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三分の理の内訳を計る
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三分の理の内訳を計る

2017-10-08 11:10

    最初から解っていた事だが。

    インターネットは、物理の壁を超える事は出来ない。利用者が増えてしまうと…急激にクオリティ、利便性は低下する。どれだけ理屈や倫理、統制、技術を投入しようと、だ。空想、妄想、それは現実の前に潰える。どれだけ”それ”を願おうと、その壁を超える事は出来ない。

    …でも、それは悪なのだろうか。
    ブラックホールから出てくるヒーローを描いたら、怒られるのか?

    「独裁創作が売れない」それは、物理的な話、だ。自分の主義主張!を何よりも優先する時、要するにそう言うのが独裁創作であり。それは向こうにも同じパワーが現れ、対立の末に、或いは両方とも破壊され…潰える。貴方は右に行きたい、向こうは左に行きたい、同じ船なら二つに引き裂かれ沈んでしまう。等価な二択それは結局、戦争の源泉ではあり、”それ”を避ける拒否する手段は基本的には無い。最後は何らかの方法で決めねばならない、のだ。完全を!目指す時、対立する敵は100%消えて貰う事に成る。一つの願いが通る時、一つの願いは或いは、命さえ道ずれに潰える。「紛争解決機構」それは、そこまで行く前に止めるのだが。それだけに、負けた不満は存在として残ってしまう。

    インターネットは物理を、”現実”を超えようとしたのだ。それは、悪なのだろうか。


    「DOS/Vが破壊された」概念的に?その時、インターネットの妄執も同時に根拠を失う様な気は、する。独裁創作を、アートを利益に変える!その為には物理的な壁を超えねば成らなかった、「出来る筈だ!」この作品には価値がある!そう言う執着と、その結果。願いを背負ったまま、DOS/Vは破壊される事に成った。

    創作が利益性を持てれば、経済は回復し、内需拡大も可能なのである。
    ただその為には、独裁的創作は抑制し、オーダーに基づく「製品」化せねばならない。
    それは、今までの挑戦?その全否定でもあり、インターネットの願いその物の破壊ではあり。
    経済を回復させる為には、インターネットはその原理的な願いを諦めねばならないのだ。

    これが、インターネットの妄執、或いは創作者全ての夢?それを前にしての「現実からの返答」である。「それは出来ません」答えは変わらない、結局”神”は、自分の願い以外を通すつもりは…さらさらないのである。

    「勝ち組」と、「負け組」がある。負け組にも、ヒーローが居る。それはブラックホールの中からでも脱出し、その邪悪を倒し、人々を未来へと導くのだ。

    財布の中身が空でも、彼に不可能は無い。


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