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「あの日」からちょうど4年、残留争いを語る(FC東京の話題)
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「あの日」からちょうど4年、残留争いを語る(FC東京の話題)

2014-12-04 23:47
    FC東京のサポーターにとって、
    一生忘れられない日となった、2010年12月4日。

    FC東京、J2へ。

    その瞬間、自分も西京極にいました。
    よく、テレビでJ2行きが決まりそうなクラブのサポーターが
    ボロボロ泣いてるところがテレビで映りますが…

    自分は、一切涙が出ませんでした。

    なぜなら、「あれ? えっ? 何があった?」って感じで、
    J2行きが決まったという実感が全くなかったんです。

    うーん…まぁ…、来年J2で頑張るかぁ。
    ちょっと、J2行ってくるね。
    みたいな感じで。

    周りの人も一切泣いてなかったし。


    むしろ、辛かったのはJ2で思ったほど勝ち点を伸ばせなかった時。
    ザスパクサツ群馬(当時はザスパ草津)にアウェーで負けて、
    うわぁ、J1に戻るって、こんなに難しいんだって。


    残留争いに話を戻しまして。
    やっぱり負けがこむと精神的につらくなってきます。
    余裕がなくなってきて、
    ツイッターでチームをやたらと批判する人に対して
    「こんな時にこそ応援するのがサポーターでしょうが!」
    なんて怒ってしまうことも多々ありまして。

    そんな中、スルガ銀行チャンピオンシップがいいガス抜きになりました。
    「スルガを獲って世界一 そいつが東京のやり方」なんて
    限定のチャントなんかあって盛り上がって、
    南米のクラブと戦えるという楽しみもあって、
    しかも勝てちゃいましたからね。
    スルガに出ていなければ、もっと自分は追い込まれていたんじゃないかと
    思います。


    その後、城福浩監督の辞任があって。
    城福東京最後の試合となったアウェーの磐田戦も行きましたねぇ…。
    城福監督には優勝争いやナビスコカップ優勝など、
    散々楽しませてもらったので、
    城福監督がやめることになった時、すごく落ち込みました。

    リーグ戦終盤。
    東京は勝ち星を積み重ね、残留も見えてきている…はずでしたが、
    神戸が同じぐらい猛チャージをかけていて、
    勝っても勝っても安心できず。

    それでも、32節、大黒の見事なループシュートで名古屋に勝った時は
    「あっこりゃいける!」って思いました。
    何せ残りの相手は山形、京都と、正直言えば「名古屋に比べれば楽な相手」。
    そのうちのどちらか1つでも勝てばいい状況でしたから。
    そりゃぁ残留意識します。


    …ですが、結果は御存知の通り。
    ホームの山形戦、もう少しで勝てるところで田代に同点ゴールを決められ、
    アウェーの京都戦は0-2の完敗。
    選手の動きが明らかにおかしくて、
    正直、点が入る気配はしなかった。
    でも本当に点が入らなかったら終わりなので、
    何かの事故で1点入らないかなぁ。1点入れば変わるはず。
    なんて思いながら、
    ゴール裏で必死にチャントを歌ってました。


    未だに、なんでJ2に行くことになったのか、
    わかんないんですよね。
    単なる精神論だけじゃないんじゃないかって気がして。


    ほんのちょっとでも歯車が狂えば、
    あっという間に真っ逆さま。
    一昨年はガンバが、去年は磐田が、今年はセレッソが
    その憂き目に遭ってしまったわけですが、
    …明日は我が身、ですね。
    いつまた歯車が狂ってしまうかわかりません。
    Jリーグを闘う以上、常にその恐怖が隣り合わせなんです。
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