• オレが選ぶ「スタートレック/宇宙大作戦」ベスト10!オレを信じてこれを観ろ!

    2018-04-16 19:5328



    @シリーズモノといっても・・


    「ウルトラマン」「仮面ライダー」「ルパン三世」などなど、何十年という長い期間に渡って愛され、いまだに新作が制作されている長寿シリーズがある。

    そうなってくると、シリーズのファンといっても一括りにはできないものだ。初期の勧善懲悪がよかったとか、どちらが正義か悪かわからない最近の作品のほうがドラマがあって面白いとか、フィルム撮影のほうが味があった、CG合成のほうが迫力がある、主人公が明るいほうが好き、ダークな空気が漂う中期のほうがいいとか、まあいろいろと……

    シリーズとは「変身するヒーローが悪と戦う」といった基本コンセプトや設定は継承するものの、ストーリーやキャラクター、撮影技術などはそのときどきの時代の空気を反映する。だからどうしても作品によって「好き」の温度差が出てくる。

    温度差といえば、どんなシリーズにも「初代こそ最高!」という人たちがいる。一番最初の作品がシリーズの魅力を象徴していて、後から出てきた作品はいらない要素を付け足した蛇足であるという考え方を持つ人達だ。

    「機動戦士ガンダム」はファーストしか認めない!という人達ほどややこしくはないが、「スタートレック」は最初の「宇宙大作戦」が一番面白いんじゃね?というくらいには、うっとうしい。それが筆者の立場である。

    ていうかねー「おれ、トレッキー(スタートレックの熱狂的ファンの呼び方)なんですよ!」という人も元祖である「宇宙大作戦」は観てなかったりする人が多い。古い作品も観てますよっていう人も、2作目の「新スタートレック(The Next Generation TNGと略す)」からだったりする。

    スタートレックというシリーズを俯瞰すると、87年につくられたTNGの設定を基本とした統一感があり、「宇宙大作戦」は初代ゆえの荒削り感というかちょっと浮いて見える。だからファンの人も無理して観る必要はないかと思ってしまうのか。というか制作されたのが60年代なので、はっきりいうと古臭い。着ぐるみの宇宙怪獣とか、合成丸見えの特殊効果処理とか観てられないという若い人達も多いのだろう。

    だがしかし!だがしかしなのだよ。中学生のとき宇宙大作戦に出会ってセンスオブワンダーを体感した筆者としては、やっぱり宇宙大作戦を推したい!なんだおっさんの思い出か……って思い出じゃないから!今でも充分に面白いって!古臭いという先入観だけで観ないなんてもったいないんだよ!

    映画版みればいいよね?と言われそうだけど、いや映画版はストーリーが大がかりになってしまってるので、小回りがきいてる一話完結のドラマ版を観て欲しいと口うるさくこだわりたい。

    いや何も3シーズン全76話観ろとは言わない。それはしんどいでしょ?だからオレがこれは絶対面白いというベストエピソードを10本選んでおいた。これさえ観れば大丈夫!どうか一人でも「おっさんが一生懸命叫んでるし、観てやるか」という人が出てきてくれればうれしい。宇宙大作戦がなぜにこれほど長く愛されるのか。その理由を少しでもわかっていただければ幸いである。

    @どこが面白いのか?
    宇宙大作戦の詳細や魅力についてはいろんな人が語られてるので省略するけど、一応簡単な紹介など。

    23世紀の最新鋭宇宙船であるエンタープライズ号。その冒険と任務を巡る物語である。乗組員たちは人類とは全く違う倫理や道徳を持つ異星人、想像を超えた自然現象、惑星連邦のトラブルなど、様々な事態と出会うことになる。ピンチを切り抜けるのは手に構えたレーザービームの光線銃と宇宙船から発射されるミサイル……ではない。武力に訴えることもあるけれど、乗組員たちは争いをできるだけ避けて知恵とチームワークで解決していくのだ。

    この知恵を絞る過程、つまり乗組員たちの議論のシーンが面白い。乗組員は正義感にあふれるカーク船長、バルカン星人を父に持つ感情より論理的思考の副長Mrスポック、反対に人生は感情があるからこそ素敵なのだと説く医者のマッコイ、職人気質にあふれるエンジニアのチャーリーなど個性あふれる面々がそろう。彼らが未知なる困難に出会うとき、自分の信念にもとづいて言葉をぶつけあう。言葉の応酬こそが最大の見所であり、このドラマの本質は会話劇なのである。

    SFというジャンルは現実離れした世界だからこそ、逆にくっきりと今の現実を浮かべあがらせる。彼らの言葉は現実社会を透かし、哲学を感じさせてくれる。これぞSF!の魅力が感じ取れる面白さをこの作品はもっている。

    そして会話劇だからこそ古くなっていないのである。アニメなどでSFを見慣れた若い人には今さらこのアイディアの話かと思うかもしれないし、映像を古臭く感じるかもしれない。しかし会話劇ゆえの登場人物の熱量に、見ているうちに引き込まれること間違いないだろう。

    ていうかさあ、最近の若いもんはすぐに「ツッコミどころ満載♫」とか言って、アラ探しばっかりするんだよねえ……ダサイと指さして笑うより、いいところみつけて楽しむほうがよくないか。というおっさんのグチ入ったところで、これさえみとけ!宇宙大作戦オレ的ベスト10は以下の通りである。

    ※エピソードのナンバーは現在(2018/4/16)全話が観ることができるNETFLIXに準拠しています。
    ※順位はつけていません。

    S1第6話 二人のカーク



    光線を照射することで、人や物を瞬時に別の場所へ移動させることができる小型のワープ機である転送装置。この転送装置が故障したことで、転送後にカーク船長が二人出現。姿形こそ同じだが、性格は善と悪に別れてしまう。悪の方は酒を飲んで暴れたり、女性に強引に迫ったりとやりたい放題。じゃあ善のほうだけ残せばいいやんと思いきや、善のほう何をするにも迷いがあって船長としての決断を下せない。実はリーダーシップという意志の強さは、傲慢さであるとか悪だとみられているところにあり、人間には善悪両方必要なのではないかという視点が興味深い。それにしても転送装置ってこのエピソードに限らずよく故障する。自分はこの機械使うの嫌だなあ。劇中でドクター・マッコイが転送されるの嫌がるけど、同じ気持ち。

    S1第11話 謎の球体



    宇宙を航行中のエンタープライズは、突然何者かの力によって移動を封じられてしまう。目の前に現れた巨大な球体から発せられた声は、このまま船を破壊されることを通告する。

    物語全編がエンタープライズ船内で進行。破壊通告された残り時間まで必死に議論を重ね知恵を絞る乗組員たち。取り乱す者、黙々と任務をこなす者、冷静な判断、そしてカーク船長の機転と未知なるもの出会ったときに人類はいかにあるべきかという演説など、地味ながら見所たっぷりの好エピソード。

    実はこの回が自分が中学生のときに初めてみたスタートレックのエピソード。SFやスペースオペラと言えば、宇宙船がグイーン、レーザー銃がガーンというのばかりだと思っていた自分に新しい扉を開いてくれた。情報も作品も多く流れる時代、これからみる人とその感激を共有するのは難しいかもしれないけど、まあおっさんの思い出話ということで。

    S1第12話 タロス星の幻怪人 Part1
    S1第13話 タロス星の幻怪人 Part2



    不慮の事故によって自由がきかない身体になってしまった元船長クリストファー・パイク。スポックが軍規違反をしてまで彼を連れだし、エンタープライズで向かった先は立ち入り禁止とされている惑星タロスだった。

    話のキーとなるのは人に幻をみせる能力を持つタロス星人(頭が大きいこのデザインも秀逸)。人にとって幻とはいかなる意味を持つのか?今見直すとVRやインターネット時代の人間のあり方を問い掛けているようにも読み取れる。もちろんこの作品が作られた60年代当時はネットなんか一般的ではなかった。しかし優れたSFというのはいつの時代も人を描き、時代を超えた真理を見透かすというのが面白い。珍しく前後編。

    S1第17話 ゴリラの惑星



    スポックをリーダーとする乗組員たちは、シャトルクラフトに乗り込み、自然現象の調査に向かう。しかし事故のため惑星に緊急着陸することになってしまった。シャトルクラフトの故障により、エンタープライズとの連絡もとれないという危機に追い込まれる。

    シャアトルクラフトのエンジンのパワーが上がらず、全員を乗せては飛び立てない。さあどうしよう?みんなが悩んでいると、スポックが一言

    「人数減らしたら飛べるんでしょ?じゃあ誰かこの惑星に置き去りにしたらいい。できるだけ多くの人数が助かる方が論理的に考えていいこと」

    えええええ……そんなひどいことよく言うわー……その言葉に唖然とする他の乗組員たち。漂流という非常事態においても自らの論理的思考を曲げないスポックと、乗組員たちの人間的感情がぶつかる様が面白い。異常事態における論理VS感情のドラマ。スポックという傑出のキャラクターを理解するためには是非みておきたいエピソード。

    S1第22話 宇宙軍事法廷



    乗組員の死亡事故の責任を問われたカーク船長は、連邦の裁判にかけられることになる。検事側が持ち出すコンピュータに残された映像記録という絶対的証拠。対するカーク側の老いた弁護士の老獪な切り返しという有罪無罪を巡る法廷サスペンス。

    心動かされるのは老弁護士の裁判官に対する演説。コンピュータは命令されたことを忠実に実行する。だがそれは全て真実といえるのか。残された結果は本当に正しいのか。老弁護士が叫ぶ「自分に不利な証拠と対決できる権利」が人間にはあることを忘れてはならない。それは過去も未来も変わらない。そして現在「だって数字が上がってこねーじゃん。数値は嘘つかないから」などと、データとか数値にひれ伏すことが多い今を生きる自分たちにとっても身につまされるエピソードである。

    カーク船長の責任で言えば、これよりもっとひどい判断ミスとかいっぱいやってる気が……ていうか、赤いシャツ着た警備部門の乗組員たちは行く先々でポンポンいなくなるんですが、カーク船長って上から何も言われないんですかねえ。まあ、こまけーこたあ(ry

    S1第24話 コンピューター戦争



    惑星エミニア7に向かったエンタープライズ号。エミニア7の代表から今は戦争状態にあると告げられるが、都市は美しく機能していて攻撃を受けているようには見えない。実は戦争は実戦による被害をさけるため、コンピュータ内のシミュレーション処理によって行われていた。計算の結果、攻撃で死んだとされる数だけ人が破砕機という装置に入り自殺するよう条約で決められているのだという。

    文明を守るためだとはいえ、コンピューターが示した数値通りに人が死ぬことを当たり前だととらえているエミニア7の人々が怖い。高度な理性は人を幸せにするのか。少なくとも現代人の自分たちには理解できない世界で人間の価値観を問う物語。

    あー、でも今も会社が大事で、人は使い捨ての職場とかあるし、あんまり変わらないか……どことはいいませんが、自分の職場(ry

    S2第10話 惑星オリオンの侵略



    エンタープライズは各惑星の代表者を乗せて、外交問題を話し合う会場へと向かう。

    物語の流れとしては2つある。外交問題に発展する事件が船内でおきるサスペンス。そしてバルカン星の代表者のサレクはスポックの父親であり、疎遠の親子の再会の物語でもある。

    この2つの流れが絡み合いながら紡ぎだすストーリーは見事。いやこれ映画でもいい。宇宙大作戦はここ数年映画としてリブートされてるけど、会話劇というよりアクション中心になってしまっていて違和感がある。仕方ないのだろうけど、もうちょっと本来の魅力を生かしてくれないだろうか。

    自分は宇宙大作戦に関して言えば、派手なシーンを連発するより、こういうエンタープライズの中だけで進行するような話が好き。それでも大きな外交問題と親子関係という引き込まれるドラマが描かれていて充分に面白い。最近のスタートレック映画は不振だときく。でもこのエピソードにはうまく宇宙大作戦の魅力を引き出せる映画のヒントのようなものが潜んでいる、と自分は思う。

    S2第12話 死の宇宙病



    カークたち調査団は惑星を探索中、急速に老化するウイルスに感染してしまう。

    どんどんおじいちゃんになっていくカーク、スポック、マッコイ。白髪になって額が広がり、物忘れは激しくなり足はヨロヨロ。大変な事態なのだけど、なんだか老人コントを観てるようで前半はニヤニヤしてしまう。

    後半カークは復活する。ネタバレ?いやいやそんなこと問題にならないくらい後半は熱い‼手に汗握る展開がみれるのだ。カークの不調によって交代した代理の艦長は頼りないヤツで判断ミスを連発。エンタープライズは絶体絶命の窮地におちいる。そのピンチに回復したカークが颯爽と現れる。さっきまでオタオタしていたエンタープライズのメンバーがカークが指揮を取り出すと整然と動き出す。この艦長と乗組員の信頼関係がたまらない!カークが現れたとき、乗組員たちが「ニヤリ」と微笑むのがいい。カークの愛されぶりに萌える。乗組員たちの絆がみえるファン大興奮のエピソードである。

    S2第15話 新種クアドリティケール



    エンタープライズを中立ステーションに呼び出し顎で使う官僚。その中立ステーションにやってくる敵であるクリンゴンの軍人たち。ステーションで生物を売りつける商人。様々な要素を投げ込みながら全体としてはビシッと一本の線につながっていく脚本が素晴らしい。コメディ色が強く、宇宙大作戦の中では一番笑えるエピソード。乗組員たちにホッコリできる。シリアスだけじゃなくて、たまにはこんなのもいい。

    S3第15話 惑星セロンの対立



    敵同士で対立する種族の、2人のセロン人を乗せることになったエンタープライズ。彼らの顔は半分ずつ白と黒の色をしている。仲が悪い二人に対してカークが「まあまあ同じセロン人なんだから仲良くしたら」と言うのだけど「どこが同じだ!私は顔の右側が黒だ!あいつは白だろ」と怒り出す始末。しょーもなーなんだそりゃアハハハと笑うものの、これって人種差別の話なのかと気がつくと、気まずくなってくるエピソード。

    人種間の問題を抱えるセロン星を「まだ調査してない南の端の惑星」と未開の星であることをカークが匂わせたり、自分の星の人権弾圧の現状を熱く語るセロン人に対して「それって歴史の授業でならったな」と乗組員たちが実感をつかめない様子のシーンがある。未開の惑星とちがって、もう地球人は人種差別なんて問題はとっくの昔に乗り越えてるんだと描かれるのも強烈な皮肉だろう。

    描き方がストレートすぎるという声もあるようだけど、こういった寓話ができるのもSFの魅力。

    そして最後にみなさんと約束

    以上が自分が選んだ10本である。あのエピソードが入ってないじゃないか!というトレッキーのみなさんの苦情はコメントにお願いしたい。いやーやっぱりちょっと偏ってるかな。自分の好みとしては、過去にタイムスリップしたり地球のパラレルワールドに行くような話ではなくて、エンタープライズ船内で進むような話が好みなんだよなあ。

    未見の人にはぜひ「宇宙大作戦」の魅力に触れて欲しい。お願いすると同時に告白すると、自分はスタートレックってこの「宇宙大作戦」以外見たことないんですよねえ……

    いやーごめんなさい。「宇宙大作戦」が最高!って実はそれ以外知らないんですわ。ガンダムでいうと1年戦争にはやたら詳しいのに、Wガンダムとか何それ?みたいな感じか。やーねえ狭い興味のオタクって。

    というわけで、みなさんに宇宙大作戦をみてもらうかわりに、自分は宇宙大作戦以外のスタートレック作品を観てみることを約束しておこう。どれがいいですかねえ。とりあえずTNGかな??
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  • カールと9割の関係ないこと。そして1割の幸せと

    2017-09-23 00:21
    @カールがなくなる!

    カールの東日本での販売が終了する。

    http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/25/karl-meiji_n_16798910.html



    カールと言えば、ポテトチップスと並んでスナック系お菓子の代名詞といえるひとつである・・・というのは、おっさん世代だからなのかねえ。最近は、ずいぶんとポテトチップスに差をあけられてしまった感があるけれど。

    でもやっぱりカールはおいしい。サクサクの食感と、とろけるような舌触りの後に広がる甘塩っぱさ。食べ始めればとまらない。スタンダードな「うす味」もいいが、「カレー味」の風味の香ばしさもグッド。食べた後、歯の間に食べクズがはさまる以外は完璧なお菓子である。

    今回、このニュースが出たからいうことではなく、少し前から最近食べてないので久しぶりに食べたいなあ、お店でみつけたら買おうとずっと思っていた。

    ところがお店にいっても、まあ自分がいくのはほとんどがコンビニなんだけど、お菓子の棚にカールがない。ないから買えないという状態がずっと続いていたのだ。販売終了のニュースが出たと同時にカールを買う人が増えているときく。しかしそれは終了するから欲しくなった、というだけでなく、前から欲しい人がたくさんいたけど、自分みたいに欲しい人の目の止まるところになかった、需要のミスマッチがあったのではないか。

    そうは言ってもコンビニで売ってないなら、少し大きめのスーパーにいけば置いてあるはず。通販だってある。自分も食べたい食べたいといいながら、コンビニで探すという「選択肢」以上の行動をとらなかった。そう考えると人間って。欲しいものがあってもよっぽどのことが無い限り、日常の行動範囲の選択肢の枠組みをなかなか越えようとしないんじゃないだろうか。

    @身近なもので変わる好み
    自分の行動範囲を越えない、ということでいうと、野球では熱烈な巨人ファンだった自分が最近はすっかり横浜ベイスターズのファンになってしまったということがある。

    前は自分の部屋にテレビを置いてたのだけど、ネット中心になってからは観なくなったし、据え置きゲーム機でゲームもしなくなったので撤去。それでもパソコンでテレビが観れるボードを挿してみてたんだけど、地デジになってからコピー防止のためなのかUSB接続のスピーカーをつないでいると観ることができなかったり、モニタの切り替えをすると音声が出なかったりと、とにかくテレビ視聴のための仕様の規制が厳しい。そのうちめんどくさくなってテレビを全くみなくなった。

    テレビがなくなると観ることに困ったのが野球。巨人戦観るためにネットの有料サービスに加入するべきか、それともやはりテレビを部屋に置くべきか迷ってると、そのうちニコ生で横浜ベイスターズの試合が観ることができると知った。まー巨人戦でなくても、野球ならとりあえずいいか、と、なんともなしに中継を眺めるようになった。そうしてると中畑監督が吠えたとか、筒香がHR打ったとか、山崎がまたセーブしたとか観てるうちに、いつの間にか横浜ファンになっちゃった。

    いやーなんというか、遠距離恋愛みたいなもんですかねえ。遠くにいる男前より、近くにいて優しくしてくれる人。情報が入ってくるほうに人はなびくのよね。最近はHuluとかで巨人戦を観ることが出来るようになったので、少し巨人愛が復活してきてるけど、それでもまだ少し横浜の方が好きかなあ。

    つまり、人の思考や好みって言うのは、簡単に変化する。変化するまではいかなくても、自分でも思ってる以上に環境に左右されるのではないか。人はタブレットやPCを使って、自由に情報を選択してると思ってるけれど、実はネットの中にある選択肢から選ぶしかない。選択がまた自分の思考をつくるという繰り返しだ。もちろん情報を取得する方法としてタブレットやPCを選択してるのも自分の意志だから、鶏が先か卵が先かという話だけども。

    @流されて生きてみるのも楽しい
    人の思考や好みは影響を受けやすく、簡単に変化する。そうなると「誰かが陰謀を企んで、人を踊らせてやろうとしている。そんなことにならないように、ちゃんと考えて自分らしく生きなきゃだめだ!」と言う人もいる。でもそうやってあれこれ考えすぎて、身動きできず、楽しむにも楽しめないことになってもまずい。誰かが手のひらで踊らそうとしてるなら、舞台の上に上がり、踊るだけ踊ったら飛び降りてやればいい。「踊るアホウに観るアホウ。同じアホウなら踊らにゃ損損!」の阿波踊りの精神だ。今の流行のお菓子だと言われれば食べてみて、新しいジュースが発売されたと聞けば飲んでみる。アカデミー賞獲った映画が公開されたらいっちょ観てやるか、というぐらいがいいのではないか。

    たしかに流されるままに生きると、大事なことを失うこともある。自分で考えること大切。でも考えなくてもいいことを、考えすぎてはいないだろうか。議員の不倫、Twitterでの失言、タレントのトラブルなどなど、そりゃ問題ではあるんだけど、必要以上に怒った結果、自分の中で何かが削れていっていないだろうか。

    とにかく考えることが大事だって言われる。LED電球1個買うにしても、メーカーのホームページで仕様確認して、ユーザーのレビュー読んで、一番安い通販サイトを探す。それが言いなりにならない考える賢い消費者です!・・・って、やってられるか!こだわりがある人は別だけど、LED電球とかはパッと気に入ったもの買いたい。そして考えるために使うはずだった時間を別のことに使いたい。そっちのほうがよくないか。

    だと思うんだけど、同意してくれる人も、ちょっとモヤっとするでしょう?このモヤッとする部分が実は大切だと思う。

    @人生はサーフィンだ!
    なんか幸せ論語ってるみたいで恥ずかしくなってきた。どうかもう少しおつきあいを。

    流されて選択していくことは悪くない。その結果自分の考えが変わっても、別に恥じゃない。でもなんかモヤッとするのは、そうはいっても流されてばかりじゃ、つまらなかったりするんだよね。なんかさっきまでと逆のこといってるような気がするけど、要は熱くもなく冷たくもないちょうどいい湯加減でいきましょうということなのだ。

    偶然いいものに出会うこともあるんだけど、結局のところ、棚にあるものを選んでるだけじゃ飽きてくる。人が選んでくれたのものが、自分にすっぽりはまることは少ない。

    そういうときは、ちょっとその枠から飛び出してみることが必要なんだろうな、と思う。コンビニの棚にいつものお菓子しかならんでなくて、別のものが食べたいなと思ったら、カールをネットでポチってみるとか。「つまらない」を「おもしろい」にするためには、「どうやればおもしろいんだろう?」と自分で考える。そして行動に出ることが大切なんだろう。いや、自分でもめんどくさがってできてないけど、多分そういうことだと思う。

    流されて生きても大丈夫。でもそれだけじゃつまらないので、おもしろくするために考えること必要。LED電球勧められるまま買ってもいいけど、何か疑問を持ったのなら、そのときはWEBで調べてみると面白いことに出会えるかもしれない。

    真剣に考えてみること必要。でも世の中の全部のことを考えるのは無理。自分から遠い世界のことを考えすぎない。ネットで膨大なニュースを見るようになって、全部が自分と関係あるように思うけど、多分9割くらいは自分と関係ない。いや、大きな世界に眼を向けることも必要なんだけど、少なくとも全てのことを理解するなんて不可能だと自覚しておくべきだろう。

    膨大な情報はたくさんの価値観となって「流されるんじゃない」「自分で考えろ」っていってくるんだけど、そんな声に惑わされず自分の周りにある1割の関係あることを守るのが、「幸せ」というものかもしれない。多分そうやって「幸せ」を守って生きていくのが、9割の自分と関係ない世の中の問題にもつながっていくことだと思う。

    ちょっと話が抽象的で、説教くさくなってきましたね。はいこれで締めます。文章がユラユラしてるけど、多分、生活ってサーフィンみたいなものかもしれない。

    波の流れに乗る。ずっと波を待ってるだけじゃ楽しくない。無理に波に乗ろうとするとかえって流される。うまーく波をよんでボードに乗ったときに楽しい。

    考える、でも考えすぎない。そんなうまーくバランス取って楽しく毎日おくりたい、と思う。
    とりあえずカールを食べるために行動してみるか。
  • これからはmstdn(マストドン)なの?

    2017-09-06 20:523
    @「もう終わり」と「これからは」
    ネット界をリードする、鋭敏なセンサーを持ってるハイセンスなトップランナーのみなさんによると

    「Twitterはもう終わり。これからはmstdn(マストドン)の時代がくる!」



    そうである。なにやらこれからmstdnというSNSが流行るんだ!と、ネットのニュースで騒いでる。しかしネットの片隅に生きる自分には「またか」という思いしかない。ネットの世界では、ここ20年ほど「もう終わり」と「これからは」というワードが何年かおきに出てくることがくり返されているからだ。

    「ホームページはもう終わり!これからはブログで自分の意見を伝える時代!」
    「ブログはもう終わり!これからはTwitterでリアルタイムな情報発信と、フォロワーとの対話を!」
    「Twitterはもう終わり!実名のFaceBookでネットとリアルをつなげよう!」

    などなど、これからは新しい時代になる!とエライ人が言うので、最初のうちは自分もそれに対応しなきゃ!と右往左往していたのだけど、最近は「またか」という思いしかない。いや、ほんとSNSって何を使って発信しようが、あんまり本質みたいなのは変わらないと経験上わかってきたからだ。どこで発信するかより、結局は自分が何を発信するかだと思う。

    それなのにネットの世界のエライ人は、ちょっと新しいものが出てくると「もう終わり」と言って、なにかとこれまでのものを終わらせたがる。そして「これからは」という言葉で、明日にでも革命が起きるかのような言い方をして煽る人がいる。新しいモノが出てくるのはいいことだけど、今のままでもそれほど不便はしていなはず。それなのに無理に需要をつくってると言えば、うがった見方すぎるだろうか。でもねえ、これからは「mstdnだー!」と騒いでる人が、ちゃっかりmstdnについてWEBの記事を仕事として書いてるのみると、無からゼロをつくりだす錬金術って現在にもあるんやなと思う。火のないところに煙をたてて火事だと言っちゃう・・・いや、そういうのは一部の人で、ホントに面白いと思ってるからエライ人は勧めてくれてると思うんですけど・・・・!?

    @注目されるということ
    そういって毒づいてみても、やはり流行には乗り遅れたくない。というわけで自分もmstdnをはじめてみた。mstdnとは分散型サーバーを利用したサービスであり・・ええと、このあたりの説明はエライ人のWEB記事を読んで下さい。要はTwitterによく似たSNSです。はじめてみた感想はですねー

    これはおもしろい。

    結構はまってしまった。いやー、やっぱりエライ人の言うことに間違いはないですね。さすがにトップランナーは錬金術だけでモノいってるわけじゃない。

    「最初の頃のTwitterのようだ」とよく言われるが、正に雰囲気は似ている。名前が知られるようになったとはいえ、まだまだマイナーなmstdn。それをワザワザのぞいてやろうという人達が集まっているのだから、いい意味でネットを使い慣れてるからなのか、書き込みや会話が落ち着いているのがとても心地よい。

    それに比べて今のTwitterは・・・表現に気をつけるけど「おかしな人」が多いじゃないですか。

    「しね!」とかやたら攻撃的な言葉を使う人。「この言い方、気分が悪いです!わたしはそう感じました」と、こっちがどう思ってるか考えてくれない人。細かい揚げ足取りに、わざわざ売られてもいないのに自らケンカを買いに行く人、ちょっとした失言をみつけてきてはその人の人格全てを否定してい人、暴言を吐いて反応を楽しむ人・・文字だけのやりとりだし、言葉の行き違いもある。お互い様でもあるけれど、でもやっぱりタイムラインを観てるだけで、ドッと疲れてしまう。そのうちネットってイヤだなーと思い始めて、Twitterから離れようと思ってる人も多いのではないだろうか。

    しかし問題はTwitterという「場所」にあるわけではないように思う。

    今のmstdnと同じように「これからはTwitter」と言われたことがあった。そのひとつの理由は「2ちゃんねるなどの掲示板は、書き込みのIDが日によって変動するので匿名性が高い。しかしTwitterはIDが固定なので誰の発言かわかる。だから書き込みに責任が出てくるので発言が荒れない」といった見方だ。

    たしかにTwitter最初期は落ち着いた議論があったものの、最近は荒れている傾向が目立つ。一時期の2ちゃんねるのようなひどさではないけれど、理想としていた姿から遠ざかって行っているのが現状だろう。

    何が原因かというと単純に「人が増えた」ということだと考える。最初期はアンテナのセンサーが敏感な人しかこないが、ある程度時間がたつと普通の人にまで場所の情報が伝わる。人数が増えると「おかしな人」が入ってくる数が増え、モラルを破り、その破れた箇所から他の人もモラルを捨てはじめ「荒れる」。そしてそれを不愉快に思う人が離れていくという構図である。

    これはTwitterだけの現象ではない、歴史を振り返ってみれば「2ちゃんねる」や大手のパソコン通信の掲示板など、今まで幾度となくくり返してきた事だ。誰かが耕してきた土地を、人が集まってきては荒れ地にして、次へ、また次へとユーザー達は移動する。ネット社会はそんな「もう終わり」と「これからは」をここ十数年くり返している。

    @さてそこでmstdn!
    くり返される集まりと離散。じゃあ何かいい方法はないのか?というところで、そこでmstdnなのである。(※これから書くことは自分の解釈が間違ってるのかもしれないので、その点はご容赦とご注意を)

    これまでのSNSはサーバーの管理を管理者が一手に引き受けてきた。つまりはTwitterの苦情受け付けやら、仕様変更などはTwitterを運営している会社がやっている。しかしmstdnはシステムを借りる形で誰もがサーバーをたてることができる。つまりは誰もが独自の管理ができるということになる。

    twitterは世のインフラとして出来るだけたくさんの人に活用してもらい、ビジネスもしたいわけである。だからtwitterの世界で暴れ回っている人がいても簡単には強引に排除しない。お客様だからだ。何度か警告を出して、もーどーにもならんというときにだけ行動に出る。駅で酔っ払いが「死ね!死ね!」と大声で叫んで、周りの誰もが迷惑だなあと思っていても、twitterの世界の警察たる管理者は、あらかじめ提示しておいたみんなが守れる最低限のルールに照らし、まずは注意し、警告をくり返し、どーにもならんときに実力行使する。酔っ払いにも時間を与えてくれる。酔っ払いもお客さんであるからだ。

    でもmstdnの場合はそんな酔っ払いがいれば、「ふざけんなこの野郎!」と、警察がいきなり発砲することもありえる。つまりはサーバーの管理はサーバーをたてた人に任されるので、ルールは利用者側で決められることになる。こいつは迷惑だと考えれば即排除だってありうるのだ。「こんなことが許されていいのか?」「うるせえ。おれが仕切ってるんだ。文句言うなら出て行けこの野郎!」である

    なんだか物騒な書き方になったが、要はmastdnは「気のあう人だけで集まりましょう」ということだ。そして逆に言えば「ルールに従えない人はこないで結構」ということである。twitterのように多くの人を集めるには最大公約数的なルールが必要だけど、利用者が管理をするなら好きなようにルールを決めて、好きな人間だけ集まれる。

    リアルでは、会社や町内会ではみんなが最低限のルールを守り、プライベートでは学生時代の友達とか、趣味が一緒であるとか、気の合う仲間と付き合う。考えてみればこれが人間同士の当たり前のつきあい方だ。

    ある意味で言えば、インターネット以前の時代、個人が運営していたパソコン通信の草の根BBSの時代に戻っていく、と言えるかもしれない。パソコン通信からインターネットへの移行は幅広く人がつながれる期待があった。大規模なコミュニケーションに夢をみてたんだけど、実際経験してみたら昔の小さいつきあいのほうがいろいろ良かったんじゃないか?という気持ちが、mstdnを面白く感じるところではないだろうか。

    @でもやっぱりオープンな世界に夢を持ちたいけどな

    思えばtwitterを始めた頃は毎日が新しい出会いの連続だった。自分の場合は趣味がレトロパソコンやレトロゲームや映画なんだけど、これまで全然知らなかった人達と交流できるのが本当に楽しかった。それが時間がたつと新規にtwitterを始める人も少なくなり、目新しさより面倒くささが目立っているのかもしれない。

    だけどこのまま自分と気の合う人だけで・・・というのはちょっともったいない気がする。気のあう人だけでタコツボ化するのって、いろんな意味でよくない。そりゃわけのわからん人にからまれることもあるだろうけど、趣味や考え方も違う人から、思ってもないような素敵な意見をいただくこともある。オープンにしておいたほうが絶対いい刺激があると信じる。みんなが少しだけマナーを守ることでとても素晴らしいことが起こるはずだ。スケールのでかいことを言うと、もう少し人間ってかしこいと思う。まだネットのコミュニケーションは発展途上であり、良くなると信じたい。そこにもう少し夢をみたいんだけどな。

    *****************************************
    ↑てなことを書き出したのが2017年6月くらいで、今現在は2017年9月。現状どうなっているかというと、mstdnは開始時ほどの勢いがなくなっているのではないか。データとかではなく自分の感覚だけど、mstdnに力入れてた人がTwitterに戻ってきてる印象を受ける。

    自分にとって居心地がいいサーバーを選べるmstdnだけど、なかなかそういうサーバーに巡り会わなかったり、趣味が同じでも人が集まらなかったりする。パソコン通信の時代も草の根BBSって過疎ってたもんね。それにやっぱり自分が考えて意見したコメントに他の人から反応があるほうがうれしい。じゃあ、わずらわしいこともあるけど人がたくさんいてるtwitterのほうがやっぱり心地よい・・・というところではないだろうか。

    さてさて大規模コミュニケーションに戻るのか?mstdnがこれから定着していくのか?それとも、やはり次の何かが出てくるのか?いやまったくわからない。まだしばらくは「もう終わり」と「これからは」はくり返されるのかもしれない。はー、また錬金術師の出番がありあそう。

    ※もうひとつ追記。Twitterは簡単にアカウントNGにしない。って書いたけど、最近は自動プログラム使ってるとか言われてますねー。