ダンボールほど成功した物もない
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ダンボールほど成功した物もない

2017-08-27 08:47

    それでも、憤り?は行き場を…見つけてはいる様だ。

    確かに?「今は中華思想の皇帝、そのポジションは無い」のだ。
    皇帝がかつて”ここ”から皇帝へとズレた、としたら、今はズレる事が出来ない訳だが。


    歴代の「中華思想の皇帝」それらは、果たして何時、その邪へ堕ちて行ったか。
    その起点を辿り、そこで「堕ちない」のなら?今後の憂いは無い、事には成る。
    今までの、たかが20年程度の歴史を振り返る時。

    「もし彼が居なかったら?」

    それを考えると、今後の未来を目指すなら、元から絶つべきではある、確かに。


    ともかくいろいろ考えるに、恐らくは今、”今の”起点になった境目までは…戻っている。

    ある意味で、渾身のその作品は理不尽とも言える全否定を受け、疑念は神を怨み、しかし。

    現状、アーケードゲーム業界は「インベーダーゲーム」その終端、「これは硫黄島の決戦を表現したモノだ」事実は覆せない、が故に、売れ線のハッピーエンドを目指せない、”改良”と言う方向に入らない、壁はある。

    しかし逆に言えば「事実で有れば歪まない」それは”それ”で決定である、そう言う意味でもあるのだ。

    つまり、「戦争の結果が出た」ら、それはもう、動かないのだ、少なくとも”ここ”では。

    紛争解決機構が、その「現実に戦争したのと同じ事になる」なら。”ここ”での結果はそのまま、その「硫黄島の決戦」その結果にも匹敵するのである。だからその時、”ここ”で出た結果は決定として機能する…それは戦争であり、結果は「事実」だ、それはもう覆らない。中華思想の皇帝としては「理不尽がある」その何かの切り札だったろうか、それがでも、今は?逆に機能する。「大賀さん」紛争解決機構それは、期待される十分な性能を発揮しては居る様だ。当時の当事者?らが「これは硫黄島の決戦に(実際の戦場に)等しい」そう思うなら、そこにはそれ以上は要らない、だろう。「君は負けたんだよ」その断言が真実に重い。


    そんな「大賀さん」それが有る限り、「王の権威」それも事実上、居ない。”雅”市場にしろ、大衆、(0±0)を起点にして、自律的に存在しているのだ、「王の権威」それはもはや介在していない。この「特別な存在」が有るが故に、カウンターとしての「中華思想の皇帝」そこに椅子が出来てしまった訳だが、今はもう「無い」のだ。だから、何処まで人々の主観による理不尽な憤りに晒されようと、”それ”は今、皇帝に成れない。

    多少、想定外の様な事は幾つか、ある。今度、お台場に再び、RX-78-2「ガンダム」では無く、「ユニコーンガンダム」その1/1スケール立像が立つ、のだが。



    「なんでユニコーンなの?」


    Zガンダムとかその辺駄目だったの?何か意図があるんですか?とか、邪推が有る訳だが。理由は単純に「風に煽られると、シールドなどがあると危険だから」だそうな。楯も背中の羽根もないZガンダムなんて、Zガンダムと認識できないかもしれない。考えてみると「ガンダム」の時も、シールドとかは持って無かった事に気づく。ある意味での「初代の持つリアリティ」その現実的な部分に納得もする訳だが。確かに、他に選択肢は?と言うと、ガンダムタイプとしてその条件に合致するのは…現状、ユニコーンしかほぼ、無い。内容的にちょっと不満の多い作品ではあっても、これはこれで、「リアリティ」その観点での次点に成り得る一応の成功例とは言えるのかもしれない。その時、個人的主観で「失敗例だから」で皇帝創作を行うと、全否定を受けてしまう…そう言う事は、実際有る訳だ。

    「アレはそんなに面白かったか?」

    それは、購入した人々が決める事、ではある。


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