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【コラム】同じ研究内容を何度も発表していいの?
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【コラム】同じ研究内容を何度も発表していいの?

2018-03-30 08:00

    私が所属している日本化学会の春季年会が2018年3月20〜23日に,日本大学理工学部で行われました。そこで,少し気になる話を聞いたので,今回は研究発表について考えてみましょう。

    霊夢「こんにちは。ゆっくり霊夢です」
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    魔理沙「魔理沙もいるぜ」
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    霊夢「今回は,研究発表について考えてみたいと思います」
    霊夢魔理沙「ゆっくりしていってね!!」

    1 日本化学会とは
    魔理沙「まずは,学会について考えてみるんだぜ」
    霊夢「では,魔理沙さん,お願いします」
    魔理沙
    「研究者は自分の得意分野があるんだぜ。たとえば,お医者さんなら医学,プログラマーなら情報科学,経済学者は経済学が得意分野だと思うんだぜ」
    霊夢「もしあなたが研究者だったら,自分の得意分野で行った研究について,他の研究者の評価を聴いてみたいですよね?」
    魔理沙「そこで研究者は同じ得意分野の人たちが集まる場所である『学会』に所属しているんだぜ」
    霊夢
    「今回紹介する日本化学会は,学会員数約3万人(出典:学会名鑑,調査日:2017年12月06日)を誇る,日本最大の学会です」
    魔理沙「日本最大って,スゴイんだぜ!」
    霊夢「創立は1878年(明治11年)ですので,今年で140周年です。以下の21ものディビジョンがあり,日本の化学や化学技術の知識を進展させて,人類の発展と地球生態系の維持とが共存できる社会の構築を目指しています」

    日本化学会の研究部門(ディビジョン)一覧

    1. 物理化学
    2. 光化学
    3. 理論化学・情報化学・計算化学
    4. 無機化学
    5. 錯体化学・有機金属化学
    6. 有機化学
    7. 天然物化学・生命科学
    8. 生体機能関連化学・バイオテクノロジー
    9. 医農薬化学
    10. 分析化学
    11. 電気化学
    12. 触媒化学
    13. 高分子
    14. ナノテク・材料化学
    15. コロイド・界面化学
    16. 有機結晶
    17. 資源・エネルギー・地球化学・核化学・放射化学
    18. 環境・安全化学・グリーンケミストリー・サスティナブルテクノロジー
    19. 化学教育
    20. 化学経済・経営・研究管理・MOT
    21. 生産技術・製品開発

    魔理沙「化学と聞いて思い浮かべる分野だけじゃなくて,化学経済とか生産技術みたいな経済や工業部門,化学教育のような教育部門もあるんだぜ。幅広いんだぜ」
    霊夢「だからこそ,巨大学会なのかもしれませんね。日本で化学系の研究をしている多くの人が集う学会と言えるかもしれません」

    2 春季年会とは
    霊夢「3万人もいますので,学会員は全国に散っています」
    魔理沙「学会員同士の交流はないんだぜ?」
    霊夢「交流の方法はいくつかありますが,ここでは研究におけるピア・レビュー(同僚による評価)についてご紹介します」
    魔理沙「ピア・レビューってなんなんだぜ?」
    霊夢「簡単に言うと研究発表ですね。研究の発表方法は,口頭発表と学術論文にわけることができます。学会では,口頭発表を行うことができます」
    魔理沙「ほうほう」
    霊夢「学会員は全国をブロックに分けた支部に所属しますので,支部ごとに実施される支部大会で研究について発表,ピア・レビューを行うことができます」
    魔理沙「全国の学会員と交流する場合はどうするんだぜ?」
    霊夢「全国から学会員が集まるのが,毎年3月に行われる春季年会です。ここでは約8000人が全国から集まります」
    魔理沙「8000人って言われてもピンとこないんだぜ。どのくらいの規模なんだぜ?」
    霊夢「そうですね。では,愛媛大学の統計情報とくらべてみましょうか」

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    図1 2017年愛媛大学学部学生在籍数(出典:愛媛大学)

    霊夢「大雑把に地方大学1個分というところですか」
    魔理沙「全国から大学1個分の人数が研究発表をするために1箇所に集まるなんてスゴイんだぜ!」
    霊夢「もう少し体感的に説明すると,あなたが学会に向かう駅で乗り換えがわからなくなったとします。周りを見渡せば,20歳ソコソコくらいでスーツを着て,プラスチックの筒を担いでいる3〜4人の若者集団が見つかるでしょう。その若者のあとをついていけば会場までいけますし,道に迷ったらそういった若者を探して声をかければ道を聞くことができます」
    魔理沙「東京の人混みのなかで?」
    霊夢「東京の人混みのなかでも十分にできます。というか,私はそうやって道を聞かれたことが何度かありますし」
    魔理沙「経験者は語るなんだぜ。スゴイ人数の人が移動していることはなんとなくわかったんだぜ」

    3 中高生も会員になれる
    霊夢「私には関係ないと思いますか? 全然そんなことはありません。日本化学会では,最近,中高生会員という制度を作りました」
    魔理沙「中高生会員?」
    霊夢「学会は専門家の集まりなのですが,たとえばジュニアドクター育成塾のように,若手向けの人材育成事業がはじまったので,そういった若年のやる気ある人材に学会の雰囲気を知ってほしいとはじめられた制度です」

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    図2 日本化学会中高生会員募集(出典:日本化学会)

    魔理沙「つまり,青田が……」
    霊夢「そういう言い方はよくありませんね。やる気ある人材に学会の雰囲気を知ってほしいのです」
    魔理沙「まあ,良いんだぜ。青田買いだったとしても,書籍割引は魅力なんだぜ」
    霊夢「魔理沙さん……まあ,いいですか。中高生会員は,順調に増えていると聞いています。しかし,ここで少し気になることが増えてきたのです」

    4 研究のルールのちがい
    魔理沙「気になること?」
    霊夢「中高生会員が,一般会員に混ざって研究発表をしたいという申込みが出てきたのです」
    魔理沙「中高生にして研究者に混じって発表するなんてスゴイんだぜ!」
    霊夢「それで済んだらよかったのですが……」
    魔理沙「霊夢は,なにが気になるんだぜ?」
    霊夢「専門家集団である日本化学会での『研究発表』と生徒さんたちが経験してきた『発表会』とのルールの違いを知らないまま参加していることです。発表件数が少ない現在でも問題になっているので,もしこのまま数が増えたら大変なことになるかもしれません」
    魔理沙「ルールの違いってなんなんだぜ?」
    霊夢「一番の違いは学会発表とは『未発表の研究成果』を発表するという部分でしょうか。日本化学会春季年会の申込要領から引用しておきます」
    アカデミック・プログラム※は講演内容は未発表のものに限ります。講演申込者および講演者(登壇者)は,講演申込時点において日本化学会の個人会員に限ります(講演申込は,会員1人につき1件です)。
    ※注)アカデミック・プログラムというのは,研究発表のことです。
    ※赤字は著者が強調として入れました。
    出典:日本化学会春季年会講演申込要領
    霊夢「この規定は学会によって異なっていて,中高生向けの発表会では,この規定がないところもあります。一方で,日本化学会は日本最大の学会であり,かつ日本の化学や化学技術の発展のために成果を発表していますから,どこかで発表した内容は発表できません」
    魔理沙
    「もしかして……」
    霊夢「そうです。中高生会員の発表で,このルールが問題になることがあります」
    魔理沙「どうしてルール違反が起こるんだぜ?」
    霊夢「その背景にあるのが研究者の考え方と中高生の考え方の違いです」

    表1 研究者と中高生の考え方の違い
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    霊夢「たとえば,大学4年生の卒業研究であれば,研究だけに打ち込んで1カ年,博士課程であればさらに1〜5カ年をその研究に費やしています。プロフェッショナルであれば,もっと長い期間研究を行っているでしょう」
    魔理沙「ふむ。中高生は学業もあるので,探究に打ち込んでいる時間数は,研究者よりかなり少ないんだぜ」
    霊夢
    「研究者にとって,もっとも関心があるのは『新たなナゾ』を解明することです。これを新奇性と呼びます。英語でいうとNoveltyです。これまでとは違う,まったく新しい何かを生み出すことが研究には求められます」
    魔理沙「なるほどなんだぜ。中高生の課題探究は興味関心の追究が目的であることが多いんだぜ。それが,学術的に『新奇性』を持つかどうかは重要ではないんだぜ」
    霊夢「もちろん,中高生に研究者とおなじように新奇性を求めて研究するべきと言っているわけではありません。あなたは,研究者のように『研究でご飯を食べている』わけではありません。あなたの純粋な興味関心を追究することは,とても大事ですよ
    魔理沙「でも,研究者とおなじ場所に立つなら話はちがうと,霊夢は言いたいんだぜ?」
    霊夢「そういうことです。研究者にとって,口頭発表や学術論文の発表は,ピア・レビュー(おなじ研究者からの評価)を受ける場であり,そこでの討論のために発表を行います」
    霊夢「ここでの評価というのは『これはこうしたらどうか』『ほんとうにそういったことは起こるのか』というものです。当然,考えの甘い発表や理論に反する成果を発表すれば,厳しいコメントが並ぶこともあります」
    魔理沙「一生懸命やっていても,一度は『それは研究とは呼べないな』という厳しいコメントを浴びるものなんだぜ」
    霊夢「そういった厳しい査定を経て『なるほど,確かに理にかなっている。この研究は正しそうだ』と同じ研究者が納得するのがピア・レビューです。研究者と一緒に発表するのであれば,中高生でもおなじ立場に立つことになります」
    魔理沙「研究者として発表するんだから,そういうことになっちゃうんだぜ」
    霊夢「厳しいコメントがついたとき,学会慣れしていない生徒さんにとっては『自分を否定された』と感じるかもしれません」
    魔理沙「ううん。中高生は,頑張った成果は褒めてほしいんだぜ。厳しいコメントだけだと凹んじゃうんだぜ」
    霊夢「発表件数は多く,話を聞く時間は限られています。研究者はピア・レビューのために来ているので,限られた時間を有効に活用して,研究について話し合うために修辞(褒めたりすること)はほとんど用いません」
    魔理沙「そういうところは,先生は基本的に褒めてくれる学校とは大きく違うんだぜ。研究者と中高生の考え方や求めるところが,かなりちがうんだぜ」

    5 未発表に限るの意味
    霊夢「研究者の考え方がわかると,なぜ学会では未発表の研究内容に限るとされているのかがわかると思います」
    魔理沙「つまり,見つかっている課題の解決を優先しろってことなんだぜ?」
    霊夢「そういうことです。ピア・レビューは相互に行われるものです。研究発表で,コメントしてくれた研究者は,あなたの研究のためにさまざまに考え,課題を提案してくれました。あなたは,まずそれを活かさなくてはなりません」
    魔理沙「なるほどなんだぜ。でも,中高生には,研究に使うことのできる時間が限られているんだぜ」
    霊夢「そのとおりです。そのため,中高生向けの課題研究発表会などには『未発表のものに限る』という制限がないことが多いです」
    魔理沙「中高生向けの発表会なら中高生向けのルールで発表できるけど,プロフェッショナルな学術研究発表の場では別のルールがあるということがわかったんだぜ。求めるところがちがうんだぜ」
    霊夢「中高生から私たち研究者とおなじカテゴリで発表したいという意欲は素晴らしいと思います。ただ,そのためにはさまざまな準備と,厳しいコメントにもへこたれない科学的知識に基づいた強い精神力が必要です」
    魔理沙「それは研究者の指導を直接受けている大学生でも難しいんだぜ」
    霊夢「ええ。しかし,日本化学会で伺った話では『中高生向けの発表会で好評だったから,学会で発表しよう』という軽い気持ちでルールの確認や準備もなく,一般発表を申し込む中高生が出てきたようです。事務局も対応に困っていますので,問題が大きくなる前に,考える機会があればいいなと思います」

    6 同じ内容を何度も発表していいの?
    魔理沙「専門学会についてはわかったんだぜ。でも,中高生向けの発表会では,未発表に限るという制限がないんだから,同じ研究内容を何度も発表して良いんだぜ?」
    霊夢「そこも気になっています。良い成果が出たら,みんなに聞いてほしくてアチコチで発表したい。でも中高生は探究の時間がない。そういった事情はよくわかります。よくわかりますが……」
    魔理沙「なにか問題があるんだぜ?」
    霊夢「次の点に注意してほしいのです」

    (1)同じ原稿を使い回さない
    (2)いくつもの賞を独占しない

    (1)同じ原稿を使い回さない
    魔理沙「同じ原稿っていうのは,ポスターとはPowerPointの資料のことでいいんだぜ?」
    霊夢「そうです。まったく同じポスターをアチコチの研究発表会に出している例があり,問題になりつつあります」
    魔理沙「未発表に限るという制限がないんだからルールは破っていないんだぜ」
    霊夢「そうかもしれません。しかし,流石にタイトルや考察の仕方は若干変えるべきだと思います。なぜなら,重複発表は研究不正行為にあたるからです。プロフェッショナルな世界では不正行為になることが,アマチュアの世界では制限されていないからと言う理由で行うのは,あまり良いことだとは思えません」
    魔理沙「プロを目指すアマチュアなら,プロのルールを意識しようってことなんだぜ?」
    霊夢「そうです。プロフェッショナルなプレイヤーを目指すのであれば,探究は間に合わないとしてもコメントを反映して原稿を作り直す意欲も大事だと思います」

    (2)いくつもの賞を独占しない
    魔理沙「私のような超絶美少女優秀研究者が賞を独占してしまうのは当然なんだぜ」
    霊夢「魔理沙さんはおいておくとして。たくさん受賞すれば嬉しいですし,なによりそれが受験に大きく影響します。気持ちはよくわかります。しかし,研究とは,ひとりでやるものではありません」
    魔理沙「ピア・レビューもそうだけど,研究者は共同研究という形で協働しているのは知っているんだぜ。これまでのコラムでも取り上げているんだぜ」
    霊夢「あなたと同じ世代に,あなたと同じように科学が好きで,研究が好きな『将来の仲間』はたくさんいます。かれらは,あなたと同じように,一生懸命頑張っています。あなたと同じように,評価されれば嬉しいですし,励みになります。しかし,かれらは,ちょっとした偶然か,時間の制約で,あなたのような素晴らしい成果を出すことはできませんでした。もし,あなたが,かれらだったとして,誰か一人が賞を独占して,自分の評価はいつもその人より低く,何の賞も取れなかったとしたら,それでも頑張り続けますか?」
    魔理沙「競争社会なんだから仕方ないんだぜ」
    霊夢「競争社会ならそうでしょう。しかし,先程も言ったように,中高生は,競争社会に身を置く私たち研究者とは考え方が違いますよね?」
    魔理沙「なるほどなんだぜ。霊夢が気になるのは,そういうことなんだぜ」
    霊夢「そうです。あなたは,いずれ勝者がすべてを総取りする競争社会に身を置くことになります。しかし,いまはそうではありません。あなたとあなたの仲間がともに未来を目指すために必要なことを考えてほしいと思います」

    7 研究倫理が大事です
    霊夢「高等学校では,平成34年から学年進行で新指導要領がはじまります。ここでの目玉のひとつは,新しくできる理数科でしょう」
    魔理沙「理数科は大学入試に使われる可能性もあるので,平成36年以降は,全国の高等学校で探究的活動をするようになるかもなんだぜ」
    霊夢「そのため,研究のルールをどうするか,今後はとても大事になってくるでしょう。ちなみに私たち研究者の世界の研究ルールは研究倫理と呼ばれています」
    魔理沙「スポーツでも芸術でも,公平な競争をするためにはルールを守ることが大事なんだぜ」
    霊夢「しかし,どうにも科学の研究ルールについて,あまり知られていないように思います」
    魔理沙「じゃあ,霊夢が頑張って教えるんだぜ」
    霊夢「ええ,そのつもりです。いま,中の人が本を書いてるんですよ。6月には刊行予定です」

    魔理沙「霊夢も頑張っているんだぜ。じゃあ,私は研究をがんばるんだぜ! ちょっと行ってくるんだぜ」
    霊夢「魔理沙さんが,研究に行ってしまいましたので,今回の説明を終わります」
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