• ちと千夜の過去(しぶくぼシリーズの話)

    2020-03-06 19:00

    このツイートから、更に思案を重ねた結果、
    ちと千夜の過去を完全観測することに成功したので、ここにご報告します。
    勿論全て捏造だから変な勘違いしないでよね!(謎ツンデレ)
    うるせぇ!公式と違かろうが、これが俺の世界だ!

    と、言うことで、
    これでようやくしぶくぼシリーズでの歩を進められます。
    いや、その前に第二部完遂させろ。

    じゃあ以下に箇条書きっぽく記しておきます











    千夜(4才)、産みの親に置き去りにされる。
    その際のショックによりそれ以前の記憶を名前含めて全て忘却する

    つまり千夜という名前も本来では無い。
    これは、



    この「私が唯一持っているものの名前です。」という、
    ある種”名前”すらも”自分”から一線を引いているようなセリフから。

    産みの親は捨てたのかそれとも事故や事件で迎えに行けなかったのか
    仔細は不明のまま孤児院に引き取られる。



    千夜(4才)、ちとせ(6才)と出会い、親交を深め【千夜】という名前を貰う

    ちとせも孤児ということにしました。
    千夜と違い、赤ん坊の状態で孤児院の軒下にいたみたいなあれ。



    モノローグで「恵まれた家柄」って言ってる?
    血筋とは言っていないのでセーフ!(強引)

    ちなみに孤児にしたのは、
    そうすると黒埼家と微妙な距離感がありそうだったりするのが解消されるし、
    なにより孤児時代を千夜と共に過ごしたという疑似家族状態を既に体験してると
    現在の「ただの友達」というには余りにも深く干渉している理由になりそうなので。
    ついでにガチで出自不明だと「吸血鬼の末裔らしい」というウワサを流す流せる一端になるし。

    孤児院なら寄贈なんかの児童図書やおとぎ話の絵本とか潤沢にありそうなので、
    ”身体の弱い”ちとせちゃんは好んで読み込んでたんでしょう。かわいいですね。

    【千夜】という名前は千夜一夜から。「明日はもっと面白い」




    この頃は、よく千夜に読み聞かせしてるちとせちゃんの姿が見られたそうです。
    あいらしいね!


    ちとせ(8才)、黒埼家に引き取られる

    年の割に聡明で一際美しく要領や愛想の良いちとせちゃんは
    子に恵まれなかった名家である黒埼家の目に留まり養子として迎え入れられることに。

    離ればなれになるのは寂しいけれど幸せになれるからと送り出す千夜ちゃん。健気だね!
    ちとせちゃんも定期的に手紙を交わす約束をするのでさみしくないよ。

    そうして送られてくるちとせちゃんの手紙の
    「養親が優しくしてくれて嬉しい」だとか、
    「学校で友達が一杯できた」とか喜びに満ちた文面に千夜ちゃんは
    代わり映えのしない毎日を綴るしかない自らの境遇に悲観しつつも、
    「自分もいつか、こうなれるのかな」と思いを馳せます。いじらしいね!



    孤児院、焼失

    はい、じゃあここで全部燃やしますね。



    千夜(10才)、白雪家に引き取られる

    文通が途絶えて心配していたちとせちゃん(12才)はようやく千夜を見つけますが、
    あちこちタライ回しされて、すっかりやさぐれてしまっていました。
    幼いちとせの力ではどうしようもなく無力感に打ちひしがれつつも、
    黒埼家と所縁があり同じく子を欲していた白雪家に預けることに。

    年単位での根気強い千夜ちゃんとのコミュニケーションにより、
    千夜ちゃんも「ここが私の居場所かもしれない」
    「この人達が求めていたものかもしれない」と思うようになります。

    やったね千夜ちゃん!家族が増えるよ!



    白雪家、全焼

    今です!このタイミングで何もかもを燃やすのです!



    千夜(12才)、黒埼家に迎え入れられる

    一方その頃、ちとせは自らの余命が短いことを知り茫然自失のような状態に。
    心優しい黒埼家の人達はなんとかしようと考えあぐねていた所に
    丁度良く(良くないが)千夜が焼け出されたと知り
    「せや!一緒に住まわせれば二人とも心身回復して一石二鳥じゃん!」
    みたいな感じで千夜をなんやかんや使用人として雇う&後見人に。

    ”白雪”という姓を捨てなかったのは唯一”燃えなかった”ものだから。


    そして日本を離れ海外暮らしで静かに療養することに。



    千夜(14才)ちとせ(16才)の時。黒埼家に第一子が生まれる

    と、静謐な毎日を過ごす中、ちとせの養親に子供が出来ました。
    勿論、私の考える優しい世界なのでちとせの養親は
    実子と養子を区別や差別するなどということはしませんが、
    そういう所に気を使うのがちとせ。
    良い機会だからと自分の死後、千夜の処遇を考えるためにも二人だけで日本へ帰国。

    ルーマニアの入出国制限?知ら管。

    ちとせが二年休学したのは体調を整えるのが建前で、
    千夜と同じ学校に通いたかっただけだよ。

    ちとせ(19才)千夜(17才)、デレマスPと出会う

    デレステ√かモバマス√かは神のみぞ知る。

    ちなみにしぶくぼルートなのでどうなるかは分らないよ。







    ふぅ、先走って作ってしまった動画と齟齬が出そうになくて助かるぜ……。








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  • 黒埼ちとせは二度死ぬ

    2019-11-08 19:00

    ちとちよループ理論が完成したので、ここにご報告いたします。
    上手く伝えられるかどうかは分かりませんけど……。

    あ、前回の記事もちゃんと見てね。



    ということで「ちとちよループ理論」ってなんぞや?
    という皆様、いきなりのトンチキ理論で混乱してることでしょう。
    その説明の前に、基幹である白雪千夜についておさらいします。



    <見た目はドストライク>




    と言うことで彼女、
    白雪千夜とは『黒埼ちとせお嬢さま』の従者として仕えてる身とはいえ、
    その実態は別段メイドだとか雇われ人という事でも何でも無く、
    ぶっちゃけてしまえば『お嬢さまとそれに仕える従者』というごっこ遊びなんですよね。



    そして千夜の本質を表しているだろうシーンがコレ。





    <それでも、と言い続けろシラーユキ>

    ざっと纏めると白雪千夜とは、
    自分の存在意義を失うも、それでも自身が存在する意味を求めている。
    訳ですね。
    そして、かつて全てを失った中で見つけた意義が「ちとせお嬢さまのお世話」なのです。

    ただ、それを自身の存在意義と定義しつつも「果してそれは本当に絶対的な”意味”なのか?」
    という物を探し続けてもいる。
    そんな千夜だからこそ、ちとせも

    と、言うように千夜を外の世界へと送り出そうとするわけです。
    仮に千夜が「ちとせお嬢さまの世話」を絶対的な存在意義として定義していたとしたら、
    おそらくちとせの性格上
    「しょうがないから一緒に死んじゃおっか?」みたいなノリだったでしょう。
    っていうかあいつはそう云う事言う。俺は詳しいんだ。(彼氏面)

    そんな訳で、
    従者の役割を演じるという従順そうで、
    その実アホほど頑固でめちゃくちゃ自我の強い千夜ちゃんが、
    モバマスというP(プレイヤー)と一対一で向き合う世界でどのようになっているかというと、






    <投稿者コメントは当時の心境そのままです。>

    はい。
    「はい、じゃないが。ちゃんと説明しろ」

    そういうことでモバマス世界の千夜、
    一見するとデレステ世界と違いが無いように見えますが、
    なんだかちょっと違和感がある。
    これはデレステ発の他の三人(ちとせ、凪、颯)も同様なのですが、それはまた別のお話。
    焦点を千夜に戻して、具体的にどう違和感があるのかというと、







    こちらが、デレステの千夜。

    態度はとげっちぃが「アイドルをする」という事に関しては
    割合ポジティブな反応なんですよね。
    そもそもPに対して態度が悪いというか言葉を選ばないのは、
    元々千夜がそういう『無礼』なキャラではなく、
    それはVelvetRoseイベコミュでの杏やクラスメイトへの態度を見れば明白で、
    距離が近いというか、
    おそらく千夜はPを「自分と同類の存在」、『仲間』か何かだと思っている節があるのです。

    故に一歩引いた態度、つまり敬語(丁寧語)を使わず、割とフラットに接しているんですね。

    それでも(暗黙の了解ではあるが)年上に対してその態度はどうなのか、と言うこともあるが、
    それはそれでまた別の問題である「白雪千夜は大人になりたい子供である」という事と
    関係するのですが、それは今回の話には直接関与しないのでオミット。

    閑話休題。

    そして千夜が「アイドルをする」と言うことに関してポジティブなのは、
    前述した「全てを失っても尚残った自分の”意味”とは何なのか」を探している千夜にとって、
    その『アイドル』は自分(千夜)に何をもたらすのか、
    存在する”意味”たり得るだろうかを知ろうとしてるわけですね。
    なので、本人は無自覚でしょうが「アイドルをする」という事に関して
    ポジティブに向き合ってるわけです。

    そうして特訓させていくと






    めっちゃウキウキだな!お前な!





    しかし、それはそれとして初期衣装をボロクソ言うのは、
    やはり「意味を探す」という千夜の思惑を鑑みれば、
    「お嬢さまの僕《しもべ》ではない自らの意義を求めたのに、
    従者の象徴であるメイド服着せるとかばかなの?死ぬの?」って感じも含んでいるのでしょう。

    ともかく、デレステ世界において
    単なる『お嬢さまの僕《しもべ》=上下関係』ではなく
    『価値ある存在を引き立たせる=並列関係』という
    新たな意義の獲得と黒埼ちとせとの関係の再定義を果たしSSRがやって来るわけですが……。



    千夜SSRはないから画像もないよ。(かなしみ)






    さて、という訳でモバマスの千夜を改めて見てみましょう。






    全部貼るのは面倒だから止めるけど。

    デレステ世界の千夜と比べてどうでしょう、
    全体的にやる気が無いというか覇気が無いというか
    アイドルに対して消極的ではありませんか?

    まぁ、でもデレステでもこんな感じだったし、
    VelvetRoseイベという前提がなければこういう感じかな?
    って割合スルーしてました。

    ただね、そのイベントがないのに、
    じゃあなんでコイツはアイドルをし続けているのか?

    そもそも、
    「ちとせが千夜をPの元に送り出した」動機自体が不明(ちとせがアイドルになったかどうかすら不明)な
    モバマス世界において、
    本当になんでコイツはアイドルをしているのか?
    一応「お嬢さまに言われて来た」という前提は共有ですけれど。

    そして『あいさつ』の欄を見比べて、
    感じた違和感の原因が分かったんですが、
    「意志の強さ」というのがすっぽり抜け落ちてるんですよね。要するに。



    変な話、ちとせ関係なく千夜は『意思』というのは持ち合わせてるんですよね。
    だから「ちとせお嬢さまには従う」と自らの意思で決めているので揺るがないし、
    Pに対しては「お嬢さまの命令だからお前に従ってるだけで、変なことしたら刃向かうからな」という態度。
    それがモバマス世界に来た途端にそれを失っている。

    動画コメントでも書いていたように、
    当時は「ちとせが死ぬ定めにないから千夜をガチガチに縛り付けている」
    と考えていたのですが、
    モバちとせの様子を見ると、どうにもそれは無い。


    ならばモバ世界で千夜が”違う”理由とは……?




    まるで自我を喪失したような様相の原因とは……?




    喪失……?






















    まさか、このカード(初期千夜)では黒埼ちとせは既に死んでいる……?





















    「え、こわ。ホラーかよ」と思った貴方。そうではありません。
    モバマス世界においても黒埼ちとせは生きています。
    が、それは世界線での話。
    時間軸、特に固有の物がカード毎に異なるとしたら?
    年齢が同じなのに学年が違うという他所のポカ(ポカ言うな)を設定として組み込んでいたら……?



    ということで、「ちとせが死んでいてもう居ない」
    という前提で千夜のカードを見てみると、
    なんというか、違和感のピースが綺麗に嵌まってしまうのですね、これがな。

    特に決定的なのがコレ。



    デレステと同一であると思っていると看過してしまうが、
    『ちとせが死んでいる』という前提で見ると、
    確かに「かつて」という言い方はおかしい。
    それはまるで「仕えていた昔を思い、今は仕えていない事実の確認」という風にも捉えられるからです。

    そしてそれは特訓後の『あいさつ』にも現われていて、






    初期衣装をボロクソ言うのは変わらないけれど、
    『ちとせが死んでいる』という前提で改めてみると




    デレステでは「気に入るだろう」と予測しているのに、
    モバマスでは「嫌われるかどうか」を気にしている。

    これはつまり、
    「悪趣味=既に存在しない主人に仕えさせる」
    「そして故人の反応など知ることは出来ない」
    という複合要素による不快感の発言が
    『ちとせの不在』の証左となるのではないのだろうか。



    ちなみに、この「お嬢さまがそう願ったから」も
    くっそ重いセリフになりますねクォレハ……。


    「んで、じゃあちとせが死んでいたとしてモバでは千夜はどうなるの?」
    と疑問に持つでしょう。私も持つでしょう。いや持つ。持った。


    結論としては「どーにもならない」です。
    まず前提として
    『ちとせがアイドルになったから死後千夜もアイドルにしようとした』
    という場合は、ちとせがアイドルになった経緯がデレステままなら、
    そのままデレステ√に入ってしまうので、
    明らかに単独でアイドルになっているモバ千夜には当て嵌まらず、
    そうなると
    『ちとせがアイドルにならずに死んだが遺言か何かで千夜をアイドル事務所に向かわせた』
    となるが、その場合千夜がアイドルになる意義を持てないし、
    実際モバのカード(初期千夜)では確かに意義を持てていないのです。

    ただ「Pがちとせを知っている」場合、更に分岐し、
    「メイド衣装を着せることにより、
    既にいないちとせという存在と関係性を保持し続けられる」
    という更なる意義を発生させられますが、
    ご覧の通りモバマスの千夜はそういう”気づき”を得ていない為、
    その意味合いは”存在していない”のでしょう。



    とどのつまり、モバでの初期千夜はもう詰んでいる。と言っても過言ではありません。








    そして、ここからが『ちとちよループ理論』です。





    「ちとせが死んだ状態で千夜をアイドルにしてもどのみち詰むのであれば、
    時計の針を戻してやり直せば良い」



    です。

    そして実際、デレマスの世界はいわゆるサザエさん時空。
    ある種のループ、あるいはらせん構造の世界です。

    さらに別時空にはデレステという世界線も存在する。


    ならば……。


    そう、つまり『ちとちよループ理論』とは
    「モバマスの初期千夜を”一周目”とし、デレステの世界を”二周目”とする」のです。

    何を言ってるのか分からんと思うが、私も何を言ってるのかよく分からない。












    まーこれは、元々千夜の為の理論ではなく、
    ちとせの正体が余りにも不明だったのであれこれ考えている内に、
    「そもそも黒埼ちとせとは『白雪千夜の物語』のサブキャラクターではないのか?」
    という考えの補強のための理論でした。

    なので、元々「デレステ世界のVelvetRoseが二周目なのでは?」
    という仮説の裏付けとしてモバ千夜の分析をしていたので、
    思考の流れとして大分前後が逆転してるため分かりづらいんですね。

    反省反省♪



    話を戻して。



    そして「そんな謎理論、そもそも必要なの?」と思いでしょう。
    必要なんです。
    それはVelvetRoseのハッピーエンドの為ではなく、
    「黒埼ちとせ」と「白雪千夜」のトゥルーエンドの為に。


    さて、

    ちとちよの根本的な話として、
    この二人、元々の問題が別々なんですよね。
    厳密には「問題は白雪千夜にしか存在してない」のですが。

    詳しくは前回の記事を参照してもらうことにして、
    その根本的な問題に対してデレステPひいてはVelvetRoseイベントは
    解答として正当な物かどうかですが、
    結論から言えば失敗と言わざるをえません。

    なぜならば千夜は「自らの絶対的な意味を探し続けている」のに、
    結局「ちとせが死んだ以後、お前はどうするんだ?」という命題に対して
    なんら明瞭な解を得ていないんですよね。
    アイドル活動もちとせに依存してるのは変わりないので。
    そしてそれはひるがえりモバ千夜に降りかかった命題であり、
    モバの千夜もどうにも”自分自身と向き合って”特訓しても解を得ていない様子。

    「VelvetRoseとして再定義されたから解決した(する)のでは?」
    と思う方も居るでしょうが、
    あれも関係性の再定義をしただけであり、そもそも問題にすら触れていませんね。
    あくまでも『リスタート』もしくは『リセット』であり『エンドマーク』ではないのです。

    そして私は
    「失敗してるんじゃないかなとは思うけど、
    この物語性の重さならなにか特殊なイベントやら何やらで補完するのでは?」
    と、最初の頃は考えていたし
    他のアイドルの出番を明確に奪う行為ではないかと危惧していたことでした。

    しかし、半年以上経った現在、
    なにか彼女達に”特殊”な事をしたかと言えばそんな気配はありません。

    「周年曲歌ったじゃねーかよ!」とか反論されそうですが、
    『物語』という点で見れば扱い方は他のアイドルとなんら変わらないのです。
    コミュも別に要素は撒きつつも
    白雪千夜(と、ちとせ)の抱えた問題を掘り下げようとはしなかったでしょ?

    とどのつまり、
    「公式は提示(暗示)された千夜の命題を解決する気はない」という事なんですね。
    そしてそれはデレマス世界におけるほぼ全てのアイドルに課せられた
    『アイドルをし続けるための呪い』でもあります。
    これはちとせも同様で「アイドルをし続けるために死ぬことは許されない」んです。
    まぁ、この辺りはおいおい話すとして。

    話を戻して。

    そして、その「公式が解決する気が無い問題」に対して我々はどうすべきか?



    なにも深く考える必要はありません。
    単なるユーザーであるならば、公式が供給する『VelvetRose』に満足すれば良いのです。
    素直が一番!ラブ&ピース!
    そしてデレステ世界でアイドルをし続ける限り、ちとせも生存し続ける!
    やったぜ!ラブ&ピース!
















    じゃねぇよ!千夜もちとせもデレステ世界じゃ結局救われねーじゃねーか!

    と憤りを覚えた私みたいな人。

    そうです、結局の所「それって根本的な解決にはなりませんよね?」
    と言いたくなるような問題の先送りであり、
    デレステ世界のままでは行き着く果ては
    やはりちとせの死とモバ初期千夜の状態のリフレインでしかないのです。

    ただ前述の通り
    「ちとせをPが知っているので、
    ふざけたメイド服もどきがちとせを想い続ける象徴となり得る」
    希望は残りますが、やはり心の灯が付き続けるのは難しいと言わざるを得ません。
    まぁ、P(プレイヤー)が頑張って更に物語を紡げればあるいは──













    しかし救いはあります。


    その為の『ちとちよループ理論』です。





    一周目もダメ、二周目もダメなら、三週目に行けば良いのです。





    そして、その入り口はもう既に公式に存在している。











    To be continued....
    『黒埼ちとせにとってデレマス(モバマス)世界は──』




  • 『谷の底で咲く花は』は呪いと決意と祝福の歌である

    2019-05-23 07:35


    前回の記事は感情のままに書き殴ってしまったので大分乱文ですね。
    今回はちゃんと精査しましたよ。
    できてるかどうかは君の目で確かみてみろ!




    というわけで記念すべき白菊ほたるのソロ曲『谷の底で咲く花は』は、
    やはり過去と現在と未来の三点で歌われる曲だと思うのです。



    根拠としましては歌詞の最後、世界を素晴らしいと認識した後の
    嵐の夜が去った世界を思い、「わからないよ でもここで咲く」の辺り。

    率直に言えば、曲が終わった後、
    「うぉおおおお!俺が迎えにいくぞおお!うぉおおお!ほたるううううううう!」
    ってなったんですよね。
    つまり、私にはデレマスの事務所に来る前の白菊ほたるを思い出した訳ですよ。
    いや来る前に具体的にどうだったかは知らんけど。
    まぁ、端的に言えば前回の記事で言ったとおり
    「過去のほたるが憧れを抱いても自らの不幸でどうにも出来ない絶望を呪って歌う」
    という認識だったんですね。



    しかし、この歌を「デレマス事務所に来たほたるが歌う決意の歌」という認識の人も居て、
    まぁ、当然と言えば当然、なんでわざわざネガティブに捉えなあんのや。って話。

    とはいえ、やはり自分の直感は信じたい、けれど現在と捉えるのも間違いとは思えない。
    ならば、ひょっとして、更に押し進めて未来で歌う可能性も存在するのでは?
    という考えが浮かんだ訳ですね。

    では、『谷の底で咲く花は』を分解して理解しましょう。




    まず歌詞を、

    谷の底で毒の身を呪い「生まれ変わり日向で咲くの」と歌う一番。

    渡り鳥が嵐を告げ「待ちわびた瞬間なのに震えていた」と歌う二番。

    嵐の夜が明け「空を見上げ思う これが希望」と歌う三番。

    そして、世界が変わっていく中「わからないよ でもここで咲く」と歌う四番。

    に別けます。




    大体なんとなく、一番が過去であり、二番が現在、三番が未来を歌っている感じがしますが、
    そこで不思議なのが四番の立ち位置。
    これ、過去現在未来のどこでほたるが歌うかでまるで意味が変わるんですよね。


    まず、この歌を過去のほたるが歌う場合。
    大方の見方は前回の記事と変わりませんが、
    一番を主軸とし「ほたるがデレマス事務所に来る前の過去の歌」とした場合、
    一番は生まれ変わるしか活路を見いだせない絶望。(既知)
    二番は生まれ変わる為に乗り越えなければならないだろう試練への不安。(未知)
    三番は生まれ変わったとき見えるだろう景色への憧れであり儚い希望。(未知)



    そして、四番に視点が『過去』つまり「ほたるが事務所に来る前」に戻り、
    「いっそ全てを諦めて終えられれば楽になれるのに、
    どうして希望を見ているのか」と苦しみながらも、
    「毒の身のままでも、それでも私はここで咲くしかない」という憧れに縛られた呪いの歌になる。

    つらみ。

    だが、それは既に過去の話。
    現在のほたるはデレマス世界にきてアイドルになった。




    それじゃあ次は視点を現在に置いてこの歌を歌うとどうなるか。

    一番は既に為った再生への回顧。(既知)
    この辺りはデレステのストコミュが一番分かりやすいですね。
    ただ、デレステだと「これから再生するぞー!」っていう比較的前向きさのある感じですが。
    二番を主軸として歌う、つまり『現在』の“アイドル”という望んだ存在になれたはずなのに、
    実際は──あるいは思っていたとおりそこは嵐のような世界であり、
    臆して震えてしまう恐怖。(既知)
    三番は恐怖を感じつつも何時か見た憧れに手が届くという可能性を見る、か細いが確かに見える希望。(未知)



    そして四番で『現在』のほたるに戻ると、
    アイドルの世界を知り、厳しさや無情さを知ってもなお、
    やはりそれでもアイドルでありたいと願う決意の歌になるんですね。




    最後に未来です。
    『未来で歌う』ってなんや?とお思いでしょうが、
    単刀直入に言えば「アイドルを辞めた後で歌う」歌になるんです。
    その視点を持って見ると、



    一番は、不幸という毒を呪い、生まれ変わるしか無い絶望を抱いていたという事実。(既知)
    二番は、なんとかアイドルになれたものの嵐のように激しくただ翻弄されるだけだった思い出。(既知)
    三番を主軸──つまり『未来』のほたるがここを歌うと言うことは、つまり、
    「それら全ては今、私がこの素晴らしい景色を見る為にあった」という肯定。(既知)
    これが希望だとハッキリと確かに言えるようになるんです。



    そして四番。
    未来にアイドルを辞めたほたるが何を思うかというと、
    確かな希望を得て不幸な過去を肯定できるようになった彼女には
    世界が変わろうとも、
    自分が変れなくても、
    『白菊ほたる』という花《アイドル》がファンの心に強く残るか、
    それとも一時の娯楽として消費され枯れ果てようとも、
    最早関係なく、
    ただただ「でもここで咲く」と自らの将来を祝福する歌になるんです。
    少なくとも俺には笑顔でそう言ってのけるほたるの顔が見えた。




    この『未来』に考えが至ったとき、ちょっと泣いた。
    ちょっとだけだぞ!




    しかし問題はこの『未来』は「絶対に」と言えるぐらいには来ないと言い切れてしまう。
    なぜならこの『未来』は「ほたるがアイドルを辞めた」時間軸であり、
    別の言い方をすれば「ほたるが自らの不幸を肯定しきれた」瞬間であり、
    その時が公式で来るのか?という疑問。




    まぁ、ありえないんですよね。
    だって、“不幸である”事、
    それは白菊ほたるというアイドルの重要なファクターなのですから。







    そしてデレマスの世界は「アイドルを辞める」という事を許さない。




    これは同時にどんなに保有するエネルギーがすり切れようとも
    「アイドルであり続けなければならない」魔法(呪い)でもあるんですね。
    つまり『未来』が「置き去りにされ忘れ去られるだけの花」となる可能性も存在してるんです。
    むしろそっちの公算の方が高い。



    決して届かない未来に希望を抱かせるなんて残酷な世界と思うじゃん。



    でもこれはあくまでも『システム』の話。そういう『物語』ではない。
    そもそも『物語』がデレマスには存在していない。



    つまり、ガラスの靴を見つけたのなら後は届けるだけなんだ。