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  • いまさらZazen Boysにハマっているおれ

    2015-08-10 12:59




    いちおう高校のときから軽音部でドラムなんかやってましてね。
    そのころはアジカンとバンプをよく聞いていました。

    アジカンにはN.G.S.って曲があって、これがNumber Girl Syndromeの略だってのは、当時やってたSchool of Rock(Lock?)ってラジオだかで知ったのだったか。



    そのときは、そもそもNumber Girlのことも知らなかった。
    知ったのは、ぼくが高校を卒業して浪人してたときのバンドに、サポートで入ってくれた、普通の大学生のギターのF君が、「鉄風鋭くなって」を聞かせてくれたのがきっかけでした。



    でも、当時のぼくは「なんだこんなもん」って思ってました。
    (いや、いまでも実際、Number Girlの方は、なんだか声がよく聞こえねーし、Zazenに比べて「もっさり」してるカンジがして、そんなに好きではないんですけど。)
    というわけで、ここで一度向井秀徳を完全スルー。

    再び出会うのは、Honnojiという曲でした。
    ニコニコに上がってるライブ映像かなんかを見たんですけど、すごかった。



    歌詞は意味不明なのに、雰囲気と演奏とに圧倒され。
    変拍子なのもいい。

    最近好きな曲はだいたいZAZEN BOYS 4というアルバムに入っています。

    Asobiなんかはずっと聞いてられる。



    Idiot funkは普通にリズム取ってると、いつの間にかオモテとウラが逆になったり。



    半透明少女関係は、iTunesとかで買えます。
    リフがかっこよすぎ。



    Riff manはライブver.が神(Zazen Boys 3)。




    アジカンのゴッチが、Number Girlの10周年の折に、
    "俺は当時、誰よりもナンバーガールになりたかった。"
    というコメントを出しています。

    首肯(まぁぼくの場合Zazenの方ですが)。
    向井秀徳は、なんだかフシギなあこがれを抱かせるチカラがありますね。

    "繰り返される諸行無常、よみがえる性的衝動。"
    という彼の常套句でお別れ。
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  • 三島由紀夫『文章読本』を読んでみている

    2015-07-26 13:2626



    先日『火花』を読んでるよ、っていうタイトルのブロマガを書きましてね。
    そのなかに、太宰の『女生徒』がすんばらしいと、書いたんですね。

    どこがすばらしいかって、文章そのものに「女生徒っぽさ」がにじみ出ているというか、染み付いているというか、もはや権化であるというか。
    文章そのものが女臭いんですな。
    その文体がようはぼくの好みだったわけです。

    で、タイトルの三島の『文章読本』の話。

    なんでわざわざ「三島の」とか付けるのか。
    他にも同じタイトルの本を書いている人が居るんですな。
    ぼくが知ってるのは谷崎。
    谷崎のほうは読了してたか、途中で積んでるか、まああらかた読んだ覚えはあります。

    こっちのほうは。
    まだ20ページくらいしか読んでないんですけど、先日の話にリンクしそうなのでオボエガキ。

    序盤で、「ひらがな」は女文字で、漢字が「男文字」である、という風な話が出てきます。
    事実平安時代では、ひらがなは女のもので、漢字は男のもの(字が「おとこ」ですからね)。
    このへんは教科書で教わるんで、みんな知ってるはなし。

    これを三島は「ひらがな」と「漢字」そのものに、「女性性」と「男性性」が染み付いている、と展開します。
    つまり、ひらがなは女性が使ってたから、女っぽくて、感情的なカンジ。
    漢字は、男性が使ってたから、男っぽくて、理屈っぽいカンジ。

    ふーむなるほど。
    わからなくはないですね。

    漢字がかたくて、ひらがなが柔らかいっていうのは、誰でも感じるところです。
    そこに性別を絡めてくるのが面白いですね。
    (ぼくとしては三島が序盤の序盤で男女の話をしてるのは相変わらずアレくせぇなと思いますが)

    ということで、先日ぼくが『女生徒』に感じてたのは「ひらがな使いが神がかっているから」と、いうふうに言えそうです。

    ちょっと引用してみましょうか。

    あさ、眼をさますときの気持は、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖ふすまをあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。

    (太宰治『女生徒』より)

    うん、ひらがな、多いっすねw
    まるっこい文章。
    青空文庫で読めるんで、読んでみてください。
  • 『火花』読んでます。

    2015-07-21 11:591




    電書@hontoで読んでます。

    以前、hontoアプリはよろしくない、って書いたんですけど、まぁ業績というか、収益というかがやっぱり芳しくないのか、セールや割引をしょっちゅうやってるんですね。
    しかも「全冊対象50%オフ!」みたいなやつ。

    なので受賞が決定した夜に半額で買いました。

    まだ25%くらいしか読んでないです。
    読み始めですね。
    感想としては、「意外と読めなくない」ですw

    以前からAmazonのレビューとかはチェックしてたので、どんな評判かは知っていました。
    だいたいが「クソ」と、そんな感じです。

    で、そういう悪評を知ってたので、ハードルが著しく下がった中で読み始めたわけです。
    だから「意外と」という感想が出ました。

    文章自体は文学っぽいです。
    ちゃんと文学をなぞっているというか、――にならっているというか。
    ただ、内容がいまのところ、ないです。
    「見たこと」と「起こったこと」を文学的な表現にした文章、といった感じ。

    Amazonのレビューも、もっと内容自体にフォーカスしたものが出てくるといいんですけど。
    絶賛炎上中なので無理でしょうがw

    ぼくもまた読み終わったら何か書こうかなと。
    なにも書くことがなかったら書きません、その場合はお察しということでw

    又吉さんは太宰が好きらしいですね。
    ぼくは『人間失格』とかは読んだことがないのですが(正確にははじめの部分だけ読んで放置してます、なんか読みづらかった記憶が)、『女生徒』というのを読んだことがあります。

    あれは傑作でした。
    ああいうのを「文学」とか言うんでしょうね。
    文章が清廉潔白というかw

    そもそも、使っている言葉の種類が時代的に違うので、そういう印象を受けるんでしょうけど。
    現代において「文学」とはなにか、っていうのはぼくはよくわかりません。
    昔の作品は、なんとなく読めばわかるというか、評価されているものが現代において「文学」と呼ばれるから、わかりやすいような。

    そういう意味では、経年劣化しない文章が「文学」として残るのかもしれないですね。
    ああでも、佐藤友哉とかはどうですか?w
    わりと文学的要素は揃っているように思えます。