「ガンバレ」さえ迂闊に言えないけれど
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「ガンバレ」さえ迂闊に言えないけれど

2020-09-21 21:12
    今回のカバー新作は
    約半年ぶりのNEUTRINO東北きりたんで
    中島みゆき「ファイト!」です。


    前回「ぼくのフレンド」時には
    DAWで直接Musicxmlを生成して後は無調声という形だった
    (当時はNEUTRINO専用の手軽な調声ツールがなかったこともある)
    今回はMusicxmlのエディタとしてCeVIOを用いた。
    その理由はまあ、以下の文章から察してくれ(笑)。

    ここで生成したMusicxmlは
    NEUTRINO公式で使用推奨されているMuseScoreに
    読み込むとなぜか(笑)全く正常に表示もされないし
    エディットもままならなかった。
    しかもCeVIOで書き出したMIDIをDAWに持ち込むと
    「DAWが落ちる」という厄介なことまであった(笑)が
    NEUTRINOに直接読み込む分には全く問題なかったので結果オーライ。
    前回も今回もコンセプトとして共通するのは
    「なるべく完成形に近いイメージでMusicxmlを作る」である。


    曲が曲なのでもともとこんな感じになることは
    もう最初っからわかっていた。
    そりゃあMuseScoreも混乱するわ(笑)
    32分音符が最小単位のCeVIOでどうやってこんな状態を?
    というのは置いといて(置いとくんかいっ!)、
    それでもこのコンセプトで製作したのは
    NEUTRINOは外部ツール(これも優れモノで)を用いても
    その構造上主に調声手順において自由が利かない部分がある
    (それはNEUTRINOが悪いわけでもなんでもない点に注意)からで、
    普段CeVIOを使い慣れている人物からすればストレスになる。
    今回も複雑な譜面なので、この調声部分で楽をするためには
    もともとのMusicxml作成時にどこまで作り込めるかが肝心になる。
    特に目的を持って曲制作をする場合は
    「最初から完成形をある程度イメージしないとNEUTRINOは難しい」。
    イメージする完成形が少しでもあると、
    「ここまではMusicxmlに任せ、ここから先は外部ツールで作り込む」
    の線引きが幾分か楽になる、というのが僕のNEUTRINO観。
    もちろん楽しみ方としてNEUTRINOのガチャ的要素をポジティブに捉え
    「どうなるかわからないからこそ面白くてやりがいがある」もアリだし
    「ぜ~んぶおまかせ~」でもいいと思うのであって、
    単に僕が今回もそうしなかったに過ぎない、
    ということは言っておこう。

    とかなんとか言いながら、
    今回の曲は「上手に歌わせよう」とはほとんど思ってなくて(笑)

    以前CeVIOで「最後のニュース」作った時はもともと
    (厳密にはそうじゃないけど)韻を踏んでいるかのような歌詞なので
    音楽的なツボを押さえた歌い回しにする必要性を感じた。
    別の言い方をすると「最後のニュース」はラップにも向くけど
    「ファイト!」は絶対に向かない。
    だから、ビートと少しくらいずれていたって全然構わない、というか
    合わせる必要をあまり感じなかった。
    原曲よりもテンポを上げ、早口で畳み掛ける形にしたので
    上手に歌うよりは、寧ろ不器用なほうが合うだろうと。
    それならこういう字余り字足らずの学習なんてしてないであろう
    NEUTRINOならば案外CeVIOよりこの曲に「逆に似合う」んじゃないかと。
    ここら辺は興味本位というか、
    限りなく譜割というものが存在しないような状態を投げてみたらどうなるか、
    そういう試みでもあるね。
    まあ結果としてはほぼ思った通りというか、
    どストレートが返ってきた!という印象。
    ただこうやって作ってはみたけれど、
    語りのスピード感はこのままでテンポだけを元に戻し、
    そのぶん「間」を感じさせるアレンジもあったのかなあとも思う。
    もうほとんど完成の手前の状態で気づいてしまったので
    そこまでしなかったけれども。

    映像について。
    まず東北きりたんのMMDモデル使用に関連して、
    今回の表現のためにモデルの眉毛の色と前髪の透明度を
    幾分か変更しておりさらには顔の半分くらいしか出さないし
    全く笑わないし、など、その旨をお伝えしたうえで
    モデル作者のもものは氏に問い合わせたところ
    使用を快諾してくださった。感謝申し上げる次第。

    どういう映像がいいのかな?と考えたときに
    いちいち口を動かすのも作るの大変だし、踊れる曲でもないので
    頬杖ついてぼーっとしてる画像でもいいかな、とか思ったんだけど
    きりたんって「かわいい」モデルしかないじゃん(褒め言葉)。
    今回かわいい曲じゃないしあんまりきりたんの公式設定に
    引っ張られるような絵面にしたくなかったんだ。
    だったらもう衣装とか口とか一切見せない絵面ならどうだろう、
    くらいの感じでスタート。
    曲が刻一刻と変化していくので絵も一枚絵じゃないほうがいい。
    目線は特に細かくこだわったつもりはないのだが結果的に、
    聴き手を直接見てるような時もあれば遠い目をしてるような、
    希望や意志があるようなないような
    それなりに面白い見方のできる仕上がりになった気はするな。

    さて、この曲は中島みゆきの作品中、
    シングルA面(この呼び方も古いな)以外の曲にしては高い知名度がある。
    そもそもファンでない僕でも知っている。
    90年代に何かタイアップがあったらしいが、それも含めて
    作品本来の魅力によるところが大きいということに尽きるけれど、
    これを「今」取り上げることには様々な考えが駆け巡った。
    タイトルにも書いたが、安易に「ファイト!」と声をかけることが
    鬱の人や既に限界点で頑張っている人には致命傷になりかねない点、
    それに
    「本当に闘ってる」人
    「闘ってるフリをして実は遊んでいる」人
    「闘ってるつもりで実は単に誹謗中傷してるだけ」の人
    「散々煽りつつ自分は絶対に安全なところから動こうとしない」人
    悲しいほどに、実に色々いる点。
    この状態でそれでも「ファイト!」と歌うことの価値を考えたい。

    歌詞はいろんな現実を「吐露」していくが、
    ネガティブな歌詞の裏で鳴るストリングスはそれへの「赦し」にも聴こえる。
    マイナーキーではなくメジャーキーであることも案外大きい。
    こうでなければ救いがないとも言える。

    今回は原曲のオケアレンジをベースにしつつ
    大幅に手を加えた(あるいは手を抜いた?)半アレンジカバーである。
    冒頭のオケを外して無伴奏状態にし、
    スネアをバスドラより先に出現させたりとか。
    逆に終盤ではこの曲の「肯定感」を前面に出すことにした。
    実は前作「悲しみよこんにちは」よりも取りかかりは少し早い。
    前に少しだけツイートしたがこの曲を通しで初めて聴いたのは
    中島みゆきのオリジナルではなく、
    淀川工業高等学校(現:淀川工科高等学校)グリークラブの演奏によるもの。
    記憶が定かでないが多分90年代の演奏でこれが実に素晴らしく、
    今回のはそれに似ても似つかないスタイルを採りつつ
    その演奏のテイストを少しでも載せたかった、のもある。
    あれがなかったら今回の作品はなかったと言ってもいい。
    あとこれは余談になるかもだけれど、
    昨年発売された「井上陽水トリビュート」中の「傘がない」で、
    終盤でコード進行がガラリと変わるアレンジに驚いたというのがあって
    (カバーアーティストはACIDMAN)、
    何かに背中を押されるような、
    「傘がない」なのに「ファイト!」を聴いてるような不思議な感覚を持った。
    その辺りも今回の作品に繋がっているかもしれないね。
    でもこういうの聴くと、僕のやってることって
    まだまだちっぽけだよなぁって思うね。
    意表を突くだけなら簡単だけど、
    そこにちゃんと意味を持たせるには力が要るよな。


    中島みゆきの作品に取り組むのは通算3回目でしかも過去2作もかなり前。
    それだけで彼女の作品を語るのもどうかとは思うが、
    彼女の曲のサビは繰り返しが多いなと。
    いろんな繰り返し方があると思うが、
    繰り返すからこそ、このサビはみんなが歌える。これは強い。
    今回は一人で歌っているけれど、
    サビを一体感を以て大勢で歌うのも絶対、アリ、だ。
    この作品がどう聴こえるのかは少し怖い。
    それでも多くの人に好意的に聴かれることを望んでいる。

    おまけ:
    今回は記事タイトル案として表記のタイトルの他に
    ・変化球のようなフリでストレートを投げられた件
    ・夜中に台所で僕は闘わない奴等に殴りかけたかった
    ・別に、散文詩が好きなんじゃないんだけれどな(通算5作目)
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