• 邦字新聞から見る『浅間丸』②

    2020-01-10 00:14

    前回の記事に続いて、今度は『海外邦字新聞データベース』の『日米タイムズ(サンフランシスコの邦字新聞)』から浅間丸がサンフランシスコに初入港した際の記事をご紹介
    http://rakusai.nichibun.ac.jp/hoji/contents/Nichibei/PDF/1929/10/19291025nba10.pdf
    ・1ページ目右下の広告を見ると、浅間丸の船内銀行として、当時海外拠点を持っていた住友銀行の出張所があったことがわかる
    ・3ページ目では浅間丸の紹介がされており、四宮源三郎船長が、同じくサンフランシスコ航路の大洋丸の船長としても乗船していたとある
    ・7ページ目左下には、日本郵船が浅間丸の広告を出している。デザインセンス抜群で、個人的にとても気に入っている

    浅間丸がサンフランシスコから日本へ発つ際の記事↓
    http://rakusai.nichibun.ac.jp/hoji/contents/Nichibei/PDF/1929/11/19291105nba10.pdf
    においては、3ページ目に二、三等船客は満員との記述がある。
    出発日の記事↓
    http://rakusai.nichibun.ac.jp/hoji/contents/Nichibei/PDF/1929/11/19291106nba10.pdf
    では、2ページ目に、日本への初土産と称して、車から海産物、果物などが積み込まれたとある。

    このように、当時の新聞からも浅間丸処女航海時の熱狂ぶりがわかる。
    前回の記事にも書いた通り、ご紹介した浅間丸の企画展が日本郵船歴史博物館で1月13日(月)まで開催されている。
    本当に残り期間がわずかであるため、興味がある方はもちろんのこと、一度行った方も訪れててみてはいかがだろう。
    1/11(土)には、新春コンサートも開催されるのでそういったことに興味がある方も是非行ってみてほしい。

    企画展リンク
    https://museum.nyk.com/exhibition_archive/exhibition_2019_10.html
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  • 邦字新聞から見る『浅間丸』①

    2020-01-05 00:35

    [邦字新聞]というのをご存じだろうか。
    邦字新聞とは”日本以外の世界各国で発刊されている日本語新聞”のことを指すWikipediaより)。
    船によって戦前から多くの移民が移り住んだ地域では、住む人々に向けて政治・経済からスポーツ・暮らしにいたるまで、数多くの記事が書かれている。

    海を渡るには船しか手段がなかった時代、入港すれば「有名人の〇〇が乗ってきた」とか
    「次の出航は何日の何時だ」と書かれるし、船客のみならず船員の情報までもが書かれていたりする。

    前回記事にした『浅間丸』についても例外ではなく、処女航海時の入港の様子など、
    当時の雰囲気を感じ取ることが出来る。

    今回は、『邦字新聞デジタル・コレクション』の『日布時事(ハワイの邦字新聞)』と、
    海外邦字新聞データベース』の『日米タイムズ(サンフランシスコの邦字新聞)』から、
    浅間丸初入港の様子をお届けしたい。

    まずは浅間丸がハワイのホノルルに初入港した際の記事(入港の翌日の記事)
    https://hojishinbun.hoover.org/?a=d&d=tnj19291019-01&e=-------en-10--1--img---------
    1ページ目左下の写真を見ると、浅間丸を見ようと港に人が詰めかけたことがわかる
    2ページ目左上を見ると、浅間丸に日本座敷や一等子供室があったことがわかる
     また、その右には浅間丸船内の住友銀行出張所が盛んに利用されていたとある
    3ページ目には、浅間丸が横浜-ホノルル間の最短記録で快走したことがわかり、
     また、船長をはじめとした船員の名前も載っている
    5ページ目には、ハワイにて降りた船客の情報が載っており、浅間丸の企画展にて
     展示品が出ている露無文治氏が三等船客として乗ってきたことがわかる

    更に翌日の新聞には、スチュアードや船医らの情報がある上、二十世紀梨を
    外国人客は好まなかったとある(↓リンク先中央)
    https://hojishinbun.hoover.org/?a=d&d=tnj19291020-01.1.2&e=-------en-10--1--img---------

    今回はここまで。
    次回はサンフランシスコの日米タイムスより、サンフランシスコ初入港時の記事を取り上げたい。

    なお、今回ご紹介した浅間丸の企画展が日本郵船歴史博物館で1月13日(月)まで開催されている。浅間丸の誕生からの華々しい活躍、初代船長の功績が主な内容となっている。
    期間が残り少ないので、まだ行かれていない方、もう一度行きたい方はぜひ!
    企画展リンク
    https://museum.nyk.com/exhibition_archive/exhibition_2019_10.html

    ()日布時事がうまく表示されない場合は、左側の[Issue]タブを押せば正常に記事が出るとおもいます。

  • 永遠の路拓け。太平洋の女王『浅間丸』のススメ

    2019-12-11 00:17

    「あなたは浅間丸を知っていますか?」
    こう訊かれて「ああ、あの船の~」と答えられる人は、
    そこまで多くないのではないだろうか。

    浅間丸は戦前の日本を代表する客船(貨客船)で、
    日本からホノルル-サンフランシスコ間を結ぶ航路に就航していた。
    全長178メートルと、当時の海外の主力客船に比べると小さいのだが、
    その豪華さから「太平洋の女王」とも呼ばれた客船である。

    現在、日本郵船歴史博物館では、そんな浅間丸に関しての
    企画展『就航90周年記念 客船浅間丸 ~サンフランシスコ航路をゆく~』
    (開催期間:2019年10月5日(土)~2020年1月13日(月))
    が開催されている。(※月曜が休館日、月曜が祝日の場合翌日が休みとなる)

    この展示、ご先祖が戦前に浅間丸に船員として乗っており、
    今回の展示に期待していた身として、もうすでに何度か足を運んでいる。

    本記事では、展示を見た上での、この企画展におけるいくつかの見どころを
    紹介したいと思う。

    ひとつめ
    [戦前の映画]ファンにはたまらない(であろう)写真が展示

     常設展にも写真が出ているダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードは、
    戦前の映画界では知らぬ者はいない有名俳優同士の夫婦。
    この二人に、フェアバンクスの映画で共演した上山草人を加えた貴重なショットが
    展示されている。
    興味深いのは、こちらの書籍『太平洋の女王 浅間丸』で、
    出向前の浅間丸に駆け付けた草人は「滴の落ちるラクダのオーバーをぬぐことも忘れて」
    フェアバンクス夫妻と会ったという描写がある。
    今回展示の写真はまさにこの時のものらしく、モノクロ写真でわかりづらくはあるが、
    草人の肩口が濡れているように見える。
    文字による記録と写真による記録とが合わさった面白い展示なのは間違いないだろう。


    ふたつめ
    客船のパンフレットなど、美麗なデザインを見ることが出来る

     扇形の美麗な客船の紹介ブックレットや、就航記念パンフレット、
    1ページめくるごとに船のデッキ情報が分かる輪切り冊子。
    そしてどれをとっても現在に通用しそうな表紙デザインの数々。
    創作活動をされている方やデザインを学んでいる方には格好の教材ではないだろうか。


    みっつめ
    初代船長コーナーが味わい深い


     今回の企画展では、座礁や浅間丸事件に始まる徴用戦としての悲しい最後ではなく、
    浅間丸の就航から華々しい活躍の頃を中心に展示しており、
    その活躍を支えた初代船長、四宮源三郎()氏の遺品の数々が展示されている。

    博物館内が撮影禁止ということもあるため、
    最近開設されたばかりの日本郵船オフィシャルツイッターアカウントの
    こちらのつぶやきをの写真を元に紹介していきたいと思う。
    船上でのサービスを学ぶために使われた旅行鞄(上記のつぶやきの2枚目の写真下)
    鞄の左上には、あの有名な悲劇の豪華客船タイタニックのホワイト・スター・ライン社の
    ライバルとして知られるキュナード・ライン社のラベルが。
    そして取っ手付近には日本郵船を示す二引きの旗マークのラベルも。

    初代船長の制服と帽子(上記のつぶやきの2枚目の写真)
    常設展では、ディナー用の夏と冬の制服が飾られているが、
    こちらは実際に初代船長が使用していたものらしい。
    帽子に縫い付けられた飾りがとてもカッコいい。

    きらびやかな勤功章(上記のつぶやきの2枚目の写真裏側に展示)
    前回の企画展『淡路丸船長の日記』で展示されていた勤功章をご覧になった方ならば、
    一目で違いが分かるだろう。
    重みのある印象の淡路丸船長のものに対し、こちらはこじんまりとしており、
    入っていた漆塗りの箱がとても美麗である。


    よっつめ
    これら企画の内容を網羅した図録がすごい

     中身を見たら「これは手間がかかっているな」とひとめでわかる、
    展示の内容がぎゅっと詰まったこの図録。
    巻末には、浅間丸の航海記録から設計図まで、
    ここまでやるのかと言いたくなるほどの内容である。
    企画展が始まった当初は印刷が間に合わなかったのかグッズコーナーにはなかった
    この図録だが、現在は普通に並んでいるので安心されたい。


    と、以上がおすすめしたい見どころだ。
    まだまだ書き足りないところもあるが、あとはご自身の目で確かめていただければと思う。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    ()
    浅間丸処女航海時の四宮源三郎船長の様子が海外邦字新聞(日米タイムス)に
    書かれているので紹介(リンク)(3ページ目右上に浅間丸の記事がある)

    2020/1/4 追記訂正 タイタニック号はキュナード・ラインではなく、ホワイト・スター・ラインでした。お詫びして訂正いたします。