• 万能と言う名の違う何か

    2020-07-13 09:508時間前

    ちょっと想像はする。

    胸元に、或いは「ミニック」と呼ぶ小さな端末が有る。
    GPSを装備、低速ながら通信環境を持つ、小さな情報端末。

    それを胸ポケット辺りにしまいつつ、自販機の前に。
    ミニックは常時、ポイント関連の受信を監視はしている。

    既に事前登録はされていて、缶コーヒーを買うと、そのポイントがその「ミニック」を通し、ユーザーのアドレスに加算される。
    ユーザーは後でPCやスマホで自身のアドレスを確認し、そこに入ってるポイントを任意で変換、利用する。

    登録してない場合は、ミニックを持ちだし、その場でユーザー登録ボタンを押せば、その時点で登録は完了する。
    基底となるユーザー情報は、既にミニック購入時その他で登録はされている。その中から任意のモノを使用。

    ポケベル機能もあり、また、位置情報を指定した端末に伝達する機能もあって、保護者がその所有者の居場所を特定する、その能力もある。
    子供らは各地で開催されるイベント等に、ミニックを持って参加。参加賞の様な感じで、ポイントが得られたりする。そのポイントが有れば、ゲームが遊べたりする。体を動かす様なイベントにも、或いは参加する理由には成り、体力面での懸念が少し解消する。


    ”これ”を現行のスマホでやろうとすると、非常に面倒だ。
    取り出し、起動し、操作し、タッチパネルをかなり操らねばならない。
    この辺まだ、ガラケーの方が解りやすかった。
    取り出しボタンを押す、のは抵抗感が無かった。

    逐一、スマホの存在がウェイトに成ってしまう。

    この端末はありとあらゆる事をこの一台でやろうとする事に、妙な執着があるから、だ。
    結果、分業が出来ず、レスポンスが悪くなる。それでいて、こういう否定要素には強い敵意を向ける、そう言う個性が或いは有る。

    ともかく「スマホでも出来る」それは間違いない。

    些細な、レスポンスの差だ。

    是非はある。



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  • 変化と経緯とそこに有る絵

    2020-07-12 10:58

    けりは付いてる。

    ただ、「勝った側」の光景、と言うのが”こういう絵”だ。

    微妙に不安感しかない。

    負けた側、がこういう?

    大丈夫なのか?

    その上で、”負けた側”の剣呑さ、それも「微妙に消えてない」訳だ。

    平成の始まりで起きた悲痛、それは”その先”で、或いは起きてる。
    その辺について”理解”では紐パンの紐にぶら下がったサワガニ、程度の危機感でしかない。
    しかしその小さな蟹はかつて巨大で、女性をそのハサミで殺害した、と言う過去を持つ訳だ。
    様々な経緯の果てに、今はそこまで小さくは成ってる。

    …とは言え、”それ”はかつては脅威として存在した物で。
    更に、新型コロナウイルスじゃないが、小さいから、それは脅威では無いとも言えない訳だ。

    …しかし、「勝った側」が勝者、という感覚は変わらず。
    ”ここ”に間違いがある、感覚も微妙に無い。
    「大賀さん」を設置した存在はその時、中立であるべきで、その結果に逆らう必要は無く。

    「新聞記者」と言う存在は、根本的な能力の欠落が発露し、その場に居る理由を失った。
    結果、状況は彼女ら?の統制するモノとなった、訳だが。

    ”ここ”の意向それは、「大賀さんの決定に従って下さい」それだけの筈だ。

    ”ここ”はここで、勝者ではある。


    そして、その勝者の掲げたそれが、「大賀さんの決定に従え」それである、自身に対しても。

    可能性は残っている。

    勝者が”彼ら”で、何が不満なのか?

    100%の同意は有り得ないのだ。
    反逆者は、反逆者として罰するだけだ。

    剣呑は単に、蟷螂之斧でしかないのか。

    視野範囲の外にも、世界はある。


  • エロ漫画家の家に遊びに来るJKその可能性について

    2020-07-11 15:47

    ある程度行けば、誰でも感じる話。

    「漫画で打開しても、”それ”は現実には成らない」

    この時、利益を期待しなければ、この先の創作意欲、”それ”は消える。


    エロ漫画で、多少は汎用性のある描き方の一つ、だ。

    「男女がなんか問題を抱えつつ、エロい事をしてるウチに”それ”は打開された」

    マンガのネタが無い、とか、良く遊びに来るJKにそれを話すと良し脱衣ゲームやろう、と言う話になり、対戦ゲームで勝ったら一枚、とかあっという間に脱がしてJKとエロい事をしました、と言う漫画を描いたらウケたので来月の家賃払えそうです、とか。

    この時何が起きたか?と言うと、現場のカップルのエロい事を異世界の読者に「見せる」事により、対価としての打開を期待した、訳だ「向こうの人々」は。エンディングの「良い結果」が対価である。作家側は”それ”が換金され良かった、向こうも”同じ事”が発生して良かった、WINWINである。異世界理論の理屈は”こういう事だ”が。

    問題が「業界から締め出されたのだけど」とかに成った時、それで何とかなるのか?と言うと、そこには大いなる疑問はある。問題は「それは無理」と言うモノで有れば何でも良い。安直な「良い結果」は直ぐに考え付いても、”それ”が現実に成るかどうか?は解らない。「ウケた」場合は具現化する場合があっても、前出の漫画家に、そのカモネギなJKは居るのか?と言うと、かなり切ない話にはなる。

    ”自分に”その描いた運命がフィードバックする保証、それは何処にも無い訳だ。

    世の中はギブ&テイクで成り立っている、のだ、それを何処まで信用するか?
    そして、「私は信じている」と言う、その人の現状は果たしてどうなのか、同意は今も、安直には求めようがない。

    飯塚幸三氏が事件を起こしてから、もう一年が経過した、が。彼は今もまだ、罪に問われもせず自宅で普通に暮らしている、らしい。「新聞記者」の話も思い出される、そう言う事例、理不尽、その打開を漫画に込めても、”それ”がそうである理由、それは想像を超えて複雑怪奇に、しかし或いは人々の希望、「現状維持」その結果として有って。

    もちろんその結果として新型コロナウイルスに豪雨災害が発生してるとしても、民主主義だ、誰かの責任じゃないのだ。

    作家は政治家でも、宗教家でも、運動家でも、まして、テロリストでも無い。

    その上で、何が。