• 生きている実感

    2019-08-27 23:15

     前書き的なののレパートリーも少なくなってきたので、ちょっと今回もいきなりで書いていく。
     人間生きるというのは非常に苦しいことで、死んでしまえたら楽なのに。と往々にして考えてしまうことが多々あると思う。
     これは一種の逃避であるからして、結局逃げる事なんて出来はしないのにそう考えてしまうのが人間の弱さであり本能的な部分の露出なのではないかなと思う。
     
     ふと、このブロマガを書こうとしたきっかけがある。
     自分が、僅か1合の米すら食べれなくなってしまったという事だ。
     ここしばらく不摂生な生活をしていたせいだろうか、胃袋どころか内臓全部の機能が落ちてしまったようで、自分の思っている量の半分も食べられない。
     そんなことに気が付くと、得も言われぬ不安がまた芽を出し始める。
     全く関係のない所にまでその火の粉は飛んでいき、また別の場所で燃え始める。
     
     それは音楽だとか、プライベートな部分だとか関係なく、どこまでも侵食してくる。

     結局のところ、人間というのは面白いもので、楽しい瞬間よりも苦しい瞬間や痛みを伴う瞬間に生きている実感を感じるということが多いのではないかと思う。
     やはり、というか、当然かもしれないが。楽しい記憶が1割だとしたら、残りの9割は苦しい記憶などが残ってしまうのは人間の性だ。
     誰か友人と酒を酌み交わす中で、ふとしたきっかけから楽しかった思い出が脳の引き出しから飛び出て来ることで、「ああ、あんなこともあったなぁ」なんて実感をするときがあるが、あれは自分ではない誰かと共有した時間と記憶が結びついて起きる化学反応のようなところであり、あれは一人でいる時間に起きうるものではない。
     
     自分は比較的家から出ない生活を送ることが多いので、必然的に誰か見知った人間と会う事というのは少ない。どころか、会話すらする機会はないので声を発する機会が録音する時かPUBGをするときの意志疎通くらいしかない。
     そうなると、先程書いたような時間と記憶の化学反応など起きる訳もない。
     つまりは思考が悪循環に陥りがちになるという事だ。
     些末な問題だと一笑に付してしまえたら楽なのだが、そうもいかないのがまためんどうな所ではある。
     もともと躁鬱を拗らせているのもあって、気分の上下があまりに酷いというのもあって、もう何年も付き合っているので、予兆があると、「また来たか」くらいに想って、出来るだけ気分を下げないように努力したりはするのだが。
     夜に過ごすことが多い人間としては、やはり考えなくても良いようなことを考えてしまう時が多い気がする。
     結局暗い場所にいると暗い気分になったりするのと同様、その辺は気にしないといけないんだなぁなんて部屋の明かりを付けてみるものの。
     妙に部屋の電灯がちっぽけな灯りに見えてしまって、むしろ暗い気分になったりすることもある。
     
     何ともなしに書き始めてしまったが故、着地場所を全く決めていなかった。
     生きている実感というのを感じるのは、結局のところメーター振り切るくらい楽しい思いをしている時か、胃が痛すぎて取ってしまいたくなるような苦渋の中くらいなのではないかと思う。
     
     明日はきっといい日になる。なんてことを歌っていた曲があったが、そうなってくれたらいいのになと願って目を瞑る夜が多すぎる気がする。
     気の持ちようなのか、それとも明日がいい日になるように努力して積み重ねて行かねばならないのか、はたまた両方か。
     どちらにせよ、プライベートがどうなろうと自分の中ではさしたる問題ではなく。
     音楽やら、氷鏡という自分でいる時くらいは全てがメーター振り切るくらいの楽しさと幸せで埋め尽くされるような人生にしたいと思う。ただそれだけ。

     こんな散文みたいなもので良いのかと思いつつ、
     自分の随想をそのまま単語でも言葉にして残しておくことに意味があるんじゃないかと思いつつこれはこのまま投稿しようかなと思う。
     
     ここまで読んでくれた人、ありがとう。
     明けてほしくない夜があること、過ぎ去ってほしくない時間がある事、それは貴方だけが抱えているものではないから。そこに孤独を感じる必要はない。
     だからといって、そんな気持ちが薄れる訳でも、圧し掛かった重圧が減るわけではないと思うが。
     どうあがいても生きるという選択肢しか残されていない人生なのだと断じて、どうしたらなんとか自分が息できる場所を守れるかという事に注視して生きるのもまた一つだと思うよ。

     















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  • Don't forget 8/24

    2019-08-25 00:30

     今日のライブの緊張、失敗、成功を忘れないようにこの記事を書こうと思います。
     本当にこの記事は俺の心情の吐露であり、誰かに宛てたメッセージではないので悪しからずでございます。
     
     今日の朝に書いた文章をまず先に載せようと思います。

    『この記事が投稿される8月24日(土)は、氷鏡名義として初めてのライブです。
    ライブ前にこれを書いているんですが、
    正直な話、緊張とか不安とかで押しつぶされそうです。』

     こんなこと書いてました。

     本当にその通りで、胃が痛くて、CD作ってるときも手が震えるくらいに緊張してたんですわ
     いざライブハウスに入ってみたら何とかなるかと思ったら全然そんなことなくて。
     過去に生放送で言われた、

    最低限人に聞かせられるクオリティにしてから、人前で歌った方が良いかもね

     って言葉がずっと頭をよぎり続けるんですよ。どれだけ練習をしても準備をしても、本番に魔物がいるのは一度でもステージ経験してたらわかるんです。そんな中で、上に書いたような言葉が頭を回り続けるんで、不安がどんどん膨らむわけですわ。
     震える足で階段を下りて、ステージ裏にスタンバイするわけですよ。
     マイクを受け取り、幕が開くまで待つ。その数分間が永遠より長く感じました。
     鼓動は早くなっていくし、失敗したらどうしようって。
     怖くて怖くて怖くて。失敗した先の未来ばかりが頭をよぎって。

     いざ開演。

     真っ赤な照明と音楽と共に、幕が上がっていく。
     自分の視界に映るのは自分を見に来てくれた方。
     その瞬間、少し心のこわばりが取れたような気がしました。
     曲が進み、中盤を折り返し、見てくれてる方が手で、足でリズムをとってくれているのを見れたときに、俺は幸せ者だなって思いました。

     歌をしっかりと練習して、色んな人からいろんなことを聞いて、その実践として初めて上がったライブハウスのステージ。
     今まで司会、MCをしてきたステージとは全く違う畑でパフォーマンス。
     だというのに、Twitterで見つけてくれて来てくれた人、リアルでの仕事仲間、友人等々、楽しかったよって言ってくれるというのは、俺にとっては死ぬほど嬉しいんですよ。

     だって、楽しませるのがエンターテイナーだもの。

     いつまでも、応援してくれる人への感謝を忘れないように。

     そして、このライブにはもう一つ大きな大きな目的がありました。
     ここからは俺からある人への手紙です。

    『拝啓 wowaka様

     僕が貴方の創った曲に出会ってから約7年が経ちました。
     初めはローリンガール。次は裏表ラバーズ、そしてアンハッピーリフレイン。
     色んな曲を聴きました。ボカロが大好きになって、実際に自分で歌うようになって。
     でも初めはやっぱり難しくて歌えませんでした。
     これを歌えたら気持ちいいだろうなぁって思いながらも、やっぱりずっと歌えないままでした。
     それから時はたって、ヒトリエという存在を知って、いつか生で見てみたいな。と思っていたところでの訃報でした。
     後追い自殺を考えるほど、僕にとってはつらかったです。
     だから、今回のライブでwowakaさんからもらった音楽で、少しでも恩返しがしたくて、今回のライブのオファーを受けました。
     僕はアンノウン・マザーグースを歌いました。
     精一杯の感謝を込めて。
     たくさんの人が手を上にあげて一緒に歌ってくれましたよ。改めて貴方の偉大さを身にしみて感じることが出来ました。

     僕はこれからも音楽を続けていきます。死ぬまで、何かしらで音楽に携わっていきます。
     貴方の生んだ作品が消えないよう、微力ながら尽力していきます。
     僕はこの道に進んで、苦労も挫折もしましたが、後悔だけはしていません。
     
     本当に感謝は尽きません。これからもその背中を追わせてください。
                                     氷鏡     』















  • 夢ってなんだ?

    2019-08-21 00:49

    最近これを書くのが
    楽しみになっています氷鏡です
    ―――――――――――――――――――――――――――――

     はい、というわけで本日の更新ですね。
     一昨日辺りに書いたブロマガがもう閲覧3000回をOVERしたという事で、嬉しいことですね
     読んでくださった貴方、本当にありがとうございます。

     話は本題に戻ってまいりまして、夢って何だろうって話です。
     結構、社会に出てからに限らず、中高生時代でも、自分のやりたいことって何だろう?って考える事って往々にしてあると思うんですよね。
     正直な話。大学に行く人間のうち、自分のやりたいことが明確で入る人ってどれだけの数いるんだろうって思うんですよ。
     それで言えば高校もそうですよね。別に義務教育ではないものの、皆が行っているから、将来何も出来なくなるから。と何ともなしに高校の受験をするわけです。
     上記同様、大学もそれが多いんじゃないでしょうか?

     友人で、大学に入ったものの自分の思っていたことではなかったために退学して、もう一度センター試験受けようとしている人間がいます。
     なんでこんな話をしたかというと、つまるところ人間は、人生のどこかでターニングポイントを迎える瞬間があると思うんですよ。
     35才でパン屋を辞めて、書家になってアラブの国王様に7億円分の絵を描いた人もいるわけですし、その時期はてんでバラバラだと思います。
     そもそも、初めから初志貫徹でやりたいことが決まっている人間なんて本当に少数なんです。こればかりは言い切っても良いと思います。
     
     俺とて、最初から歌だとか音楽の道を歩みたかったわけではありません。
     小学生前半は、海上保安官になりたかったですし、小学生後期から中学校までは医者を目指していました。その当時見ていたドラマ、海猿に影響されたり、家族の病気がきっかけで医者になりたいと思ったり。その要因は様々ですが。
     人間は本当に感化されやすい生き物だと俺は思っています。
     
     結局のところ、夢って何でしょう?
     職業?行動?
     俺はどっちもだと思います。歌手になりたいっていう夢もあるだろうし、いつか大金持ちになって世界一周旅行に行きたい。でも良いでしょうし。
     夢の形は70億人いたら70億通りあって然るべきだと思います。
     何故なら、それが人間に生れたが故の特権であるからです。
     特権と言うとおこがましいかもしれませんが、幸い人類は科学力というものを手にしているわけで、空を飛びたいという夢も様々なアプローチで叶いはするわけです。
     ただ、それが自分の望む形でなかったとしたら、自分の望む形へ行けるようにアプローチの方法を変えてみるとか、自ずと行動が決まってきますよね。

     ぶっちゃけ、今のご時世なら、推しに貢ぐとかでも良いと思うんですよ。
     だって、それが幸せなんだもん今。
     夢の形は人それぞれだけど、それが不幸になることっていう夢を持ってる人って限りなく少数だと思うんですよね。だから、多数の人の夢を一つにくくるとしたら、
    幸せに過ごす。っていうところに収束すると思うんですよね。

     まぁ、持論にはなるんですけど。自分の人生をつまらない人生だと卑下するのは辞めた方が良い。ってことですわ。
     貴方が背負ってきた人生の重みは、他の誰かじゃ絶対に背負えないものだし、今の貴方がどこかのワンシーンで感じた幸せも、きっと何かへの道標にはなると思うので。
     夢、なんて大仰な書き方してますけど、それが細かな目標だって良いと思うんですよ。バイト代貯めて10万円貯金する!でも良いですし。多分それをクリアした時って達成感とか何に使おうかな~!っていうワクワクで幸せだと思うんですよね。
     ほぼほぼなんにでも当てはまると思うんですけど、目標とか夢を目指すにあたって、超楽勝なんてことは殆どないと思うし、そもそも結果に至るまでのプロセスも大事だと思うんです。
     何のモチベーションもなしに長く何かを続けるなんて無理ですし、細かな目標でも設定してみると意外に何かやりたいこと見つかるかもしれませんね。

     あとは、これは普遍的な論ですけど、時間とかお金、心に余裕がない状態だと人間ってポジティブな発想が出来ないんですよね。
     俺も割かしよくそうなるので、結構これは正しいのではないかなと思っています。
     そういう意味では、貯金をしてみるって良い方法なのかもしれませんね。
     
     夢を探すってすごく言葉は綺麗ですけど、その実中身はしんどいことだらけだと思うんですよ。だから、まずは何でも手をつけてやってみるとか、行動することから始めてみるといいですな。
     そして行動するお金とか時間がないなら、どうやったらそれを生み出すことが出来るかっていう事に思考を切り替えて、まず堅実に一つ一つクリアしていくとその過程で何か新しい夢が見つかるかもしれませんしね。
     無駄になる事なんて無いんだ、っていう思考で過ごしてみると案外自分のやりたいこととかって転がってるかもしれませんね。



     …なんて、まだ夢を叶え切れていない夢追い人が戯言を生意気に申しました。
     最後までお読みいただきありがとうございました。