ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

  • ロッキーとエイドリアン

    2017-11-03 11:17

    【無制限に減量できる新薬を試験的に無料で提供します。】

    朝、会社に出社しPCを立ち上げメールを読み込むと、こんな件名のメールが俺の
    目を引いた。俺のあだ名は「妊婦」。そう、まるで妊婦の様に張り出した俺の腹
    を見りゃ、誰だってそんなあだ名を付けたくもなるさ。

    給湯室で、女の子達が、俺の事をそう呼んでいたって、同僚の山口が教えてくれ
    たけど、そういう事は教えないって言うのがエチケットってもんだぜ。いくら自
    分がスタイル抜群のモテ男だからって、まったく嫌味な奴だぜ。

    (ふん! くだらねぇ。)

    俺は、そのメールを見ることもなく、削除のアイコンをクリックして消去した。
    「痩せましたね」って言われた事は過去一度だけ、インド出張で腹を壊して帰っ
    た時にあったが、「痩せてますね」って言われた事は、生まれてこの方、一度も
    無かった筋金入りのデブさ。今までだって良いと言われるものは何だって試して
    きたさ。それでもリバウンドさえしなかったぜ。だって、リバウンドっていうの
    は、一度痩せてからなるもんだろう。俺には「リバウンドしちゃったよ」ってセ
    リフすら言う権利がないんだ。

    「一段と大きくなりましたね。もう臨月ですか?」

    なんて気の利いた冗談を皆の前で言われ、いつも笑いを取って皆を喜ばせる人気
    者の後輩、松坂にさえも馬鹿にされる始末。身長も低いし、最近は寄る年波にも
    勝てず、頭もかなり薄くなってきた。もうすぐ、「チビ、デブ、ハゲ」のグラン
    ドスラムを達成しそうな勢いだぜ。

    昼休み、社員食堂で俺は飲み込むように大盛りカレーをかき込み、自分の席に戻
    って日課にしている食後の昼寝を楽しもうと大急ぎで席に戻った。目を閉じて至
    福の時を満喫するのだ。中庭できゃっきゃとバレーをやってる奴の気がしれねぇぜ。

    【無制限に減量できる新薬を試験的に無料で提供します。】

    脳裏にこの言葉が浮かぶ。一体どんな内容だったのだろう。最近ダイレクトメー
    ルが増えたが、あれは誰が送る人を選んでいるんだろう。俺が旅行に興味を持っ
    た時には格安旅行のメール、ラジコンに夢中になった時はプレミアの付くレアな
    ラジコン機の紹介メールなど、実にタイムリーなメールが飛んできやがる。

    気になって寝られなくなった俺は、メールの「削除済み」フォルダーから、その
    メールを選び、クリックした。中にはこんな事が書かれていた。


    この度、弊社は飲む毎に確実に体重を減らす究極の新薬を開発いたしました。
    これまで弊社では、飲む毎に確実に体重を増やす薬を1錠100万円で販売し
    て来ましたが、ニーズが少なく、業績が伸びずに倒産の危機に直面しており
    ました。

    しかし、発想の転換で、起死回生の新薬の開発に成功したのです!
    ただ、現在のところ、臨床データが不足しており、多くの結果を得るため、
    お客様に対しては特別に無料にてご提供させていただきます。
    本製品に関しましては、お客様は永久に無料にて必要なときに必要な分だけ
    ご提供させていただきますので、なにとぞご協力の程、
    よろしくお願いいたします。             ○○製薬


    バカか、この会社は。最初に太る薬を開発するなんて、世の中のニーズを知らな
    過ぎる。しかも1錠100万なんて誰が買うか。拒食症とか摂食障害の薬として
    は使えるかも知れないが、それにしても高すぎるし、市場が小さすぎる。そりゃ
    倒産しそうになるわな。

    それに、永久に無料だと?しかも必要なときに必要な分くれるってか。それじゃ
    あ、俺がもし大量にタダで仕入れて、他に転売したらどうするんだろうね。そん
    な事も考えずにこんな約束して大丈夫なのか?この会社。

    それでも俺は、無料という言葉と無制限に減量できるという言葉に魅力を感じ申
    し込む事にした。まぁ、ダメもとって奴だな。

    数日後、それは小さな小包に入って届けられた。中には赤いカプセルが5錠、
    それと、使用上の注意書きが1枚入っていた。それにはこう書かれていた。


    この度は、新薬の臨床試験へのご協力ありがとうございます。
    このカプセルは1日に1錠、お休みになる直前にお飲みください。
    服用後、異常な発汗があったり、体が熱く感じたりしますが、
    それは代謝が上がっている事ですので、気にしないでください。
    カプセル1錠で1日10kgの減量を行います。
    ご希望の体重になったら速やかに使用を中止し、くれぐれも過剰摂取
    せぬ様ご注意ください。

    <改ページ>
    寝る前早速1錠飲み、床に付いた。その夜俺は、妙な夢をみた。何処までも果て
    しなく続く坂道を、ロッキーのテーマ曲に乗せながら必死に自転車をこいでいる
    のだ。朝、目が覚めると、体は汗でぐっしょり、全身が熱く火照っていた。なる
    ほど、これが代謝向上の証ってやつだな。どれどれ、体重は如何に?

    体重計に乗って、昨日の寝る前に測った体重と比べてみると、確かにきっかり10
    kgの体重が減っている。凄いじゃないか、1日で確実に10kg減量できるな
    んて奇跡に近い。でも待てよ、次の日リバウンドなんて事は無いだろうな、落ち
    着け、落ち着いてもう少し様子を見よう。

    会社い行くと、「あれ、先輩、しょっと小さくなったんじゃないですか?」なん
    ていきなり聞いてくる奴がいる。1日で10kgも落ちればそりゃ違い分かるよ
    な。そういやスーツのベルトの穴も1つ縮まったし。

    明日からゴールデンウィークで5連休。この間に残り4錠を飲んで、50kgの
    減量に成功だ。体重が100キロある俺は、連休明けには体重50kgのスレン
    ダーなイケメンに大変身だ。きっとギネス級の記録になるだろう。テレビの取材
    がきて有名人になったりして、ヒヒヒ。

    次の日も次の日も俺は欠かさず毎日1錠のカプセルを飲み込んだ。今日は連休の
    最終日。相変わらず、万年床で食っちゃ寝食っちゃ寝の5日間を過ごしたが、体
    重は確実に1日10kgずつ減って行った。ついにトータル50kgの減量に成
    功したのだ。

    ワイシャツに袖を通してみると、さすがにダボダボで、着れたものではない、ズ
    ボンに足を通してみる。ベルトの穴がもう無いところまで縮んでしまった。俺は
    大満足で満面の笑みを浮かべた。ズボンのウエストを押さえて立ち上がると、何
    か分からないが違和感を覚えた。

    ズボンの裾が20cm程、余って足が出てこないのだ。そういえばダボダボなワイ
    シャツの袖からも手が出ない。まるで赤ん坊が大人の服を着ているようになって
    いるではないか。俺はあわてて、全身が見える鏡の前に立った。

    (ぎゃー!)

    体型は妊婦のままで、ただ全体的に小さくなっただけではないか。まさか、体型
    は変わらず体重だけが落ちるなんて想定の範囲外だ。身長もかなり小さくなって
    いる。小学生並みだ。

    やぺぇ、欠陥品だ。俺は急いで注意書きに書いてあった、相談窓口の電話番号に
    電話を掛けた。

    「はい、○○製薬、お客様相談窓口です。」
    「先日、新薬の臨床を頼まれて飲んだ者だが、体が小さくなってしまったぞ!
     どうしてくれるんだ!」
    「お客様、ご使用になられた新薬名はロッキーでしょうか?」

    (ん? ロッキー?)

    俺は薬の入っていた箱を見た。そこには確かに「ロッキー」と書いてある。なる
    ほどそれで毎晩、ロッキーのテーマ曲に乗せて自転車を漕ぐ夢を見るのか。と感
    心している場合ではない。

    「たしかに、そのロッキーだ。こんな欠陥品を寄こすとは何事だ!」
    「お客様、体重は減りましたか?」
    「ああ、体重は注意書きに書いてあった通り、1日10kgずつ減ったよ。」
    「それでは、何の問題もございません。それがロッキーの効能なのですから。」
    「でも、身長が縮んだし、体つきもそのままじゃないか!」
    「お客様、ロッキーは体重を減らすお薬です。お客様の体型まではその範疇に
     ありません。」

    あっ!してやられた!
    デブは体重さえ落ちればイケメンになると誰もが思っている。その盲点を完全に
    突かれた。

    「と、とにかくこの体を元に戻したい。どうすればいいんだ?」
    「お客様、ご安心ください、当社には1日1錠で体重が10kg増えるエイドリ
     アンというお薬がございます。」
    「エイドリアン?」
    「はい、当社がロッキーに先駆けて開発したお薬ですが、この製品は有償になり
     ます。」
    「いいから、すぐに送ってくれ!」

    その日、5錠の青いカプセル、「エイドリアン」と供に、500万円の請求書が
    届いた。

    「エイドリアーーーーーーーーーーン!」

    俺は立ち上がり、両手を上に上げて雄たけびを揚げた。
    声帯も縮んでしまったので、ヘリウムガスを吸い込んだ後の声の様に情けない俺
    の雄たけびが6畳1間のアパートに虚しくこだました。

    (了)



  • 広告
  • トルコ行進曲

    2017-08-19 02:13

    あらすじ

    この作品は、8年前、筆者が仕事でトルコに長期滞在した際の
    日記をベースに構成されております。

    異文化に触れ、滞在を楽しむ余裕が生まれた頃のお話です。

    旅をしている気分にさせる癒し系ノンフィクション!!


    その1 現地到着

    26日のトルコ時間11時頃、ようやくホテルに到着、
    12時間の飛行機搭乗の後、4時間も車に揺られて
    もうヘトヘト、とりあえずベッドにもぐりこんで爆睡。
    日本との時差は6時間もどる形になる。

    このホテルは名前をエタッシュホテルと言い、この界隈で
    一番古いホテルのひとつだそうだ。

    部屋は3階のツインルームに泊まっている。3階が最上階で、
    一応エレベータはついているが、このエレベータ、内ドアが無く、
    非常に危険でしかも、落ちそうなので使っていない。

    便所はとりあえず水洗だが、水を流すとおしりに水がかかり、
    自然とウォシュレットになる。風呂は小さく、カーテンが付いて
    ないので、シャワーを浴びると全部水浸しになる。

    その後、掃除しないとトイレが使えない状態になってしまうのだ。
    ホテルの人たちは皆親切だが、日本語はもちろんのこと、英語が
    通じないので、コミュニケーションをとるのが非常に難しい。

    また今回もトルコ語を勉強せねばと思うこのごろである。
    電話回線の品質が悪く、インターネットがほとんどつながらない。
    このメールもいつ送れることやら・・・・

    毎朝朝食がついており、朝5時半に起きてから、シャワーを浴び、
    そのあと食堂に食べに行くのが毎日の日課である。
    バイキングスタイルであるが、あまり品数は多くない。パン、スープ
    バター、ジャム、ゆで卵、フルーツ、なんか見たことも無い食材、
    といったところ。

    スープは結構うまい。そろそろパン食にも飽きてきたところだ。
    レストランには、ご飯がおいてあるが、バターライスになっていて
    ちょっとしょっぱい。でもパンよりはましかな。

    ついた初日から水曜日くらいまでは、雨で結構涼しかった。現地の
    ひとも「異常気象」だといっていた。このシーズンはめったに雨が
    降らないからだ。

    その後、毎日晴れの日が続き、昼間35度ぐらいの気温になる。
    道産子にとっては地獄だ。しかも、まだクーラが計算機室に入って
    いなかったので、汗だくになってしまう。

    今はクーラが稼動しているのでとりあえず快適ではあるが・・
    朝7時半に車が迎えにきて、工場まで連れて行ってくれる。

    所要時間は10分程度。工場内には○○重工の事務所があり、
    そこにフセインさんという給仕のおじさんがいてコーヒーや紅茶をいれてくれる。
    トルコでは、チャイという名前の紅茶が一般的で、味は紅茶の濃いやつと
    いった感じで小さい透明なグラスに入れ、角砂糖を2ついれて飲む。
    あと、トルキッシュコーヒーがあるが、コーヒーの挽いた粉を直接カップ
    にいれて飲むので、口の中が粉っぽくなる。

    普通のインスタントコーヒーは「ネツカフェ」と言えばでてくる。
    8時15分から全体のミーティングを行い、その後工場内にある計算機室
    へと向かう。つい最近まで机が入っていなかったので、ダンボールの上に
    端末を設置し、作業を行っていた。やっと机が入ったと思ったらその机は
    ベニヤ板でできているような机で、運んでいるうちに1つは壊れてしまった。
    上にPCを乗せるとしなってしまう。机の費用をケチった付けがここにきて
    現れてしまったようだ・・・

    仕事の方はとりあえず順調で、計算機システムの現地スタッフは皆英語がしゃべれる
    のでぜんぜん問題ない。ただし、工事関係のおっさんたちは、現地人が
    英語をほとんど話せないので苦労しているようだ。

    でも通訳のムスタファさんがいるので、コミュニケーションはなんとか
    はかられているようだ。このムスタファさん、日本で暮らしたことがない
    のに、日本語、日本の文化に堪能で、それはすべてトルコで勉強したのだ
    そうだ。一番怠けているのは日本人だなとつくづく思う。

    こちらの仕事は月曜日から土曜日までで、休みが1日しかない。でも、やる
    こともこれといってないので、こうしてパソコンに向かっているのだ。

    この町はエレリーという町で黒海のほとりに位置している。部屋の窓からは
    黒海が見える。町並みはとてもきれいで、エーゲ海の海岸に建ち並ぶ白い家々
    を想像してもらえばあまり相違ないといった感じだ。

    家はほとんどがレンガ作りで、日本とは違った様相を呈している。
    そういった意味では、今までの海外出張のなかで、一番観光に来ているような
    気分になる。ただし、娯楽が一切ないので長期滞在には向いていないと思う。
    この辺の若者は、週末になるとイスタンブールまで4時間かけて遊びに行き、
    徹夜で遊んで帰ってくるそうだ。私はもうそんな年でもないし、疲れるだけ
    なので、ホテルでボヘーっとしている。

    酒はビールとラクという甘い焼酎のようなものがある。このラク、水で割ると
    白くにごる酒でとてもうまいのだが、ものすごく強い酒なので2杯のむと
    次の日は頭がガンガン痛くなる。昨日は2杯飲んで、昼頃まで寝ていた。
    1食だいたいビール、ラクをのんで1000円位かな。

    仕事は毎日6時に終了し、6時半ごろに車でホテルへと戻る。その後、晩
    めしを食いに出かける訳だ。
    食事は、結構バランスがよい、サラダは生野菜たっぷりだし、魚の塩焼き、
    イカリングフライなどもある。
    シシケバブは塩味の焼き鳥と同じようなものだ。ほかにいろんな肉を重ねて
    串に通し、ナイフでこぞぎ落として食べるドネルケバブやチキンソテーなど
    がおいしいのだか、なにもかもあっさりしていて、物足りない。

    やはり、宗教信仰が根強い国なのであまり下世話なものは食べないのだろう。
    一般的なトルコ人の就業事情は劣悪である。あまり仕事がないのだ。でもみんな
    で仕事を分け合って暮らしている。

    たとえば、レストランに行くと5、6人のボーイに取り囲まれる。椅子を引く係、
    水を汲む係、氷を入れる係、料理を運ぶ係、お酒を汲む係、お会計係と分かれており、
    たとえば、水を汲む係に氷を頼んでもダメなのである。氷を入れる係の仕事がなく
    なってしまうからだ。そうやってみんなで支えあっている姿は非常にほほえましい。

    とにかく時間がゆっくりゆっくり流れているので、週休1日でも十分だ。
    テレビもトルコ語の放送しかやってないので退屈だしね。はやく仕事に行きたいな。
    計算機の技術者たちは、教育の時に日本に来ているので顔見知りだし、気心もしれている
    ので、ホテルにいるよりは計算機室にいたほうが楽しい。

    海外に長く滞在していると、頭の中が英語になってしまい、英語でものを考えるように
    なるので、日本語の文章を書くときに結構苦労する。
    でも、みんなこのメールを楽しみにしているみたいなのでがんばって書こうと思う。
    とりあえず今日のところはこの辺で・・・

    その2 船を借りていざ釣りへ出発

    日曜日、朝10:30分にエリフホテルに集合、このホテルは、我々が
    滞在しているホテルから5分ほど離れたところにあり、ほとんどの日本人
    技術者が泊まっている。我々は部屋がいっぱいで泊まれなかったのである。
    とてもきれいなホテルでテラスレストランがあり、とてもおしゃれだ。
    今回の釣りは参加者総勢11人、船は通訳のムスタファさんが手配して
    くれた24人乗りの二階建てレストラン付き豪華客船だ。
    費用は一人6000円とこれまたリーズナブルである。
    釣った魚を料理して、食べるといった嗜好である。船はエリフホテルのそば
    の船着場にくる予定になっていたが、約束の時間から1時間ほど経過している
    にもかかわらずまだ見えない。ムスタファさんが電話で確認すると、給油中との
    こと、前もって入れとけっつーの!
    船に乗ること約1時間、ようやく目的の停泊地が見えてきた。ちょっとした岩場の
    入り江で、家族連れの人たちが海水浴を楽しんでいるのが見える。
    船はその入り江に止めようと試行錯誤を繰り返しているが、波が少し高い上に風が
    強くてなかなかうまい具合に停泊できないでいる。と、突然「ガリガリ、ドカン」と
    いう音がしたかと思うと船がぐらっと傾いた。座礁したのである。
    脱出はできたものの、船の舵が全く聞かなくなってしまったということである。
    まぁとりあえず、かえるときのことはあまり考えずに釣りを楽しもう。
    釣具は現地調達したが、竿などはなく、テグスを巻いてあるプラスチック製の輪を
    もって、テグスの先に15個ほどの針と疑似餌がついた仕掛けを船からたらし、
    上下させることによって釣るという極めて原始的な漁法である。
    「絶対つれない」と思ったが、11人でトライして、結果・・・やっぱり5センチくらい
    の小魚が2匹つれただけで終わった。
    釣りそのものより、釣る雰囲気を楽しめたので良しとしておこう。
    食事は前もって船に積んできた魚を船の厨房で料理してもらった。アジのフライとさばの
    塩焼きである。醤油とご飯があれば言うこと無いのだが・・・おっと贅沢は禁物。
    ある哲学者が言っていた言葉、「これがあたりまえと思った瞬間から不幸が始まる」と
    いう言葉を思い出し、おいしくいただいた。
    さあ、一通りのレジャー行事も終了し、そろそろ帰ろうか、ということになったが、壊れた
    舵は復旧しておらず、他の船に迎えに来もらって、曳航してもらうということになった。
    待つこと1時間、1隻のクルーザーがやってきた、このクルーザーにロープで繋ぎ、いざ
    帰路へと向かったが、舵が壊れている客船は左左へと流される。波も高くなり、このまま
    行くと、転覆する可能性も出てきたので、いったん、入り江へと引き返し、客船を乗り捨て
    てクルーザーで帰ることになった。10人乗りのクルーザに船員含めて15人ぐらい乗り込み
    ぎゅうぎゅうになって1時間、やっとのことで元来た場所に戻ることができた。
    船に弱い人たちは皆、真っ青な顔をしていた。なにはともあれ、無事に帰れたのでこれはこれでOKとしておこう。今度はちゃんとした釣り舟でつりに行きたいと思った。


    その3 親切な人たち。(現地クルー)

    現地クルーはとても親切で、時々我々を食事にさそってくれる。まず最初に行ったのは、
    港の近くにあるテラスレストランで、そこで魚料理をご馳走になった。このときは
    熱心なイスラム教徒でもある、偉い人たちも参加したので、一切肉料理は無く、酒もなく
    タバコも吸えず、魚とサラダのみという、とってもヘルシーな、気分的には最悪な晩餐
    となった。その後、別の日にランチをご馳走になった。「何を食べたい」と聞かれたので
    「伝統的な料理が食べたい」といってしまったのがそもそもの間違いで、連れて行って
    もらったところは、ワンタンにヨーグルトをかけて食べるとっても臭くて酸っぱい食べ物
    であった。とりあえず「おいしい」といって食べたが、内心は「ゲー」だった。
    日本でも、「伝統てきなものが食べたい」などといわれれば、納豆やら豆腐やらすしやら
    たべさせると思うが、外国人にとっては「ゲー」なのであろう。反省・・・・
    いよいよ帰るという夜、車でで20分ほど行ったところにある、ビーチサイドの
    レストランに連れて行ってくれた。こんどは若いクルーたちだけだったので酒も、タバコも
    OKで、料理もカルパッチョ風のもの、黒鯛の塩焼きなど、おいしいものばかりであった。
    これで醤油とご飯・・・おっと贅沢贅沢。

    その4 トルコアイス

    黒海の海岸には、散歩するには最高の遊歩道があり、いろいろな人が散歩している、
    ちょっとした縁日のようになっているのだ。そこにはいろいろなものが売っている。
    焼きとうきびも売っているし、わたあめも売っている。ちょっとおもしろいのは、
    小さい子供が、体重計をもってお金を払って体重を測るという体重計ビジネスが
    はやっているのだ。日本の体脂肪計などを持っていけば流行るかもと思ったが、
    1回10円ほどのビジネスであり、子供の小遣い稼ぎに参入するほど暇でもない。
    この遊歩道で一番良く見かけるのはトルコアイスの屋台である。日本でも最近
    トルコ風アイスを売り出しているが、こちらは正真正銘のトルコアイスなのである。
    食事の帰りに一度、トルコアイスを買ってみた。アイス売りのおじさんは、アイスを
    渡す前に一通りのパフォーマンスを演じる、それは、お客にアイスを渡そうとして、コーンだけを渡したり、落としそうなふりをしたり、棒の先につけたアイスをくるくる回したり、かねを鳴らしたりと、とにかくせわしない、一通りその儀式が終わらなければアイスをくれない。
    笑いが怒りに変わりそうになる瞬間、ようやく手元にもう溶けかかったトルコアイスが手渡されるのである。
    味は、プレーン、チョコレート、ストロベリーとあるが、300円はらったら、
    全部混ぜ混ぜの大盛をくれた。口に入れるとビヨーンと伸びて、なかなかおもしろい。
    味も結構いける。トルコは普通の料理はあまりおいしいとは思えないが、お菓子類はとても
    おいしい。チョコレートなんかも、今まで行った国々のなかで一番と言える。
    このトルコアイス、あまり大盛で、帰ってから尻からトルコアイスが出るという難点もあった。

    その5 ナリギレを吸う

    海岸通りに隣接していくつかのカフェテリアが点在している。そこでは、お酒を飲むことは
    できないが、コーラ、ファンタ、紅茶、コーヒーの他にナリギレというタバコを吸うことが
    できる。このナリギレ、一風変わっていて高さ50センチほどの丸底フラスコのようなビンの
    の底に半分ほど水、あるいはミルクが入っていて、てっぺんにはぐい飲みのような器のなかに、タバコのもぐさのようなものが入り、銀紙をかぶせて無数の小さな穴をあけてある。
    フラスコの中には管が入っていて、その管の反対側には縦笛のような形の吸い込み口がついて
    いる。真っ赤に焼いた木炭を銀紙の上に載せ。吸い口を吸うと「ブクブク」と煙が水の中を
    通って、口の中に入ってくる。「ぷはー」と吐き出すとびっくりするほどの量の煙が口から
    出てくるが、そのほとんどが水分で、むせるようなことは無い。事実、タバコをすったこと
    がない人でもたのしめるのである。ちょうど喘息の「吸引」をやっているようなものだ。
    味は、いろいろあって、りんご、メロン、カプチーノなどがある。一度火をつけると2時間
    ぐらい楽しめて、1回400円くらいである。あまり吸うと頭がくらくらして、トリップ
    したような状態になるので適当なところで切り上げなければならない。
    おもしろいものを見つけてしまった。

    その6 ホテルのおじさん

    滞在先のホテルのフロントのおじさんは名前をオズジャンさんといい。一見、小太りのやくざ風のいかつい顔をしているが、とても気さくでユーモアにあふれるおじさんだ。
    英語がほとんど通じないので、身振り手振りでいろいろなトルコ語を教えてくれる、いわばトルコ語の先生なのである。たとえば「ヤワシワシ」は「ゆっくりゆっくり」、「チャブチャブク」は「早く早く」など、いろいろ便利な言葉を教えてもらった。
    ホテルで食事をしていると、しょっちゅうやってきては、訳のわからないことを口走っていなくなる。
    疲れているときは、けっこううざったい。最近の言葉でいうと「うざい」のである。
    帰るとき、悲しそうな顔をしていたのが印象深い。

    その7 うるさいお隣さん

    ホテルの部屋は、隣とベニヤ板1枚で仕切られているだけなので、隣にお客さんがくるととてもうるさい。
    テレビのおとはガンガン響くし、となりのおやじのこく屁までも克明に耳に残るのである。
    このあいだ、夫婦が入室したとたん、激しい夫婦喧嘩をはじめて、ののしりあう声、子供の泣き声、ガラスの割れる音、「お前ら、外でやれ!」と心の中で怒鳴っている私・・・・
    次はもっとましなホテルに泊まれますように・・・

    その8 ノミ地獄 (迫り来る恐怖)

    宿泊2週間目くらいから、ベッドに住むノミ軍団が漁を解禁したようだ。通算で25箇所食われてしまった。このままのペースで食われ続けると輸血が必要になるのではないだろうか・・・・
    しかし、他の部屋の人たちはぜんぜん食われていない。ブラジルに住んでいた時もどういう訳か私だけブヨに襲われていたのを思い出す。何かおいしそうなにおいでもするのだろうか?
    とにかく虫に好かれるたちなのである。虫の好かないやつよりはましか・・・・
    とにかく急所だけは食われないようにがっちりガードして眠る毎日である。

    その9 嫌いなものオンパレード

    私の嫌いな食べ物のワースト3がきゅうり、スイカ、メロンであるが、この国では必ず出る。
    サラダの半分以上はきゅうりである。食後にはメロンかスイカが必ず出てくる。とっても甘くておいしいのだそうだが、20年以上食べたことが無い私には、生ごみ以外のなにものでもない。
    一度だけ、最後のデザートにバナナが出てきたことがあるが、そのときばかりはこの世の春を謳歌したのである。果物好きの女の人にとってはパラダイスなのかもしれない。

    その10 イスタンブール1泊の旅

    さてさて、今回のミッションも全て終わり、今日、イスタンブールに向けて
    出発だ。長かったようで短かった3週間弱である。
    次は9月15日頃の出発となる。今度は2ヶ月位の滞在になりそうだ。
    そのまえに韓国へ1週間程出張する予定が入っている。結構うんざり・・・
    2週間ぶりの執筆となるが、なぜかというと、先週の日曜日は船を借りて
    つりに出かけたからだ。また、ホテルの電話回線は外線が1回線しかなく、
    いつも話中で使えないのだ。だから、メールを送るときは事務所から
    みんなが使っていない時を見計らって送るのでなかなかチャンスに恵まれ
    ないのである。

    「♪とんでイスタンブール~」などと歌っていた頃、まさか自分がほんとに
    飛んでイスタンブールへ行くことになろうとは思いもしなかった。
    人生とは摩訶不思議なものである。
    午後3時、1台のミニバンが迎えに来た。これから4時間この車にのって行くと思うと泣きたくなる。
    このミニバン、クーラーが壊れてつかえないのだ。とにかくあきらめて車にのり、イスタンブールに向けてひた走ることとなった。「つく頃は7時頃か」と考えているうちに爆睡・・・・・
    ・・・気が付くと車が止まっている。車内はうだるような暑さになっている。なにごとかとフロントガラス越しに前方を見ると、なんと50m先でトラックが炎上しているではないか!
    4車線あるハイウェイが瞬く間に車に埋まり、見物人がぞろぞろとあつまって、真っ青な空に漆黒の煙とカラフルな人々のシャツ・・・まるでハリウッド映画の1シーンでも見ているような光景に事の重大さを忘れ、しばし目を奪われる。
    ・・・待つこと約1時間、急行してきた消防車によって消火されやっとのことでこの猛暑地獄からおさらばすることができた。ホテルに到着したのは8時ころである。
    ホテルは4つ星のタキシムプラザという観光ホテルで、悩まされたノミもおらず、快適な1夜を過ごす事ができた。次の日、朝9時から観光へと向かった。さすがイスタンブールは観光地だけあって、日本人を含めたさまざまな国の人たちが観光に来ている。ほとんどのところで英語も通じるので、けっこう楽に観光できるのである。
    いくつかのモスクを見物し、エジプシャンバザールという大きな市場を見物した。色とりどりの絨毯や民族衣装、スパイスなどが売られているが、「買ってどうする」と自問すれば、購買意欲はどんどん薄れてしまい、結局なにも買うことなく、その場を後にした。
    近くの桟橋の船では、サバサンドを売っている。その名の通り、半身の鯖を塩焼きにして、トマト、たまねぎといっしょにパンにはさんで食べるファーストフードだ。食してみたが、想像していたよりずっと美味で、いままで食べたトルコ料理のなかでは一番おいしかったかもしれない。
    でも日本では絶対にこんな食べ方は出来ないだろう。
    トルコ料理は世界3大料理の1つだが、この3大料理の意味は、古くからある伝統的な料理という意味でうまいとかまずいとかいった要素はふくまれていないのだそうだ。なるほどである。
    午後2時にホテルをチェックアウトし、帰路へと向かったのである。
    画して、トルコ出張1回目も無事終了し、日本にて時差ぼけの頭を抱えながら執筆を終える訳だが、次の出張でもさまざまな出来事が待ち構えていることと思う。折に触れ記していこうと考えている。
    それでは、次回作をお楽しみに・・・・・

    これは後日談になるが、成田空港に着いた後、テレビのニュースでイスタンブールのモスクが
    テロで爆破された事を知った。
    映像でみたモスクは半壊し、道路に瓦礫が散乱していた。
    まてよ、ここは昨日、私が通った道ではないか。
    海外出張者にとって、テロは身近な問題である。

    その11 2回目のトルコ出張

    2回目のトルコ出張で滞在も1ヶ月を超え、生活に慣れた分
    これといった感動もなく、淡々と過ごしています。
    みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
    日本はだいぶ寒くなったことでしょう。
    刺身、お茶漬け、そば、うどん、ラーメンはおいしいことでしょう。
    テレビ番組は楽しいことでしょう。お風呂は気持ちいいことでしょう。
    「海外生活は楽しそうだね」と、思っていることでしょう。くそ!
    帰るまでまだ1ヶ月以上ある私にとって、帰国という言葉はとても
    魅力的な言葉になっています。
    さて、ちょっとサボってましたが今まであったこと等、近況報告
    を兼ねて書き連ねて行こうと思います。


    その12 トルコの気候

    このごろのトルコの気候は、とても不安定です。ドカーンという音
    とともに大雨が降ってきたかと思えば、30℃近くまで気温が上がったり、
    7℃ぐらいまで気温が下がったりします。
    寒いときは寒く、暑いときは暑いので風邪をひきやすいです。
    今も鼻をぐずぐず言わせながら、パンツ一丁でこの旅行記を書いています。
    ホテルの窓からは、海(黒海)しか見えず、ホテルが海にとても近いので
    波の音がうるさく、窓を開けるとテレビの音が聞こえなくなる程です。
    テレビで天気予報をやっていますが、今日の天気予報なのか、明日の天気
    予報なのかわかりません。
    不思議な事に、雨が降っているときに傘をさしている人をほとんど見かけた
    ことがありません。ドカンと降ってすぐ止むのでみんな持っていないので
    しょうか?
    カッパみたいなものを着て普通に歩いています。もちろん、ザーザー降りの
    時は、だれも散歩していませんが・・・
    寒いときは、まだ暖房が入っていないのでとても寒いです。「北海道人だから
    大丈夫でしょ」と本州の人に言われますが、北海道の人は家の中をすごく暑く
    するので、逆に本州の人より寒さに弱いのです。
    会社に頼んでドカジャン(仕事用のジャンパー)を送ってもらいましたが、
    2週間経ってまだ届いていません。今ごろ我々のジャンバーはどこを旅して
    いるのでしょうか?
    ちなみに、その前に送ってもらった食料もまだ届いていません。3週間ぐらい
    経っていると思いますが・・・
    住所を間違っているのではないでしょうか?
    我々が滞在しているエレリーという町の名前はトルコ国内に4つあるそうです。
    どこのエレリーに届いたのでしょうか・・・・気長に待ちます。

    その13 着任早々のハプニング

    こちらに来て早々、メンバーの2人が高熱と下痢でダウンし病院に行きました。
    2日ほど仕事できず、ホテルで寝込んでいました。私は、腹は強いほうなので
    ぜんぜん問題なかったのですが、前の日食べた何かが腐っていたのだと思います。
    後で聞いた話によると、2人は工場付きの病院につれていかれ、医者に見てもらった
    そうですが、医者のくせに英語が通じず、かなり苦戦したようです。
    でも、いい経験になったことでしょう。なにせ、今まで日本人でだれも行った事の無い
    ところに行けた訳ですから・・・・・・・・・
    私の方は、めっぱ(ものもらい)が出来てしまい、ぼっこり腫れて目が半分ぐらい
    しかあかない程になってしまいました。現地スタッフに「どうしたの?」と
    たずねられましたが、「めっぱ」ということばの英語など今まで使ったことも無く、
    どう説明したら良いかわからなかったので「見ての通りです」と答えておきました。
    工場事務所に「ゲンタシン」という名前の軟膏が置いてあったので、それを塗ったら
    1週間程で完治しました。
    今はみんな元気で仕事をしております。
    日本では、食堂で出されたものが腐っているという警戒はほとんどせずにぱくぱく
    食べてしまいますが、こちらでは、口に入れて「おかしいな」と感じたときは、
    すぐ口から出すぐらいの警戒心が必要です。ただ、来たばかりの時はこんな味の
    料理なのだと納得してしまい、次の日えらい目にあったりします。
    運ばれてきた肉料理をナイフで切ったとき、やけに赤くて「ミディアムレアーだな」
    などと誤解してはいけません。そんな生焼けを食う習慣はこの国には無いのです。


    その14 滞在中のホテル(エリフホテル)

    今滞在しているホテルはエリフホテルといって、前回滞在したエタッシュホテルよりは
    幾分新しく、おしゃれな感じのホテルです。
    3階建てで、レンガの上にコンクリートを塗った雑なつくりですが、どこの家もこんな
    感じの作り方です。部屋はダブルベッドが1つ、シングルベッドが1つあり、結構広い
    です。ベランダもありますが、隣と仕切りがなく無用心です。
    やはり、エタッシュホテルにいたときと同様にノミの襲撃に合い、尻がお化けかぼちゃ
    のような状態になっています。ボリボリ掻きながら仕事をしております。
    工場事務所に「マキロン」があったので、それを塗ったらだいぶ良くなりました。
    部屋の電気は1週間に1回くらいつかなくなり、その度にホテルのおやじに文句をいいに
    行きます。そしてかならず「あした」と言われます。
    蛇口をひねると「ぶしゅぶしゅ」という激しい音とともに茶色い水が出てきます。
    すごい臭い水です。この水で歯を磨いたり、顔を洗ったりします。
    根性が無ければ生きて行けません。ミネラルウォーターは最後の仕上げにのみ使用します。
    お金が掛かるのでなるべくこのような方法で対処しているのです。
    このホテルの1階テラスにレストランがあるのですが、主にそこで晩飯を食います。
    メニューがトルコ語なので意味がわからず、適当に頭から順番に毎日注文し、何度も
    ぜんぜん食べれなくて残しながら、食べれるものを開拓しています。

    その15 テレビ番組

    このホテルでは、日本の番組が1チャネルのみ見れます。NHKやら民放やらがごちゃ混ぜ
    になっているチャネルです。朝はNHKの連続テレビ番組「ひまわり」を見ます。
    その後NHKの朝のニュース番組を見て、朝飯を食いに行きます。
    夜は、9時から「おしん」を見ています。台湾にいた時に初めて「おしん」を見て以来
    感動し、マイブームになっています。日本で見たことは一度もありません。
    たまに、民放のバラエティ番組をやっています。
    アニメ「ドラゴンボール」はインド以外、私が訪問した国の全てで放映しておりました。
    日本のアニメはどこに行っても人気がありますね。
    その他40チャネル程チャネルがあって、最初はものめずらしくいろいろなチャネル
    を見ていましたが、今はほとんど見ることがありません。
    解らないので・・・・・・・・・

    その16 釣りツアー

    前回、船をチャーターして釣りに出かけましたが、座礁して散々な目にあった我々は
    今度は、車で釣りのスポットへ出かける計画を立て、前日釣具屋で釣り道具を調達
    し、準備万端で釣りに臨みました。
    連れて行かれたところは、廃坑になった炭鉱の近くにある海岸で、絶壁を今にもすべり
    落ちそうなトロッコにのって降りていかなければたどり着けないところでした。
    そのトロッコは炭鉱があった頃からのものでボロボロになっており、ワイヤーが切れたら
    まっさかさまに落ちてしまうような大変危険な乗り物でした。
    釣りそのものよりもこのトロッコの印象が非常に強く、冷や汗を掻きながらトロッコの
    縁につかまって落ちるように降りていった事を今でも鮮明に記憶しています。
    さて、釣りの結果はというと・・・全滅でした。


    その17 ラマザン

    今日からラマザンが1ヶ月程の期間で始まります。夜明けから日没までのあいだ、
    一切の飲食が禁じられています。
    ただし、イスラム教徒のみで外国人は対象外です。
    とはいっても、レストラン、スーパーはしまっているし、腹をすかせている人たち
    の前で食事をするのはちょっと気まずいです。
    今日はまだホテルから出ていないので、町の中がどのようになっているのかわかりません。
    意外と平気かもしれないし、ぜんぜん平気じゃないかもしれません。
    これから偵察に行こうかと思っています。


    その18 差し入れ

    滞在も長くなり、そろそろ日本食が恋しくなってきました。
    そこで、本社に連絡を入れ、差し入れをお願いしたのです。
    届いた段ボール箱を開けると、中に入っていたものは、

    レンジでチンするシリーズ各種

    ここ、電子レンジ無いんですけど・・・・

    五目御飯の素
    釜飯の素

    そもそも、米とかご飯とか無いんですけど・・・

    マーボ豆腐の素

    豆腐、売ってませんけど・・・・・

    インスタントラーメン各種

    自炊設備無いんですけど・・・・

    海外出張経験の無い奴に差し入れ頼んだ私がバカでした。

    しょうがないので、アパートを借りて自炊している工事関係の人に
    お願いして、カップラーメンと物々交換させてもらいました。
    交換レートの高かった事!!
    マーボ豆腐の素とインスタントラーメンを除いた品物を
    全部出しても、カップラーメン6個にしかなりませんでした。
    カップラーメン恐るべし!!
    ただ、その他に、ブラックの缶コーヒーを10缶おまけで貰いました。
    ブラックの缶コーヒーは、どこにも売ってません。
    缶コーヒーというものを売っているを見たことがないのです。
    私は日本に居るときは毎日飲んでましたので、この缶コーヒー
    のうまかったこと、ありがたかったこと!!

    ホテルの厨房でコンロと鍋を無理やり借りました。
    支配人が嫌な顔をしていましたが、そんなこと気にしません。
    マーボ豆腐の素は、市場に行って茄子を買ってきてマーボ茄子にして食べました。
    インスタントラーメンに乗せて、マーボ麺にしておいしく頂きました。

    その19 お祈りの時間

    トルコの技術者が日本でシステムの教育を受ける為に2週間、本社に滞在した
    時のお話です。

    毎日1回、打ち合わせの最中や、教育の最中、どんなに話が込み入っていようが、
    「お祈りの時間です。」と言い、持参のマットを聖地メッカの方角に敷いて、
    頭に帽子をかぶり、お祈りを始めます。
    これは、まぁ、お国の伝統というか思想・宗教の事柄なので、とやかく言うつもり
    もなく、お祈りが終わるまで、じっと待っていました。

    2週間びっしり、会議室に籠もりっきりでは飽きるので、昼食に蕎麦を食べに
    連れて行きました。
    魚はOKなのですが、肉や肉のダシなどの入った食べ物は全てNGだったので、
    魚のダシしか使っていない蕎麦ならばOKということで連れ出したのです。
    小雪のちらつく冬の寒い時期でした。

    昼食を終え、お店から出たとき、一人のトルコ人技術者が私に聞きました。

    トルコ人技術者「メッカの方角はどちらですか?」

    私「えーと東の方角だから・・・確かこっちです。」

    トルコ人技術者「お祈りの時間です。」

    私「へ?」

    蕎麦屋の駐車場にマットを敷き、お祈りを始めてしまったのです!!

    これには参りました。
    蕎麦を食べようと、駐車場に入ってきた車がその方向に土下座する3人の
    外国人を見てビビり、車をUターンさせて帰って行くではありませんか。
    1台来ては帰り、1台来ては帰り・・・・

    お蕎麦屋さんごめんなさい!!

    その20 奇人変人ショー

    ある晩、ディナーに3人を招待しました。
    本社は北海道ですので、
    「北海道といえば毛ガニでしょう。」
    ということで、NGフードもクリアしている事だし、奮発して1人1杯の毛ガニ
    を注文しました。
    出された毛ガニを見た途端、3人の顔色が変わりました。
    聞くと、トルコでカニといえば、小さい沢ガニのようなやつしかなく、こんな
    毛だらけのグロテスクなでっかいカニは見たことが無いとのことで、
    これによく似たクモならいるとのことでした。

    誰ひとり、手を付ける人がいなかったので、私が、
    「これ、食べるとおいしいんですよ。」
    と、言うと、
    「このカニは、どの様な殺し方をしたのですか?」
    と聞かれました。
    「なぜ?」
    と聞くと、生き物を生きたままお湯にいれたりして、苦しんで死んだものは
    食べる事が禁じられてるとか・・・
    「いやいや、ちゃんと死んでから、茹でていますよ。」
    めんどくせーな、と思いながら笑顔でそう答えました。
    それでも誰も手をつけないので、
    「私が食べ方を教えてあげます」
    といって、毛ガニを手に取ると、
    「ちょっと待ってください」といって、かばんからビデオカメラを取り出し、
    写し始めました。
    私は、気にせず、甲羅をバリバリっとはずしました。
    「ワオー」
    と言いながら、興奮した様子でカメラのファインダーを覗いています。
    カニの身を剥き、甲羅にたっぷり付いているカニ味噌にたっぷり付けて口の中へ・・・
    日本人ならたまらないでしょ?
    トルコ人は、「ワオー、ウォー」といい、顔をしかめて私を見るのでした。
    彼らにしてみれば、悪魔の化身として忌み嫌われている、クモのはらわたに、クモの
    足を付けて食っている野蛮人に見えた事でしょう。
    さながら、奇人変人ショーを見ているような興奮に包まれて行きました。

    結局、誰も食べなかった毛ガニは私が持ち帰り、私の家族の胃袋の中に消えて行きました。

    この教育が終わった後、私がトルコ入りした訳ですが、この時のビデオを彼が家族に見せた
    らしく、私は彼の家族の中では有名人になっているとのことでした。

    これにて、トルコ編は終わりです。
    読んでくれた皆さんありがとうございました。
    次はアメリカ編でお会いしましょう。

    その21 ハマム

    一旦、終了しましたが、思い出すエピソードがあれば、また書き足します。

    現地事務所の所長さんが、ハマムが好きで良く行くそうです。
    ハマムとは、トルコの銭湯です。
    銭湯といっても、サウナのような感じで、あかすりとかやってくれるとの事です。
    私は結局行きませんでしたが、ホテルから歩いて15分程のところにそのハマムはありました。

    ある日の休日、救急車がホテルの前の道路をけたたましくサイレンを鳴らしながら通過して行きました。
    何かあったのかと、ホテルから救急車の言った方向に散歩がてら歩いていくと、
    どうやら救急車はハマムの前に止まっている様です。

    腰にバスタオルを巻いた人が、担ぎこまれているのが遠目に見えました。
    「ありゃりゃ、大変だなぁ」とそれを見た次の日、事務所へ行くと、所長さんがお休みです。
    「所長さん、ハマムで倒れて、救急車で運ばれたそうだよ。」
    と言っているのが聞こえました。
    (ま、まさか、あの老人は所長さんだったのか!)

    事務所は大騒ぎです。
    色々な事務処理があり、所長さんが居ないと大変なのです。
    午後になり、お弁当のキョフテ(肉団子)をパクついていると、ふらっと誰か入ってきました。
    良く見るとそれは所長さんでした。
    「所長、大丈夫ですか?」
    の問いかけに、
    「ん? 大丈夫、大丈夫。ちょっとのぼせただけだから。」
    と、とても元気そうに言いました。

    「ハマムであったまっていたら、急にクラっとしてねぇ。こりゃいかんと思ったんで、色々言ったが言葉が
    通じず、めんどくさいからわざと倒れたんだよ。そうしたら、救急車よばれちゃってねぇ。
    引っ込みが付かないからそのまま乗っちゃったってわけ。
    みんなも、具合が悪くなったら、無理せず倒れなさい。そうすれば自動的に病院に連れて行ってくれるから。」

    だって。

    まったく、人騒がせな所長さんです。

    シミット(ゴマ付きのパン)を頬張り、チャイ(トルコの紅茶:とても甘くして飲む)を飲みながら、
    新聞を読む所長さんを、みんな白い目で見ていたのでした。


    その22 ジョニー

    住んでいるホテルからの散歩ルートを後輩と歩いていると、近所の子供たちが集まってきて、ちょっかいを
    掛けてきます。
    「ハロー、ハロー」
    といっては、逃げて行き、中には後ろからちょっと背中を突っついては逃げていきます。

    (あー、この子達にとって、我々は外国人なんだろうなぁ、まぁテンションあがっちゃって。)
    そう考えながらほほえましく見ていました。

    向こうから、子供の一団がやってきます。
    私の顔を見るなり、子供たちは私を指差して「ジョニー、ジョニー」と叫び、握手を求めてきました。
    海外出張に行くと、なぜだか子供になつかれる私です。
    慣れたもんですが、今回はちょっと様子が違いました。

    いつもは、「チャイニーズ」とか「アチョー」とか言われる場合が多いのですが、今回は「ジョニー」です。
    何故か欧米人になった気分でうれしくなりました。

    私は田舎者で、子供の頃、家族同然でお付き合いのあった方の姪がアメリカ人と国際結婚をし、その子供(女の子)が私の住む田舎町に遊びに来ていました。
    その時の、栗色の長い髪の毛と青い目に憧れ、彼女とコミュニケーションをとりたいと子供心に英語を教えてもらったりしていました。それが私が長く継続して英語を好きなまま、学んできた起源となっています。
    そんな私なので、欧米人にはある種の憧れとコンプレックスを持っていました。

    そんな私に、「ジョニー」と呼びかけ、握手をしてくる子供たちにとても気を良くしていました。

    「先輩、誰かトルコの有名人に似ているんじゃやいんですかね。」
    と後輩がさらに追い討ちを掛けるものですから、
    「そ、そうかなぁ」
    天にも上る気持ちです。

    その子たちは、しきりに私の手を引っ張り、どこかへ案内しようとします。
    (なんだろう?)
    私と後輩は、子供たちに促されるまま、ついて行きました。

    しばらく歩き、ある建物の前に着きました。
    そこは、映画館の様です。まぁ、映画館といっても田舎の映画館ですから、都会にある大きなシネコンプレックスの様な洒落た建物ではなく、どちらかというと公民館の様な建物です。
    そこに、映画の看板が色々掛かっているので、かろうじて映画館と判断できる程度です。

    (ああ、この町にも映画館があったんだ。)

    感心しながら見ていると、子供達がしきりにひとつのポスターを指差しています。

    (ん?)

    近寄って、よく見ると何処かで見たことがある俳優が映っています。
    Mr.ビーンに主演しているイギリスの名優 ローワン・アトキンソンがお得意のおとぼけ顔で写真に納まっています。

    (おっ、ここでもMr.ビーンをやっているんだ。)
    これなら、私も楽しめるから見ようかな? などと考えていると、後ろで後輩が

    「ククククク」
    と笑いをこらえていました。

    「ん? どうした?」
    聞くと、彼は、

    「はーっはっはっは! 先輩、これ見てくださいよ。」
    とそのポスターの題名を指差しました。

    そこには、

    「Jony English (ジョニー イングリッシュ)」と書かれていました。

    そうです。子供達の言う「ジョニー」とは「Mr.ビーン」の事だったのです!

    「俺はそんなにアホ面か?」

    「せっ、先輩、そっ、それは俺に聞かないで下さい。しゃれになってませんよ~、ひーっひっひ、は、はら痛い」

    (お、お前、地獄に落ちろ!)(-_-メ)

    忘れたくても忘れられない出来事でした。
    因みに、私の名誉のために言っておきますが、私は彼とはぜんぜん似ておりません。本当です!!

    その日は、トルコアイス、「ドゥンドゥルマー」を焼け食いし、腹を壊しました。


  • 薬水

    2015-08-07 22:38

    「いやぁ、飛行機の中は酔うねぇ!」
    上機嫌で、タラップをふらふらと降りる上司。だから言わんこっちゃない。あれ
    ほど飛行機内では気圧の関係で酔いが回りますから気をつけてくださいと注意し
    たのに。東京から3時間半、そんなに長くないフライトで上司はしっかり飲んで、
    したたかに酔っ払っていた。

    ここは上海、明日から開催される国際展示会に出展するわが社のブースを視察
    する為、海外営業担当の俺は常務取締役で次期社長との呼び声高い新進気鋭の
    上司を会場まで案内する大役を仰せつかったのだ。今、中国の発展はすさまじ
    く、わが社も社運を賭けてこの巨大な中国マーケットに参入しようと上層部の
    鼻息も荒い。

    俺は、タラップを転げ落ちそうになる常務の腕を掴み、慎重に連絡バスまでの
    短い旅程をこなした。機内では、CAにお酌をさせようとして断られると、
    「OHくん、君営業だろ? 何とか交渉したまえ!」などと上司風を吹かせやが
    って、周りから散々白い目でみられたのに、本人は何処吹く風だ。まったく、
    これで良く海外に進出しようなどと身の丈に合わない野望を考えたものだ。

    「桃源郷大飯店まで」
    タクシーにホテルの行き先を告げ、やっと一息ついた。単独で中国営業をする
    時はいつも酒店クラスの安宿を探して宿泊するのだが、今回はえらいさんが同行
    するので、会社も大飯店クラスのホテル宿泊をOKしてくれた。そうでもしてくれ
    ないと、この仕事は割りに合わない。ちなみに中国のホテルはグレードが下から
    順番に酒店、大酒店、飯店、大飯店となっている。

    ホテルへ到着。相変わらず酩酊気味の常務を抱え、フロントへ。「OHというもの
    だが今日から1週間の予約をしているはずた。」そう告げると、「かしこまりま
    した。お調べします。」としばらくPCのキーボードをパチパチを打ち込み、「OH
    さま確かに承っております。スイートルーム1部屋を1週間ですね?」とフロン
    トのシャウジェ(お姉さん)が笑顔で答えた。「え?」そんなはずはない。こん
    なオヤジとスイートルームで1週間過ごすなんて事が出来る訳がない。また総務
    のやる気の全くないお局さんの嫌がらせか。この間、インドのお土産であげたド
    リアンチョコの事をまだうらんでいるのだろうか。あれを口にしたお局様は、ト
    イレに駆け込んだきり、しばらく帰ってこなかったっけ。

    気を取り直して俺は、もう1部屋を何とか用意して欲しいと交渉に入った。困り
    顔のシャウジェはPCをパチパチと叩いて、顔を上げ、悩ましい顔を横に振った。
    ここで引き下がっては営業の名がすたる。お前じゃ話にならないとばかりに総支
    配人を呼んだ。「何かお困りでしょうか?」と慇懃な態度でやって来た総支配人
    に事の顛末を告げ、「こんな事では、日本からこのホテルに来る客にわが社が警
    告を出さねばなりませんね。」と高飛車に出たところ、しばらくフロント裏の事
    務所に引っ込んだ支配人がやっと出てきてこう言った。

    「お客様、あいにく、当ホテルは満室となっておりますが、特別にお客様にだけ
    スイートルーム隣の管理部屋をご用意させていただきます。管理部屋と申しまし
    ても、当ホテルのオーナーが宿泊される特別室なのです。先ほどオーナーから許
    可が下りましたので、ご案内できる事になりました。」

    満面の笑みを浮かべ、どうだとばかりに胸を張った支配人が、さらに続けた。

    「お客様にひとつだけお願いしたい事がございます。洗面台にある蛇口の横に、
    もうひとつ金色の小さな蛇口があると思いますが、それはお使いになりません
    様にくれぐれもよろしくお願いいたします。」

    そんなものはどうでもよかった俺は、「はいはい」と軽く流して、酔っ払いの常
    務を小脇に抱え、最上階のスイートルームへと急いだ。明日は早朝から現場担当
    者との打ち合わせやら、海外VIPとの商談の準備やらで常務よりずっと早く現場へ
    行かなければならないので、こんな揉め事で貴重な睡眠時間を削られたくはなか
    った。

    さすがに会社の上層部が泊まるスイートルームは素晴らしい。俺もこんな豪華な
    部屋に一度でいいから泊まってみたいものだ。むずがる常務をなだめすかしなが
    ら服を脱がせて、備え付けのシルクの部屋着に着替えさせ、ベットに押し込んで
    から、俺は早々に隣にある特別室へと向かった。

    部屋の扉は他の部屋より小さく、部屋番号の代わりに「Staff Only」という銀色
    のプレートがつけられていた。中に入ると、想像していたよりはシンプルな部屋
    で、俺はいささか拍子抜けした。「ちっ、何が特別室だ。もったいぶりやがって」
    そういえば、このホテルのオーナーは80歳の高齢な女性だが、80歳とは思え
    ない程の若々しさと色気を保った女性だった事を思い出した。

    良く見るとこの特別室は小さいながらも、壁一面に巨大な鏡と鏡台が取り付けら
    れていて、よく分からない小さな小瓶が沢山並べられていた。バスルームはジャ
    グジーになっていて、洗面台の上には、豪華なバカラのグラスが置いてある。
    それなりに女性が使う小ぶりな部屋という装いだ。

    「ま、しょうがねぇな。」俺は気を取り直し、明日に備えて熱いシャワーを浴び
    た。髭をそろうと洗面台に向かうと、支配人の言っていた金色の小さな蛇口が目
    に入った。「この蛇口、間違いなく純金だな。蛇口についている石はたぶんダイ
    ヤモンドだろう。」スパナでもあれば持って行きたくなるような蛇口のすぐ下に
    これまた金色のプレートが埋め込まれている。そこには、「薬水出口」という漢
    字が彫刻されていた。

    「薬水・・・そうか、あのオーナーが高齢にも関わらずあの様に妖艶な若さを維
    持出来るのは、この薬水を飲んでいるんだな。かなり貴重なものなんだろう。」

    俺の中で、若返りの妙薬を飲む老婆が若い娘に変貌する映像が渦巻いた。俺も
    50歳に片足を突っ込んで、鏡に映る醜くせり出た腹と白髪の混じった陰毛を見
    るにつけ、それがとても羨ましく、また自分も若返りを果たすチャンスが今、目
    の前にあるのだと思うと、その金の蛇口をひねり、妙薬を飲みたい気持ちを抑え
    る事が出来なくなった。

    傍にあったバカラの豪華なグラスを手に取り、振るえながら、金の蛇口をゆっく
    りとひねった。

    (ジャバジャバジャバ・・・)

    金色の液体がグラスの中に泡を立てながら溜まって行った。それはとても尊い物
    の様に見えた。俺はグラスを頭の上い押し頂き、神に祈りを告げたあと、一気に
    飲み干した。その味はどこか甘く、どこか葡萄の果実に似た、どこか懐かしい香
    りのするものだった。体にさしたる変化は見られなかったが、その日俺は満足し
    て床に就いた。

    次の日、早起きして精力的に仕事をこなした俺は、ホテルのフロントで、それこ
    そ遅まきの朝食を常務と付き合うべく、お出ましを待っていた。
    「ピーン」、エレベータが最上階から1階のロビーまで下りてきた。扉が開いて
    常務が頭を抱えながら出てきた。

    「アイタタタ・・ 二日酔いだよ。OHくん。昨日、飛行機でビールとワインを飲
    み過ぎたなぁ」

    だから言わんこっちゃない。常務がさらに続けて、

    「OHくん、でもな、昨日、ションベンしたくて、便所へ言ったら、小さな金色の
    便器が付いていてな、そこに「薬水投入口」と書いたプレートが貼ってあったん
    だ。間に合わなかったからそこにしちゃったけど、大丈夫だよね?」

    ん? 昨日、ジャバジャバと出てきた生暖かい黄色い液体。泡立っていて、少し
    葡萄の香りがして甘かった。

    「常務、もしかして糖尿ですか?」
    「き、君、どうしてそれを知っているのかね?」

    (了)