠牲をも受け入れること。




    今回は日中戦争があるとしたらを想定してみる。

    私の考えでは、本当に勝ちたいのであれば、例えばであるが、中華人民共和国の人民を一人残らず殺害しなければならないと思っている。まぁ多くの人はそういう考えを人道にもとる行為だと言うだろう。しかし、あなたは相手からその人道にもとる行為をされてもよいのだろうか。

    もしもあなたが大切な人の涙と血を見たくないのであれば、人を殺さなくてはならない。人を1人殺すのがさも当たり前になるように・・・。

    相手に復讐されたり、残酷な歴史を持ち出されて誹謗中傷を受けてはならない。だから徹底的に人間の、敵の痕跡を消す。かつてそこは中国と呼ばれていたということを覚えてもらっては困るのだ。
    過去なぜそれが出来なかったのか。答えは単純で費用と時間が莫大だったからだ。当時は独立の意味は今より軽かった。そして情報が少なかった。
    以前は新興国や教育の機関によって、その政府の主張を国民に浸透させやすかった。
    いままで1地域に過ぎないところでは、そこを征服した国家の認識によって、国民を統制しやすかった。
    これはつい100年前は別の国の人だったのに、教育の結果、新興の現住の国に愛国心を持つようになった。といえばわかりやすいだろうか。

    今は独立の意味が重くなり、情報も多くなった。過去の歴史をもって、隣国に復讐心を持つ国家と国民が大勢いるようになった。

    でもそれは皮肉にも国家の完膚なきまで破壊を推進している。

    過去の戦争、相手は間違っていて。敗北させたというのに後世まで勝利した国家に文句を言ってくるのだ。過去に禍根を残さないために、敵の国民を一人残らず殺害し、その子孫、遺伝子を残さず消し去る有効性が証明されてしまったのだ。

    過去にあった国家に属していない国民がどうしてその国家に愛着を持つのだろうか。
    これはインディアンやインディオ、ペルシャの過去の王朝やその地域を実質支配していた諸部族がその過去の国家に愛国心を持っていないのと同じである。
    ・・・インディアンは厳密にいえば書物として歴史が残っているがゆえにインディアンルーツの人々は独特の文化や愛国心を持っているかもしれないが。。。


    武器の変遷によって、核兵器、細菌兵器、毒ガス兵器が産まれた。これは何を意味するのかというと広範囲の人間を比較的安価に大量に絶命させる能力を持った。という事である。

    これは非常に有効な手段である。

    例えばこれらの兵器を使用し敵国の地形を一変させ人口を激減させることが出来れば、それは過去の歴史に禍根を残さない所謂完全勝利が簡単に手に入るという事である。

    もしも日本が他国と戦争になった場合。その敵国をこの地球上と人類の歴史から消し去る覚悟が必要で、実際にそれが可能であることを証明しない限り、日本は他国から卑下され、内政干渉され、自国の行く末を他国や他人の利益の為に利用され続けることになるだろう。

    私は戦争と言うのはもっとシンプルであるべきだと思う。文民は殺しちゃダメとか武官は殺していいとか、工場は攻撃していいけど病院は攻撃しちゃだめとか。自国が滅亡しそうな時に世間体を気にしてる場合ですか?と言いたくなる。自分の娘が強姦されている。強姦する奴を殺してやりたい。でも世間体があるから・・・。強姦魔を殺したら過剰防衛にならないかな・・・。なんて考える人が一体どこにいるというのだ。
    戦争はシンプルであるべきで、敵国民を一人残らず殺すこと。私はそれは、もし生かして置いたら自国民の人を殺すかもしれない人を、殺人犯にする前に殺害しているのだからむしろ犯罪を未然に防いだ英雄だと称えるべきだと思う。

    人道的見地からまたは倫理的見地からいえば間違っているかもしれない。しかしそもそもナショナリズムや動物保護など独善であり、エゴである。
    結局は、人間を絶滅に追いやる生物がいるとしたら、人間はその生物を絶滅させなければならないのだから。

    それとこれらの人間を殺戮する行為をするのであれば、必ず情報統制を行うべきである。
    そして殺戮したということ自体を存在しないようにしなければならない。なので人を大量に一か所に集め殺傷したのちに肉体を粉砕し、その肉体を腐敗発酵させタンパク質はアンモニア、つまり窒素肥料にし、骨はリン酸肥料にする。ただ肉体に含まれる塩分をどうにか除去しなければならない、かも・・・。
    また、もしも発酵や腐敗が未熟で人が持っている病原菌などが残存していたらその肥料で育った野菜を口にした私たちに病気が移る懸念がある。

    そうして人間を肥料にし、・・・厳密にいえば肥料じゃなくても木っ端微塵に粉砕し酸性の土壌に撒けば人間の痕跡は容易に消し去れうる。

    間違えて欲しくないのは私はただ人を殺すことを推進しているのではなく、自国防衛、千年も八千年も存続する国家を作り上げるために、本来はしたくはないが、仕方なく人を殺害する必要がある。ということである。

    勝利とは寝ているだけで口に料理が運ばれてくるのとは違うのだ、自分から食物を栽培し料理し食べなくてはならない。またその後片付けも当然自分が自分の手を汚して行うべきである。
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