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第一次偶像戦争 【830】 [東豪寺麗華]
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第一次偶像戦争 【830】 [東豪寺麗華]

2021-06-18 22:44

    ときおり吹く風の音と、お湯が湯船へと流れ落ちるせせらぎに似た音。
    あとは、私がお湯を動かして出来る音。
    他に音は無い。他に誰も居ない。
    見上げた空にある太陽は、傾いてきていて
    これからゆっくりと、オレンジを纏っていくんだろう。
    ……静か。
    もう時間はないと、分かっているのに。
    こんな事をしている場合じゃないと、理解しているのに。
    それでも、私はまたお風呂に入ることを選んで、湯船に浸かったまま、動かないでいる。
    ……別に、さっきろくに入れなかったからって訳じゃないのよね。
    会話はあったけれども、それを含めても、授業中の教室みたいな静けさだった。
    ゆっくりと落ち着いて入ることは出来ていた。
    ……だから、この二度目のお風呂は、ひょっとして
    伊織と日高舞の二人と居た時間を、空間を、関わりを洗い流したいから?
    ……それとも違うわね。ていうか、二人に失礼だし。
    ……何というか、独りになりたかった。
    あの二人と居た場所で、あの二人の残り香が残るこの場所で、独りになってみたかった。
    改めて、色々と考えてみたかった。
    もう残り少ないからこそ出来るだけ整理しておくべきだと思った。
    ……できない所があるとしても。
    私は目を閉じて、浸かっているお湯に身をゆだねながら、今日の出来事を思い出す。
    練習中に、突然、舞さんが来て。
    私は舞さんを殴ったのに負けて。
    そして、伊織を呼んでお風呂に入って、恐らく最後になる取り決めをして……。
    ため息に似た息が口から漏れる。顔に当たっていた湯気の感触が少し変わる。
    疲れた……というよりは、いよいよかという諦観でしょうね。
    いつ来られてもいい様にしてるでしょとか伊織に言っておいて、私もこの様。
    ……むしろ唐突に戦闘が始まって、理不尽に終わった方が楽だったかもしれない。
    明確に期限が決まって、最期の時間に近いものが出来て……
    ……いえ、それよりも舞さんに負けた事の方がダメージが大きい?
    …………
    ……分かんないわね。
    閉じていた目を開けて、空を見上げる。さっきと大して変わってはいなかった。
    ……無いなら、無いなりに時間は残ってる。まだ、きっと。
    私は、一通り思い出した今日の事を含め
    今から舞さんとの戦いが始まるまでに、処理すべき事の優先度を頭の中でつける。
    今日明日ぐらいしかない中で、何をすべきか。
    強くなる事以外にも、やらないといけない事は多い。
    ……やらないといけない事。
    ……分かってる。……でも、今の私の中に一番大きく存在するのは
    伊織の言った「醜い未来よりも、美しい過去」という言葉。
    ……そうよね。間違って無い。
    だから、怖かった。今の涼くんを否定してしまいそうで。
    ……今まで何度も何度も迷ったこと。
    答えを出せた様で、またすぐ疑って、落ち込んで……。
    ……でも、今度は、今度こそは、確かなものが得られた気がする。
    今日得られたものは、私の気持ちとはまた違う所。涼君への理解みたいなもの。
    私はちゃんと、今の涼君も見ていた。今の涼君の気持ちも、理解出来ている。
    根拠は無いのに、確かにそう思えた。実感があった。
    想像と妄想ばかりが膨らんだ盲目的な恋でも
    過去の恋愛感情に引き摺られているだけでもない。
    今の涼君を、今の私は愛している。今もずっと、愛し続けてる。
    それが分かったのが嬉しい。
    舞さんに負けはしたけれども。
    …………
    ……結局、全部自分の中だけで起こって、自分の中だけで納得した事だから
    想像と妄想で出来た恋愛と、実際は何の変わりないかもしれない。
    ……それでもきっと、進む事は出来てる。
    前よりも自分を信じていいと思える。思えてる。
    …………
    ……信じて……
    ……お湯の中に沈んだ手を握る。
    私が掴んだもの。私が得たもの。
    それを信じる事。それを確かめる事。
    ……まだ足りない?信じる気持ちが、それか勇気が。
    だから、舞さんにも、伊織にも、涼君の場所を聞かなかった?
    ……今更、会いにいくのもズレてる。舞さんの直後だし……。
    ……それにもし、何となく予想している場所と違っていたら……。
    ……こっちは、どうでもいい理由と、子供みたいな恐れのせいね。
    …………
    ……大丈夫。私はちゃんと涼君に会える。
    だから、次に会う時に、恥ずかしくない様にしないと。
    色んなお話が出来る様に、色んな事を体験しないと。
    次は一緒に居られる様に、居てもらえる様に……
    ……私も頑張らないと。

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