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第一次偶像戦争 【639】 [いぬ美]
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第一次偶像戦争 【639】 [いぬ美]

2020-05-26 22:00

    俯いたままミクさんの顔から離れる両方の手。
    顔を覆っていた状態のまま胸まで降りたそれを、ミクさんはじっと見ているのか
    また動きが無くなり、固まってしまう。
    垂れさがる涙で毛先が濡れた前髪の向こう、ミクさんはどういう表情なんだろう。
    どういった想いで今いるのだろう?
    心配しているのか、ただ単に興味があるだけなのか
    私も動かず、じっとミクさんを見る。
    指。
    開いていた手が、ゆっくりと閉じられ、脚の上に着地する。
    顔はまだ伏せたまま、またしばらく動かなくなるのかと思った時
    脚の上に着地した右手が動き、腕で顔をぬぐう。
    もう涙は落ちていな様に見えたけれども、まだ目に残っていたのか
    それとも、涙の跡を残したくなかったか。
     「……ダメだ。」
    一言。呟くような声。
    目を、顔をぬぐっていた手はくたりと下に落ち
    置いていたままだった左手とぶつかって、そのまま脚の間に納まった。
     「……いぬ美ちゃんごめん。
      ちょっとシャワー浴びてくるにゃ。
      せっかくお紅茶出してもらったのに……。」
    ミクちゃんは真下を向いたままで、声だけが私の方に届く。
    吹っ切れたかに見えたけど、だらりと垂れ下がる、涙で濡れて纏まり
    少し捩れた髪の向こうは、未だ曇ったままの様ですね。
     「いいんですよ。
      新しいものを用意して待ってます。」
     「……ありがとうにゃ。」
    一言そう言って、みくちゃんはソファから立ち上がると
    私の傍を通らず、ぐるりと回ってシャワールームの方に消えて行って。
    ……さて、私も動きましょう。
    私はティーコージーをティーポットから外し、テーブルの隅に置く。
    取っ手まで熱が行き渡ったティーポットを手に取り、キッチンへ向かった私は
    また十分に熱いティーポットを置き
    乾燥棚に逆さまに置いていた透明な縦長の容器に手を伸ばす。
    ガラスの内側、外側両方に水滴は無い。
    ティーポットの隣に置く前に、開いた口をクンクンと嗅いでみて。
    完全に無臭ではないものの、そこまで麦茶の香りはしませんね。
    でも、無い訳では……これに紅茶を入れていいものか……。
    ……嗅覚は大分人間に寄せてはいるけれども、こういう時には困りますね。
    ……まぁ、臭いの問題が無くとも、冷蔵庫に入れたら濁ってしまうでしょうし
    細かい部分はあまり気にせず
    シャワーや起き抜けの目覚まし代わりに飲む一杯といった感じでいきましょう。
    ただ、それでも蓋についたシリコンは一度外して
    綺麗に洗っておいた方が良さそうですね。煮沸まではしなくていいと思いますが。
    私は粗熱が取れるのを待つポットと、紅茶が移されるのを待つガラスの容器を隅に移し
    新しいお湯と、新しい茶葉の準備をする。
    いつものミクさんなら、あまり長くお風呂やシャワーを浴びませんが
    今日はどれぐらいかかるか不透明……。
    ……とりあえず熱湯は用意しておきましょう。沸騰させた後は弱火で維持しておいて
    ミクさんがお風呂場から出てきたタイミングで再び沸騰させ、淹れ始めたら
    蒸らす時間等も丁度良さそうですね。
    私は鏡の様に輝く銀色のケトルに水を入れ、コンロの火にかける。
    沸騰するまでの間に洗ってしまおうと、乾燥棚に置いてある
    裏側に取り外せるシリコンの輪がはめられている蓋に手を伸ばそうとした時
    階段の上から静かに気配が降りてきた。
    そろりそろりと、お風呂場の方を気にしながらゆっくりと近づいてくる者。
     「ミクちゃん大丈夫でした?」
    お風呂場の方に視線を残しながら、シズクさんは私にそう言ってきて。
     「えぇ、色々あった様なので、完全に消化しきるにはまだかかると思いますが
      大丈夫だと思います。」
    確証はないけれども、ちゃんとお話は出来そうですから
    状況としては大丈夫寄りでしょう。
     「そうですか。
      ……シロウ君はやはり……。」
    シズクさんの視線が動く。
    お風呂場の方からリビングに向けられた視線は、不安の色で曇っていた。
     「……分かりません。
      ……ですが、何かあったとしても全てが悪い訳では無いでしょうし
      悪い方向にこれから転がっていくと決まっている訳ではありませんよ。」
    きっと。
     「……そうですね。
      ……それじゃあ、私はこれで……。」
     「はい、また明日……。」
    シズクさんは私との小さな挨拶を交わした後
    ゆっくりとまた階段をのぼって、部屋へと帰っていった。
    お風呂から響いてくる音は変わらない。
    ミクさんはマメにシャワーを止める派だけれども、ずっと同じ音が続いてる。
    ……出てくる頃には、飲み込めているでしょうか……。
    そしてシロウ君は……。
    火にかけたケトルの前、視線がリビングの隅へと動く。
    窓の近く、観葉植物の隣に置かれた、いくつもの本とノート。
    そして、その上にある赤いペンケース。
    シロウ君が居なくなったのならば、あれは部屋に持って行った方がいいでしょうか……。
    ……シロウ君の私物……一応、退場した場合の持ち物の取り扱いは決めていますが
    本当に行う時が来ているのかもしれないのですね……。
    この森。過ごした日々。
    昨日まで居た者。もう居なくなってしまった者。
    ……シロウ君、貴方は今、何を思っていますか?
    貴方もまた、寂しく思っていたりしますか?
    私は、少し寂しいです。
    胸の奥の方が、少し痛みます。

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