しぶくぼシリーズEX03『大事な事一つ』椎名法子がドナ神様に出会う話
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しぶくぼシリーズEX03『大事な事一つ』椎名法子がドナ神様に出会う話

2019-03-28 10:58
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あたしにはお母さんしかいない。

それが“当たり前”じゃないって事に気付いたのは
あたしが小学生になってしばらくしてからだった。


あたしはドーナツが大好きだ。

いつも仕事で遅くなるお母さんだけど、
いつもドーナツを一つ、おやつに買ってきてくれる。
いつもあたしはそのドーナツを半分にしてお母さんに渡そうとするけど、
いつもお母さんは困った顔をして「全部法子が食べて良いよ」って言ってくれる。

そんなお母さんがあたしは大好きだ。


もうすぐ中学生になるっていう時に
あたしはついお母さんに
「どうしてうちにはお父さんが居ないの?」って聞いてしまった。
その時のお母さんのとても悲しそうな顔は今でも忘れられない。
きっとずっと忘れられない。


その日のドーナツは美味しくなかった。


夜、お母さんはずっと泣いていた。
あたしが寝付いたと思ってるのか、1人でずっと泣いていた。

法子はもう中学生だから、あたしはもう子供じゃないから、
うちが貧乏なのも、お父さんが居ないのは人には言えない理由があるのも、
なんとなく分かってたんだ。

でもあたしは理由を聞いちゃったんだ。
お友達が小学校の卒業旅行にお父さんとお母さんと一緒に行く事や、
お父さんからプレゼントしてもらった話を学校で聞いちゃったから。

「どうしてあたしにはお父さんが居ないんだろう」
ずっとずっと聞きたくて聞けなかったそのモヤモヤを。
辛くても辛くても黙っていたその事を。

布団に潜り込んだあたしは凄く後悔した。
大好きなお母さんを泣かせた事、
大好きなドーナツが美味しくなくなった事、
法子が居るせいできっと貧乏なんだって事、
全部全部後悔した。


もういっそドーナツに産まれれば良かったんだ。

そうすれば──






気付いたらあたしはふわふわした空間に居た。
モコモコの、これはきっと変な夢。

「法子……法子や……」
ふいにおじいちゃんみたいな声がした。
でもあたしのおじいちゃんは随分前に死んじゃったって聞いていたから、
もしかしたらここは天国か地獄なのかもしれない。
そう思って声のする方を向いたら、
ドーナツにおひげが生えた不思議なモノがそこにあった。

「ワシはドーナツの神様じゃ」
いくらあたしでも「あ、これは夢なんだな」っていうのは分かった。
でも言わずにはいられなかった。
「ドーナツの神様なら……あたしをドーナツにしてくれる?」
「残念じゃが、ワシにそんな力は無いんじゃよ」
「そう、なんだ……」

「悲しい事があったんじゃな」
「分かるの?」
「ワシはドーナツの穴から全てを見ておるよ。
じゃから今回だけ特別にワシが法子に会いに来たんじゃ」
「どういうこと?」
「ワシはドーナツの穴から見る
法子が美味しそうにドーナツを食べる姿が好きなんじゃ。
じゃから法子が悲しみの雲に隠れてその輝きが喪われるのは嫌なのじゃ……」
「でもあたしはもうドーナツを美味しく食べられそうにないよ……」
「何故じゃ?ドーナツはいつでも美味しいぞ」
「でもこんな気持ちじゃ美味しく食べられない……」
「法子や、広がる雨雲に気持ちを閉ざしてはダメじゃ。
その向こうに輝く太陽を忘れてはいけないのじゃ」

「法子や、ドーナツを嫌いになったか?」
「ううん」
「法子や、お母さんが嫌いになったか?」
「そんなことないよ!」
「そうじゃ、その気持ちを──大事な気持ちを忘れてはならないよ……。
そしてワシが今回お主に伝えたいのは
『ドーナツを愛してくれてありがとう』それだけなのじゃ」
「え? それだけ?」
「それだけじゃ。世界にはその気持ちだけでいいんじゃよ」


「法子や、ドーナツの穴は決して無ではない……、
ドーナツの力を信じるのじゃ……、
そう……ドーナツの持つ……輪の力を……────」













目が覚めると隣にお母さんが居た。
何年ぶりだろう、お母さんと一緒に寝たのは。

でも、そうだ、そうなんだ。
あたしはお母さんが好き。
あたしはお母さんがくれるドーナツが好き。
一緒に食べるドーナツが好き!

それは、それだけはきっとずっと変わらないんだ。

気付くとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
見慣れた部屋なのにいつもと違う感じがした。

なぜだか急にお腹が空いたから、
昨日の夜に食べ残しちゃったドーナツをパクッと一口。

それはいつもと同じ、美味しいドーナツだった。



「アイドルになりたい?」
「うん!
アイドルになってドーナツの良さをもっと皆に広めたいんだ!」
「でも、うちにそんなお金……」
「大丈夫!
このオーディションに合格すれば
レッスン代とか要らないんだって!」

その後、あたしはどうしてドーナツアイドルになりたいのかを
真剣にお母さんに話した。
お母さんはあたしの持ってきたパンフレットをしばらく見た後、
少し考え込んだ。
それでもダメって言われたらしょうがないけど、
きっと別にアイドルにならなくたって、
あたしとお母さんを繋いでくれたドーナツの輪は広げられる。
でもアイドルになれば、凄く沢山の人に輪を繋げられるから、
どうしてもあたしはアイドルになりたかったんだ。


そしてお母さんはあたしの目をじっと見た後、
「法子に夢が出来たのね」って言って笑ってくれたんだ。


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というわけで、しぶくぼシリーズの法子ちゃんは答えを得た上でアイドルになったので、
メンタルは作中最強格です。ワァオ
ちなみにドナ神様の親戚筋はゲッターとかイデとかビムラーです。

パンの神様?
そんなのいる訳ないでしょ……ファンタジーやおとぎ話じゃあるまいし……。
「うそだァァァァァ!!」
6ヶ月前
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