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優性論と寂れた離島
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優性論と寂れた離島

2017-06-18 09:13

    自分が今、想像している√計算と言うのは。

    結局、アタリを付けて「合う数値」を細々探していくしかない、訳だが。

    距離=√(X軸^2+Y軸^2)。直角三角形の定理と言う奴で。
    この後√を開く場合も、結局は一ケタづつ当てて探していく、と言う事に。

    簡略化する手段は多々あれど、要するに√計算は「近似値を探していく」事になる。距離を出そうとしたら?結局はまず、√計算の前に累乗計算が必要になり、その後に√解を出す時にも、想定値を累乗して調べる、事を繰り返すので。”ここ”を少しでも高速化出来れば、今まで一万キャラ動かせたモノを、一万100個動かせるようになる(・・・)。個々に物理コアを複数投入出来れば?単純には倍々に速くなる、一万から二万へ、4万へと、コア数の増加は3Dに関しては顕著な恩恵がある訳だが。

    基本的にコンピュータは同時に1つの命令しか処理できない。
    1:A+10=C
    2:C+10=B
    3:A=10
    と言う時。1と2と3が”同時に”実行されたら、Bには何が入っているだろう?Bは0か10か20か解らなくなる。順番的には3,1,2の順で計算しないとBの数値は確定しない。コンピュータはもちろん、そんな推測をしてくれない、ので(人間だって命令者の意図を聞かないと推測なんか出来ない)。この部分はコアが幾つあろうが一つずつしか実行できない。効率化とか解りやすさとか、その辺で今も、プログラムはシングルタスクを前提にはしているのであり、その時、マルチコアと言うのは殆ど許し難き異教徒に近かったりするのだ。

    昔からマルチコア、と言うのは結構挑戦がある。新し目な所ではセガの「サターン」がツインCPUだったが、ぶっちゃけ芳しい成果は出なかった、様だ。サブCPUへプログラムを送り込み、時々止めながらメインからコマンドを送って制御させれば、特に3Dの画像処理には恩恵がある筈(本体で面倒な?物理演算をしている時、サブCPUはせっせと画面を描いている、メインCPUはグラフィック処理から解放されているが)、この辺は「今のグラボに受け継がれてはいる」様だが、ぶっちゃけブラックボックス化している、と言うのが実際、だろうか。

    この辺を発展させる方向で、自分的には「DCS(ドリームキャスト・セカンド)」と呼んでいるハード(の企画?)がある。メインCPU、グラボCPU、IFCPUの、3つの「機能特化させたCPUブロック」を、中央のCPUで制御し、それに寄る分散処理を行う、と言う奴。CPUブロックは、DOS/V構造でありつつ、「CPUとメモリしかない」ので足を引っ張るハードが無く速い、同じく他も「巡回の必要を切る」結果で高速化。考え方は他も一緒で、思想的な問題もある、結果的には良いハード、にはなった(らしい)。以前にそれをPC的に拡張する方向で「MAX」と言う企画を考えた事もあるが詳細は不明(?)。

    …ただそれでも、DOS/Vの「執着」を前にしては、今も微妙に弱い立場にある。DCがウケたのに否定された経緯には、或いはそのアーキテクチャが、DOS/Vを否定しかねなかったから、かもしれない。

    要するに、DOS/Vがその新興ハードに「勝てる」ハードになるまでは、その他の方向性は理不尽に潰されてしまう、訳だ。結果論で、PS系に至っても殆ど中身はDOS/Vと言う感じになって、昔の様なハード的な挑戦は薄れた。既得権益だとか、技術者のプライドとか、そう言う些細な理由では無く、「共産主義を抑え込む」と言うその命題に置いて、DOS/Vの果たしている恩恵は知らず知らず大きく結果、”社会”は彼らの味方をしてしまう。発展が妨げられている!のは確かだが、独裁性の暴走はそれ以上の懸念を持ちつつ、しかし「DOS/Vは守らねばならない」それだって一種のカルト的な独裁性では?そんな混沌の狭間で現在の状況は有る訳だが。

    考え方としては、DCSのハード構造は、DOS/Vの発展形、ではある。通常のDOS/V機に、「CPUブロックとグラボブロックを増設した」構造な訳だ。ただ、結果的にはDOS/Vを殺す事にはなる…”これ”はもうDOS/Vじゃないからだ。自分の思想、「大衆は神様である」その信仰
    は、DOS/Vには微妙に合致が無い、”ここ”に神への信仰は無いから、だろうか。ここには確かに、ゼビウスに通じる様な「正論性を伴った独裁性」そう言うのは潜んでいるのだが。書き換えるべきか、既存のままで行くべきか?ここには延々と続く逡巡が有る感じだ。

    良くも悪くも「DCS」のハード構造そのイメージは、あの「ハンドスピナー」のそれではある。否定を目的としているのか、肯定を目指しているのか、それは微妙に混沌を伴って。

    良く、廻る物ではあるのだけど。



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