夏の出来事・・・
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夏の出来事・・・

2016-09-09 20:20
    こんばんはjimkazuです。

    【間違った事を言ってはいけない風潮について思う事】

    最近の私の関心事は断薬なのですが、断薬生活の中でいくつか「んーっ!なんかなあ」と思う事を書きたいと思います。  個人的な事が主です。 ですので興味がなかったら読まなくて結構です。

    私は統合失調症を患って、生活保護と障害年金で暮らしている事を過去に書きました。

    今年に入って生活保護のケースワーカーさんが変わった。 悪い人ではないが「仕事ができなさそう・・・」と感じられた。

    今年のケースワーカーさんは生活環境の変化を感じたら、すぐに連絡をくれる。 「真面目な人だな」と思っていたが、電話応対力が「アレッ?アレッ?」と、残念な人なのだ。

    家庭訪問に来た時、スラスラと喋っていたから意外だ。

    電話で相談する等、基本伝わりにくい事ほど、電話でやりとりする関係であるのが生活保護だ。

    そこで、電話応対力で必要な能力は「相手の言いたい事を聴き取り、要約して、まとめる、そして確認」だ。 と、私は思っている。

    私が相談した事例でケースワーカーさんとのやり取りの残念さを明らかにしていく。

    「毎日毎日、部屋が暑くて熱中症になりそうだ。 窓を開けたくても近所の話し声がうるさく、窓を開けられない。 近所に苦情を言うと、色々厄介になる。 どうしたら良いか?」

    このような相談をしたのである。(くだらない事というなかれ、日常のささいな出来事も大事になる可能性もある)(確かにくだらない相談ではあるが、上の言葉から、この人の悩みを想像して欲しい・・・これが、ケースワーカーの仕事の本質につながると思うから)

    この人の悩みは、暑さで相当、精神的にも肉体的にもまいっている・・・。 暑さは本来自分達で解決する事だとこの人も考えているが、個人的には解決策がない状態なのだ。

    以下電話やりとり(上記の相談の後)、ケースワーカーさん「どこかに出かけて涼んでください」、相談者「できない」ケースワーカー「どうしてです?」(以下、相談者の気持ちも書き込みます)「お金がかかるから」・・・(この時点で相談者はそれで解決するなら電話しないよ、と思っている)ケースワーカー「窓を開けてください」、相談者「できない」・・・(それが、やりたいけどできない状態でそれを何とかしてもらいたがってる)ケースワーカー「こっちもこれ以上の事はいえない」「福祉事務所でできる事は引っ越しの費用を負担する・・・(言葉を濁された)」「とか、あなたがエアコンを買う努力をしてください」、相談者(熱中症で倒れそうな時に何を言っているんだと半ギレでも言えない)「できない」、ケースワーカー「できない、できないって何です。 月々の生活を切り詰めてエアコン買ってください」、相談者「エアコン買えるほど余裕のある暮らしはしていない!」、ケースワーカー「みんなあなたと同じ金額で暮らしているんですよ!」・・・、もはや水かけ論、「熱中症になりそう・・・」と訴え「ご近所さんとの関係で窓を開けられない」点は触れられずに「引っ越し」とか「エアコン購入」とかに思いが走るケースワーカーさんに、こう毒つきたい相談者(ケースワーカーさんは涼しい事務所で仕事しているし、家に帰ればエアコンがあるのでしょ? 深夜2時でも毎日33℃ある家は想像できないでしょ?)と、どちらも機嫌が悪くなっていく一方・・・。 忙しい中くだらない相談をもちかけやがって!と怒る気持ちはわかるが、仕事ができる人はすぐに解決する。 相談者さんは相談者さんなりに解決策は持っていた。 窓を開ける気を起こさせる事を言ってもらいたい。 又は窓を開けるキッカケがほしい・・・と、望む。 もしかしたらケースワーカーさんも気付いていたのかもしれない。 開けたくても開けれない窓が問題の深さを表すと、共に解決策だと、しかし、両方とも逃げているのである。 逃げていては問題の解決にはならない。 ここからが、タイトルにある「間違った事を言ってはいけない風潮」が背景に隠れている気がする。 ケースワーカーさんが、思い切って「電話持ったまま窓を開けてみませんか?」と提案していたらどうなっていただろう。 あるいは「今ご近所さんどの位うるさいか聞かせてもらえませんか?」と提案したら・・・。 開かずの窓は開いたかもしれない。 これを言えないと言う事は、責任を負いたくないという逃げの姿勢をあらわす。 責任を負いたくないから・・・間違えたくない・・・と言っていれば簡単な解決策もここに書いたように拗れてくる。 結果、私は入院し、時間と労力とお金等々を浪費するのだ。 簡単な事にも気を使う時代、間違える勇気を持っても良いんじゃないか? と、間違った事を平気でいう私であった。(笑)

    最近、世間では間違えた事を聞かなくなったな、と感じています。 最近テレビを見ていますが、テレビ通販の胡散臭さがハッキリわかるのが、ある意味凄すぎて笑えると思っています。 正論を言いまくるギャグというのは見た事がないので、最近のテレビは真面目なのか?(冷笑)と思うとともに、素人さんのギャグのどこへ転ぶかわからない話しの展開がスリリングで楽しいのだと思う。 つまり、間違った方が安心できる面もある。 それが社会の住みやすさになる。 懐の広い人は素晴らしい人格者だと思う。 ああ、また脱線した文章展開に凹む。 でも、収穫がありました。「間違える勇気」という言葉を手に入れる事ができた。 語彙力は高まっているなっと自己満足しています。 それも、みなさまが作りだしている価値のひとつだとお伝えして文を締めたいと思います。 ありがとうございました。

    初稿 平成28年9月9日
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