ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

目指すは王を倒さん理由もなく
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

目指すは王を倒さん理由もなく

2017-06-18 22:44

    …何となく不意に、状況を想像する。

    勝ったか負けたか?で言うと、「DOS/Vは負けた」様なのだ、が。

    …ただ、それはDCS側の侵略に近い状態だった、様だ。

    理由、「独裁者の存在は”中華思想の皇帝”を発生させる」から、だ。その結果、DOS/Vは「最良の選択」それでは、無くなった。


    DOS/Vの最深部?に有るのは、共産主義の否定、と言う名の「独裁者の主観」ではあり、ただ、そこには”信仰”が無い。世代か時代か、それによる物だろうか。「神様は何もしてくれない」信仰しても意味がない、だから。そこには個人の主観、意見、思想?しかない訳で。

    ”それ”が容認されている、時。そこを足場にして、中華思想の皇帝は生き延びる。

    DOS/Vから、ある種の絶対性を奪う必要があった、訳だが。結論で意せずにしてか「侵略」と言う形式になり、そして、仮想の戦争的には、「DOS/Vは負けた」何かの王では無くなった、と言う結果が、或いは今、ある。


    …正しい事だったのだろうか。何となく疑問は残る。


    「ロースペックで良いんだよ、欠陥あって上等だ。”それ”でどれだけ成果を出すか?って事の方が、価値があると思うね」

    或いはDOS/Vその、基幹になった様な”主観”。それは或いはそのまま、数多のハードとの戦争を繰り広げ、やがて「共産主義は、機械としては使える」”そこ”を主な「理由」にする結果、ある意味で頂点を極める、のだが。

    …その時DOS/Vは、その”初心”を失ってしまった、訳だ。「使える機械」で有り続けねばならない、じゃないと、共産主義に対し、重い冷笑を向ける事が出来なくなる。それ以外に共産主義を止める術がない時、その台頭を許す事になり、それは悪夢の再来を招く。

    だから、かなり強引な、或いは犯罪紛いの手段を使っても、DOS/Vは最強のハードで無ければ成らなかった、のだが。

    帰結的には悪くもない。「共産主義は、機械としても微妙だった」訳だ。効率化とか、ともかく独裁性は、全体のレスポンス低下を招いてしまう。それよりはキリスト教的倫理、「神は偉大なり」そう言う方向の方が最終的にはパワフルだ。そこには独裁者が居ない。同じような「他者」と上手く連携出来なければ十分な性能は発揮できないが、出来た場合は独裁よりもハイパワーな事が可能だ。それは共産主義の否定でもあり、信仰から自身の独裁性その否定にも鳴る。DOS/Vに発生する「矛盾」独裁者を否定する本人が最大の独裁者では?それは、そこには無い。

    …帰結的に、DOS/Vがそれに「負けた」と言う事は、要するにそう言う事ではある。

    仮想現実での戦争、だ。今の状況で、何か損害が発生した訳ではない。現状まだ、DCS系は表には無く、DOS/Vは十分にパワフルで、特に過不足ない状況には有り。「これは最良の選択ではない」と言う失点は残るにせよ、通常の市場価値その物が急落する、訳でもないだろう。ただ、市場的な発言権?影響力が、若干陰った事は間違いなく、今後は何かどこかが、スライドしていくのかもしれない。果たして”これ”で、「中華思想の皇帝」それは、消え失せるのだろうか。そこはまだ、未知数だ。

    奇妙な戦争が有った、様な気はする。



    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。