七夕
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

七夕

2014-07-07 17:46
  • 26
7月7日は七夕だそうな。

当たり前だけれど、僕はいい歳であるからして、
もう長いこと、短冊にお願い事を書くなんて風習からは離れて過ごしている。

そして、今日は生憎の雨。

ハッハーァ! 織姫と彦星、会えないだろうざまあみやがれ! などと思ったものの、
「あ、でも宇宙のことだから、雨とか関係ないか」と思い立ち、
「いや、だいたいこれ現実の話じゃねぇし」と考えは巡り、
「そもそも何を小さなことを考えているんだ、いい歳なのに……」と軽く自己嫌悪に陥る。


そんな世にもどうでもいいことを考えつつ、出先から帰路へ。

今日も今日とて先頭車両。
電車の座席に座りながら「早く仕事が終わったぞ、ラッキー」などと浮かれ模様で揺られていると、
とある駅で、母親と思しき女性と、四歳くらいの女の子が乗車してきた。

「座る?」と母親が尋ね、女の子は大きく頷き返す。

そして、僕の隣にちょこんと腰掛けた。
他が埋まっているものだから、母親は当然、その前に立つことになる。


僕は、人に席を譲るのが苦手だ。
まず、見知らぬ人に声を掛けるのが苦手だし、
勇気を振り絞って「どうぞ」と声を掛けたはいいが、「大丈夫です」なんて断られた日には、思わず緊急停止のボタンを押して、扉を開き、まだ停車しきっていないにも関わらず外に飛び出し、行過ぎる柱に思い切り体をぶつけて爆散したくなってしまう。

だから、普段席を譲るときには、何も言わずに立ち上がり、隣の車両まで逃げ出すことにしている。
正確にはこれを「席を譲る」とは言わないのだろうけれど、
そんなことは僕には関係が無い。あとはそこに存在する人たちだけでよろしくやってほしい。

そんな僕な筈なのだが、前述の通り浮かれ模様であったから、


「あ、どうぞ」


そう母親に告げ、立ち上がった。
これぞ正しき「席を譲る」のお作法だ。
とうとう、僕、やりました!
天国のお婆ちゃん! 見ていますか! あなたの孫はやりましたよ!


そうしたら、その母親はニッコリと笑って、言うのだ。


「大丈夫ですよ。すぐ降りますので」と。


うぎゃあああああああんまりだぁぁぁぁぁぁうひょおおおおうほうほうほ!


もう心の中で泣き喚いた。最後の方はゴリラ化した。
もし自分がエシディシだったら本当に涙を流して泣き叫んだまである。
そして怪焔王大車獄の流法(モード)でもって緊急停止ボタンを押し、外に飛び出し、行過ぎる柱に思い切り体をぶつけて爆散していたところだ。

でも僕は柱の男でも吸血鬼でも無いので、

「いやいやいや、もうもうもう、さささささ」とか訳の分からん言葉を発しつつ、
困惑するお母さんの反応を完璧に無視しながら、
お相撲さんが試合後に手刀を切って賞金を受け取るような動作を取りながらその場から逃げ出した。


しかし残念! そこは先頭車両なのでした!


運転席の扉が開いていたならば、おそらく迷わず進入していたことだろう。
暖簾を潜る仕草をしつつ、「よっ、やってる?」なんて声を掛けていたかもしれない。
当然ながら開いているわけも無く、また、仮に空いていたとしても、車掌さんに「やってるわ!」と怒鳴られ、山吹き色の波紋疾走(オーバードライブ(運転手だけに?))を叩き込まれて爆散していただろうし、
そもそも開いてないし、そしてそんな危ないことが出来るわけもないので、

あらん限り車両の壁に体を押し付けつつ、嵐(主に心の荒れ模様)が過ぎ去るのを待った。


すると、どうしたことだろう。
先ほどまで僕の隣に腰掛けていたはずの女の子が、何故か僕の横へとことこと歩いてくるではないか。


(これは一体……何が起こっている!?)


状況が飲み込めず、呆然とすること数秒。


まったく意味は分からないが、女の子は座ることを辞めたらしい。
お母さんも「すみません」と苦笑いを浮かべながら、僕に頭を下げてくる。
こちらはこちらで、引き攣った気持ち悪い笑みを浮かべながら頭を下げ返す。

「ありがと!」

女の子は僕にそう言った。

「お、おぉ……うん」

しどろもどろになりながら答える。


依然として状況が飲み込めないが、女の子は僕の隣に立ち、
何故だかこっちを見てにんまりと笑っている。


『席を譲ったつもりが、関係者全員が電車の中で立っている』


異常事態だ。ミステリーだ。解けない謎だ。
非常停止ボタンを押すタイミングは、ひょっとしたら今しかないのかも知れない。


その後も女の子は時折僕に話しかけてきたが、
正直、困惑していたから良く覚えていない。
対面に座っていた車中の女性とか、にやにや笑ってるし。

そうこうするうちに、次の停車駅へ。

自分が降りる駅はこの次の駅だが、いっそのことここで降りてしまうか?
いや、待て。母親は「すぐ降ります」と言っていたぞ。
するとここの駅で降りる可能性も否定できない。
一緒に降りて、更に次の電車を待つ姿を見られた日には、いよいよもってやり場が無い。

……ここは、あえての「見」だぜ。
ほら、この親子連れが降りる……降りる……降り……、


発車。


続行……か。フフ……フフフ……。
天ハ我ヲ見放シタ。


非常に気まずい思いをしながら、再び電車に揺られる。
すると、何を思ったのか、女の子は懐からお菓子を取り出し、
その一つをこちらに差し出した。


ハイチュウだった。


されるがまま、そのハイチュウを受け取る。


「ゴミはちゃんと捨てなきゃ駄目だから」


ハイチュウを渡しながら、女の子はそう言うのだ。

……ゴミ。
ゴミとは、僕のことだろうか。確かに言われてみれば、ゴミであるかもしれないなぁ、何せ殆ど人の役に立ったことが無いし、そもそも人の役に立とうと思ったこともないし、なるほどなぁ、ゴミだなぁ……一応腐っていても燃えるはずだから、自分を捨てるときは可燃物で良いいんですかね……?

などと瞬間考たが、彼女が指すゴミとは僕のことではなく、
ハイチュウの包み紙のことのようだ。


ハイチュウを受け取り、頭を下げる。
母親はいつまでも苦笑いを浮かべていた。


そして次の停車駅。

「また会おうね!」

女の子はこちらに手をかざす。
俗に言う『ハイタッチ』というヤツだ。
僕はまた、されるがまま、女の子と手のひらを合わせる。

そうして、女の子と母親は駅のホームへと降りていった。


(同じ駅か……フフ……フフフ)


気まずさ絶好調! なんだこれは苦行か!
どうしよう、もう一駅区間揺られる? いや、でも、流石にアホくさいし、車中に取り残されて他の人の視線を浴び続けるのも居た堪れない。

よし……ここは、牛歩戦術だぜ。

母親と女の子が降りてしばらくしてから、ギリギリのタイミングで電車を降りる。
二人の背中を視界の端に捉えつつ、ゆっくりと駅構内を歩く。


そうして、ようやく、開放された。
非常に痒い時間だった。
嫌な思いではなく、むしろ好意的に捉えられる事象ではあるのだけれど、
しかし、痒い時間だった。


「また、会おうね」か。


恐らくもう会うことも無いだろうし、明日になれば彼女は僕の顔すら忘れていると思うが、
もしもまた会うのならば、それは1年後とかで良いだろう。


なにせ、今日は七夕だし。


十五年後とかになって、絶世の美女になって、
「あの時の私です!」って会いに来てくれたら、
そして「恩返しです!」とか言って隣の部屋で布なんかを織ってくれたら、
僕はきっと覗かないと思うので、
いつまでも幸せに暮らしましたとさ。






ハイチュウの味は、グレープだった。
久しぶりに食べると、これがまた、おいしいのなんの。
広告
他16件のコメントを表示
×
もしかして、七夕に楽しいひと時を願ってたから叶っちゃった?
71ヶ月前
×
鉄塔さんの小さな織姫さまですね。
本当に素敵な文章です。
71ヶ月前
×
夢落ちじゃない・・・だと・・・
71ヶ月前
×
ほっこり
71ヶ月前
×
鉄塔さん!鉄塔さん!
実は「席どうぞ」の時に「あと1~2駅なんで(嘘でもホントでも)」
前置きでも言っちゃった後にでもつけて言うと成功率あがるんです。察して貰えます。
そして失敗しても次の駅で降りて車両移動もし易いメリット付きです。ってマジレスしておきます。
71ヶ月前
×
素敵なお話ですね。ほっこりしました^_^
71ヶ月前
×
最初はなんだほっこりする良い話じゃないか
と思って読んでいましたが
最後まで読んで自分の認識の甘さを思い知りました。
鉄塔さん、流石です。
私も鉄塔さんのように極みに立てるよう頑張ります。
71ヶ月前
×
一歩間違えれば事案まったなし
71ヶ月前
×
いやぁ、これはかっこいい。というか文章がずるいですw
でも、この照れ方が人の良さを感じさせますなぁw
71ヶ月前
×
いえいえw面白かったですw
71ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。